電子怪盗デンドロビウム06
コテツは、
「ふふ……」
と笑った。
「はは……ハイトは馬鹿だなぁ」
「ああ、馬鹿だ。こんな男に惚れるなんて……」
「でもごめんね……」
「何がだ?」
そう問うアーデルハイトの、その前髪をサラリと除けるとコテツはアーデルハイトの額にキスをした。
「な……!」
熟れたトマトのように顔を真っ赤にするアーデルハイトに、
「今はまだこれくらいしか返せないけど僕を抱きしめてくれてありがとう。ハイトがいなきゃ僕はまだあの闇に沈んでいただろうね」
そう……コテツは、アマテラスと自分の人格データだけを残してこの世から消えさったマイのために絶望の淵に一度落ちた。
何も食べる気ならず。
何もする気にならず。
生も死も選べないでがらんどうの時を生きた。
そしてそんなコテツを見ていられずアーデルハイトは自身の部屋とコテツの部屋にある壁をぶち抜いて高級マンションの三十六階の一号室と二号室を一つの空間にした。
その時にコテツは気付くべきだったのだ。
アーデルハイトの抱える想いに。
「僕は……妹の一人も救えない醜悪な存在だ……」
「それでも構わない」
「僕は……マイを助けられなかった……」
「それでも構わない」
「僕は……世界が憎い……」
「俺も憎いよ」
そう断言するアーデルハイト。
「ハイト……も……?」
「ああ、俺もだ……!」
また豊かな胸でコテツを抱擁するアーデルハイト。
「マイを救えなかった。マイを守れなかった。そして行方不明になったマイをいまだに悔やんでいる……」
「うん……。うん……」
コテツはまた泣いた。
アーデルハイトと同じ気持ちで泣かざるをえなかった。
「兄さん、そんなにオリジナルの私の事を……」
コテツとアーデルハイトがそちらを見ると、闇夜の中、立体映像のマイとコンスタンスがそこにいた。
「ありがとうございます。そこまで私の事を気にかけてくださって」
「君じゃないよ。僕が悔やんでいるのはオリジナルのマイのことだ」
「それでも……模造品でも……コピー品でも……私の事を悔やんでくれてありがとうございますとしか言えません。私は確かにマイのコピーですから」
慈しむようにマイ。
そして、コンスタンスが言う。
「アンチドレイク……」
ただそれだけを。
「アンチドレイク……?」
闇夜のベッドから起き上がるとコテツはコンスタンスの発した、
『アンチドレイク』
という言葉に首を傾げた。
「そう。マイから話はだいたい聞いたわさ。マイ=ナガソネは自身の駆るアースク……アマテラスを残して消失した。そうでしょ?」
「そう……だけど……」
「ならそれはアンチドレイクの仕業ね……」
「アンチドレイク?」
そう聞くコテツに、
「アンチドレイク」
頷くコンスタンス。
「アンチドレイクってなんなんだ?」
問うアーデルハイトに、
「宇宙に普遍的に存在する純粋数学的存在の事」
コンスタンスはわけのわからないことを言う。
そして、
「ここにいるマイの話を総合すればマイは自身の愛機であるアマテラスを量子変換で具現化したままパージされた痕跡もなくいなくなったんでしょ?」
「それは……そうだけど……」
おずおずと言うコテツ。
「普通に考えて鎧みたいなアースクを残して、その中身である奏者だけを消すことなんてできると思う?」
「それは……確かに無理だね……」
「なら答えは一つだわさ。アンチドレイクの仕業よ」
「そのアンチドレイクって何なんだ?」
そう問うアーデルハイトに、
「だからさっきも言ったように宇宙に普遍的に存在する純粋数学的存在だわさ。マイはそいつに殺されたわけ」
そんなコンスタンスの言葉に、
「……っ!」
絶句するコテツ。
今までマイは行方不明ということで何とか心を持ちこたえていたコテツの心が崩れ去る。
「なら……マイは……!」
「十中八九死んでるわ」
「っ!」
それは……コテツが最も聞きたくなかった言葉だった。
コテツはアーデルハイトの豊かな胸に頭部を沈み込ませて泣いた。
「マイ……マイ……」
アーデルハイトが激昂する。
「何なんだお前は! ここに来たと思ったら余計なことを言って! コテツがどれだけマイの事を大事にしているのかわからないのか!」
「知ってるつもりよ。でも行方不明なんて曖昧なモノじゃなくて死亡って現実の方がコテツには必要でしょう?」
「……っ!」
あまりといえばあまりの現実に言葉を失くすアーデルハイト。
「マイ……マイ……」
コテツはアーデルハイトの胸でマイの名を呼びながら泣き続けた。




