ヒルダ=ニュートン14
そして次の日。
コテツは超光速パワードスーツたるアースク……全身銀色の甲冑騎士……スサノオの中にいた。
宇宙に浮かぶ全長十八メートルの巨大なパワードスーツ……あるいは人型ロボットと言ってもいいかもしれない……の中でコテツはカウントダウンを眺めていた。
火星圏内でのコテツとヒルダとのSCリーグによる試合が始まるまでの時間のカウントダウンだ。
それが六十秒を切った時点でコテツはサブシステムたる六○五に確認をとった。
「調子はどう?」
「ブレインマシンインタフェースに異常なし。空間波制御、イナーシャルリバイズ、マジックバリア、信号兵器、フィジカルオールター、次元加熱……全ての機能は完全起動。思考加速までの時間は一分後であります」
機械的にそう答える六○五に、
「ん?」
コテツは違和感を覚えた。
(フィジカルオールター? 次元加熱?)
それらはアースクの生みの親であるコンスタンスと、話を聞いたコテツ達にしか知りえない情報だった。
そう思った後、コテツは六○五に問うた。
「世のなかは、空しきものと、あらむとぞ……」
「……この照る月は、満ち欠けしける」
日本の和歌をサラリと詠みあげるサブシステム。
普段なら、
「それらの質問には答えられません」
と言うはずのサブシステムがあっさりと和歌を口にした。
それだけでコテツはサブシステムの現状を知った。
「何してるのコンスタンス先生?」
「な、なんのことハムニダ?」
「普通サブシステムはそんな誤魔化し方はしないよ」
「むぅ……」
「むぅ……じゃないよ。なにサブシステムに入り込んでるのさ先生」
そう。コテツのアースク……スサノオのサブシステムをコンスタンスが乗っ取っているのだった。
「だって暇なんだもん。いいじゃない。サブシステムを乗っ取るくらい」
「まぁ別に否定はしませんがね」
「でがしょ? ちゃんとサポートするって。可愛い我が子のためだもの」
「僕がサブシステムを必要としてないのは先生も知るところでしょう?」
「そりゃ知ってるけど……でも平凡なサブシステムよりは役に立つはずだわさ」
「それは……そうでしょうけど……」
他に言い様もなくコテツ。
「空間波制御、イナーシャルリバイズ、マジックバリア、信号兵器、フィジカルオールター、次元加熱……全て正常稼働。ブレインマシンインタフェースもちゃんと機能してるでしょ?」
コテツは思念でスサノオを動かし、
「まぁ、たしかに……」
そう言った。
「不世出の傑物たるヒルダ=ニュートンと、結界のコテツ=ナガソネの試合だわさ。本来ならサインソードしか持っていないスサノオの方が圧倒的というか絶望的というかもう死んじゃえばってくらい不利だけど」
「……そこまで言うのん?」
「それをコテツがどう調理するのか興味が尽きないわさ」
「いつも通りですよ」
あっさりとコテツ。
「四十を超えるサインブレットの群れ……《フェアリー》をサインソードだけで攻略するつもり?」
「他に方法は無いでしょう?」
「ま、確かに。結界の力……とくとご覧に入れさせてもらうわさ。そろそろ時間ね……カウントダウン……十、九、八、七、六、五、四、三、二、一……思考加速」
そして……ドクンとコテツのニューロンが脈打った。
時間の感覚が何倍にも引き伸ばされて虚空全てがゆっくりと流れる。
そしてコテツは加速した。
秒速四十五万キロというあまりにも桁外れな速度だ。
そして空間波で相手の位置を確認しながら一直線にヒルダのアースク……オベロンへと突き進む。
同時に相手のスペックを見る。
女性的なフォルムにダマスカス鋼の模様が全身にはびこる一種神秘的なパワードスーツが視界エフェクトとして映り、それからオベロンの性能を見る。
「二振りのサインソードに二丁のサインガンを持っているわさ。サインソードは二光秒の刀身を持ち、サインガンの方は五光秒の射程を持つ……けど狙って当たるのは四光秒くらいからだわね。第二フェーズでは《フェアリー》と呼ばれる信号弾を無数に放ち操ることができる。ただし《フェアリー》によるマニュアルで動かせる信号弾の発生は一光秒半の範囲って制限があるけども……まぁ言ってしまえばそれだけだわさ」
「解説ありがとうございます武田一浩さん」
コテツは相手の行動に不信がる。
「うん? ヒルダ……動いてないぞ?」
「そうみたいね。でも……まぁ確かに近距離専門のコテツ目掛けて接近する必要はないだわさ」
「狙い撃ちする気かしらん?」
「それが妥当ね」
言っている間にもコテツは宇宙を突き進む。
そしてコテツのアースクたるスサノオとヒルダのアースクたるオベロンが間合いを五光秒まで詰めた瞬間、オベロンが二丁のサインガンを構えて信号弾を撃った。
その信号弾は《何がしかの作用》によって超光速を超える超超光速で宇宙を飛翔しスサノオ目掛けて襲い掛かる。
それをコテツは……いとも簡単に、いとも平然と、いとも泰然と、サインソードで切って捨てた。
超超光速の弾丸を平然と切り払うコテツの異常さはもはや、
「優良」
という言葉では片付かないスペックだった。
「よく反応できるわさ……。超超光速の信号弾を前にしては回避するか被弾するかの二つに一つのはずなのに……」
「相手の意図を読み自身の意図を知ればおのずと回答は出てきますよ先生」
直後に二丁のサインガンを連射するオベロンの弾丸を切り捨てながらコテツは徐々にヒルダとの間合いを詰める。
「サインガンでは足止めにもならないですね、お兄様……」
空間波通信でそう愚痴るヒルダ。
「諦めたならさっさと《フェアリー》を出せば? 絶望の底に叩き落としてあげるから」
「お兄様も知っての通り第二フェーズは奏者の危機感に反応して生まれいずるモノです。まだそこまでは……」
「だったらお望み通り追い詰めてあげるよ……!」
二光秒の刀身を持つデータ上の剣……サインソードを両手に持ってコテツはオベロンへと肉薄する。
そうはさせじとオベロンは超光速でコテツのスサノオから離れながらサインガンを連射する。
それらを全て切り落とし最短距離でオベロンへと近づくスサノオ。




