ヒルダ=ニュートン13
「その点泥棒猫はすごいです。お兄様の傍にいて、お兄様の檻を壊して、お兄様に惜しみない愛情を注いだ。それはきっと優しさと呼ばれる感情です。泥棒猫はどこまでも優しくて、そしてお兄様の事を好きだという感情を押し殺して今日までお兄様を支えてくれたはずです」
「うん、まぁハイトが僕のことを好きだって知ったのはついこの前だからね」
「ずるいですよ泥棒猫は……そんな優しさを生まれ持って……。ヒルダはヒルダのためにしかお兄様を愛せないのに、泥棒猫はお兄様のためにお兄様を愛せる……そんな人。それはヒルダが一番欲しかった愛の形。いえ、こんなこと考えている時点でもうヒルダは汚い子です……。重いですよね。ウザいですよね。ごめんなさい。こんなヒルダにお兄様を愛する資格なんて……」
「ある」
「………………………………え?」
「受け売りだけど……神ならぬ身ゆえに、一人ぼっちは辛いから、世界が自分を求めなくても、人は人を求めるんだってさ。ヒルダは僕を求めてくれた。それだけで僕の傍にいる価値がある。それにね、ヒルダみたいに可愛い子に傍にいてもらえて……そして愛してもらえて僕は光栄だ」
「ふえ……ヒルダは可愛くなんてありません……こんな汚いヒルダなんて……」
「謙遜も度が過ぎれば嫌味になるよ」
「ふえ……」
それ以上何も言えずにギュッとコテツを抱きしめるヒルダ。
「虫のいい話をしているのはわかってる。自分勝手だってわかってる。僕には今愛している人がいるからヒルダの気持ちには応えられないけど、それでもヒルダには僕を愛してほしい……駄目かな?」
「う……うう……」
ヒルダは嗚咽した
「ちょ、あれ? やっぱり駄目だった? 自分勝手すぎた?」
「違います。あまりにも嬉しくて……。ヒルダはお兄様の傍にいていいんですね……?」
「うん。もちろん」
「ありがとうございます」
「感謝すべきはこっちの方なんだけどな」
「それでもありがとうございます。こんな独善的で自分勝手なヒルダを認めてくださって、否定しないでくださって、軽蔑しないでくださって、傍にいていいって言ってくださって……ありがとうございます」
「じゃあ僕もありがとう。こんな何のとりえもない駄目人間を愛してくれてありがとうございます」
「お兄様……!」
「ヒルダ……」
そして二人はギュっと抱きしめあった。
どれだけそうしていただろう。
コテツとヒルダは互いに照れながら抱擁を止めた。
「あー……えーっと……寝室に戻ろうか……」
「そうですね、お兄様……」
おずおずとコテツとヒルダは寝室に戻ってベッドに潜り込んだ。
コテツはダブルベッドの中心に、ヒルダはそんなコテツの左側で寝転がってコテツの左腕に抱きついた。
そうして二人は再度眠り深くするために目を閉じた。
次の瞬間、コテツの視界に仮想コンソールが生まれた。
コテツは少しだけ驚く。
そしてコテツの視界にだけ映る仮想コンソールにはアーデルハイトからのコンタクトの許否を問う内容を示していた。
視線ポインタでコンタクトを許可するコテツ。
同時にブレインユビキタスネットワークを通じてコテツとアーデルハイトの脳がつながった。
アーデルハイトが思念で言う。
「中々やるじゃないか天然ジゴロ」
コテツは思念で溜め息をついて思念で言い返す。
「別にそんなつもりじゃ……。やっぱり女の子には笑ってほしいからさ。ていうかハイト、起きてたの?」
「お前が悪夢にうなされた時から起きてたぜ?」
「いつもみたいに慰めてはくれなかったんだね……」
「コテツの隣で心配そうにしている負け犬がいたからね。花を持たせてやろうと思って」
「へんなところで遠慮するね、君」
「俺はいつでもお前の傍にいてやれるが負け犬は明日限りでブレナムに帰るんだろう? ライバルとて同情の余地はあるさ。それに……真剣に自己嫌悪する負け犬……ヒルダ=ニュートンのしおらしさも物珍しかったしな」
「可愛いよねヒルダ」
「ああ、悔しいが認めざるを得ない」
「でもハイトも十分可愛いよ?」
「~~っ! 平然とそんなこと言うな馬鹿!」
「駄目かな?」
「駄目……じゃないけどな……」
「なら良かった。僕は本当にハイトに感謝してるんだ。何かを黄金に変えるのもガラクタに変えるのも自分次第だって教えてくれたハイトが……いや、そんなの後付だね……どうしようもない僕を支えてくれたハイトがとても眩しく映っているよ」
「それでもマイの次だろう?」
「それは……まぁね……。僕とマイは相思相愛だったから。この初恋は簡単には諦めきれない……。それは許してほしい……」
「許すさ」
「ありがとうハイト。僕は君に頼ってばかりだね」
「俺が好きでやってるんだ。気にすることはないぜ」
「うん。それでもありがとう」
「~~っ! それじゃコンタクト切るぞ。明日はお前と負け犬のSCリーグの対戦の日だからな」
「うん。おやすみ」
コテツはアーデルハイトとのコンタクトを切った。
眠るのにさほどの時間は要しなかった。




