其ノ拾壱:あの人の背中を追いかけて
かれんはいつものように、今夜の献立について考えていた。今日は美玲が出張中なので、現在は自分の部屋にいる。
今日もたぶん朱音先輩が来る。それに、今日は涼子先輩と一緒に友達と出かけてくると言っていたから、四人分は必要かもしれない。涼子が二人分くらい食べるという意味で。
食材は、昼間の内に近くのスーパーで買ってきた。タイムセール品の確保も、最近では難なくこなせるようになった。
でもやっぱり、身長的な問題でオバチャン達に混じるのはなかなか厳しいものがある。
――カツラとカラコンでも買って、力使えたら楽なんだけどなぁ……。
とはいつも思うものの、実際にやるのは危険なのでやらないが。
もし一般人相手に術を使ったのが教務課の先生にバレたりしたら、まずは一週間停学。場合によっては単位の没収や罰金の支払いを命じられる場合もあったり。
かれんの記憶には、実は一度だけそのような事があった。あの時は文佳が仲介に入ってくれたお陰で、停学処分だけでなんとか免れたが。
ちなみに、その人はもう学園にはいない。元気でやっている事だけは間違いないが、最後に会ったのはもう四年も前の話になる。
「どうしてるんだろうな~、今頃」
かれんにとっても、姉同然の存在だったあの人。
人命の為なら、躊躇なく人前でも術を行使するあの人は、今でもかれんが憧れている人だ。
いや、かれんだけではない。あの人を知る者ならば、誰もが憧れるに違いない。
何者にも屈せず、あきらめず、誰もが最初に思い描き、そして現実を知って目をつむる存在を体現する、あの人を。
と、その時だった。
「……涼子先輩?」
机の上に置きっぱなしの携帯電話が、着信音と同時に激しく揺れ始める。
こんな時間に、いったいどうしたのだろう。もしかして、夕食を食べてくるから作らなくてもいいよとか、そんな連絡だろうか。
それはそれで、作る側からすればちょっぴり寂しかったりするのだが。
「もしもし、涼子先輩。どうかしましたか?」
『かれんちゃん。さっき犯人に襲われて』
「犯人って、それって辻斬り通り魔の!? 歌仙は持ってましたか!!」
『うん。間違いなく、持ってたのは歌仙だったと思う。それに翼の民だったし、やな気配がむんむん漂ってたから』
前回の襲撃から、まだそこまで時間は経っていないはずなのに。
襲う頻度が上がっている?
それとも、誰かを狙って?
「それで、今どうなってるんですか?」
『朱音さんが追跡中。本気になった朱音さんからは、さすがに逃げられないだろうから、たぶん大丈夫』
「わかりました。私もこれから、そちらに向かいます」
『それじゃ、すぐ来てね。あたしもこのまま朱音さん追いかけるから』
「はい!」
ついに、この時が来た。かれんは携帯電話をスカートのポケットに突っ込むと、荷物の山の中から数枚の護符を持ち出して、ポケットにしまう。
そして、玄関とは反対の窓から、まるでロケットのように飛び出した。
「もう誰も、傷付けさせない」
そして、少女は天高く舞い上がる。まるで天使のような、穢れなき純白の翼をはためかせて。
彼我の距離は、着実に縮まりつつあった。向こうはあまり戦闘には慣れていないらしく、動きにも無駄が多い。
それに加えて、今回は朱音の気概も違っていた。
自分達の目の前で、見せつけられるように誰かを斬りつけて去っていった犯人を、絶対に許しはしない。
人の身とは思えないデッドヒートに、周囲の人々は何事かと振り返る。
しかしその頃には、二人の姿は遙か彼方。ちょっとした突風が吹いたようにしか感じられなかっただろう。
犯人はメインの通りから、人の少ない狭い道へと逃げ込んだ。
間違いなく、空へ逃げるつもりだ。
だが、そうとわかっているなら、いくらでも手の打ちようはある。
――後がちょっと怖いけど……!
角を曲がった瞬間、朱音はこれまで以上の力を両足へと込めた。
そして、
「行かせるかぁああああああああ!!」
ドォオッ!!
