穂香、ファーストキス
空白や改行の入れすぎ、人物や状況描写の無さ過ぎ……などを編集しました
そしてタイトルを編集しましたw
ここは天城町。水と森が調和する精霊のシンフォニー! ……などとは呼ばれてませんが(ていうかシンフォニーって何だ)、そこら辺にある田舎町です。ゲーセンとか、ボーリングとかが必要最低限なだけあるというような。
そんな平和な町の日曜日の朝――今日は何も予定がなく、バイトも休みの日となっています。
そんなわけで私は何もする気になれず、ベットから起き上がれないままケータイをいじっていました。最近流行りのスマホではなく、ガラのほうです。二年は使ってます。
妹のほうはスマホなんてものをお父さんに買ってもらって、よくバカにするように自慢してきますけど。
「穂香ねぇちゃーん!」
「うるさい」
出ました。噂の我が妹です。
私の名前を呼びながらふすまを思いきりバタンと開け、息を荒くしてこっちに駆け寄ってきます。汗も垂れてました。
そんな彼女は山田家三姉妹の次女、山田夏希ちゃん。高校一年生の十六歳。我が家のトラブルメーカーで、ことあるごとに何かと騒いでます。ていうか何もなくても騒いでます。
長い黒髪を縛ったポニーテールが特徴的で、顔の造りもまんま運動少女でいつも活発な表情をしています。まあそれは優しい言い方でして、本来ならば”うるさい”と言うべきなんですけどね。はは。
――しかし、彼女がいきなりふすまを開け汗を垂れ流しながら部屋に侵入することなどよくある光景ですけど、今は寝起きなのでちょっと扱いが面倒ですね……。
私は開いていたガラケーをパタンと閉じ、ベッドで布団に包まりながら夏希を見上げました。
「どうしたの? どうもしないの?」
「こんなに騒いでんのにどうもしないわけないだろ! 何で最初に聞くことがそれなんだよー!」
朝からほんとにうるさいなぁ。よくこんな大声のコンボを続けられますよね。肺活量どうなってるんでしょう。たぶん夏希の肺はこうしてうるさいことを喋るために作られたんだと私は思います。
「じゃあ、どうしたの?」
「それがさぁ暇なんだよー」
「……」
この子にとって゛暇゛ということは、汗水垂らしながら姉の元に駆け寄る程の一大事だったようです。
私は「はぁ……」とわざとらしく深い溜め息をこぼして、夏希のなんともくだらない事情を言葉巧みに退けます。慣れてますからね。
「じゃあ楓のとこ行ってきたら?」
この楓というのは、山田家三姉妹の末っ子で、山田楓という中学二年生の十四歳。この騒音少女と同じ血が流れているとは思えないほど物静かで、根っからの人見知りです。そのせいで友達が居ないんだとか……。
いわゆる童顔と言われるようなパーツが顔に揃っており、少し伸びている黒髪を三つ編にしています。姉として見ても可愛いです。本人から許可が出れば抱きしめてあげたいです。
あ、ちなみに私は山田穂香と言います。高校三年生です。私については自分では説明しにくいけど……。まぁ、ただの凡人です。
周りからは顔のことはオットリ系だの癒し系だの言われていますが、要するに全体的に垂れてるということですね。よく言う黒髪美少女と言われるようには程遠いですが、黒い髪は腰まで伸ばしてます。別に邪魔でもないですし。
「楓はお父さん達と買いもの行ってるし~。残された私達で暇をぶっ潰すしか無いんだよ!」
なんだと。楓こそ夏希の暇潰し相手には最適だったのに、まさかお父さん達まで居なくなるなんて。ちなみに暇潰し相手と言っても、楓は夏希にイジられてるだけですけども……。かわいそうとは思いません。むしろほのぼのしますよね! まさにほのぼの系日常コメディ!
――何言ってんだろ私。寝ぼけてんのかな。
「ふーん……。じゃあ私達も買いものでも行く?」
ここで私はやっと重い体を起こし、「う~」と大きく背伸びをしながら考えた案を出しました。
丁度今日の夕飯で使う食材を調達しなきゃならない頃だったしね。どうせ予定も無いなら言っといたほうがいいかな。
「お、ナイスアイディ~ア~!」
適当に出した私の案に、夏希は思った以上にのってきました。まぁ買い物と言ってもこの子はゲームとかのことしか考えてないんでしょうけどね。
***
と、いうわけで。買いものに行くことになりました。向かった先は天城商店街、ここ天城町に住む主婦の唯一の聖地です。――と言っても他にスーパーやショッピングセンターなどはありますけどね。ただ聖地とか言ってみたかっただけです。すいません。
「あのさ姉ちゃん。こんなおばさん臭いとこに何の用があるんだよ」
「んー? 今夜の夕食のおかずでも調達しようと思って」
「ふざけんなー! 私はまだぴちぴちの高校ギャルだぞー! なんで奥さまキャラなんて演じなきゃ駄目なんだー!」
ギャルって……。あんたはただのバカでしょ。ていうかギャルを自称する人なんて初めて見たけど。
「あーもーうるさい……。ほら、あそこにゲームとか売ってるでしょ?」
「マジで!? どれどれ――ってあれはガチャガチャだよ!」
