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朱音ノ悪鬼調伏譚  作者: 蒼崎 れい
第壱ノ巻~荒ぶるおぞき御魂~
9/55

其ノ陸:涼子の部屋にて

 シャワーを浴びた朱音と涼子は、ひとまず学校側から依頼された任務について話し合うことにした。

 場所はとりあえず涼子の部屋。

 帰る途中、学内のコンビニで投げ売りされていた賞味期限ぎりぎりの焼き鳥弁当を、格安で入手する事に成功する。

 通常の任務で一般のサラリーマン以上に懐の温かい朱音や涼子ではあるが、装備品関連の出費がばかにならないため普段から倹約しているのだ。

 下級生が使っているような安物の消耗品ならもう少し安く手に入るのだが、装備品は値段が張っても信頼のおける物の方が良い。

 そんなわけで、涼子の部屋に着いた二人はこたつにもなる背の低いテーブルで、さっそく四割オフの焼き鳥弁当に箸をのばしていた。

「でさぁ、涼子さん」

「なんじゃい、朱音さんやぁ」

 なぜおばあちゃん口調なのかはあえて突っ込まず、朱音はイライラの原因であるテレビの方を指さす。

 両手を広げたほどもある大きな液晶テレビには、近世の欧州をモチーフにしたようなアニメが再生されていた。

「あれ、なに……?」

「なにって、ゴスロリな女の子が色々と大活躍するアニメですよ。特に、ヒロインの女の子がちっちゃくて可愛いのなんのって、もう毎週萌えまくりなのですよ!!」

 涼子はもう目が糸みたいになるまで細めて、恍惚とした表情を浮かべる。

 そこまで悦に浸るようなものなのだろうか。甚だ疑問である。

「いやー、今日の明け方やってた、地上波ではとても放送できないようなやつは録画してなくて残念でしたが……。こっちは餓鬼討伐に出る前に慌てて予約したやつでして、ちゃんと映ってて良かったです」

 涼子は熱い緑茶(学内のコンビニで購入)をずずず~っと飲むと、ぷはぁっとため息を一つ。

 息継ぎもなくしゃべり倒して、いやはや疲れましたよ、といった感じである。

 余談であるが、シャワーを浴びて衣服を着替えたわけであるが、涼子の方は相変わらずジャージ(黒)である。

 一方、朱音の方は無地のティーシャツとぶかぶかのダメージジーンズとラフな格好ではあるが、涼子ほど手を抜いてはいない。

「学院からの依頼について、話し合うんじゃなかったかしら?」

「そうだねぇ」

 部屋はそれなりに大きく、勉強部屋と寝室も兼ねているリビング・ダイニング(小さいながらも、コンロやシンクもある)にはテレビや本棚にタンスからしゃれた絨毯やカーテンまで、一応女の子っぽい装飾がなされている。

