夜は天にて冴えわたり01
次の日。
「兄さん、起きてくださいな」
そんな言葉に聴覚を刺激されコテツはヒュプノスの呪詛から解放された。
「う……? ううん……」
などと呻いてコテツは覚醒する。
コテツは目を開くと天井と、それから黒いショートヘアの美少女を見つけた。
「マイ……?」
その美少女をコテツは妹と定義した。
「はいな。マイですよ。それより兄さん……もうお昼ですよ。早く起きてください」
「マイがキスしてくれたら起きる……」
「ふえ……?」
とキョトンとした後、
「ふえ!」
と顔を真っ赤にして驚愕するマイ……の立体映像。
「しないならおやすみ……」
布団に潜り込もうとしたコテツを、
「待ってください兄さん。しますから。キスしてあげますから」
制止するマイ。
「じゃ、手っ取り早くよろしく」
「うう……それでは……」
と渋って、それからマイは視覚負荷現象のプログラムを起動して、コテツの唇に自身の唇を重ねた。
コテツは満足そうに微笑した。
「うん……元気出た……」
コテツはベッドから這い出て、床をゴロゴロと転がって、それからのろのろと起き上がった。
「うーん……」
と伸びを一つ。
そして、
「あれ? ハイトは?」
ベッドにアーデルハイトがいないことを確認してからそう聞くコテツ。
「ハイトさんなら既に出社されてますよ。もうお昼なんですから」
「そっかそっか」
「キッチンに昼食が用意されていますよ」
「うん。ハイトはいいお嫁さんになれるね……」
「もうほとんどお嫁さんみたいなものじゃないですか。一年も一緒に暮らして一緒に生活してそして兄さんを支え続けてくれたんですから」
「まったくだ」
悪びれることのないコテツだった。
*
コテツがマイを連れてダイニングに行くと、
「うーん。どうするわさ……」
と悩んでいるピンク色のツインテールに宗教的な衣服を着た美少女の立体映像……コンスタンス=ミトニックがいた。
うんうん呻るコンスタンスに、コテツは不思議そうに話しかけた。
「何を悩んでいるんです先生?」
言いながらダイニングテーブルの自分の席につくコテツ。
ダイニングテーブルの上にはサンドイッチとレタスサラダにトマトジュースが置いてあった。
トマトジュースはおかわりの分まで用意されているという周到さだ。
そんな尽くしてくれるアーデルハイトのいるだろう方向に向かって合掌するとコテツは昼食を開始した。
同時にコンスタンスが言う。
「今度はモービーディック社にクラッキングをかけたいんだけど、どういう経路をたどろうか悩んでいるところだわさ」
あっさりと犯罪を口にするコンスタンス。
「電子怪盗デンドロビウムも大変ですねぇ」
「まったくだわさ……」
苦笑しあう二人。
「ちなみにモービーディック社の保有するアースクは何でしたっけ?」
「レッドドラゴンとオクスタンだわさ」
「レッドドラゴン……ドラゴンシリーズの一機ですね」
そこまで言ってコテツは一つの事実に気付いた。
「ん? それってアイドル兼アースク奏者のアルファ=アストラルの機体じゃありませんでしたっけ?」
「そうだわさ。アルファ=アストラルの所属している超銀河プロダクションはモービーディック社の傘下だからね」
「あ、そういうからくり……」
納得してサンドイッチを咀嚼、嚥下するコテツ。
「で、今度はモービーディック本社をクラッキングしてレッドドラゴンとオクスタンのデータを奪おうと……」
「そういうことだわさ」
晴れ晴れと言い切るコンスタンス。
「頑張ってくださいねー」
昼食の制覇に取り掛かるコテツだった。
その途中途中でコテツは言う。
「アースクは先生のオリジナル言語で開発されたんでしょ? 他人に解けるとは思えないんですけど……」
「人類の執念を甘くみないことだわさ。まだ地球にいた頃の人類でさえヒエログリフを読み解くことはできたのよ。あたしのプログラム言語だっていつ解明されるかわかったもんじゃないわさ」
「でも解明されたならそれはそれでしょうがないことだと思いますけどね」
「平和利用を考えているなら問題ないけど太陽同盟が配布したアースク全百八機……各々理由は違えど軍事転用を考えているから性質が悪いんだわさ」
「まぁそれも一つの流れでしょう?」
「仮にアースクの一部が解明されて物体を超光速まで加速する装置が発明されてみなさいよ。それだけで世界征服できるわさ。西暦二千年代の核兵器と同じような抑止力兵器として使われる運命よ」
「……それは……まずいですね……」
「だから電子怪盗デンドロビウムが必要なんだわさ。あたしがアースクをしっかりと管理して悪用させないようにしないと」
「どうせなら墓まで持っていけばよかったですのに」
「まぁ言わんとすることはわからないではないけど開発しちゃったものはしょうがないだわさ……」
コテツは最後のサンドイッチを嚥下して、そしてトマトジュースを飲みながら言う。
「ところで先生……」
「なんだわさ?」
「アースクの機能の一つにマジックバリアってありますよね?」
「うん」
「あれって何なんです?」
「文字通りのバリアだわさ。アースクの全身を包む……」
「いや、なんでそんなものを開発したのか聞きたいんですけど……」
「そりゃ簡単だわさ。アースク……アーマードスーパーシーは超光速で動く機体だわさ? バリアの一つでも張らなければ宇宙空間を浮遊する原子や粒子にぶつかっただけで崩壊するじゃない」
「いや、そういうことが聞きたいんじゃなく……」
「じゃあ何だわさ?」
「アースクの全身を包むバリアの名をマジックバリアと言うんですよね?」
「そうだわさ」
あっけらかんとコンスタンスに、コテツは問いを重ねる。
「なにゆえマジック?」
「そりゃ魔術を使ったバリアだからだわさ」
「……は?」
コテツはポカンとした。
「マジュツ?」
「そ。魔術だわさ」
「先生はいったい何を言ってるんだわさ?」
そんなコンスタンスの口調を真似て問うコテツに、
「だから魔術だわさ」
あっさりとコンスタンス。




