夜は天にて冴えわたり05
そんなことを繰り返していると、コテツの隣の席に一人の女性が座った。
黒髪ロングのイブニングドレスを着た美しい女性だ。
そして座った後に女性は聞く。
「ここ、いいかしら?」
「はぁ……構いませんけど……」
ブランデーを飲みながらコテツはバー全体を見渡した。
カウンターテーブルにはコテツと声をかけた女性だけ。
テーブル席の一つにはチンピラ達が陣とっているだけである。
つまりカウンター席もテーブル席も十分にスペースが空いているのだった。
何故女性がわざわざコテツの傍に座るのかわからない状況だった。
「あの……他にも席、空いてますけど……」
そんなコテツに、女性は長い黒髪を手で梳きながら白い肌をオレンジ色の照明に映して言い返した。
「ここがいいんですの。駄目ですの?」
「いや、別に否やはないんですけどね……」
うんざりとコテツ。
そんな黒髪ロングの女性はバーテンダーに注文をした。
「すいません。ピンクレディを一杯……」
「了承しました」
バーテンダーはカクテルを作って黒髪ロングの女性の席にカクテルを差し出す。
それを呑みながら女性はコテツに言った。
「結界のコテツ=ナガソネですわね?」
「そうですが何か?」
ブランデーをあおって平然とコテツ。
「わたくしはレッドドラゴンの奏者……アルファ=アストラルですわ」
「っ!」
絶句するコテツ。
ブランデーをあおって、それからまじまじとコテツは隣の女性を……アルファ=アストラルを見つめる。
黒い長髪の美女はニコッと笑ってピンクレディをあおるのみだ。
「アルファ=アストラルと言えば茶髪のパーマだろう……? こんな黒髪ロングじゃなかったはずだけど……」
「これはウィッグですわ。外せばほら、この通り……」
黒髪のウィッグを外すと、茶髪のパーマをあらわす女性……もといアルファ=アストラル。
それはブレインユビキタスネットワークのニュースで報じられているアルファ=アストラル本人だった。
「こりゃ驚いた。まさかアルファ=アストラルがこんな辺鄙なバーにいるなんて……」
「どこで呑もうとわたくしの勝手でしょう?」
「そりゃま、そうでしょうけど……」
コテツはブランデーをあおる。
ついでにチェイサーもあおっていると、ピンクレディを飲み干したアルファが言う。
「こうやって二人きりで話す機会が欲しかったんですわ」
「飛ぶ鳥を落とす勢いのアイドル兼アースク奏者のアルファ=アストラルが一体何の用でござんしょ?」
「二日後、コテツ=ナガソネ……つまりあなたはツーマンセルの試合を設定されている。そうでしょう?」
「まぁ、そうですけど……」
「その試合、わたくしと組みませんこと?」
パーマのかかった茶髪を手で梳きながらアルファ。
しかしてコテツは、
「せっかくですけど遠慮しますよ」
断った。
「なにゆえ?」
「既に先約がいるんです。それをなかったことには出来ない……」
コテツはブランデーを飲み干すと、ブランデーとチェイサーのグラスをバーテンダーに差し出して、それから言う。
「シングルカスクとチェイサーを」
「はいな。了承しました!」
バーテンダーは嬉しそうにウィスキーのシングルカスクとチェイサーをコテツの席に置いた。
同時にピンクレディを飲み干したアルファが注文をする。
「こっちにはパーフェクトレディを……」
「了承しました」
シェイカーを振ってパーフェクトレディをグラスに注ぎアルファに差し出すバーテンダー。
「甘露甘露……」
パーフェクトレディをグイと呑むアルファ。
「バッカスはネプチューンよりもずっとたくさんの人間を溺死させた……って言いますわね。酒がなければ愛もなく人々を魅了する何物もない……とも言いますわ」
「酒が動力源の人もいますしね。それで? 引く手数多のアルファ=アストラルがなにゆえ僕みたいな平々凡々たるところへ?」
「あなたの戦績を見ましたわ。負け試合は全てボイコット……つまり不戦敗。試合に出れば必勝。あなた……コテツ=ナガソネこそデフィートレスの名にふさわしいアースク奏者ですわ」
「光栄の極みだね。けど実際はそう持ち上げるものでもないよ」
シングルカスクをグイと呑むコテツ。
と、そこに、
「おい、ねーちゃん。そんな貧相な男と呑んでないでこっち来いや」
テーブル席のチンピラの一人がそんな下品な声をあげた。
それはアルファに向けられた言葉だった。
つられてもう二人のチンピラが声をかける。
「おお、そうだそうだ。来いやねーちゃん」
「こっちのが楽しーぞ。そんな喪服野郎と話すよりはな」
ケタケタと笑うチンピラ三人。
アルファは、
「はぁ……」
とコテツにしかわからない程度に小さく溜め息をついて、それから椅子を回転させてチンピラ達のテーブル席へと向き直る。
同時にチンピラ三人が驚く。
「おま……!」
「おい……!」
「アルファ=アストラル……か?」
アイドル兼アースク奏者であるアルファの顔はさすがに知っていたらしい。
アルファはニッコリと営業スマイルをして、
「すみませんがわたくしにあなた方では不釣り合いですわ。その作画崩壊みたいな顔を整形するか生まれ変わってからもう一度来なさって?」
そんな毒を吐いた。
「「「なんだとてめぇ!」」」
酒の酔いにも背中を押されて、チンピラ達はいっせいに憤怒にわななき立ち上がる。




