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夜は天にて冴えわたり02

「魔術ってアレ? 黒いフードをかぶった魔女がなんかトカゲのしっぽとか処女の血とかをぐらぐら煮込んだ謎の鍋に入れてかき回して行なう儀式的な……」

「また古典的な魔術像だわね……」

 困ったように言うコンスタンス。

「え……でも魔術ってそんなんじゃないんですか?」

「西暦千九百年代には既に魔術については体系化されているけどね」

「……は?」

「だから既に千年前に体系化されてるって言ってるんだわさ」

「でも魔術なんてオカルトの領域じゃないですか……」

「そんなことないだわさ」

 これまたあっさりと言うコンスタンス。

「先にも言った通り魔術は既に体系化されているわさ。超熱力学第一法則……つまるところ魔法を実践的な術として応用したのが魔術だわさ」

「えーっと……話が飛び過ぎてよくわからないんですけど……」

「簡単に言えば魔法魔術っていうのは時間の並進対称性のやぶれを利用した法律技術のことだわさ」

「時間の並進対称性……?」

「そう。時間の並進対称性」

 こっくりと頷くコンスタンス。

「…………」

 沈黙して「うーん」と唸った後、コテツは言った。

「最初から説明してくれませんか?」

「まぁいいけど。要するに魔法とは熱力学第一法則を超えた超熱力学第一法則のことで魔術とはそれを術として昇華した方法のことだわさ」

「そこからわからないんですけど……。だって熱力学第一法則を破れるのは現在フィジカルオールターだけですよね? 第一種永久機関も存在してますけどそれですらもあくまで起動の元となるエネルギーが必要でそれに上乗せしたエネルギーしか取り出しえない」

「《そういうこと》になってるわね」

「そういうことって……他にあるんですか」

「あるから魔法とか魔術とかマジックとか言ってるんだわさ」

「はあ……」

 呆然としてトマトジュースを飲むコテツ。

「じゃあコテツに質問。熱力学第一法則とは?」

「エネルギー保存の法則のことですよね? 時間の並進対称性とも言い換えられる……」

「そ。それを破るのが魔法。世界には様々なオカルトの理論があるでしょ」

「まぁネットで探せばいくらでもそういうのは出てきますけど……」

「ではそれらがそれぞれの宇宙観を軸にしてるのもわかるでしょ?」

「まぁ、それは……」

「実際に色んな魔法魔術があってそれぞれが時間の並進対称性を破っている。つまり多様な宇宙観を軸にしている世界の魔法魔術には矛盾が発生するってことにならない?」

「それはまぁ……そうですけど……」

「例えば四大元素の火のシンボルを顕現して火の魔法を起こすとするだわさ? でも火は火なわけよ」

「はぁ……」

「例えば五行思想の火気を顕現して火の魔法を起こすとするだわさ? でも火は火なわけよ」

「はぁ……」

「例えばコテツの出身の地球の日本に伝わる神道の……カグツチの力を喚起して火の魔法を起こすとするだわさ? でも火は火なわけよ」

「はぁ……」

「ライターのドラムを回して火を起こすとするだわさ? でも火は火なわけよ」

「はぁ……はあ? それは魔法じゃないでしょう?」

「そして、それならば魔法の火とライターの火との違いは何なんだってことになるんだけど……」

「……その違いっていうのが熱力学第一法則の当否……」

「そういうこと。コテツだって聖書の宇宙観とか四大元素の理屈なんて信じてはいないでしょう?」

「それはまぁ……」

「つまり古今東西の非科学的自然哲学は普遍性や正当性を失い、説得力を大いに欠いているわけよ。また、その宇宙観を機軸に組み立てられた古典魔術の理論と捻出される結果との関係性ははなはだ疑問視されることとなったんだわさ。そしてついには現代魔術において、古典魔術の儀式とその結果とは《前後即因果の誤謬》と認識することになるのよ」

「まぁ当然といえば当然……かなぁ……?」

「ま、そんなことはどうでもいいんだけど……」

「ど、どうでもいいのん……?」

 狼狽えたようにコテツ。

 コンスタンスは淡白に頷くと、

「まぁただの前座よ。最低限のことを認識させるためのね」

 ケラケラと笑う。

「ま、ともあれそうやって魔術は時間の並進対称性のやぶれを利用して超常的な現象を引き出せるんだけど……ここで《隙間の神効果》っていう現象が確認できるんだわさ」

「隙間の神って……《無知に訴える論証》の?」

「そ、まさにそれ。魔術には、術者の能力を超える複雑な演算を《何か》が補完する現象が確認されていて、これを現代魔術では《隙間の神効果》と呼んでいるんだわさ。またこれによって魔術は、術者の認識を超える複雑さを持つ現象に対して、その再現性が失われるのよ。これによってなる誤差を現代魔術では《梵我誤差》と呼んでいるわさ」

「えーっと……微妙に理解できないんですけど……つまり魔術を使う当人にもよくわからないことを《何か》が勝手に補完してくれるってことでいいんですか?」

「そういうことね。そしてクオリアを持った人工知能の発明によって機械でも魔術を再現できる時代が来た。あたしは複雑な演算と臨機応変な隙間の神効果を持った魔術を使って魔術障壁……つまるところのアースクに使われているマジックバリアと……それから信号兵器に応用することを思いついたってわけ」

「あ、信号兵器もなんですか……」

「じゃなきゃどうやって超光速を更に超える信号弾なんか撃てるってのよ」

「あー……つまりそれも隙間の神効果で?」

「そゆことそゆこと」

「そんな便利なものがあるならな何で人類の間に魔術は普及しないんですか?」

「魔法検閲官仮説があるからよ」

「魔法検閲官仮説?」

「そ、何故か魔術は人類全体の総意に対して秘匿される運命にあるみたいなの。本物の魔術を知る者は人類の中でも一握り。まるで《誰か》が魔術の存在を検閲するかのように人類全体に伝わらない。だから魔法検閲官仮説」

「でも実際に魔術を使ったアースクは人類に普及してるじゃないですか」

「アースクそのものは……ね。けれどもその裏で魔術が使われているなんて誰も想像だにしてないはずだわさ。違う?」

「そりゃ……違いませんけど……」

「アースクが最先端技術の塊だと思い込んでいる科学者にはいい薬だわさ」

「それは解明されれば……でしょ」

「ま、ね。あたしオリジナルの言語で魔術を表現してるんだからあと百年は安泰だわさ」

「百年後は怪しいんですね」

「どこで天才が現れてあたしの言語を解くか……脅威ではあれど楽しみでもあるわさ」

 ケラケラと笑うコンスタンスだった。

「はああ……壮大だねぇアースクは……」

「ま、だからこその天才ってぇわけだぁわさぁ」

 ケラケラカラカラと貧相な胸を張って笑うコンスタンスを無視して、コテツは朝食に使われた食器を水に浸けて、それから寝室に戻った。

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