夜は天にて冴えわたり06
「…………」
コテツは心中で溜め息をついた。
「……僕は静かにマイを想っていたいだけなのになぁ……」
誰にも聞こえない声で呟きながらコテツは酒をあおる。
しかしてそんなコテツの心中など誰も察せず事態は進行する。
「そもそもなんなんですの、その軽薄そうなアロハシャツは。センスの欠片もありませんことよ。まだしも喪服の方がマシですわ。あくまで紙一枚分ですけど」
毒を吐き続けるアルファに、
「……せめて罵倒するなら目標を絞ってよ……」
コテツはうんざりしながら酒をあおる。
「そんな残念なあなた方と酌み交わす酒はありませんことよ。死ぬか殺されるか息絶えるかして黙っていてくださいませんこと?」
「殺すぞこのクソビッチがぁ!」
チンピラ達が吼える。
「……鶴亀鶴亀……」
酒をあおりながらそう呟くコテツ。
「だいたい分不相応というものですわ……。名も知らぬ塵芥に等しいチンピラ共とアイドルのわたくしが同じ席に座って意気揚々に酒を呑むと? 庶民の分際でどこまでつけあがる気ですの?」
「殺す!」
チンピラの一人がナイフを取り出した。
バーのマスターが慌てたように言う。
「お客様、手荒なことは……」
「引っ込んでろよ他人!」
バーのマスターを脅すチンピラ。
それらの事態をチラリと見ながらコテツは言う。
「そこのチンピラ三名様。お嬢さんの軽口に本気になったらお里が知れますぜ」
「こちとらプライドで食っていってるんだよ! メンツが保てねえで何がギャングだコノヤロウ!」
光物を手にコテツとアルファへと近づいてくるチンピラの一人。
アルファの毒舌は止まらない。
「これだからお山の猿軍団は。ちっぽけでペラッペラのプライドを拾ってどうにかしようとしまいますもの。どうせ猿なら芸の一つでもしてみたらいかがかしら」
「ちょっと顔の印刷がいいくらいで浮かれてんじゃねえぞクソボッコぉ! その商品に一生消えねえ傷つけてやろうかぁ! おお!」
ナイフの射程圏内まで踏み込むとチンピラの一人は躊躇いなくアルファ目掛けてナイフを振るおうとして、
「…………」
両目に高アルコールのシングルカスクを浴びた。
チンピラの一人は目に染みた高アルコール故にナイフを手放して悶え転がった。
「……っ! ……っ!」
悶え苦しむチンピラの一人を無視したまま、シングルカスクを浴びせた張本人……コテツは反転させた椅子はそのままに首だけ振り返りバーテンダーに注文する。
「アブサンを。ストレートで」
「あ……はい……!」
アブサンをグラスに注いでチェイサーと一緒に出すバーテンダー。
「てめぇ!」
「何しやがる!」
目に高アルコールを浴びて苦しみ悶えるチンピラの……その仲間二人がアブサンをあおるコテツの胸ぐらを掴む。
「ああ! てめぇ下水に浮かぶ覚悟はできてんだろうなぁ!」
「いいえ。まったく」
「上等だぁ! たっぷり後悔させてやる!」
チンピラ二人はコテツの胸ぐらから手を離すとコテツに殴り掛かった。
しかしてコテツはカウンター席に座ったまま二人の暴行を軽くいなした。
コテツは神がかり的にチンピラの全ての打撃を払いのける。
チンピラの一人がコテツの喪服を掴み動きを封じ、もう一人がナイフを手にしてコテツを刺そうと襲い掛かった。
しかしてコテツは冷静に合気の要領でコテツの服を掴んでいるチンピラをナイフの軌道上に押し出した。
「っ!」
「ひっ!」
二人のチンピラが後悔するがもう時すでに遅く……チンピラの振るったナイフは仲間のチンピラの背中へと突き刺さった。
グサリと……深く。
「ぎゃあああああああああああああ!」
刺されたチンピラが苦悶の慟哭をあげた。
チンピラ三人の、一人は目をアルコールで焼かれて悶え苦しみ、一人はナイフで背中を刺され、そしてもう一人は仲間をナイフで刺したことに狼狽えている。
「マスター、僕とアルファの分……つけといて」
「わかりました。既に警察と病院に手配がついております。逃げるのなら早い方がいいかと」
「感謝するよ、マスター」
そう謝辞を残してコテツは、
「いくよ」
アルファを連れてバー『天竺』を出た。
アルファはと言えば、コテツについていきながらウィッグをセットしてまた変装したのだった。
ついでにポケットから取り出した色眼鏡をかける。
「まったく……余計なことしくさってからに。僕まで巻き込んでどうするつもりなんだよアルファ=アストラルは……」
「わたくしはただ事実を事実として言葉にしただけですわ。何を遠慮することありましょうぞ……」
「チンピラ相手に毒舌垂れ流したらどういう化学反応が起きるかわかるもんでしょう……普通……」
「正直が信条ですゆえ」
「あっそ。それじゃ僕はこれで……」
コテツはオートタクシーを捕まえて乗った。
それに便乗するアルファ。
「……何してるの?」
「コテツ=ナガソネの御自宅に興味がありますわ。よければそこでさっきの続きをしませんこと?」
「君ね……。意味わかって言ってる?」
「はいな!」
「アイドルが男の部屋に上り込めばゴシップは避けられないよ」
「そんなことわたくしは欠片も気にしませんから」
「……あっそ……」
シェルコロニーの夜。
コテツは歓楽街の明かりを目にしながら溜め息をついた。
コテツとアルファを乗せたオートタクシーが歓楽街から住宅街へと走りゆく。