こんなうるさい騒音機はほっといて、今日の夕飯何にしようかなぁ。ちなみに山田家では、夕飯は基本的に私が作っています。ていうか家事全般は私です。お母さんはその間リビングでイビキをかいてますから。もはやこれは家庭内暴力を私が引き起こしても良いような気がするんですが、まぁ我慢しています。元々料理を作るのは趣味だったので。
「へーいそこの姉ちゃん、美味いカニあるよ~」
歩いていると、魚屋のおじさんに声をかけられました。チリチリしてそうなボウズ頭で、シワの寄った顔でニヒヒと笑っています。五十代くらいの気前の良いおじさんです。
手招きされるままに行ってみると、確かに美味しそうなカニがズラリと店先に並んであります。
――ほほう、ズワイガニが三千円とな。たまにはカニも食べたいかもなぁ。
「じゃあ……ズワイガニをくださ――」
「待てーい!!」
いきなり私の目の前に現れたのは、声のトーンから分かるようにうちの次女――夏希でした。声のトーンだけで分かってしまうのが山田夏希さんなのでしょうがないでしょう。
そのバカは、両手を大の字に広げ、通せんぼうしています。
「いいか姉ちゃん。そんな迂闊に金なんて渡しちゃっていいのかい?」
「はぁ?」
何を言ってんのこの子。
「おいおじさん! 私と勝負だ!」
「え、えぇ……?」
夏希がおじさんのほうに振り向き、右手の人差し指をビシッとおじさんの顔に突き出しました。表情はこの上ない程の悪女顔で、良からぬことを考えたようにニィ~っと笑っています。
私は直感しました――めんどくさいことが起きると。
「このカニ……値切ってもらおうかぁ~ッ!」
***
かくして、夏希だけが無駄に燃えているズワイガニをかけた戦いが始まりました――と言っても、ただ単に夏希が半強制的に値段を下げていき、おじさんは渋々ながらそれを了承してしまうという流れ。私もしばしば止めに入りましたが、夏希の暴走には歯が立ちませんでした。
夏希はそのズワイガニの値段を少しずつ削っていき、なんと三千円から二千三百円のところまで追い詰めてしまいました。おじさんはもう苦笑いを作るのが精一杯のようです。
「こいつで最後だ! 二千円!!」
「や、やめとくれ……もうおじさん死んじゃう……」
どうやらもう限界みたいです。おじさんも涙まで流して懇願しています。
「夏希もうやめなさい……。このカニは私が、ちゃんと元の値段で払うから」
「いやダメだ。もう少し……もう少しなんだ」
「はぁ……」
おじさんごめんなさい。こうなってしまった以上、夏希はもう止まりません。夏希は何かに熱中すると止まらないタイプの人間なんです。それが長所でもあり、短所なのですが。
「分かったおじさん。もし二千円にしてくれたら、今度何かおごってやるよ」
「そんなの絶対損するだけだよぉ!」
「じゃあ私がおじさんのお願いをちょっとだけ聞いてあげる!」
「おじさんにお願いなんてないよぉん!」
「じゃあおじさんを殴る!」
「うわーん!!」
……なんか、もうカニのことなんて諦めて帰ろうかしら。とにかくこの場から離れたいという一心が芽生えてきました。夏希がおじさんに値切りしてもらってる間に結構時間経っちゃったし――そういえば朝から何も食べてないからお腹減ったなぁ……。
――そんなことを考えてると、突然としてガシッと私の顔が固定されるように圧迫しました。驚いて閉じた瞼を開けると、夏希がニヤニヤしながら私の顔を鷲掴みにしていました。
「え、な、何!?」
グイッと引っ張られた反動で、体が前のめりになります。私は抵抗する余裕もなく、ただただ夏希の腕力に体ごと従うしかありません。
「ならこれでどうだぁ!」
――ちゅう。
いきなり、唇に柔らかい感触が伝わりました。それと同時に、何やらザラザラした感触も……。
そして目の先にあるのは、おじさんの大きな鼻と目――。
「え、え、えぇ!?」
「んおぉお!?」
すぐさま反射的に顔を離し、状況を確認しました。感触が伝わった唇を腕で擦りながら、真っ白になった頭をどうにか元に戻します。
え、今、したよね? おじさんとしたよね。何かしたよね。
「これでどうだ。おじさん!」
「な、夏希あんた……」
震える手を握りしめました。殴ります。我慢できません。
私が腕を振り上げ、バカに殴りかかろうとしたとき――、
「た……タダでいいです」
「ふぇ?」
「もうこれ全部あげまふ。どうぞ」
「えぇー!」
***
こうして私のファーストキスは奪われ、数匹のカニを手に入れました。えぇ、ファーストキスですとも。自分の身を犠牲に手にいれた賜物を家族達は美味しく召し上がってくれたようですが、夕食の後私は夏希をボコ殴りにして監禁しました。少々殴らせて頂いて、監禁させて頂きました。――丁寧に言っても無駄か。
かくして、騒がしい私の一日は終わりました。
山田家の日常はいかがでしたでしょうか――まぁ今回は少し希な例でしたが。こんな三姉妹の中に居れば、ファーストキスだっていとも簡単に奪われてしまうのです。しかも名も知らぬ魚屋のおじさんに。
――私は生き残れるのでしょうか。このサバイバルとも言える生活の中を。そんなことを思いながら山田家の倉庫へ捨てるように妹を放り投げ、ゴミを見るような目をしながら扉を閉め、鍵を締めます。
「訴えてやるぅ~! 起訴だ起訴!! 起訴起こすぞー!」
そのまま玄関の前にいき、ふと空を見上げました。
今夜は月が綺麗ですね。