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プロローグ01

 地球と火星の軌道上にある約二百六十光秒の空白地帯のその一角。

 そこに一つのパワードスーツが浮かんでいた。

 西暦三千五十二年になる現在、宇宙活動用のパワードスーツは別に珍しくもない。

 水星から土星までをテラフォーミングして太陽系に文化の根を下ろした人類にとっては常識である。

 しかして人の手によって作られたものというものは往々にして目的を特化するごとにその外観は武骨化していく。

 あるいは機能美を増すと言ってもいい。

 しかして今地球と火星の間に一つ浮かんでいるパワードスーツはそうではなかった。

 銀色に統一された装甲は全身を覆い、その上から淡い光を纏っている。

 全長は約十八メートル。

 フォルムはまるで甲冑騎士を刺々しくアレンジしたような風貌だ。

 あるいは古典ゆかしきリアル系ロボットアニメのエース級ロボットをデザインしたもの、と言えば分りやすいだろうか。

 作業機器の類も見受けられない。

 つまりなんのためのパワードスーツなのか一目ではわからないパワードスーツなのであった。

「やれやれ、六○五……」

 甲冑型のパワードスーツの中に収納されている人物がそう声を出す。

 その人物は男だった。

 年は二十代前半だろう。

 手入れのされていないと一目でわかるボサボサの髪に、死んだ魚のような目をして、くたびれた喪服を纏った男だった。

 その男は言う。

「具合はどうだい?」

 そう問う男に、

「ブレインマシンインタフェースに異常なし。空間波制御、イナーシャルリバイズ、マジックバリア、信号兵器……全ての機能は完全起動。思考加速までの時間は一分後であります」

 六○五と呼ばれた人工知能はそう答えた。

「そうか。つまり後一分こうしてなきゃいけないってことで。煙草の一つでも吸いたいもんだけど……」

 うんざりとする男に、

「この状況ではお勧めしません。マイマスター」

 六○五は返す。

「へぇへぇ、わかってますよ。これが終わってから一服することにしようかな」

 やれやれと首を振る男。

 それから男は刺々しい甲冑を身に纏ったまま宇宙を眺めていた。

 シリウスがその目に入る。

「宇宙から見える恒星にも風情があるなぁ。そうは思わない六○五?」

「それらの質問には答えられません」

「しかしてシンチレーションも一つの趣向だとは思わない?」

「それらの質問には答えられません」

「へえへえ」

 それ以降黙る男。

 と、そこに空間波通信が入った。

 空間波は文字通り空間を伝って流れる波である。

 その速度は光速を優に超え、銀河の端か端までを一秒足らずで往復すると言われる。

 しかしてエキゾチッククオーツにしか反応せず、それ以外を素通りするので宇宙における通信機器として今現在有効活用されている。

 もっとも情報の劣化具合で受信の判断するため、実際には人類の生活圏以上の情報は入ってこず、これには理由があるのだが。

 ともあれ、男の乗っているパワードスーツの、そこに搭載されているエキゾチッククオーツにて空間波通信が行なわれる。

「おい、コテツ……」

 そのボーイソプラノにも似た女声は、パワードスーツに入っている男を《コテツ》と呼んだ。

「なんだいハイト?」

 コテツは答えを返す。

「手加減は無用だぞ。本気で来い」

「はあ……まあ……気が向きましたらねん……」

 コテツと呼ばれた男はそう言った。

 そしてそんなコテツの反応にハイトと呼ばれた少女……《アーデルハイト》は、

「ちっ!」

 と舌打ちをした。

「そもそもお前はAクラスの実力を持ってるんだ! それが何でBクラスでとぐろを巻いてるかが不思議だよ!」

「それが僕の実力ということでしょ?」

「違う! 俺と戦った時は俺のオクトパスを圧倒したじゃないか。お前はそれだけでAクラスの実力を持つことの証明だ!」

「でしたら僕にはそれまで幸運があったってことでしょ。Bクラスくらいが今の僕の実力だよん」

「どこまでも口の減らない……!」

 憤慨気味なアーデルハイト。

 その通信を半ば強制的に切ると、今度は六○五が冷静に言った。

「敵対アースク……六十光秒先に確認。相手はオクトパスです」

「言われなくてもわかってるよ」

 溜め息交じりにコテツ。

「オクトパスの特徴としては……」

「それ以上の情報はいらないや」

「了承」

 六○五は沈黙した。

 同時に空間波通信によって戦闘十秒前のカウントダウンが始まる。

 そう。

 戦闘。

 コテツやアーデルハイトの乗っているパワードスーツには戦闘を行なうための機能がついている。

 そしてその機能をフル活用するためにコテツやアーデルハイトは乗っているのだった。

 六○五がコテツに、言う。

「後十秒後に思考加速を行ないます」

「言われんでもわかってるよ」

 そう返すコテツ。

 死んだ魚のような目をしながらコテツは、

「はぁ……」

 と嘆息した。

「なんでこんなことになったのかしらん……」

 うんざりだ、とコテツは言う。

 六○五がカウントダウンする。

「3、2、1、思考加速!」

 次の瞬間、コテツの意識が超光速に対応できるほどまでに加速される。

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