犯人は上着を脱ぎ捨て上空へと逃げようとした、まさにその時。
さっきまで後方を走っていたはずの朱音が、進路のど真ん中へと現れたのだ。
先の爆発音は、朱音が地面を蹴った音。敷き詰められたレンガは局所的に砕け散り、無残な姿となっている。
一度動き出した身体は、もう止める事はできない。
犯人は朱音に向かって飛びかかるような形で、朱音にぶつかった。
振り払おうとする犯人、捕まえようとする朱音。二人は上下すらわからなくなるような錐揉み状態のまま上昇を続け、テナントビルの上へと不時着した。
落下の衝撃で、二人の身体が再び離れる。
朱音は即座に上体を起こし、邪魔なエナメルバッグを投げ捨てた。
相手も構えてはいないものの、腰から歌仙を抜き放っている。服装は、ドロドロに汚れたつなぎ。茶褐色に変色しているのは恐らく、
――返り血、なんだろうけど。
だが、その汚れ方が尋常ではなかった。
つなぎは、もはや血に染まっていない場所がないほどに、茶褐色に染まっていた。
いったいどれだけの人間を、手にかけてきたのだろうか。
「覚悟しな、下衆野郎」
小狐丸を抜き放つと同時に、朱音の身体が弾けた。
一瞬にして、相手の懐へと跳び込む。
と、思ったのだが、
「カカカッ!」
先に見せた常識外れの身のこなしで、なんと朱音の一閃を防いだのである。
「あんた、いったいどんな身体してんのよ……!」
速度だけならまだわかる。
だがまさか、朱音の全力を受け止めるだけの筋力まであろうとは。
通常の刃なら既に折れているはずの圧力に、刃はギリギリと悲鳴を上げる。
――私に力勝負を挑もうっていうんなら…………えっ!?
瞬間的に力を跳ね上げようとした朱音であったが、とっさに大きくバックステップした。
相手の身体から、有り得ない力が溢れていたのだ。
だが待て、アレはあの時に完全に討ち滅ぼしたはず。
いや、そもそもなぜアレの気配が目の前のコイツから……。
「コの感じ。知っているぞ。コれは、草壁のもの。お前、草壁の人間なのカ?」
相手の口から、初めて言葉が発せられた。
男の声だった。ガラガラに枯れたテノールの声。
声にまで返り血がこびりついているのかと思えるほど、聞くだけで嫌悪感をもよおすような声だった。
「あの女と同じ術者なのカァァァアアアアアアアアアアアアアアっ!!!!」
――なに、なんなのよコイツ!?
鼓膜をつんざくような叫び声と同時に、男の身体に変化が訪れる。
漏れ出した力は明かりとなって、男の周囲を照らし出したのだ。
ぼんやりとしていた男の顔を、朱音は初めて見た。
髪と瞳の色は、煤汚れた銀色。輝きを失ったのは、行ってきた罪のせいか、それとも歪んだ心のせいか。
そんな怒りに燃える心をなだめつつ、朱音は冷静な思考を呼び覚ます。今目の前で起きている情報を元に、かれんから聞いた翼の民の特徴と照らし合わせた。
翼の民の使う術は、精霊魔術と似たような体系――即ち循環する特定の属性から成り立っている。そしてその属性は、瞳や髪の毛の色として現れるらしい。
例えばかれんの場合なら、碧色の瞳=緑系なら風属性、濃い水色の髪=青系なら水・氷属性、といった具合に。
そして銀系の色の場合は、金属性。即ち、相手は自在に金属を操れる術者と考えていいだろう。
それを前提として、対抗策を考えねばならない。
「朱音さん!」
ようやく追い付いた涼子が、朱音の隣に並び立つ。
既に両腰からは、小太刀が一本ずつぶら下がっていた。
そして太ももには、さっきまでなかった護符入りのカードケースも。
「それにしても朱音さん、この気配……」
「そう。私もビックリしてるとこよ。まさか、入学前にぶっ飛ばした鬼と同じ気配だなんてね」
その上、草壁流とは何やら深い因縁がありそうな感じだ。
もっとも、相手をしてくれるのならこれ以上犠牲者を出さないと言う意味で、ありがたくはある。
それに、ここで仕留めればかれんの任された事も達成できて一石二鳥。オマケで、鬼の気配についても調べ尽くしてやる。
「草壁の奴等はぁ……」
