ヒルダ=ニュートン16
夕方のニュースはSCリーグのことでいっぱいだった。
デフィートレスと呼ばれたヒルダ=ニュートンが負けたからだ。
Cクラスから無敗で駆け上り……Bクラスでも無敗を誇っていたヒルダ=ニュートンとそのアースクたるオベロンの初の負け試合。
それはヒルダ=ニュートンがAクラスから落ちぶれてBクラスにとぐろをまいていたコテツ=ナガソネに負けてしまったというニュースだった。
ちなみにコテツ=ナガソネの負け試合は全て不戦敗によるものだ。
つまるところいわゆる一つのボイコットである。
実力はAクラスであるコテツ=ナガソネの手痛い洗礼をヒルダ=ニュートンが受けたとニュースキャスターは報じた。
そしてそのニュースでは勝ったコテツ=ナガソネの勝利者インタビューも乗っていた。
しかしてコテツの写真は一切なかった。
コテツは、
「ラジオスターの悲劇だ」
と言って写真に写ることをかたくなに拒否していた。
それらが終わった後、コテツとヒルダはマンションに戻った。
そして、
「というわけでヒルダはブレナムに帰ります。もう一週間もノーチラス本社に顔を出していませんから……」
荷物もなく手ぶらで……というのも荷物は量子変換されて既にブレナムのヒルダの住む家へと送られているからだが……ヒルダはコテツの住む高級マンションの、コテツの部屋の玄関先に立った。
「おう。帰れ帰れ。いなくなってせいせいすらぁ」
アーデルハイトはそう言った。
「またいつでも遊びにおいで」
コテツはそう言った。
「はいな。またすぐ来ますよ」
ニッコリと笑うヒルダ。
それからヒルダは思いついたように見送りをする立体映像のマイ=ナガソネに聞いた。
「あの……マイ……」
「はい。何でしょう?」
「お兄様のツーマンセルの試合はいつです?」
「三日後ですね。木星圏での試合になりますね」
「そっか……」
「でも兄さんは誰とも組みませんから実質負け試合ですよ?」
そんなマイに頷いた後ヒルダはコテツに言った。
「お兄様……」
「なんだい?」
「三日後のツーマンセルの試合、ヒルダと組みませんか?」
それに苛烈に反応したのはアーデルハイトだった。
「何言いやがるお前! コテツとペアなんて! それは俺の役目だ!」
「でも泥棒猫はAクラスでしょう? Bクラスのお兄様と組むことなんてありえないでしょう?」
「ぐ……!」
言葉を失うアーデルハイト。
「それで……どうでしょう、お兄様。ヒルダとツーマンセルを組んでみませんか?」
「別にいいよ」
あっさりとコテツに、
「本当ですか!」
パアッと顔を華やがせてヒルダはコテツに詰め寄る。
「うん、まぁ。僕はマイのために強くなるって決めたから。これからはマイを言い訳に鬱屈するのは止めようって決めたんだ」
コテツがそう言うと、
「いやん。兄さんったら……」
立体映像のマイが頬を赤くして照れた。
「むう……」
と不満げにアーデルハイトが呻く。
「何はともあれマイのためですか。ま、いいですけど」
ヒルダはコテツに向けて小指を出した。
「何さ、その小指は……」
疑問を口にするコテツに、
「指切りです。お兄様とヒルダがツーマンセルを組む証です」
そうヒルダ。
「はいはい」
コテツとヒルダは指切りをした。
それからヒルダはニッコリ笑って、
「それでは木星圏での試合……楽しみにしてます」
そう言った。
それからチョイチョイとコテツに手を振って引き寄せた。
引き寄せられるコテツ。
ヒルダは口に手を添えて、内緒話をするような構えを取った。
コテツはそんなヒルダに耳を近づける。
そして、
「これはお礼です……」
ヒルダはコテツの頬に軽いキスをした。
「なっ……!」
アーデルハイトが驚く。
「兄さん……!」
マイが驚く。
「ふふ……」
と小悪魔のように笑ってヒルダは去っていった。
「嵐が去った……」
そう呟くコテツ。
「むう……」
とアーデルハイトは呻いた。
「何キスされてるんだコテツ……!」
「そんなこと僕に言われてもね……」
「俺もするぞ!」
「だーめ」
「だいたいなんであんな負け犬と一緒に試合するんだ! お前と……コテツと組んでいいのは銀河中探しても俺だけだろう!」
「ハイトはAクラスで僕はBクラスだよ? ヒルダと組むのは必然じゃないかな」
「今までのお前なら不戦敗に甘んじるはずだろう!」
「言ったでしょう? 僕はもうマイを言い訳に鬱屈するのを止めたって。それはつまりこれから先は本気で生きてみるってことだよ」
「でも、あんな負け犬と組む必要はないじゃないか……!」
「そんなこと言われてもね……」
どうしたものかと呟くコテツ。
しかしてアーデルハイトは止まらない。
真剣な顔をして言った。
「お前がAクラスに戻ったら俺がペアを組んでやる! だからあんな負け犬とツーマンセルをするなんて言わないでくれ!」
「そんなこと言われてもね……」
再度コテツ。
「指切りしちゃったし……」
「破棄すればいいだろう?」
「そんなわけにもいかないよ。それにAクラスのハイトじゃ僕とツーマンセルは組めないし。それならヒルダと組んでも仕方ないんじゃない?」
「俺はお前に俺以外の人間と組むことが我慢ならないんだよ!」
そう宣言するアーデルハイト。
「ありがとう……」
コテツはアーデルハイトを抱きしめた。
ギュッとアーデルハイトを抱きしめて、コテツは言う。
「僕なんかにそんな感情を抱いてくれてありがとう。僕とツーマンセルを組んでくれるって言ってくれてありがとう」
「俺は……別に……!」
「うん。ハイトの気持ちはわかるよ。だから……ありがとう……だよ。でもね……それでも僕はヒルダと組むよ……」
「むう……」
そうアーデルハイトは不満げに呻いた。
「それよりお腹がすいたな。ハイト……またあのドライカレー作ってくれないかな? あれは美味しかったよ」
「ああ、あんなものでいいならいくらでも……!」
頷いてキッチンへ行こうとしたアーデルハイトを、
「ハイト……」
とコテツは呼び止めた。
「なんだ? コテツ……」
「僕、ハイトの事……とっても好きみたいだ……」
「なっ!」
ボッと顔を真っ赤にして照れるアーデルハイト。
「ななな、何を……!」
「あ、もちろん一番はマイだけどね……」
「思わせぶりなこと言うな!」
「うん。でも言えるときに言っておかないと……。人はいつ言えなくなるかわからないからね」
「うう……」
と言葉も見つからずに、すごすごとキッチンへと隠れるように向かうアーデルハイトだった。




