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朱音ノ悪鬼調伏譚  作者: 蒼崎 れい
第壱ノ巻~荒ぶるおぞき御魂~
6/55

其ノ参:学食にて

「それまで!」

 美玲の声が聞こえると同時に、互いに斬りかかっていた朱音と涼子は完全に動きを止めた。

 起き上がった涼子は片方の小太刀で朱音の太刀を受け流しつつ、もう片方の小太刀を首の方へ。

 飛び出した朱音は、涼子のガードを回り込むように太刀を振り回し同じく首の方へ。

 互いに互いの急所を取った状態である。

 つまりは、

「えぇっと、引き分けですね」

 と、いうわけだ。

「う~ん、もうちっとせこい手を考えとくんだった」

「せこい手?」

「落とし穴とか」

 もっと魔術的な答えが返ってくるかと思いきや、幼稚園の子供が思いつきそうな答えに朱音はほろ苦い笑みを浮かべる。

 まったく、さっきまでの術者の顔はどこへ行ったのやら。その面影はどこにもない。

 ここまで普段と戦闘中で、雰囲気ががらりと変わる術者も少ないであろう。

「ところで草壁先輩は、対魔術師戦闘のご経験は?」

 さっきまで遠くから審判をしていた美玲が、いつの間にか二人のすぐそばまでやって来ていた。

 この年齢で完全に気配を絶つとは、この子もこの子で、涼子に劣らずなかなかの術者のようだ。

 そんな美玲に感心しながら、朱音は過去――主に最近の受けた任務を思い出してみる。

 妖怪や魔物といった化生の類を討伐したりといった任務ばかりで、対魔術師戦闘の任務はかった。

「たぶん、今日が初めてかな」

 美玲はなるほどなるほど、とちょっと考え込む仕草。別系統の魔術師との戦闘経験も、判断材料にしているのだろう。

 とは言うものの、そういった魔術師との戦闘任務は、性質上数がかなり少ない。むしろ、経験のある方が稀だろう。

 こういった模擬戦のできる場所と、様々な術者の集まる星怜学園大学(ここ)の生徒でもない限りは。

「じゃあ、涼子先輩の負けですね」

「なんでぇ!? なんでなのよぉ、美玲ちゃ~ん!!」

「せ、せんぱ、やめ、ひゃあっ!?」

 いきなりの負け宣告に納得がいかず、涼子は美玲の肩をつかんだ。それから美玲の抗議にも聞く耳を持たず、ぐいぐいと肩を揺さぶる。

 だがしばらくすると美玲のうめき声もなくなり、冷静さを取り戻した涼子は腕を止めてみると、

「わぁっ!? 美玲ちゃん、美玲ちゃーん! ごめん、あたしが悪かったから目を覚ましてーーーー!!」

 美玲は目を回してぐったり。泡は吹いてないが、目には渦巻きがぐるぐると回っている。

 取り乱した涼子は、追い討ちをかけるかの如く再び美玲の身体を揺さぶり始めた。

「涼子さん、まず美玲さんを離しなって!」

 朱音は美玲が指導していた後輩達に目配せすると、涼子を羽交い締めにして美玲から引っ剥がした。

 ようやく涼子から解放された美玲を後輩達が見事にキャッチし、心配そうに顔をのぞき込む。

 数秒後、美玲は頭をふるふると振ると、自らの足で立ち上がった。

「あの、大丈夫?」

「あぁ、はい、ありがとうございます」

 涼子の肩に顎をのせてのぞき込んでくる朱音に、美玲は苦笑気味に笑ってみせる。

 確かにあんな勢いでぶんぶん振り回されれば、目くらい回るだろう。

 それもちょっと肉体強化気味だったので、少し心配であったが、大丈夫そうでなによりだ。

「で、美玲ちゃん! なんであたしが負けなの!?」

 朱音に羽交い締めにされながら、頭だけ突き出して涼子が噛みつく。

 なんか、まだ納得していないようである。

「別系統の術者との対戦経験が豊富な涼子先輩と、ほぼゼロの草壁先輩が同じ条件じゃ色々と不公平じゃないですか」

