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コテツとハイト01

 西暦三千五十二年現在。

 人類は宇宙に……より正確に言うならば太陽系に進出していた。

 それは過去幾人の天才によってなされた技術であった。

 テラフォーミングの技術然り。

 第一種永久機関の技術然り。

 太陽系に対して公転をしないシェルコロニーの設計技術然り。

 空間波の発見および通信やレーダーへの技術転換然り。

 量子変換の技術然り。

 天才の脳から湧き出る技術は何度も何度もパラダイムシフトを起こし、そして人類を宇宙へと導いた。

 そして現在……つまり西暦三千五十二年、世界は太陽同盟によって一時の平和を勝ち取っていた。

 テラフォーミングとシェルコロニーの技術により、増えすぎた人口にも住む場所が賄えられ、第一種永久機関と空間波通信と量子変換の活躍によって全ての人類に滞りなく配給が行なわれていた。

 世界は平和だった。

 太陽同盟に反対するテロリストたちや宇宙船を襲う宇宙海賊の類はいたものの、

「どんなに平和な時代にも犯罪者はなくならない」

 という啓示以上のものにはならなかった。

 そして今から二十年前。

 新たなパラダイムシフトが起きた。

 超光速という技術である。

 天才技術者コンスタンス=ミトニックはアーマードスーパーシー(Armored Super C)……略称としてアースクと呼ばれる百八機のパワードスーツを開発した。

 それらのパワードスーツ……アースクは秒速四十五万キロ……実に光速の一・五倍という驚異的な速さで動くことに長けた。

 さらにおかしなことにアースクはウラシマ効果並びに光速に付随するいかなる現象も起こさない《ただ速いだけの超光速》を起こすのだった。

 当然開発された二十年前からこれには大論争が起きたがこの技術を解明できたものは西暦三千五十二年現在においても一人もいない。

 当のコンスタンス=ミトニックは百八機のアースクを開発した後に自殺していた。

 つまり超光速の謎が当人から語られることは無くなったのである。

 不思議なことはまだある。

 このアースクには何かしらの物理的作用を起こす技術が使われていないのであった。

 アースクの武器は信号兵器と呼ばれる純粋数学上の……もっと言うのならばデータ上のダメージを与える兵器しか搭載されておらず、物理的ダメージを与える兵器群はいかなる理由や技術を以ても装備できないのであった。

