いきなり最終回(ラスボスとの決着)
「ここまで辿り着いたようだの、世界を滅ぼす私を倒しに」
数年前から突如として現れた天変地異、得体の知れない化け物達の蹂躙に危機感を抱き、国のお偉いさんどもは世界中にお触れを出した。
《狂った神など、もう神ではない。人々に害をなす存在を倒したものは、狂神殺しの英雄として栄誉を与える》
そのお触れに触発されて、僕も故郷を旅立った一人だ。
そして今、目の前に、その狂った神が妖艶に微笑んでいる。
漆黒の長椅子に優雅に肢体を預けて横たわる美しい女は、闇に染まることのない純白のドレスを身に纏う。
身体のラインが際立つ、シンプルなものだ。
僕は、全てが濃い色彩に彩られた空間で、ソレに奇妙な違和感を覚える。
「私は諸悪の権現。ただの人間ごときに倒される存在ではあり得ぬ。さぁ、人間よ、絶望を味わいながら滅ぶがよい」
すべらかな指先を僅かに動かすと、これまでにない重力と風圧の塊が僕を襲う。
さすがに、神、と言われた存在の造り出す威力は今まで相手にしてきた化け物どもとは桁違いの破壊力を持っている。
僕は、その触れたら粉々になりそうな塊を片手で弾くと、風圧の当たった壁は跡形もなく闇に消えた。
「ほぅ…」
その時、初めて人に感心をするがの如く神は目を細めた。
「僕は疑問に思ったんだ。この世界を創世した存在が狂ったということに…。神に、感情がある、ということに…」
一歩一歩、神に向かって歩みを進める。
次々に指先から繰り出される攻撃を受け流しながら、僕は言葉を続けた。
「狂う、ということは神にも感情があるということなんだ。だから僕は、貴女と話がしたいと思った」
あたりは受け流した攻撃で、これでもかというほどに荒れ果てていく。
「貴女に釣り合う力を手に入れて、貴女と話が出来る存在になりたくて」
神の瞳が、美しい藍色をしているとわかる位置まで近づく。
そして、聞いてみたかった問いを口にした。
「なぜ、滅びたいと思った?」
神が、息を飲み込んだのがわかった。
「そのような事を…」
「自ら造り上げた世界だ。愛していないわけがない」
神は初めて指先以外の身体を動かし、僕の胸元をドンと叩いた。
「近寄るなっ!人間っ!!」
「僕は、人間という名前ではないよ?ヒズチっていうんだ」
その衝撃に数歩だけ後退ると、神は美しい眼差しを僕に向ける。
「永遠に飽いたのじゃ!自ら消滅することも許されず、ただ一人という存在にっ!!」
「世界を無に返し、自らの存在も消してしまいたかった。人間に倒されるでもよい…もう…もぅ…孤独は嫌じゃ…」
最後の方は、聞き取れないくらいにか細い声で神は言う。
「けれど、愛したモノたちまで巻き込むのは良くない」
「私が狂えば世界は狂いだす。私が滅んだら、世界は秩序を失い、やがて滅んでしまうのじゃ。だったら、いっそのこと…」
「それは違うよ?子どもは、親から離れても強かに成長するもんなんだ。生命力があれば育っていく」
「寂しいなら、一人がいやなら、僕が一緒に滅んであげる…」
そう言って僕は、初めて貴女の指先に触れた。
冷たいと思っていた指先は、ひっそりと暖かい。
「な、何を…。おぬしは私を滅ぼすだけの力があるのだろう?人間どもには必要な強い力を持っているのだから、おぬしは…」
「神に匹敵する力はね、悪用されるか次の狂神を作り出す。人間はね、強すぎる力を恐れ排除する性質があるんだ」
「親の手を離れたら、繁栄するのも滅亡するのも自己責任になる。それこそ親離れってことになるんだ」
ふと、僕の心に今までの旅の記憶がよみがえる。
「だからさ、一緒にいこう」
その時、神が、自分に向けて微笑んだような気がする。
「永遠の時を過ごしてきた。飽いていたと思ってはいたが、まだ存在してみたい…と思ってしまうなど…」
「私は、神失格じゃな?」
涙に濡れたその顔は、どんな人間よりも人間らしく思えた。
その後のことは、私にもわからない。
私は、ひっそりとゲーム機の電源をOFFにした…。