男は構えに入った。姿勢を低く、下半身に力をため、朱音の事をまっすぐに見つめ、
「全員ぶち殺す!!」
コンクリートの床すれすれをを飛翔した。
低さにも驚いたが、その速さも凄まじい。もしかしたら、朱音の瞬間的に出せる速さよりも上ではなかろうか。これこそまさに、翼を持つ物の特権である。
そこから急上昇しながら、男は刃――歌仙を振り上げた。
多少反応が遅れたものの、二人は左右に分かれるようにして寸前のところで回避する。
「涼子さん、対翼の民戦の経験は?」
「あるわけないじゃないですか。あの人達、あーちゃんの会の人のぞけば、基本魔術師に対して冷たいですから」
上昇する男を視界に収めながら、合流した二人は言葉を交わす。
しかし、どうする事もできない。何せ、敵がいるのは地上ではなく空の上なのだ。
この距離では、持ち合わせの術では回避されるものがほとんどで、有効な手段がないのである。
「どうした? もしカして、上ガってコられないのカ?」
上から降ってくる嫌味な台詞に、苛立ちと焦りばかりが募ってゆく。
「涼子さん」
「わかってますよ。アレを式神で撃ち落とせるか、ですよね」
「うん、そう。どう思う?」
「問題は、追い付けるかどうかですよ。誘導できても、黒鴉じゃ遅すぎます」
「でも、直線しか撃てない天燕で、あれに合わせるのはキツいわよ?」
「ですねぇ…………」
と、言いつつも、二人の手には既に護符が握られていた。
ぐちぐち言うより、とりあえずやってみてから考える。向こうの対応を見なければ、対策のしようがない。
「一つを二つに、二つを四つに。行け、黒鴉!」
「撃ち抜け、天燕!」
六枚にして二四の黒鴉と、三つの天燕は、夕暮れの空に向かって飛翔する。
だが、二人の思っていた通り、
「ムダ! ムダ! ムダ! ムダァアア!!」
まるで全身にスラスターでも付けているのではという無茶苦茶な軌道で、全ての式神を回避してしまった。
そしてトップスピードを維持したまま、男は朱音に突っ込んできた。
「朱音さん!?」
歌仙と小狐丸が衝突し合い、不協和音を奏でる。
弾かれた朱音の身体が、圧倒的な運動エネルギーの前に後方へすっ飛ばされた。
普段の模擬戦ではまず有り得ない光景に、涼子はぞっとした。
「こっちは大丈夫!」
しかし、相手は再び空の上へと舞い上がってしまう。
既に、こちらの攻撃は届かない。
どうにかできるできないではなく、相性が悪すぎると言うより他ない。
土御門麗のような、遠距離戦に秀でた術者が入れば、また違ってくるのであるが。
万事休すだ。
「あれ?」
「なんか、変わった」
あまりに速すぎる相手に対抗策を練るどころか打つ手なしだった二人の意識に、突然違和感のような物が紛れ込んむ。
だが、これとよく似たような感覚を、二人は知っていた。
対象を一般人から隔離し、そして魔術師の存在を一般人から隠匿する術。
「これでもう、どこにも逃がしません!」
位相空間結界。
そして男の更に上に、もう一人の人影が現れる。
濃い水色の髪と、碧色の瞳、純白の翼を持った天使――八神かれんが悠然とたたずんでいた。
「クククク……。カッカッカッカカカカカカカカカ! 誰カ来るとは思っていたが、まさカお前とはな! コんなのに頼らなキゃ、何も出来ねぇのカよ、本家サマは! ……すっこんでろよ部外者、ヤガミの名を騙る野蛮人め」
「嫌です。それに、私は部外者でも、ましてや野蛮人でもありません」
「部外者だろうガ。大爺サマに拾われたからってなぁ、いい気になってんじゃねえよ!」
男は矛先を朱音からかれんに変えて、上空に向かって一気に加速した。
それを見たかれんも、即座に加速して男を突き放そうとする。
だが、
「どうした、どうした!? オレを捕まえに来たんだろ、面汚しの野蛮人!」
振り払えない。
そもそも、かれんは道具を作るのは上手くても、戦闘技術は高くはないのだ。
翼の民の場合、戦闘技術はそのまま飛行技術に直結する。
かれんはただ下を目指して、がむしゃらにかわし続けた。