 と、美玲ちゃん、爽やかな笑顔で涼子に答えた。

 さっき肩を揺さぶられた恨みも混じっているのか、答えにまったく容赦がない。

 だが涼子、これでもまだ納得できないのか食い下がった。

「でも、あたしのランクはCだけど、朱音さんはB-なんだよ! だったらその辺も考慮してよ!」

「涼子さん、授業でやったじゃないですか。あれは任務の成功率や受諾できる難易度を表すもので、直接的な強さには関係ありませんよ」

 正論で攻められて、ぐうの音も出ない涼子は、金魚みたいに口をぱくぱくさせる。

 反撃の言葉が見つからないようだ。もっとも、涼子の頭の中の引き出しが少ないのも一因ではあるが。

「仕方ない、今回は朱音さんに勝ちをゆずろう。しかーっし! 次こそはぁぁ、勝ああああっつ! だってまだ、奥の手をいっぱい隠してるもんねぇぇぇぇええっだ!」

「あら、奇遇ね? 私もまだ奥の手なら隠してるのよ」

 まあ、その朱音に羽交い締めにされた状態では、説得力の欠片もないわけであるが、それは置いといて。

 とりあえず涼子が落ち着いたのもあって、朱音はようやっと涼子を解放した。

 それにしても、年上相手によくあそこまでズバッと日本刀のように鋭い事を言えるなあと、朱音は美玲を興味深げに見つめる。

 確か今年から高等部の一年と言っていたので、三つは違うという事になる。

 それ以前に、手合わせの前に言っていた事も朱音は気にかかった。

 学年どころか校舎も違うのに、どうやって中等部生や高等部生と顔を合わせるのだろうか。

「それで、先輩方はこのあとのご予定とかは?」

 涼子の固い決意は軽くスルーして、美玲は朱音に聞いた。

 視線は完全に涼子ではなく朱音に向いているのだが、朱音も涼子に中の施設を案内してもらっているわけで。

 きれいな目の美玲に見つめられる朱音は、さらに案内役である涼子の方を見た。

 実習ができる場所が見れたので、特に見たい場所はない。強いて言うならば、消耗品の補充をどこでできるか聞くくらいか。

「う~んとねぇ、石動先生に朱音さんを案内するように言われてたんだけどぉ、よく使うのって資料棟とこの実習場くらいだからぁ……」

 と、涼子はしばらく握り拳に顎をのせて考え込み、

「あといらなくね?」

 なんとも豪快な答えを導き出した。

「他にも、部活棟とか加工棟とか、あと売店もあるじゃないですか」

 美玲はかなりの呆れ顔で、涼子に抗議する。後ろにいる後輩達も便乗。

 攻撃の跡でぼこぼこになったグランドに、子供達の声が響きわたった。




 少し休憩を挟んだ後、朱音と涼子は美玲に加わり、中等部生の戦技指導を手伝った。

 木刀の扱いに関してはまあ問題ないのだが、全体的な身体運びはまだまだ稚拙だ。少なくとも、里で修行中である朱音の弟の方がまだマシである。

 始めはぎくしゃくしていた朱音であったが、実際に教えているにつれてそれもなくなり、最後には尊敬の眼差しが向けられるまでになっていた。

 ああいう視線にあまり慣れていないのもあって、なかなかむず痒くもあったのだが。

「おばさん、かけうどんをお願いします」

「じゃあ、私は日替わり定食を」

 指導をしている内に時間もちょうどよくなり、涼子が美玲を強引に巻き込んで学食へやってきた。

 かけうどんは美玲で、日替わり定食は朱音だ。

 ちなみに、朱音と涼子の戦闘によってボコボコになったグランドであるが、そっちは五人の後輩達がならしてくれている。

 指導をして頂いたお礼だといって、自ら買って出てくれたのだ。

 少し悪い事をしたような気分だが、まあ笑顔で引き受けてくれたので大丈夫だろう。

「おばちゃん、あたし醤油ラーメンとカレーライスと唐揚げ定食! あ、定食のご飯は大盛りね!」

 ………………………………………………………………はい?

