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ヒルダ=ニュートン15

 その中途、ヒルダが空間波通信でコテツに疑問を呈した。

「なんで本気を出さないんです?」

「なんのことだい?」

「スサノオのサインソードは直列連結させればそれだけで倍々に刀身が伸びるはずでしょう。三つ直列連結させればサインソードの刀身は六光秒。オベロンのサインガンの射程より遠くから攻撃を加えられるはずですよ。違いますか?」

「ああ、長柄の獲物は慣れてないんだ。むやみに刀身を伸ばせば識に隙を生む。だから自戒のために刀身を最低限にしてるってだけ。本当なら半光秒でもいいくらいだよ」

 コテツはオベロンの撃ちだす信号弾を切り払いながら間合いを詰める。

「なるほど。手加減されているわけではないのですね。安心しました」

「そんなこと言ってるうちに射程内だよ?」

 そんなコテツの言葉に、

「っ!」

 ヒルダは一丁のサインガンを格納して一振りのサインソードを取り出した。

 それはコテツの振るうサインソードと鍔迫り合いになる。

「捕まえたよ」

「それはどうでしょう?」

 片手のサインガンを連射するヒルダ。

 コテツは自身に向けて撃たれた信号弾を軸回転することで避けた。

「「なっ!」」

 コンスタンスとヒルダが同時に驚いた。

 無理もない。

 超超光速の弾丸のギリギリを見切って躱すなど常人には不可能だ。

 しかしてそれをコテツはやってのけた。

 同時に回転の勢いそのままに二振りのサインソードをヒルダのアースクたるオベロンに叩きつけるコテツ。

「っ……!」

 驚愕ゆえに絶句するヒルダを無視して、コテツのアースクたるスサノオの神速の斬撃がオベロンを襲う。

「やられっぱなしだとは思わないでください!」

 ヒルダは片手のサインソードでスサノオの繰りだすサインソードの一部を切り払い、もう片方の手でサインガンを撃ちながら全力で後退する。

 しかしてそれらは全てに無駄に終わった。

 もしこれでヒルダの相手が他のアースク奏者ならばヒルダは片手のサインソードで牽制しながら後退し、もう片手のサインガンを連射させて相手に着実なダメージを与えていただろう。

 現に今その作戦を実行中である。

 しかしてコテツの技術をその遥か上をいった。

 コテツは……スサノオはオベロンの振りまわすサインソードを片手のサインソードで弾き、オベロンの撃つサインガンの弾をもう片手のサインソードで切り払い、さらにそこから余裕を見つけるとすかさず斬撃を加えながらオベロン目掛けて肉薄した。