「そんなにおせえと、バラしちまうぞコラ!」
男は圧倒的な速度の有利を武器に、かれんの先に回り込んでは歌仙で斬りつける。
だが、遊んでいるのは朱音と涼子の目から見ても明らかだった。
さっきの速さと比べれば、男の速度は半分かそれ以下。かれんが怖がるのを、ただ楽しんでいるだけだ。
自虐的な笑みを浮かべる男に、朱音の怒りが頂点に達した。焦りに取って代わって、強烈な殺気が周囲に漂い始める。
「あんの、下衆野郎!」
位相空間結界の中ならば、もはや周囲への気遣いは不要。
朱音は抑えていた草壁の血の力を、余さず解放した。
まるで怒りの感情をエネルギーとしているかのように、いつも以上に力が満ち満ちている。
「大鷲!」
下のコンクリートが抜けそうな勢いで飛び出したものの、二人への高度には到底届かない。
朱音は護符へと力を注ぐと、大型の式神を一体呼び出した。
飛行用の式神、大鷲。まだまだ練習の必要な、術としては未完成の式神だ。
その背につかまり、朱音は二人のいる空域へと突っ込んだ。
「まったくもう、どうなっても知りませんからね! 穿て、|天燕!」
飛び出した朱音に追従するように、涼子も八体の天燕を男めがけて放った。
近付く天燕に気付いて、回避に専念する男。
だが次の瞬間、あまりに予想外なものが視界へと映り込んできた。
「こんのぉおおおお!!」
地を這いずる事しかできない人間が、刀を振りかぶったまま突っ込んで来ていたのである。
回避するには近すぎる。男は歌仙を構え、防御の姿勢に入った。
直後、コンクリートの塊でもぶつかったような衝撃が、双方の腕に伝わる。
上から叩きつけられた男の身体は、一気に地上へと押しやられた。
ビルの屋上スレスレでなんとか停止したものの、翼から発せられた力によって床がクレーター状に大きく沈む。
「西方白虎――鋼雅、急ぎ律令の如く成せ!」
そこを狙って、涼子は鋼の刃をぶちまけた。
涼子の手から注がれた霊力は、護符の魔法陣を通して鋼の刃を織りなす。
「……ふん」
だが、それは男の張った盾によって防がれてしまった。
差し出された掌を中心に広がった、分厚い鋼の盾。その展開速度は、異様の一言に尽きる。
詠唱どころか、起動ワードの呪文もない。感覚的には、精霊魔術師のそれよりも更に速かった気がする。
男は攻撃の過ぎ去った瞬間に盾を消失させ、翼を強くはためたせて涼子に迫る。
反応した涼子は瞬時に腰から小太刀二本を抜き放ち、刺突を側面へとそらした。日頃から朱音を相手に練習をしていなければ、対処不可能だったろう。
速度もパワーも、朱音を抜けばこれまでで最上級といっていい。特に、速度に関しては涼子よりも上なのだ。
数ヶ月前と比べた自分の成長具合に、思わず苦笑いがこぼれた。
――ずっと朱音さんの相手してる間に、あたしもだいぶ基地外な方向に成長しちゃったもんですねぇ。
しかもそのまま弾いた時の反動を利用して回転し、受け止めた方と反対側の小太刀が男の首めがけて背後から襲いかかる。
しかし男は弾かれた方向へと飛行ルートをずらし、寸前のところで背後から迫る小太刀を回避した。
再び両者の距離が開き、上空から降下してきた朱音とかれんは涼子の隣に並ぶ。
とりあえずは、敵の属性は朱音の推理通りの金属性だった。
「かれんちゃん、大丈夫だった?」
「朱音先輩のお陰で、なんとか」
男に意識を割きつつも、二人はちらりとかれんを見やる。
極度の緊張から解放されたからか、額が冷や汗で汗だくになっていた。しかし、怪我がなくて本当によかった。
「にしても朱音さん、大鷲使えるんですね、羨ましい」
「使えても、まだ霊力の消費が激しすぎてそんな使ってらんないわよ」
経験が皆無とまではいかないが、やはり空中戦を主体とする敵には分が悪い。どうにかして、相手を地上に縛り付けておかねば。
――雷華はあまり得意じゃないんだけど、速度ならやっぱ、アレしかないわよね。
「辰翠、久々に出番よ」
朱音は刀の鞘にくっついている御守りへと、手を伸ばす。
