電子怪盗デンドロビウム01
高級マンションの三十六階の一号室と二号室をぶち抜いて作られた空間……つまり我が家にコテツとアーデルハイトはいた。
「あー……」
鼻血が出ているわけでもないのにトントンと自分自身のうなじをチョップし続けるコテツ。
アーデルハイトが心配そうに聞く。
「本当に大丈夫なのかコテツ……?」
「ああ、うん。一時の眩暈がしただけだからね。さほど心配するモノではないよ」
「もしよければ病院行くか? 手配くらいするぞ?」
「いいよ。気を使ってくれてありがとうハイト……」
「べ、別にお前のためじゃ……!」
顔を赤くしてそう反論するアーデルハイトに、
「うん。それでもありがとう」
コテツはアーデルハイトの頭を撫でる。
「あう……」
真っ赤になって俯くアーデルハイト。
それに可愛さを覚えながらコテツは言う。
「マイ」
「ここに」
答えてマイは部屋の天井に備えてある映像投射機から自身の立体映像を創りだす。
そうして現れたマイに、
「ここのローカルエリアネットワークをスタンドアロン化してくれない?」
「わかりました兄さん……完了しました」
一秒と経たずに自宅のネットワークをグローバルエリアネットワークから切り離すマイ……の人工知能。
それからコテツが言った。
「おーい、もう出てきていいよ。何処かの誰かさん」
「本当か?」
それは思念による……コテツの内から湧き出る声だった。
澄み切ったフルートの音色を聞くような心地よさを持つ声だ。
「確認は自分でしてよ。駄目だと思うなら出てこなければいい」
そうコテツの内なる思念と会話するコテツ。
アーデルハイトとマイは首を傾げるのみだ。
内なる声は、
「しばし待て……」
と言った後で、コテツたちの部屋がスタンドアロン化していることを実際に確認したのだろう。
コテツの脳内からコテツの部屋のハードへと意識を移した。
すると、
「わ、兄さん。何ですか、このデータ……」
そう驚くマイ。
「二人とも何を言ってるんだ?」
わからないと首を傾げるアーデルハイト。
しかしてその疑問はすぐに解消された。
天井に付けられた映像投射機から立体映像で一人の少女を映しだしたからだ。
その少女はピンク色の髪をツインテールにした色白の美少女で、体を纏うのは黒を基調として赤い線が所々に入っている宗教的な服だった。
背中には申し訳程度に小さな羽が生えている。
無論立体映像故にそれらはデータ上のモノには違いなかったが。
「な……! アーティフィシャルインテリジェンス! 誰のだ!」
そう驚愕するアーデルハイト。
「さっき会社の玄関で僕が眩暈を起こしたでしょ?」
「あ、ああ」
「その時の子。僕の脳内ハードに無理矢理入ってきた張本人」
「あっははは。その節はご迷惑を」
「その節というかついさっきの話だけどね」
ジト目でピンクのツインテール美少女を睨むコテツ。
「いやぁ、まさかあそこまで攻撃的な攻性プログラムを構築するとは恐れ入るよ。アッカーマンシステムのセキュリティには舌を巻くね」
「ん? どういうことだ?」
「つまりこのアーティフィシャルインテリジェンス……人工知能がアッカーマンシステム本社にクラッキングをかけた張本人ってわけ」
「その通り!」
誇らしげに無い胸を張るツインテールの美少女。
「それで? お前は誰だ?」
アーデルハイトが当然の質問をした。
「職業名はデンドロビウムって呼ばれてるわね」
「「「デンドロビウム?」」」
コテツにアーデルハイトにマイが首を傾げてツインテールの美少女……デンドロビウムに疑問の声をかける。
デンドロビウムは、
「ふんす」
と鼻息も荒く頷いた。
「そう……。あたしこそ今世間を騒がせているカリスマハッカー……電子怪盗デンドロビウムその人よ」
「ふふん」
と勝ち誇ったようにデンドロビウム。
「デンドロビウムって言うと……この前デビルズネクストのイオラニ支社をクラッキングした……」
そんなマイの言葉に、
「そう。あそこは簡単だったわ。セキュリティもファイヤーウォールも雑。簡単にクラッキング出来たわ」
「本当に電子怪盗デンドロビウム……なの?」
おずおずとそう問うコテツに、
「あんたたちにリスクのある嘘ついてどうすんのよ?」
あっさりとデンドロビウム。
「いや……てっきり天才ハッカーって言うから実在の人物かと……。まさか人工知能がクラッキングするなんて思いもよらないし……」
そんなコテツに……頷くアーデルハイトとマイ。
「既に五百年前にはクオリアを持った人工知能の開発はできてるでしょう? 人工知能が意志を持つことは必然ってもんよ」
「いや、でも……ねぇ?」
うろんげにそう呟くコテツ。
「人工知能はクオリアを持つにしても何かしらの目的を持って作られるもんじゃない? なんでクラッキング専門の人工知能なんか作るのさ。製作者が誰かは知らないけどそんな人工知能を作る技術があるなら自分でクラッキングした方が尚のこと優秀にできそうなもんじゃない?」
「それはまぁそうだけどあたしとしては生身を残すわけにはいかなかったしね。しょうがないから人格だけ電脳世界に移して生きながらえたってわけ」
「ん? どういうこと?」
「つまり生身の体を捨てて人工知能に意識を移したって言えばいいのかな?」
「なんでそんなことを?」
クネリと首を傾げるコテツに、
「そうでもしないと拷問でもされてアースクの情報を吐かされかねないし」
「アースク? なんで電子怪盗デンドロビウムとアースクが関係してくるんだ?」
当然の疑問を口にするアーデルハイト。
それに対してデンドロビウムはあっさりとこう言った。