 きっと同室の女の子が頑張ったに違いない。

「じゃあなんでアニメなんか見てんのよ!」

「あぁぁ……、ちょっとでも場の空気をやわらげようかと思いまして」

 口の周りに付いた焼き鳥のタレを舐め取りながら、てへっと舌を出してみせる。

 朱音はそんな涼子の態度に深いため息をつくと、プラスチックの容器を傾けて残りの焼き鳥弁当を一気にかきこんだ。

 それからごくごくとペットボトルの緑茶これもコンビニからを飲み干すと、怒りをぶちまけるようにドスっとペットボトルをテーブルに打ちつける。

 こぼれ出る霊力に混じって少なくない殺気を感じた涼子は、そろそろとリモコンに手をのばしテレビを消した。

「す、すいましぇんでひた……」

「まったく……」

 朱音はイライラを治めようとペットボトルをあおったが、先ほどで飲み干してしまったらしい。

 むっとした表情のまま立ち上がると、ちゃんと分別してゴミ箱に捨て再び元の位置に腰を下ろした。

「ふぅぅ。まったく、朱音さんちょっと真面目すぎやしませんかねぇ。そんなに気を張ってたら持ちやせんぜ?」

「涼子さんが不真面目すぎるせいでしょ」

「でも、気を張りすぎてたら本当に保たないよ? あたしも何度か経験あるんだけど、休む時はとことん休む。気を張るのは出撃の時だけで、でぇじょぉぶ」

「涼子さんのこと見てると、とてもそうは見えないんだけど」

 涼子は、あちゃちゃ~あたしってば信用ないですねぇ、と三文芝居の肩をすくめるポーズ。

 確かに、常に気を張っていても仕方がないが、こんなおちゃらけた雰囲気の人に言われても、信用できないであろう。

 さすがに涼子も悪いと思ったのか、緑茶を一口あおると真剣な表情に切り替わった。

「そんじゃまぁ、朱音さんのご要望でもあるので、ぱぱっと始めちゃいましょうか」

 そんな涼子を見て、やっと真面目な話ができると、朱音も気持ちを切り替える。

「じゃあまず、石動先生の言ってた、任務の内容ってのをおさらいしておきやしょうか」

「そうね」

 涼子の提案に朱音も頷いた。

 二人は携帯電話を取り出すと、十二時に届いた教務科からのメールを開いた。

 天原校に在籍している生徒の中で、ランクC以上に承認されている術者全員に送られている。

 内容はこうだ。




○依頼者:学校法人星怜学園

○報 酬:歩合制+単位認定有

○内容

学院の生徒を襲撃していると思われる勢力の捜索、ならびに戦力の調査。犯人の特定に繋がる直接的な情報を提出した者に限り、報酬を支払うものとする。なお、安全を第一とするため、身に危険の及ぶ調査及び、戦闘行為は厳禁とする。そのため、情報は必ずしも物的証拠を提出する必要はない。ただし、これを破った場合は処罰の対象となる。具体的な情報例としては、『身体的特徴』『使用する術式』『戦闘に用いる武具』『戦闘スタイル』等々を求む。先にも述べたが、いかなる状態においても絶対に戦闘行為に及んではならない。以上、健闘を祈る。