 涼子の注文内容に、朱音は目を丸くして固まった。

 ラーメンにカレーに唐揚げ定食で、しかも定食のご飯は大盛り。いくらなんでも、炭水化物の割合が多すぎるだろう。

「草壁先輩、涼子先輩はいつもあんな感じなので、気にしないでください」

 美玲は変な表情で固まったままの朱音に笑いかけた。美玲にとっては、すでに日常の風景と化してしまっているらしい。

「そ、そうなんだ」

 朱音は自動券売機に書かれた値段を思い出してみた。

 ラーメン各種三〇〇円、カレーライス二五〇円、唐揚げ定食三五〇円。合計九〇〇円。

 どっからどう見ても、学食で払う金額ではないような気がするのだが、まあそれは置いといて。

 朱音と美玲は、カウンターから出された日替わり定食――ご飯に焼き魚に味噌汁と酢の物――とかけうどんを受け取ると、少なくなり始めたテーブル席を一つ陣取った。

 今は春休み中のはずなのだが、けっこうな人数がいる。

 しかも今日は土曜日だ。恐らくは部活動の連中であろうが、ご苦労な事である。

 まあ、趣味に打ち込めるのはいい事なのだが。

 余談であるが、学食は一般生徒と共用である。

「えっと、美玲さんだっけ。私は草壁朱音。改めて、よろしくね」

「あ、はいこちらこそ。えっと、草壁美玲です。苗字が一緒なんで、さっきはちょっとびっくりしちゃいました」

「そうなんだ。ってことは、美玲さんも?」

「はい。草壁先輩と、ほとんど同じような戦闘スタイルになります」

 えへへ、と照れ笑いする美玲。それを聞いた朱音の方も、ちょっとばかしびっくりである。

 同じ流派を祖とする一族が他にも多々あるのは知識の上では知っていたのだが、まさかこんな近くにいようとは。

 人の縁とは、本当に奇妙でわからないものである。

「それじゃ同じ苗字だから呼びにくいでしょ。朱音でいいわよ。涼子さんと同じで」

「あぁ、はい。なら、朱音先輩もさん付けはちょっと。なんか、年上の人にそう呼ばれると緊張しちゃうので……」

「じゃあ、美玲ちゃんで」

「はい、よろしくお願いします。朱音先輩」

 と、美玲は一礼。応じて朱音も慌てて頭を下げる。

 涼子と違って、慎ましやかで礼儀正しく気だてもいい。

 さっき初めて声をかわした時にも思ったが、とってもいい子である。

 髪が少し赤く焼けているのはちょっと惜しいが、ツインテールもよく似合っている。

 ――はぁぁ、この子可愛いなぁ。

 しかも、うどんを『ふぅふぅ』しながら食べる仕草が、小動物のようで非常に保護欲がかき立てられる。

 ――はっ!? ダメよ、私には昶っていう可愛い弟がいるじゃない!

 朱音は恍惚状態一歩手前の所からなんとか生還すると、先ほどグランドで感じた疑問を聞いてみた。

「そういえば、さっき中等部の子達に私とよく顔を合わせるっていう風な事を言ってたけど、あれってどういう意味?」

「あぁ、あれですかぁ……」

 美玲は唇に人差し指を添え、上の方に視線を泳がせる。情報をまとめているのだろう。

 なにも考えてなさそうな涼子とは、えらい違いだ。本当によくできた後輩である。

「えっとですね、この学校の講義スタイルは少し独特なんです。午前は普通の授業なんですけど、午後は各教科の習熟度に応じて編成されたクラスで授業を受けるんです。一般の生徒はそのまま移動先で習熟度に応じて授業を受けるんですが、私達魔術師組はここで別棟に各系統ごとに集合するんです」

「各系統ごと?」

「はい。私達なら陰陽師同士、精霊魔術師なら精霊魔術師同士って感じです」

「もしかして、その午後の講義っていうのには、中等部や高等部の生徒や、私達大学生も参加するの?」

「いえ、初等部から大学院生まで全員です」

「へぇぇ……」

 ――なるほどそういう事ね。

 朱音は納得といった表情で、首を縦に何度か振った。

 初等部から大学院まで。まさに星怜学園大学天原校のフルメンバーだ。

「同じ系統の術者が集まっているので、アドバイスや直接的な指導もしてもらえるんです。それに、週に四回はさっきの実習場も使えますし、模擬戦なんかも気軽にできるんですよ」「まさにいたせりつくせりね。教える方も教えられる方も勉強になるし、その関係は将来そのまま個人の情報網の形成にもなるし」