すると、青に金糸の刺繍が施された御守りから、淡い翡翠色の毛並みをした半透明の狐が現れた。
「アカちゃんやないか。久しぶりやないけぇ。アカちゃんの顔見れて、にーさんうれし~わ~」
「ふざけてる暇なんてないわよ、辰翠。…………雷華をやる。手伝って」
半透明の狐――辰翠――は、改めて朱音の見やる方へと顔を向ける。
「なるほどな~。あんさん、不幸体質と違います? ここ最近、ろくでもない事ばっかやったし」
「そういうのはいいから、速く」
「わ~っとるがな、そう急かさんといてくれや」
そう言うと、辰翠は小狐丸へと取り憑いく。
辰翠が属するのは、五行の内の木行。生命を司る属性だ。
雷は風の摩擦によって生まれ、風は生命の息吹によって吹き荒れる。
雷華とはその名の示す通り、雷の華を咲かせる技。朱音は辰翠の力を用いる事で、雷華の力を飛躍的に高めるつもりなのだ。
「草壁流秘技。雷華、壱ノ陣――」
たんっと地面を蹴り、朱音は男へと急接近する。
「閃!」
青白い雷光が、まるで地上から天を貫くように発せられた。
幾条にも枝分かれした雷撃は、まるで男のを包み込むようにして襲いかかる。
本物よりずっと遅くとも、その範囲と速度を前にして回避する事は不可能。男は先ほどと同様に、鋼の盾を張って雷撃を防いだ。
しかしその瞬間にできた死角を利用して、涼子は式神を解き放つ。
「行け、黒鴉!」
八体の式神はぴたりと盾の影に隠れるように飛翔する。
直前で盾を解いた男はすぐさま全力で降下し、すんでのところでかわした。
「参ノ陣――魁!」
だが今度はその後退コースへ、朱音が雷の刃を放つ。
たった数度打ち合っただけで完璧に合わせてくる朱音に、男は舌打ちした。
そしてそちらに気を取られている間に、今度は涼子が先の式神――黒鴉を使って男を急襲する。
「爆!」
「壱ノ陣――閃!」
男を囲い込むように爆煙を上げる式神と、その煙を撃ち貫く雷撃。
かれんはその様を、呆然としながら見つめていた。
――すごぃ……。これが、二人の戦いなんだ。
普段は二人の温厚な姿しか知らない、知ってたとしてもまだじゃれ合っている範囲しか見た事のなかったかれんは、二人のあまりの変貌ぶりに完全に思考がストップしていた。
鳴り響く轟音、耳をつんざく金切り音が、戦いの凄まじさを物語っている。
練習中のそれは何度も見てきたが、実際に本物の戦いを目の当たりにした回数はあまり多くない。
今自分のいる場所は紛れもない戦場であると、かれんは感覚としてようやく理解したのであった。
――これも、本当なら私一人でしなきゃいけない事。
おぼろげであった意識がはっきりと輪郭を持ち、全身の感覚が目を覚ます。思考するだけの余裕を取り戻し、かれんは自問自答した。
そう、あそこにいるべきは、本来なら自分なのだ。それを、力の無い自分の剣や盾となって戦ってくれているだけ。
ここで、ただ見守っているだけでいいわけがない。
――直接の役には立てなくても、せめて翼だけは封じないと。
単純な剣の力量なら、朱音や涼子に部がある。
今二人が苦しんでいるのは、相手が自在に空を飛べる事の一点だけだ。
なんとか地上に縫い付ける事ができれば、二人ならば。
――空で対抗できるのは、同じように空を飛べる、私だけなんだから。
斬られたら痛いだろうな、きっと痛いだろう。
だが、斬られる事を恐れていては、いつまで経っても前に進めない。
それに、次の瞬間には斬られるかもわからない場所にいる朱音や涼子に対しても、自分が恐れていては示しがつかないだろう。
兄のように上手く立ち回る事はできないかもしれないが、それでも出来る事が、きっとあるはずである。
ならば往くがいい。
貴様ら翼の民は、いついかなる時も、いと気高き戦士だったであろう。
あの戦巫女に抱いた思いが、偽りでないのならば。
かれんは持ってきた護符を取り出した。
もう目を背けたりしない。逃げたりしない。
全力全開で、自分の全てを賭けて戦う。
「いくよ、瑞姫」
護符から吐き出された杖を持ち、かれんは両翼を広げた。




