ヒルダ=ニュートン07
そして三日後、ニュースは電子怪盗デンドロビウム一色だった。
コンスタンスはアッカーマンシステム本社のアースクに関する全てのデータを盗み出すと、『デンドロビウム参上』という書置きを残して、姿を消した。
正確にはコテツの部屋に引き籠った。
無論、情報を盗まれた方としてはたまったものではない。
ありとあらゆるデータ追跡が行なわれたがコンスタンスの処理はその上を行った。
結局電子怪盗デンドロビウムの正体は一部を除いてわからずじまいに終わった。
太陽同盟でも片手の指で数えられるシステム開発および管理技術を持つアッカーマンシステムがクラッキングされたことはニュースという枠組みの中で大旋風を巻き起こした。
愉快犯から宗教的理由まで取り上げてニュースは電子怪盗デンドロビウムの正体を憶測した。
そしてコンスタンスはそんなニュースを見てケラケラと笑うのだった。
「いやぁ傑作傑作。さすがに音に聞こえたアッカーマンシステム……! ここまで盛り上がるとクラッキングのし甲斐があったというものだわさ……!」
映像投射機で立体映像になっているコンスタンスは腹を抱えて笑い転げていた。
「おい、コテツ……」
「なに、ハイト?」
ベーグルサンドを齧りながらコテツとアーデルハイトは言葉をやり取りする。
「あいつ……フォーマットしていいか?」
「駄目だよ。先生だって意志を持って生きてるんだから……」
「うちのデータ盗み出して笑い転げてるって時点でもうむかつくんだが……」
「まぁ野良犬に手を噛まれたと思ってよりよい選択を」
ベーグルサンドを嚥下してあっさりとコテツ。
笑い終えたコンスタンスが立ち上がって言う。
「大丈夫。アッカーマンシステムでもまだあたしの子供達の解析はできてないだわさ。この分じゃまだ子供達の解析のとっかかりを掴むのは先の事になりそうだね」
ケラケラとまた笑うコンスタンス。
「喜べばいいのか怒ればいいのか……」
ベーグルサンドを咀嚼しながら「うーん」と悩むアーデルハイト。
そこにコンスタンスと同じ立体映像の黒のショートヘアの少女が現れた。
マイ=ナガソネだ。
「兄さん……」
「はいはい?」
「今日はどうするのでしょう?」
「うーん。今日はスサノオを本社に預ける日だから本社に行ってスサノオを解析にまわして……後は修練場に顔を出して、それから予習だね」
「予習?」
「四日後にヒルダと戦わなきゃならないでしょ? ノーチラス社のアースクシミュレーションでヒルダのアースク……オベロンと手合せするつもり」
「そうですか……」
わかりました、と頷くマイ。
ヒルダが割り込んだ。
「それではお兄様、ヒルダが直々にお相手しましょう」
「会社の方は大丈夫なの? ノーチラスのイオラニ支社に行かなくていいの?」
「すでにヒルダのアースクたるオベロンは今ノーチラスのイオラニ支社に預けて検査中です。ヒルダが顔を出しても何もすることがありませんの。ならシミュレーションとはいえお兄様の役に立つ方を選びたいです」
「ま、そういうんならそれでいいけどね」
そしてコテツはトマトジュースを飲み干した。
それからコテツにアーデルハイトにヒルダがテキパキと外出の準備をして玄関に向かう。
「言ってらっしゃませ。兄さん。ハイトさん。ヒルダちゃん」
玄関の映像投射機に自身の立体映像を映して、一礼するマイ。
「おう、行ってくるぜ」
「留守番よろしくですの、マイ……」
アーデルハイトにヒルダ。
そこでコテツが指を鳴らして言った。
「マイ、視覚負荷現象は使える?」
「はぁ……まぁ……」
「じゃあ使ってみて……」
「はぁ……それでは……」
そういうと同時にマイは視覚負荷現象を自身に適用させた。
同時にマイを見るコテツとアーデルハイトとヒルダの目に負荷がかかる。
その負荷ゆえにコテツ達はマイを実体と誤認するのだった。
そして、
「いってきます」
コテツはマイにキスをした。
ポカンというオノマトペが辺りに鳴った。
コテツは悪戯が成功した子供の様に笑った。
「さすがの視覚負荷。唇の感触まであるなんて」
クツクツと笑うコテツ。
「……っ!」
ボンとマイの人工知能が顔を朱に染める。
「ななな……何を……!」
そんなマイに、
「一応僕なりの挨拶だけどな」
あっさりとコテツ。
コテツは煙草を取り出すと火をつけて、紫煙を吸って吐いた。
それから、
「コテツ! なんでそんなことするんだ! するなら俺にも!」
「お兄様! それならヒルダにも!」
実体を持った乙女二人がコテツに迫った。
そんな二人を見つめながらコテツは言う。
「ハイトもヒルダもまだ僕の恋人足りえないからそんなことする必要ないじゃん」
「うぐ……」
呻くアーデルハイトに、
「ではヒルダは二号になります。側室になります。それならいいでしょう?」
淡泊に決心するヒルダ。
そして犬と猫の喧嘩が始まる。
「何言ってんだ負け犬! お前にコテツに触れる権利があると思うか!」
「泥棒猫に言われる筋合いはないでしょう……!」
「俺はコテツとマイの決着がつけばコテツから返事を受け取る契約をしてるんだ! 横入れは野暮だぜ。後ろに並べ負け犬!」
「なにを引っ込みなさい泥棒猫!」
ギャーギャーとわめく乙女二人を連れて、
「じゃ、行ってくるよ。留守番よろしく」
コテツは玄関を出た。
「行ってらっしゃい兄さん……」
そうコテツの背中に声がかかった。
それは……動揺に上ずった声だった。