「術を教える先生の数が全然足りないってのも、でっかい理由なんででござんすよ」

 と、両手にラーメンとカレー、左肘を曲げてた所に唐揚げ定食のトレーを乗せた涼子がやって来た。こっちの話を聞いていたようである。

 それにしても、なんとも器用な真似を。左肘に乗っけたトレーなんか特に。

「おまっとさーん。いやぁ~、ラーメンが大人気でですね、なかなか順番が回ってこなかったんでごわすよ」

 涼子は両手に持ってきた料理をテーブルにドンドンドン。四人掛けのテーブルの半分を占拠した。

 こうして見ると、けっこうとんでもない量である。自分だったら、せいぜい半分が限界だなぁとか朱音が思っている間に、ラーメンはすでに半分が涼子の胃の中へ消えていた。

「先生の数って、術者の先生ってそんな少ないの?」

「はい。ちょっとわけありで、高位の術者はあまり多く置けないみたいです。確か、術者の先生は二〇人くらいだった気がします」

 ――ふぅん、どおりで。

 初めて学院に入った時から感じていた事ではあるが、大きな魔力や霊力をあまり感じなかった一因はそこにあるようだ。

 普段は気配を隠しているものだが、漏れ出る魔力から相手がどれくらい強いかを推し量るくらいの事は、朱音にも可能である。

 まあ、気配をだだ漏らしにしているようでも、術者としては問題があるのだが。

「つまり、面倒な事は全部生徒に押し付けちゃえって事だね。自分達は場所や施設を提供してやるからって」

 涼子が横から茶々を入れる。

 ちなみに、すでにラーメンのどんぶりは空で、カレーライスも半分、唐揚げも二つ三つほど消えていてご飯も三割減っていた。

「涼子先輩、それはいくらなんでも言い過ぎですよ」

 と、美玲に怒られつつも食事の手を止めない涼子は、

「ふはっ! ほほひふはっは!」

 のどにご飯がつめてしまったらしい。

 食べながら会話なんてはしたない真似をするからだ。

「んん! んん~!!」

 直訳すると『水、水』とうなっていると予想される。

 ラーメンのどんぶりに残っている汁を出すと、全力で拒否された。

 我慢できなくなった涼子は、朱音のコップに手を伸ばし、

「ちょぉっ!?」

 ごっくんと一気飲みし、

「ケッホ」

 その後にげっぷ。

「いや~、死ぬかと思ったぜ」

 最後に前歯をきらり。

「なに人の水飲んでんのよ」

「いや~、ちょうどお手頃価格な位置にあったもので。めんごめんご~」

 涼子は両手を合わせて頭を下げる。

 朱音は、はぁぁ、とため息をつくと横目に涼子を見ながら席を立った。

 給水機で新たなコップに水を入れてから、再び席につく。

 その頃には更にカレーライスも涼子の胃の中に消え、残りは唐揚げ定食のみとなっていた。しかもラストスパートをかけている。

 朱音も美玲もまだ半分を食べた所なのに。いったいどんな胃をしているのだろう。

「で、涼子先輩、さっきはなにを言ってたんですか?」

「あぁあれ? のどにつまったから水をくれって」

 と、考えている最中に唐揚げ定食も完食。

 もう何て言っていいのやら。

