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朱音ノ悪鬼調伏譚  作者: 蒼崎 れい
第参ノ巻~その者、天覇する異郷の民~
48/55

其ノ拾:お疲れさま会

 沙織がクリスタルコール部での初めての公演を終えた次の日、朱音と涼子は市営バスで天原駅へと向かっていた。

 沙織と鈴子は割と近くに住んでいるらしく、実家通いなのだそうだ。涼子の実家とは反対方向で、天原駅から上りで三駅の所にあるらしい。

 十分少々との事なので、確かに近い。

「で、朱音さん。昨日はどうだったんですか?」

「ダメね、見つかんない。取り逃がしたのが悔やまれるわ」

「いやいやいや。負傷者の手当も十分必要ですから。かれんちゃん共々、よくやったと思いますよ。話しによると、血だらけだったみたいで」

「かれんちゃんの精神状態も心配だったから、歩いて帰ったんだけど。だから、すんごいジロジロ見られたわ。途中でタクシー拾ったんだけど、運転手にも変な目で見られたし」

 本日の服装は、外出するという事もあって動きやすさを重視したコーディネートだ。

 朱音の方は赤いノースリーブシャツ、クリーム色の薄いカーディガン、ホットパンツ。

 涼子の方は白いフリルブラウス、赤茶色のキュロットパンツ、パンツの裾まで丈のあるグレーのカーディガン。

 そして二人ともエナメルバッグからは、細長い布袋がのぞいていた。朱音の方は小狐丸と明月、涼子の方には火凛と紅椿がそれぞれ入っている。

 バッグからにょきっと細長いものが出ている光景は滑稽に見えるが、こればっかりは仕方がない。

「あ、でもその襲われた二人、命に別状はないそうですよ。ニュースでしてました」

「そうなんだ。後でかれんちