夜は天にて冴えわたり04
コテツがホケーッとぼんやりまったりと景色を眺めながら煙草を吸い続けているうちにシェルコロニーは夜になった。
アーデルハイトがアッカーマンシステム本社から帰ってきてベランダから夜の景色を眺めるコテツにくってかかった。
「こらコテツ! 今日はアースクスキャンの日だろ! なんで会社に顔出さなかった! 俺からのコンタクトも拒否しくさって!」
「面倒くさかったから」
悪びれずに言うコテツ。
「お前はまたそうやって……!」
怒りもあらわにするアーデルハイトを、
「待ってくださいハイトさん!」
とマイが制止した。
「どうしたんだ、マイ?」
「今日は……私の命日なんです」
「っ!」
絶句するアーデルハイト。
「地球の日本ではこれを感傷という」
煙草をくわえたままシニカルに笑うコテツ。
「カンショー?」
「そ。感傷……」
「よくわからんが喪に服してるんだな?」
「自分ではそのつもりだったけど……結局煙草吸ってボーっとしてるだけだったね。墓も無いし花を添えることもない」
「まぁ、いい。気が萎えた。それで? 今日の晩飯は何がいい?」
「僕の分はいらない」
コテツはくわえていた煙草をベランダの床に落としてサンダルでグリグリと踏みにじり鎮火する。
それから寝室に戻り黒いジャケットを羽織って本当に喪服姿になると、
「ちょっくら呑みにいってくるよ」
新しい煙草に火をつけてコテツは玄関を目指した。
「ちょちょ……待てよ! そういうことなら俺も行くぜ」
コテツを押しとどめようとするアーデルハイトに、コテツはニカッと笑って言った。
「今日は一人で飲みたい気分なんだ、放っておいてよ」
「…………」
それ以上何も言えずに黙るアーデルハイト。
コテツはアーデルハイトの縋るような視線を意図的に無視してアパートを出た。
シェルコロニーたるイオラニを縦横無尽に走るオートタクシーの一つを捕まえてそれに乗る。
イオラニの歓楽街へと赴くコテツ。
全ての脳アドレスからのコンタクトを拒否設定にしてコテツは歓楽街にある一つのバーの扉を開いた。
コテツの入った歓楽街のバーの一つである『天竺』ではテーブル席にチンピラと呼んで差し支えない連中が酔っぱらって乱痴気騒ぎをしていた。
それらを無視してコテツはカウンターテーブルの一番隅に座った。
「お晩でやんすマスター……」
コテツは天竺のマスターにひらひらと手を振る。
「どうも、結界のコテツ=ナガソネ様。SCリーグの試合……見ましたよ。デフィートレスのヒルダ=ニュートン相手に勝ったそうで」
「ああ、それね。まぁ勝つには勝ったけどね。これでヒルダはデフィートレスじゃなくなったんだ。少し悪いことしたかなとは思ってる」
「さすがに元Aクラスの洗礼は伊達ではない、と言ったところですか……」
「ま、そんなもんだよ。それよりブランデー頂戴」
「割りますか?」
「ナガソネの家系じゃブランデーは割るなってのが鉄血の掟でね。ストレートで頼む」
「了解しました」
そしてバー天竺のマスターはグラスにブランデーを注いでチェイサーと共にコテツにふるまう。
「今は亡きマイ=ナガソネに乾杯……」
虚空に乾杯してコテツはブランデーをあおる。
それからちびりとチェイサーを飲む。
と、そこに……、
「ええ、結界のナガソネさんなんですか!」
コテツの名を驚きながら呼ぶ声をコテツは聞いた。
見れば天竺のマスターと話し合っているバーテンダーがいた。
「こら、サラダ君。そんな大声で叫ぶものじゃないよ。例え何であれ自己主張をしないのがバーテンダーだろう?」
「はい……。でも私ナガソネ奏者のファンでして……」
そんなマスターとバーテンダーの会話を聞きながら、
「…………」
黙々とブランデーをあおり、口直しにチェイサーを飲むコテツ。
暗い闇夜でバー特有のぼんやりとした明りの中、テーブル席のチンピラのはしゃぎ様を耳にしながら、コテツはカウンター席でゆっくりとブランデーの味を噛みしめる。
と、そこに、件のバーテンダーが声をかけてきた。
「いらっしゃいませコテツ=ナガソネ様。サインをくださいませんか?」
「そういうことはやってないんだよ」
ブランデーをあおりながらコテツ。
「そうですか……。ではブランデーを飲み終えたら私に何卒仰ってください。どんな酒でもお持ちしますので……」
「うん。じゃ、そうするよ」
コテツはバーテンダーをあしらうと、ブランデーをあおる。
口直しにチェイサーを口にする。