「ほんと、涼子先輩って自由な人ですね……」

「いやー、それほどでも。てへっ★」

「もういいです」

 苦笑いを浮かべながら、美玲の方が折れた。美玲自身もわかっていた事だが、嫌みは全く通じていないようである。

 まあ、この短時間で涼子がどんな性格かわかった朱音であるがが、相手にしたら負けだ。

 戦闘スタイルはともかく、性格は自分の意見を全力全開で猛進するタイプらしい。

 そんな涼子は放っておいて、朱音は別の話題へと移った。

「そうだ。さっき寮の前通った時気付いたんだけど、あの名簿みたいなのってなに?」

「名簿ぉ?」

「みたいなやつですか?」

 涼子と美玲はそろって首をかしげ、

「うん。日付と名前と丸印の書かれたやつ」

「「あぁ」」

 それから目を見合わせて頷き合い、

「夜間巡回表だよ」

「夜間巡回表ですね」

 口をそろえて答えた。

「夜間巡回表?」

 単語の意味から察するに、夜中にどこかを巡回するのだろうが、いったいなにをするのだろうか。

「えぇっとぉ~、朱音先輩は、天原市が霊格の高い土地だっていうのは知ってますよね」

「って言うより、むしろ強すぎるくらいじゃない?」

「だ~か~ら~、巡回する必要があるのだよ、ワトソンくん」

 本日二回目の『ワトソンくん』である。

 お前はホームズかと突っ込んだら負けなのだろう。きっと。

「力の強い土地には、それだけ多くの妖怪や魔物が集まるのは、知ってるでござんすよね」

「つまり、怪異が発生したり、妖魔の類が侵入する頻度が他の土地よりかなり高いので、怪異の発生前に気のこごった場所を浄化したり、妖魔を追い返したり討伐する必要があるんです」

「そのための夜間巡回ってわけね」

 確かに、それは巡回する必要があるだろう。

 昨日受けた任務からも、その理由をうかがい知る事ができる。

 低級霊ではあるが、朱音はあれだけ大量の霊が集まった場面を見た事がない。

 例え低級霊――餓鬼――とは言え、あれだけ大量に集まれば、それに引き寄せられてより高位の霊的存在が呼び寄せられる。

 それを未然に防ぐための対処でもあるのだろう。

 見習い中の学生とは言え平均より質の高い術者の生徒を多く保有し、一部には既に朱音や涼子のような実戦レベルの学生もいるのだから、当然の対応である。

「そう言う事。あたしや美玲ちゃんみたいな帰宅しない組は、春休み中の夜間巡回をやってるってわけなのですよ」

 涼子の言葉に、『はい』と美玲も頷いた。

 つまり二人は、春休み返上で夜のお仕事にでかけているというわけか。

 今年から入学する朱音は入寮して約一週間、その事を知らず夜中に漫画ばかり見ていたのにちょっとだけ罪悪感を覚える。

 いや、ちょっとだけってわけではないのだが、なにしろ里にはそんなものなかったし、すっごく面白くてついつい。

 特に少年漫画は手に汗握る戦闘シーンがやたら熱くて、まあ実戦はあんな生易しいものでないのはわかっているのだが、だがそれが良かったりなんかして……。

「朱音さん?」

「朱音先輩?」

 ――はっ!?