 少々長ったらしいが、要点のみを抽出すればこんなとこだろう。

 一、敵勢力の判明に繋がる情報の収集。

 二、身に危険の及ぶ調査は厳禁。

 三、何があっても敵勢力と戦闘を行ってはならない。

 涼子はルーズリーフとシャーペンを取り出すと、さらさらと三つの要点を記入した。

「まあ、こんなとこでしょうね」

 朱音はルーズリーフに視線を落とすと、う~んと首をかしげる。

 どうにも、気になってしょうがない点があるのだ。

「相手の情報は欲しいけど、戦闘しちゃだめ、かぁ……。涼子さん、これってどういうことだと思う?」

「まあ、見ての通り危険だからでしょうね」

「ようは、相手が私達みたいなBやCじゃどうにもならない、って教務科は思ってるってこと?」

「可能性は、なくはないですね。確定情報じゃないってだけで、なんらかの情報をつかんでる可能性はありますね。うちの教務科ならやりかねないですよ」

 承認ランクBやCでは勝てない相手。

 そういった類の相手は、極めて限定的な存在だ。

 妖怪や魔物――妖魔で言えば、霊格のそれなりに高いもの。

 術者で言えば、承認ランクBないしAに相当する術者になる。

 いや、今回の場合は術者に限定されていると言えよう。

 結界術を使うのは、基本的に人間の扱う技術体系だ。十中八九、今回の敵は魔術師が相手である。

 まあもっとも、本当に敵がそのような術を使ったのかどうかも怪しい所ではあるが。

 こういったものを討伐する任務は、実は国内で発注される任務の一割にも満たないので、教務課が過剰に警戒していると言えなくもない。

「まあ、向こうの指示でもあるんだし、戦闘は避けるに越したことはないわね」

「ですねぇ。破ったら処罰の対象だし……」

 と、何かを思い出したのか、涼子はがくがくぶるぶる震えだす。

 その震えようときたら、朱音も若干引くほどである。

「処罰って、そんなにひどいの……?」

 朱音の問いに、涼子は震えながらぶんぶんと勢いよく首を縦に振った。

 それから、恐る恐る口を開く。

「天原校名物、承認ランクAの教師陣による体罰フルコース……」

「た、体罰、フルコース?」

 なんとも、背筋に悪寒の走る単語である。

「うん。この学校にもランクAの先生達が何人かいるんだけど、その内の選抜六人と一人につき約十分の模擬戦を……、うがぁああああああああ!!!!」

 その模擬戦という名の体罰フルコースは、思い出せば発狂するほどの代物らしい。

 朱音としても、ランクAを相手に一時間も模擬戦はごめんこうむる。

 朱音は改めて、教務科の指示には絶対に逆らうまいと心に刻むのだった。




 恐怖の教務科についての話を終えて、二人は少し横になって休憩を取った。

 精神力が無駄に削られた状態では、実のある話し合いもできないというものだ。

 次の話し合いまでの三〇分間は、お互い精神を安定させるという名目で二人とも好きなことをやっている。

 涼子はテレビにイヤホンを差して、録画したアニメを視聴中だ。

 ドラゴンと人間の恋を描いた話で、ヒロインの声優さんがもうまじパネェんすよっ! と、いつもの涼子に戻っていたが、そこは気にしないでおこう。

 一方の朱音はというと、涼子の部屋の本棚から拝借した少年コミックを速読していた。

 見た目がどう見ても小学生の子供が学校の先生をするという、相変わらず現実には有り得ない無茶苦茶な設定である。

 まあ、これはこれで面白いので文句を言うつもりはこれっぽっちもない。

 そんなわけで三〇分間、精神的な休養を取った二人は今後の方針について話し始めた。

「無茶な調査と、戦闘行為を行ってはならないっていうのは、禁止事項で……。任務の内容は、ようは隠密調査か」

「そのようでござんすな。見つかりそうになったら逃げろって言ってるようなもんだしね。このメール。朱音さん、こういうの得意?」

 涼子の質問に、朱音は首を横に振った。

 今まで朱音が受注してきた任務は、八割方討伐系、あるいは浄化といったものばかりである。

 自分でも物騒なものばかりだと思うが、草壁流は近接戦闘が主体。

 こういった捜索系の術式は、最も苦手としている分野と言ってもいいだろう。

「一度に扱える式神の量は? 分け身も含めて」

 分け身とは、簡単に言えば実体のある分身をいくつも作るような術だ。

 それなら、と朱音は指を折りながら数を数え始める。

 そして、

「二〇くらい、かな?」

 と、ちょっと気まずそうに答えた。

 昨日涼子が起動した式神の数は、おおよそ三〇。

 朱音もそうだったように、涼子も全力ではなかったと思われる。

 そんな全力でない(と予想される)涼子の起動した式神の数より、全力の自分が起動できる式神の量が少ないというのは、一応承認ランクが上の身として無性にむず痒い気分になるのだ。

 そんな朱音の空気を、涼子も感じ取ったらしい。

「あ、えっと、気にしなくて大丈夫ですよ! あたしも草壁流の術者さんとはお仕事したことあるから! あれですよね、接近戦はめちゃんこ強い代わりに、中遠距離戦にあまりステ振りしてないんですよね! だから式神いっぱい起動できなくても仕方ないですよ!」

 慌ててフォローに入ったのだが、それが朱音にトドメを差してしまったらしい。

「仕方なあかぁ。そうよねぇ、仕方ないのよね。仕方ない、仕方ない……」

 (うつ)ろな表情のまま天井を見つめる朱音は、『仕方ないのよ。あは、あはははは……』と、なんだか触れると壊れてしまいそうだ、と涼子は思うのだった。




「……ごめん」

「いやいや、気にしなくて良いから。ほら、あたしもさっき、ねぇ」

 そんなわけで、朱音がどこか遠い場所から帰ってきた所で、話し合いを再開した。

 と言っても、あと残っているのは具体的な調査方法だけであるが。

 ちなみに、朱音が現実逃避から帰還するのにかかった時間は五分程度である。

「それで、調査の方法なんですが、安全を期すにはやっぱり大量の式神による広域探査が妥当だと思うんですよね」

「まあ、当然そうなってくるわよね。当てもなく探し回っても体力の無駄だし。他の人達はどうするんだろ?」

「捜索能力に長けてない人達は、やっぱり歩きじゃないかな。ただし、最低でも三、四人のグループでね。あたし達みたいな陰陽師グループは式神。欧州からの留学組は、精霊魔術師の風による探査や、使い魔(ファミリア)なんかかな」

