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電子怪盗デンドロビウム08

 0と1の構築するデジタルな宇宙空間に一人、コテツのアバターは虚空と漂っていた。

 ボサボサの黒髪に死んだ魚のような目。

 よれよれの喪服のスーツ。

 立派にアバターはコテツを再現していた。

 コテツを包むのは刺々しい銀色の装甲。

 アースク。

 そのスサノオだ。

 そしてそこから六十光秒離れた空間に同じくアースクたるスサノオが存在することをレーダーで知るコテツ。

 無論百八機のアースクは百八通りの存在意義を持つ故、同じ機体は二つとない。

 ここは仮想空間。

 アースクの戦闘を限りなく再現するために作られた0と1の世界……ノーチラス社が作ったアプリ、『アースクシミュレーション』の中である。

 ここでは百八機のアースクから一機を選んで相手のアースクと実戦同様に戦うことができる。

 無論スサノオ対スサノオという構図も可能なわけであった。

 試合開始のカウントダウンが鳴る。

「なーんでこんなことになったのかなー……?」

 そう仮想の宇宙空間にて呟くコテツ。

 事の発端はコテツがアッカーマンシステム本社の休憩室で寝転がりながらダラダラと煙草を吸っていることだった。

 それを見たスサノオの補欠ポジションであるアッカーマンシステム社員のフィボナッチに見咎められたことにある。

 全てのアースクに奏者がいるように、その奏者が不能になった場合にアースクにあてがわれる補欠奏者の存在がある。

 いわゆる《二軍》と揶揄される存在だ。

 それでも、二軍と蔑まれても補欠奏者はいつかアースクの奏者となるために己を高めているのだ。

 そしてスサノオの補欠奏者であるフィボナッチは、SCリーグの半分をボイコットしてアッカーマンシステム本社の休憩室でダラダラしているコテツを見て我慢ならなくなったのだろう。

 コテツに『アースクシミュレーション』での試合を申し込んだ。

「嫌だ」

 と言うコテツを引っ張って『アースクシミュレーション』の設置されている社室まで連れていって、一騎打ちを挑むフィボナッチは勇敢ではあったが、コテツにとっては面倒の一言で片付く存在だった。

「なんならフィボナッチさんがスサノオの奏者になってもいいよ?」

 奏者であることにこだわらないコテツ。

 しかして、

「それで解決するなら既に当方はスサノオの奏者だ。しかし現実はどうだ。当方が一所懸命にアースクの操縦訓練をしてもスサノオの奏者はコテツ……お前で揺らがない! 当方がスサノオの奏者になるためにはコテツ……お前を倒さねば認められぬ!」

 憎しみを抱えてフィボナッチ。

「はあ……」

 とコテツは溜め息をついた。

「何をそんなにピリピリしてるのさ?」

「こっちが血の汗流して涙も拭かず日中訓練しているのに、それを易々と乗り越えるお前に我慢ならないだけだ!」

「そっちが本音だね……」

 うんざりとコテツ。

「いいよ。相手になったげる」

「当方はお前を超える!」

「あいさー」

 コテツはサインソードを抜いた。

 二本のサインソードを両手に持ち無構えになる。

 対して相手はスサノオの腰にマウントされている四振りのサインソードの柄を直列に接続して一つの柄にする。

 そしてサインソードを起動させる。

 それは八光秒……二百四十万キロメートルもの刀身を持った。

 スサノオのサインソードは他のアースクとは違い少し特殊な機能を持っていた。

 それがこのサインソードの柄の直列連結だった。

 一つの柄で二光秒、二つの柄を直列させれば二倍の四光秒、三つの柄を直列させれば三倍の六光秒と言った具合に直列させればさせるほど刀身が伸び、最大四つの直列連結では四倍の八光秒の長さとなる。

 この全てのサインソードの直列連結の状態を《アメノハバキリ》と呼ぶ。

 そんなアメノハバキリとの対峙するコテツは先に言ったようにサインソードを二つ、両手に持っているだけだ。

「何をしているコテツ! 本気で来い!」

「いやあ、フィボナッチさん相手に本気になっても……」

「それだ……! そのお前の態度が上層部にお前の方が当方より勝っていると勘違いさせたんだ!」

「そんなもんかなぁ?」

「すぐにその減らず口を失くしてやる!」

 言っている間にも試合開始のカウントダウンは進み、そして零になる。

 同時にフィボナッチのスサノオが加速する。

 速度は光速の一・五倍。接触まで約三十五秒。

 その間加速もせずにボーっとしているコテツ。

 圏内に入ると同時にフィボナッチがアメノハバキリを振るう。

 それをサインソードで受け止めるコテツ。

 フィボナッチはアメノハバキリをがむしゃらに振るう。

 袈裟切り。

 横薙ぎ。

 逆袈裟。

 考えうる限りの斬撃をコテツのスサノオに浴びせる。

 しかしてコテツはそれらを冷静にさばいて、時にはスサノオ自身を動かしてヒラリと避けたりと一撃もフィボナッチの斬撃を受けなかった。

「くそ……この……!」

「そんな大ぶりじゃいつまで経っても僕には当たらないよ」

「お前さえいなければ! お前さえいなければ!」

「そんなに憎むこと?」

「憎いさ! お前のせいで当方は二軍だ! お前のせいで当方はガラクタだ! これが憎くなくてなんとする!」

「……っ!」

 その言葉に絶句するコテツ。

『僕も……憎めたらいいのになぁ……。ここにあるのは……確かにガラクタだ』

 それはコテツが放った言葉だった。

 アメノハバキリを振るいながらコテツはフィボナッチの怨嗟を聞く。

「憎い! お前さえいなければ! 当方がスサノオを操ってみせるものの! お前は呪いだ! お前は呪詛だ! お前は呪縛だ!」

『じゃあ俺はマイを憎む! コテツを不幸の吹き溜まりに絡めとるオリジナルのマイを憎む! そのせいでコテツから幸せになる気を奪うマイを憎む! それは呪いだ! それは呪詛だ! それは呪縛だ! コテツに残っているモノをガラクタにする!』

 それはアーデルハイトの言葉だった。

 アーデルハイトの言葉をまた思い出すコテツ。

『違うぜ。そうじゃない。世界にとって必要な人間がいないから……人間はどこまでも一人ぼっちだから……だからこそ人は人を求めるんだろう? 神ならぬ身ゆえに、一人ぼっちは辛いから、人は人を求めるんだろう?』

 それもアーデルハイトの言葉だった。

 コテツはフィボナッチのアメノハバキリをさばきながら哄笑した。

「は……ははは……ははははは……! はははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは!」

 そんなコテツに、

「何がおかしい!」

 そう呪いを吐くフィボナッチ。

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