其ノ零:聖座よりの下令
一人の女性が両の指を交互に組み、膝を折って祈りを捧げていた。
白を基調としたゆったりとした法衣の下には、意匠を凝らした金属製のプロテクターが見え隠れする。
いったいどれだけの重量になるのであろうか。男性にも重そうなそれを、彼女は軽々と着こなしていた。
その日彼女は、ある場所に呼び出された。
ローマ近郊の自然公園を丸々一つ使って作られたその場所は、彼女が今までの月日の大半を過ごしてきた場所である。
しかし、これといった特別な思い出はない。
あるのはただ、彼女の信じる主への信仰と、ここでの生活を手取り足取り教えてくれた部隊長への感謝がほとんどを占める。
そして今日は、彼女の尊敬する部隊長に呼び出されて、この部屋にいる。
小さな部屋だ。十字架とステンドグラス以外に、部屋を飾る物は何もない。強いて言うならば、足下に使い古された赤い絨毯が敷かれているくらい。
真っ黒になった木製の長机と長椅子は、二〇人がようやく座れるほどしかなく。ステンドグラス越しに室内を照らす光は、その色鮮やかさと反するように虚しさを増長させる。
「日本…………ですか? なるほど、それで私が」
「そうだ。それに、君はなかなか優秀な神徒だ。この難局も、君ならどうにかてきると信じているよ」
「そんな、わたくしにはもったいないお言葉に御座います」
先ほどまで十字架の前で膝を折っていたように、彼女は目の前の人物の前にかしずいた。
これは、彼女にとってあまりにも名誉な事なのだ。
目的の場所が日本でなかったならば、自分にこの役目は回ってこなかったはず。
あらゆる運命が交わりもたらされた今回の任務は、彼女にとっての福音に他ならない。
「このネリル=フクミツ、必ずや悪しき魔術師を討ち滅ぼして御覧に入れますです!」
彼女はすくっと立ち上がると、部屋を後にする。
既に諸々の手配は済んでいる。残っているのは、個人的な荷物をまとめるくらいだ。
彼女はいただいた資料に目を通し滞在先――いや、派遣先の場所を口ずさむ。
「Seirei Gakuen University Amabara School ですか。確か、絶対中立地帯の場所…………。また、厄介な場所に逃げ込みやがったものですね」
どんな場所であろうと、彼女に科せられた任務に変わりはない。
彼女は手早く荷物をまとめると、国際線の飛ぶ空港へと急いだ。
全ては、今まで自分を育ててくれた人々へ、恩を返すために。