「あとは、召喚や喚起ってとこかな。ほんと、この学校て色んな流派や体系の術者がいるのね。改めてびっくりするわ」

 普通魔術師の所属するグループは、同じ流派の者に限られる。

 それがこの学校では日本全国、それどころか海外からの術者も在籍していて、その全員が今同じ任務について頭を悩ませている。

 それがなんだかおかしくて、朱音はついつい笑みをこぼした。

「まあ、それが星怜大ですからね。でも、慣れるとここよりいいトコなんてないよ? 誰からも干渉されないし、好きなことし放題だし、何から何まで魔改造し放題ですし! まあ、校則の範囲内なんですけど」

「そういえば、ここってどんな魔術でも、好き勝手に学んでよかったのよね」

「うん、そうだよ。それがどうかしたの?」

「いやね。弟が、他の魔術について興味持ってるから、ここ連れてきたら喜ぶだろうなーって思って」

 朱音は弟の事を思い出して、にへらぁ~とゆるゆるの表情を浮かべる。

 次の瞬間にはハッとなって表情筋を引き締めたのだが、涼子にはばっちり目撃されていた。

 これはなんと言うか、シャワールームで胸を直揉(じかも)みされた時より恥ずかしい。

「弟思いのお姉ちゃん、の顔ではありませんでしたぁ。今のは」

「そんなわけ……、ないでしょ」

 あぁ、むず痒い。

「でも今、あたしは確かに見ました。実の弟に! 激しく! 萌えていた! 朱音さんの姿を!」

 自分でもわかっているのに、いざその事実を他人から突きつけられると、なぜこんなにも恥ずかしくなるのだろうか。

 全国の皆さん教えてください、と朱音がわけのわからないんだから思考に陥り始めた所で、涼子は話題を元に戻した。

「まあ、実際の捜索手段として式神を使うのはいいとして。どんな感じで攻めましょうかね、朱音さん」

「過去に被害に遭った生徒の発見場所ってわかる?」

「うん。お昼過ぎくらいだったかな。学校の掲示板で、あぁ、もちろん専用のページですよ? ログインしたら進めるとこでね、しょぼいんですが一応術者向けに情報開示してるとこがあるんですよ。そこにありました。まあ、そんなん今回はあてにできないんですけど」

 と、涼子はスマートフォンの画面を見せてくれた。

 涼子の学生番号らしき番号の羅列が画面右上に小さく表示されている。

 そこから涼子が画面を何度かタッチすると、天原市の地図がでかでかと表示された。

 画面には、合計で二〇ほどの赤い点がぽつぽつと打たれている。

 恐らくこれが、例の襲われたと思われる学生の発見場所であろう。中等部の生徒の言っていた、『十五、六人』というのにも数値的に近い。

「範囲を絞りたくても、これじゃほとんど絞りようがないわね」

 スマートフォンの画面を見ながら、朱音はそんな言葉をこぼした。

 赤い点は都市部より住宅地寄りではあるが、それでも位置はまばらだ。

 しかも、問題はそれだけではない。

「位相空間結界が使えるなら、場所は選ばないし……。難しいわねぇ」

 位相空間結界。それは境界内部の現実世界をほぼ百パーセント模して形作られる、現実世界から隔離された空間。

 準備さえ整えばどんな場所でも起動可能な上、起動されれば捜索は極めて困難になる。

 つまり、捜索範囲は極めて広大な上、例え結界を起動されてもそれを感知することはできない。

 まったく、厄介この上ない相手だ。

 公開されている情報の中には『位相空間結界を代表する隔離系の結界を使用している可能性あり』とも書かれている。

「せめて結界が起動したら、それを察知するセンサーみたいなのがあればいいのに。だぁぁ、学生の身は辛いってばよ」

「無い物ねだりしたってしょうがないでしょ。それに、学生だろうとそうじゃなかろうと、関係ないいし」

「いやまあ、そうなんですがねぇ。こう人が少ないと、人海戦術も使えやせんぜ」

 まったくやってられやせんぜ、と涼子は(かぶり)を振る。

 とそこで、朱音の脳裏にある疑問が浮かんだ。

「そういえば涼子さん」

「何?」

「涼子さん、友達いないの?」

「……………………」

 涼子、沈黙。

「……………………涼子さん?」

「…………いやいや、いないことはないんだけどね。長期出張だったり、留学してたり、春休みで帰宅してたりで、ちょうどいなくてですね。あ、でも美玲ちゃんと鳥羽先輩は学校にいるから! ちょっと待って、今電話してみる」