 よほどおかしな顔をしていたのだろう。

 美玲ならまだしも、涼子にまであのような好奇な目で見られるとは。

 朱音は今読んでいる少年漫画の事はひとまず忘れて、なんでもないと両手をぷるぷる振ってアピールする。

 意味がわからず、涼子と美玲は目を見合わせて、頭の上に二つ三つクエスチョンマークを浮かべるのだった。

「それで、夜間巡回だっけ。今日は二人ともそれに出るの?」

 話題転換(すげ替えとも言う)も兼ねて、朱音は二人に問いかけた。

 変な顔の事を蒸し返されたくないのもあるが、夜間巡回がどんなものか気になると言うのも興味がある。

 ――夜の街かぁ。

 電飾やネオンに彩られた町並み。

 昼間とは違った姿は、子供っぽいとは思うものの想像するだけでもけっこうワクワクする。

「私は明後日ですから、今日は寮でお休みです」

「あたしは今日なんだよねぇ~。でも、朱音さんとやって、ちょ~っと疲れちゃったからな~。はぁぁ」

 念のために言っておくが、誘ったのは涼子の方である。

「私がそんなの知るわけないでしょ」

「え~、朱音さん代わりに行ってよ~。疲れた、眠い、動きたくな~い~!」

 言い訳の理由がそこはかとなく幼稚である。せめて、もう少し大人っぽい言い訳をしてほしいものだ。

 足首をひねったとか、肉離れを起こしたとか。

 朱音はとりあえず、心の中で幼稚園児か、と突っ込んでおいた。

「美玲さ、美玲ちゃんからもなんか言ってよ。涼子さんったら、全然聞かないんだから」

「はい。涼子先輩、私、片腕骨折してた時もちゃんと出ましたよ」

 ――いや、それは休んでないとだめでしょ……。

 効力がすごいのはわかるが、そこはむしろ休むべきだと思ったのは涼子も同じだったらしい。

「美玲ちゃん、そこは休まなきゃ、ダメだょ……」

 こちらも骨折の経験があったらしい。

 涼子はほんの少し青ざめた表情で言った。

 はぁぁ、とまるでどこか遠くを見ているような涼子の目は、まるで悟りでも開いたかのようだ。

 朱音も利き手にヒビが入った事があるのだが、あの時は二週間は家に閉じ込められていた記憶がある。

 小学校低学年くらいの頃、剣技の修練の休憩中に他の子と木刀で遊んでいたら誤って右腕を強く打ってしまったのだ。

 打った瞬間はそうでもなかったのだが、一秒毎に患部が熱を帯びて青紫に晴れ上がるのは、けっこうトラウマ物である。

 しかも二〇秒かそこらを超えた辺りから一気に痛みが増し、内側から押しつぶされるような痛みに大泣きしてしまったのは今でも鮮明に思い出せる。残念ながら。

 もっとも、草壁家の血の力によって、かなりのスピードで回復したのであるが。

「涼子先輩、巡回頑張ってくださいね」

「ぅ、うん。わかった」

 これにて、一件落着。

「まあ、それはいいとして。朱音さん、夜間巡回一緒に行ってみる気ある?」

「一緒に?」

「うん」

 涼子は大きく首を縦に振った。

 今度は冗談ではないようだ。

「だって、あれ説明だけしていきなりで、かなり焦った記憶があるんだよねぇ。一回は行っといた方が後々いいと思って」

「そうですね。あれは、私も衝撃的でした」

 と、二人そろって同じような悟り顔五割、苦笑い五割の表情。

 そんなにひどいのだろうか。今からちょっと心配になってきた。

「涼子先輩だけだと心配なので、明後日も私とどうですか?」

「うん。じゃあ、そうする」

 先ほど二人の言っていた事もあって、即決である。

 説明だけしていきなりとか、衝撃的だったとか、あんな表情で言われれば百人が百人とも心配になるだろう。

 だが、それはそれとして、

「で、行くのは別にいいんだけど、それって勝手に出ても大丈夫なの?」

 こっちの方もけっこう気になる。

 当番制なら担当とかも当然決まっているだろうし、そこに勝手に参加していいのだろうか。

「はい。特に問題ないですよ。むしろ、その方が有り難いです」

 と、美玲ちゃんから意外な答えが。

「まあ、こんな面倒事自分からするような人なんていないから、たいてい友達と行くんだけどねぇ。教務課の方も、そういうことならって黙認してくれるわけですよ。本当は夜間の外出は校則違反だから。でも、二人だと見逃しも減るし、緊急時にも柔軟な対応ができるから、できればそっちの方がいいんだけどねぇ」

「ふーん」

 言われてみれば、けっこう納得できたりするものだ。

 個々の能力にもよるが、二人の方が戦力的にも安心できるし戦術の幅も広がる。

 ちなみにこの夜間巡回だが、合法的に夜間の街で遊び倒せるとあって中学生以上の学生には割と好評だったりする。

 ただし、次の日の授業や講義で眠りがちになってしまうので、学校の方でも積極的に参加させるべきかそうでないかは、決めかねているらしい。

「とりあえず、二二時過ぎには校門で待ってくれていたまえ。点呼すましたら、飛んでいくから。文字どおり空を飛んで!」

「空は飛ばなくていいから、早めに来てね……。そんで、お昼も済ませたし、次はどうするの?」

 朱音はぐいっと氷水でのどを潤してから、二人に聞いた。

 あとは消耗品の調達場所くらいなので、特に行きたい場所はない。と言うよりも、どんな施設があるのか知らないので、聞きようがないと言うのもある。

 すると涼子は突然、妙案を閃いたとばかりに席から立ち上がった。

「美玲ちゃんを加えて、校内散策!」

「え!? 私もですか?」

 また涼子の悪い癖が。既に彼女の中では、美玲の参加は決定しているようだ。

「まあ、時間なら余ってるので付き合ってもいいですけど」

 こればかりは、慣れるしかないらしい。

 今日が初対面の朱音はまだ無理だが、付き合いの長い美玲は、残念ながらもう慣れきってしまったようだ。

「着替えてくるので、ちょっと待っててください」

 三人は食器を片付けると、満員になった学食を後にした。

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