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夜は天にて冴えわたり03

 寝室へと戻るコテツの後をてけてけとマイがついていく。

 コテツは寝室からベランダに出て煙草に火をつけた。

 マイはコテツの寝室から……というのもベランダにはさすがに映像投射機がないため……ベランダのコテツに話しかける。

「兄さん……」

「なに?」

「今日はアッカーマンシステム社でアースクのスキャンをする日ですよ?」

「今日は止めとくよ……。そんな気分じゃない……」

 ぼんやりとそう言って、紫煙をフーッと吐くコテツ。

 それからマンションのベランダの高みから俯瞰の風景を見つめる。

 コテツの目はいつものように死んでいて黒い髪は鳥の巣のようにボサボサ。

 そして喪服のスーツを着ていた。

 いつも通りの格好だ。

 そんなコテツはベランダの柵に体重を預けて、俯瞰の風景から寝室へと振り返ると、

「今日くらい喪に服してもいいだろう?」

 煙草を吸いながらニカッと陽気に笑って見せるコテツ。

「あ、今日は……」

「そ、マイの命日だよ」

 そう。今日はちょうどマイが消失してから一年後の日だった。

「結局行方不明だったから別に墓なんか作っちゃないけど、今日ぐらい弱い僕でいてもいいでしょう?」

「……。兄さんの心中、私なんかに推し量れるものでもありません……」

「マイ……」

「なんでしょう?」

「キスしてもいい?」

「にゃ? にゃあ……!」

 奇声を発して頬を赤らめて照れるマイ。

 コテツは煙草をスーッと吸って紫煙をフーッと吐いて、それから煙草を食指と中指で挟んで口元から離すと、マイに近付いてキスをした。

 視覚負荷現象によってマイの唇の感触を味わうコテツ。

 ふとコテツは目を閉じる。

 次の瞬間、マイの甘い唇の感触が無くなった。

「やっぱり目を開けてないと無理か」

 くつくつと笑うコテツ。

「それはそうですよ。視覚負荷現象はあくまで視覚を通じて脳の信号に感触を誤認させるためのものですから……」

「わかってるさ。わかっている……つもりなんだけどねん……」

 コテツはまたベランダで煙草を吸い始める。

「兄さん。もう忘れてはいかがです?」

「忘れるってマイをかい?」

「いいえ。それを忘れられては……本当にマイは死んでしまう。だから……そうじゃないんですよ」

「じゃあ何さ?」

「マイが死んだのは自分がいたらなかったからという事実を忘れてはどうですか?」

「……それも……無理だよ」

「私が死んだのは私の責任であって兄さんに咎はありません。何をそんなに自責し続けるのですか?」

「だって……マイが謎のアースクに襲われた時にも僕は駆けつけてやれなかった。お兄ちゃんとしては失格だ……。それは……死にさえ匹敵する」

「ここには夜と昼とがある。太陽と月と星がある。荒地を渡る風ごときものがある。人生は大変甘美なものだよ。兄弟達よ。死のうなどとは愚かなことだよ」

「何さ、それ?」

「とある作家の言葉です。命など陽と地と詩とで満たされるほどのものなのに……なんて言葉もありますね」

「陽も地も詩もいらない。マイさえいればそれでよかったんだ」

「死んだ者は死んだ者です。でも兄さんはまだ生きてるじゃないですか」

「ああ、生きてるよ……憎らしいくらいにね。だってしょうがないじゃないか。後追い自殺ができるほどの勇気を僕は持ってないんだ」

「そんなことをマイが……私が許すとでも」

「思ってないよ。でもさぁ……。マイが死んだんだよ?」

「でもそれは兄さんのせいではありません」

「まぁ……ね……」

 ニカッと笑ってコテツは煙草を吸う。

 それが無理のある笑顔だとマイは見抜けただろうか……。

「でもさ、どこかで僕がアクションをしていればマイの死なないリアクションが返ってくるんじゃないかって考えると……ね……」

「兄さんは私のために強くなるんじゃなかったんですか……!」

「わかってるさ。だから今日だけ……今日だけでいいから弱い僕でいさせてくれよ」

 コテツはくわえていた煙草をベランダの床に落とし、スリッパでグリグリと踏みにじり火を消す。

 そして新しい煙草に火をつけて紫煙をスーッと吸った。

 紫煙を吐く。

「そうでもしないとマイが何のために死んだのかわからないじゃないか」

 紫煙のくゆる中にマイの残影を見るコテツ。

「マイは私です! たしかに私はマイです! それじゃいけないんですか?」

「マイはマイさ。コピーがオリジナルを再現できればそこに境界は無くなる。だからマイもマイだ。だからマイの事を愛しているしキスもする。でもマイのために悼む気持ちも止められない……。ま、そんな議論はともかく、今日はアッカーマンシステム本社には顔は出さないよ。僕はここで煙草を吸っているから」

 それは有無を言わさぬ口調だった。

 それ以上マイは何も言えなかった。

「…………」

 故にマイは映像の投射を止めてフォトンとなり消えた。

「散ればこそ、いとど桜は、めでたけれ、憂き世になにか、久しかるべき……か。そう思えれば何といいことだろうね。それとも……限りあれば、吹かねど花は、散るものを、心みじかき、春の山かぜ……かな?」

 コテツは煙草を深く吸って吐いた。

 視線の先にはシェルコロニーたるイオラニの俯瞰の風景。

 モービーディック本社やアッカーマンシステム本社がそうであるように、シェルコロニーたるイオラニには超高層のオフィスビルがいくつも建っている。

 それらを眺めながらコテツは紫煙をくゆらせた。

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