 と、涼子はすさまじい手つきでスマートフォンの画面をタッチすると、アドレス帳から電話をかけた。

 朱音が後ろから画面をのぞき見ると、“鳥羽先輩”とかいう先輩にかけているようだ。

 ――ツーツーツーツー、プルプルプルプルプル。プルプルプルプル……。

 電話がかかった事に、なぜか安心したような表情を浮かべる涼子。

 電話するだけでなぜそんなに緊張するのかは、まったくの不明である。

 なかなか出ずにもしかして留守電に繋がるかもと思った矢先、カチッと小さく音が鳴った。

『…………もしもし』

 やたらトーンの低い男の声が、スピーカーから聞こえてきた。

 色んな意味で、涼子とは正反対な印象を受ける。

 主に会話のテンション辺りが。

「あ、鳥羽先輩。よかったぁ、今日はちゃんと繋がって」

『…………繋がりにくいのは、僕のせいじゃないんだけど』

 微妙に間延びした、気だるそうなしゃべり方だ。

 先輩と言うからには、もうちょっと頼り甲斐の有りそうな人だと予想していたのだが、ものすごく頼り甲斐のなさそうな声である。

 今のたった一言だけで朱音の期待をここまで減退させるとは、ある意味一種の才能かもしれない。もちろん、悪い意味での。

 なんだか、声だけの判断で悪いが涼子の方が頼りになりそうだとか、思ってしまった朱音であった。

「まあ、んなこたぁどうだっていいんですけどね。それで、鳥羽先輩今暇ですか? 暇だったら今朝の捜索任務のやつ手伝ってくれないかなぁ~なんて、思ったりしちゃってるんですけど」

『…………別に、構わない』

「よっしゃ、じゃあこれからあたしの部屋来れますか? 今友達と夜間の捜索について話し合ってるんですけど、一緒にできないかなぁと」

『…………それはちょっと。今、実家に帰ってるから、大学着くのは深夜になる。そっちでまとまったのを、後でメールで送ってくれればいい』

 メンバーは確保できたものの、涼子の部屋には来られないらしい。

 違いますよあたし友達いっぱいいますからだからそんなかわいそうなものを見る目であたしを見ないでください、的な視線を涼子は振り返って朱音に向けてくるわけであるが、なぜだろう。