 体当たりによる自爆行為すら拒絶されているという徹底ぶりである。

 さらに言えば、この超光速を実現するための一つの技術……イナーシャルリバイズはアースク及びアースクの信号兵器にしか発露されないため郵送等の技術にも使えなかった。

 つまりアースクは、アースク同士のデータ上のダメージのやり取りを行なう以外に使い道がなかったのである。

 これによってアースクはスポーツ機としてその人気を博した。

 裏側でアースクの技術の解明を進める間に、表側ではスポーツの一部となった。

 アースク同士の戦いにトトカルチョが発生し始めてからさらにその傾向は加速した。

 太陽同盟によって全百八機のアースクは管理され、それぞれの国や企業に分配され、その宣伝やイデオロギーに利用されることとなった。

 SCリーグの開催である。

 そしてコテツやアーデルハイトが所属するアッカーマンシステムもまた、そんなアースクを解明および宣伝媒体として利用する企業の一つだった。


    *


 場所は地球の公転軌道と火星の公転軌道の間に建造されたシェルコロニー『イオラニ』だ。

 シェルコロニーは通常のスペースコロニーと違い太陽にも太陽系惑星にも公転していないコロニーである。

 そしてそれ故に座標の特定がしやすく、それぞれの惑星間の橋渡しとなっている。

 そんなシェルコロニーの一つであるイオラニのアッカーマンシステム本社の……サブシステム技術部の休憩室でアッカーマンシステムの技術者アビエルはわざとらしく、

「はぁ」

 と溜め息をついた。

「たしかに好きに使って構いませんと言ったのはこちらですけどね……」

 なにゆえ、と目で問うアビエル。

 それに対してボサボサの黒髪に死んだ魚のような目をした男……コテツ=ナガソネは悪びれずに言った。

「好きに使わせてもらいました」

 そしていまだに人類の友であるところの煙草に火をつけるコテツ。

「ああ、やっぱり地球産のが一番だなぁ」

 煙を吐きながらほにゃらっと弛緩した表情にコテツはなる。

 アビエルは抗議した。

「何でよりによって自然数でグーゴルプレックスまで数えさせたんです?」

「喋られると集中を欠きます故」

「普通そこは有益な情報を得られると納得するところですが。制御系はどうでした?」

「サブシステムに頼らず自分でやりましたので何とも言えないというのが正直なところで……」

 フーッと煙を吐きながらコテツ。

「相も変わらず化け物じみてますね。あれだけの動きを一人で制御しているなんて」

「サブシステムに頼るなんて二流のやることですからねぇ」

「六○五でもスペック不足と……?」

「僕にとっては、ですけどね。一般人には十分なクオリティじゃないんですか? アッカーマンシステムの売り出してるゲーム……なんでしたっけ?」

「バーサスアースク」

「そう。それのナビゲーターになら需要があると思いますよ」

「わかりました。何かしら六○六に求めるスペックはありますか?」

「僕の感知より先に敵の行動を予測してほしいですね」

「かなり無茶言っているのわかってますか?」

「まぁ一般人ならともかく僕より早くってのは確かに無茶だぁね」

 くつくつと笑うとスーッと煙草を吸ってフーッと煙を吐くコテツ。

「どっちにしろ僕が生きてる間に僕に使いたいと思わせるサブシステムを開発できれば御の字ということで」

 笑い終え、灰皿に煙草を押し付けて火を消すと、コテツは、

「話は終わりだ」

 とばかりに立ち上がった。

 スライド式の扉から廊下に出ると金髪のショートに碧眼を持った美少女が立っていた。

「ありゃ、これはこれはアッカーマンシステムの令嬢。奇遇だね」

「わずらわしく呼ぶな。ハイトでいいだろ」

 アースクたるオクトパスの奏者、アーデルハイト=アッカーマンはムスッとした表情になった。

「あまり不機嫌な顔してると変なしわができるよ?」

「気をつけよう」

 頷いて、若干表情を柔らかくするアーデルハイト。

「それで、そっちの六○五はどうだった?」

「熱心に自然数を数えてたよ」

「またか」

「そう言うそっちは?」

「今までより制御系の連携効率は良くなっていると思うぜ。まぁあくまで俺にとっては……だが」

「そりゃよござんす。Aクラスのお墨付きがもらえれば六○五も報われるってもんだね」

「こうやって模擬戦の時しかコテツと戦えないってのはなんだかな……」

「僕はBクラス。ハイトはAクラス。他に交わる道理がないよね」

「お前がAクラスに戻ってくればいいだろうがっ!」

「やーですよー。面倒くさい。Bクラスで食える分稼げればそれ以上は望まないよ」

「マイの奴が聞けば何ていうか……」

「なんなら家に帰って聞いてみればいいじゃない」

「オリジナルの話をしてるんだ!」

「知ってるよ」

「だいたいだな。なんで《アメノハバキリ》を使わない? なんで《裏技》を使わない?」

「だるいから」

「俺じゃ役者不足か」

「他意はないよ。それにハイトだって第二フェーズに移行しなかったじゃないか」

「それは……! でもお前が……!」

「まぁマイのいない現実に疲れただけだよ」

「もう一年前のことだぞ!」

「それでも僕の心の中の寂しさは風化しないんだ」

 困ったものだね、とコテツは笑う。

「ちっ!」

 と盛大に舌打ちしてアーデルハイトはこの会話を打ち切った。

 コテツは新しい煙草を取り出して口にくわえると火をつける。

 フーッと煙を吐いて、

「ま、六○五の稼働試験も終わったことだし、事後処理は技術部に任せて僕らは立ち去ろうよ」

 そう言った。

「まぁお前が言うのなら……」

 不満げにアーデルハイトも同意した。

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