「ちょっと……いくらなんでもこれはないでしょう!」

 焦るヒルダ。

 それほどまでにコテツの異常さが際立つ一方的な試合だった。

 スサノオの何度目かの斬撃がオベロンにデータ上のダメージを与えた。

 コンスタンスが感心したように言う。

「なるほどだわさ。《フェアリー》を発生させられるのは一光秒半の範囲……そこまで近づけばいくら《フェアリー》でも怖くないってことね……」

「さて……それじゃ面白くないよねん」

「……え?」

 コンスタンスの疑問に答えないままコテツはサインソードを神速で振るう。

 そしてオベロンの蓄積ダメージが五十パーセントを超えると、ヒルダはオベロンを第二フェーズに移した。

 無数の信号弾の遠隔操作によるオールレンジ攻撃……《フェアリー》である。

 オベロンの周囲に信号弾が四十以上現れると同時に、コテツは自身の操るアースクたるスサノオを後退させた。

 イナーシャルリバイズとフィジカルオールターを全開にしてオベロンから距離をとる。

 等しく超光速で後退するスサノオとオベロン。

 瞬く間に距離は開く。

「っ! どういうつもりですのお兄様?」

「そっちの得意な距離を取ってあげてるだけさ。さあ、かかってきて……」

「後悔なさらないでくださいよ……!」

「しないしない」

「では……!」

 ヒルダは四十以上の信号弾の遠隔操作を開始した。

 その信号弾の全てがそれぞれ別個の動きをする。

 ジグザグにコテツのアースクたるスサノオを襲った。

 《フェアリー》の第一波がスサノオの二光秒圏内に入った瞬間、スサノオのサインソードによって切り払われた。

「なっ……!」

 上下前後左右から信号弾が囲むように殺到する。

 それらの信号弾の群れはコテツの振るう神速のサインソードによって切り払われ続ける。

 早ければ二光秒の……遅くとも一光秒半の圏内で、まるで未来視でもするように、その数実に四十を超えてなおかつ超超光速で動いてるはずの信号弾の襲い掛かる軌道をよんでサインソードで迎撃するコテツ。

 最大でもスサノオの懐の一光秒半手前で切り払われる《フェアリー》。信号兵器は空間波を発するので自身の周囲にどういう風に展開しているかはリアルタイムに把握できるため軌道さえ読めればできない相談ではない。

 しかして言うは易し……行なうは難し……である。

 ジグザグに軌道を変えながらスサノオに襲い掛かる信号弾を切り払い続けるコテツは非常識と言って差し支えない存在だった。

「嘘でしょう?」

 そう呟くヒルダを誰も責められはしないだろう。

「…………っっ!」

 無言で、しかし気迫だけは十分に、コテツは神がかり的な速度、操作、予測をして全方位から殺到してくる《フェアリー》を打ち払う。

 しかも同時にスサノオの機動軌道までもをしっかりと処理しているのだ。

 対するヒルダが《フェアリー》に自身の処理能力の全てをまわしてアースクの機動軌道の処理をサブシステムに託しているのに……だ。

 そして……遂に……最後の信号弾を切り払うコテツ。

 音の通じない宇宙空間で……しかしてシンと静寂のオノマトペが鳴った気がした。

 オベロンの第二フェーズ……《フェアリー》を全て打ち払ったコテツは不思議そうにヒルダに聞く。

「あれ? これで終わり? もっと出せないの?」

「《フェアリー》は一回使うとその戦闘では二度と使えなくなるんです。しかし……これで決着がついたと思ったのに……。《フェアリー》さえ全て切り払って見せる……それが結界ですか……」

「コテツ=ナガソネaka結界……夜露死苦哀愁……ってところ? まぁどんな弾丸も軌道さえわかれば切り落とすのはそんなに難しい話じゃないしねん」

 あっさりとコテツに、

「怪物……!」

 と戦慄しながらそう呟くヒルダ。

「いやー……本当に《フェアリー》を全て切り払うなんて……何と言っていいやら……」

 アースクの生みの親であるはずのコンスタンス=ミトニックがそう呟く。

「《フェアリー》でさえスサノオの《剣劇結界》の前には沈黙するしかない……か。第二フェーズに移行してないのにここまでされればチートとさえ言えるかもね。やまだかつてないアースク奏者だわさ」

 そう感慨深げに言うコンスタンスを無視して、コテツはスサノオをオベロンへと肉薄させる。

「ちぃ……!」

 舌打ち一つ。

 ヒルダはオベロンを後退させながらスサノオに向けてサインガンを撃つ。

 しかしてコテツの技量の前にそれらは切り払われる。

「あっはっは……ここまでされると笑いしか起きないだわさ……!」

 気楽そうにそう笑うコンスタンス。

「来ないで……来ないでぇ……!」

 一種の恐怖に憑りつかれながらヒルダはサインガンを撃ちつつ後退する。

 しかして既に趨勢は決していた。

 サインガンから撃ちだされる信号弾のことごとくがスサノオのサインソードによって切り払われる。

 そして神速の斬撃がヒルダのアースクたるオベロンに襲い掛かる。

 決着がつくのに大した時間はかからなかった。

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