 かわいそうと言うより、ウザいと感じてしまうのは。

 朱音が鬱陶(うっとう)しい視線をしっしっと手で払う仕草をすると、涼子はしぶしぶといった感じで電話での応答を再開した。

「わ、わかりました。じゃあ、こっちでちゃっちゃと決めちゃいますね」

『…………あと、別件の任務も入ってるから、出られない事もあるかもしれな……、あっこら! なにすん……』

 と、なにやらがさごそという物音が、スピーカーから流れる。

 何か緊急事態でも起きたのかと心配する朱音であるが、逆に涼子の方は驚くほど冷め切っていた。

 突然会話が中断したのになぜそんな反応ができるのかと思った矢先、朱音はその理由を理解した。

『いましがた、ハルユキの“ケイタイ”とやらに連絡をしてきたのはオヌシかや?』

 “鳥羽先輩”に取って代わって携帯のスピーカーから聞こえた声は、やたら幼そうな女の子の声だ。

 小学生ですらないようなものすごくトーンの高い声に加え、なぜか時代がかった口調の組み合わせは、まるで幼い子供が背伸びしているようで非常に愛らしい感じがする。

 ただし、

「あぁ、陽毬(ひまり)さまぁ、ご無沙汰してますです、はぃ」

『その声!? きしゃま、にゃんこやしきか! おのれガキの分際でワシのハルユキをたぶらかしおってからに! ワシがこの手で成敗してくれようぞって、こら、ハルユ……』

 愛らしく声とは裏腹に、内容は非常に荒っぽい、というより敵意剥き出しだったりしたわけであるが。

『…………悪い。それじゃ、メールの方を頼む』

「りょ、りょーかいどぇ~す」

 幼い(と予想される)女の子から携帯電話を取り戻したらしい“鳥羽先輩”は、涼子に一言謝った。

 涼子の方も慣れた感じで応答すると、残った方の手で敬礼しつつ、通話を切る。

 なんというか、背中を見るだけで疲れ切っているのがわかるくらい、涼子はがくっとしていた。

「涼子さん、今の……誰?」

 男の声と女の子の声。

 先の電話で涼子が会話したのは二人だが、朱音の言った『誰』はどちらを差しているのか。

 その程度の事、聞き返すまでもなく判断できる。

「あぁ、陽毬さまの事ね」

「そうそう。その陽毬様って、鳥羽先輩だっけ? と、どういう関係なの? さっきも携帯()って割り込んできたみたいだし」

「まあ、詳しい紹介は直接会った方がわかりやすいと思うから今は置いとくけど、一言で言うと鳥羽先輩のパートナー、みたいなもんかな」

 パートナーねぇ、と朱音は小さくつぶやいた。

 あんな年端も行かない(想像です)女の子がパートナーの先輩。

 想像してみると、なんだか非常に一一〇番に通報したくなるのを、朱音はなんとか抑える。

「ま、まあそれは置いといて、ちょっと美玲ちゃんにもかけてみるね……」

 涼子はわらにもすがる思いで、“可愛い美玲ちゃん”と書かれた部分をタッチした。




 天原グランドホテルの最上階に、一人の男が長期滞在している。

 チェックインの名前はもちろん偽名だが、ホテル側は全くその事に気付いていない。

 それどころか、感謝すらしていた。

 室内のスペースは広く優雅な空間ではあるが、最近ではめったに泊まる客はいない。

 こんな不況のさなか、値の張るスイートルームを取る客もそうそういないだろう。

 それに値の張る部屋なら郊外に老舗の旅館があり、都市部にももっと豪華な部屋がいくらでもある。

 男がこの場所を選んだ理由はただ一つ。

 長期間に渡って隔離結界を維持するのに、龍脈の流れからこの場所が候補地の一つに挙がったからに過ぎない。

「昨日は少しやりすぎたようだな」

 昼間なのに真っ暗な室内に、野太い青年の声が反響する。

 理由は単純明快。全てのカーテンを閉め、照明を落としているからだ。

「イタシカタナカロウ。キノウノヤツラハ、タショウホネノアルヤカラダッタカラナァ。マア、ワレノアシモトニモオヨバヌノダガ」

 と、先の青年のものとは別の声が、室内を満たす。

 おおよそ、人の声帯から発しているとは思えないような声だ。

 ライオンやヒョウといった、大型の肉食獣の声帯から発していると言った方がまだ説得力があるくらい、野生じみた気味の悪い声である。

「仕方ないだろ。昨日のは恐らく、承認ランクDクラス。今までの素人同然のランクE共とは、耐性がまるで違う。多少圧力を与えただけで、気絶させるのは無理だろう」

 だが、室内に人影は一つだけだ。

 他に何か生き物のいる様子はない。

「そろそろ潮時、という事だろう。実際に生徒が負傷したとなれば、星怜学園も動かざるを得なくなる。そうなれば、連盟の連中が出張ってくる可能性も否めない。それに、あそこは例の女の母校だからな。そっちも警戒する必要がある」

「ホホウ。ナラバ、コンヤガコノマチデノサイゴトイウコトカ。セイゼイ、ハデニヤラセテイタダクトシヨウ」

「あぁ。間違いなくランクC以上の連中が駆り出される。昨日の奴らのようにはいかないぞ。ランクCとD以下は、完全に別物だからな。油断していると、足下をすくわれるぞ」

「ニンゲンノブンザイデ、コノワレニイケンスルカ。マアヨイ。トクトタノシマセテモラオウカ。ソノ、ベツモノトヤラニナ」

「今日限りで、天原での回収は切り上げだ。狩れるだけ狩り尽くすぞ」

「ウム、ショウチシタ。コヨイハウタゲダ。ハッハッハッハッハッハッハッハッ……」

 室内を、人のものとは思えない高笑いが木霊する。

 青年はただ、他に誰もいないはずの空間で、誰かと話しをしていた。

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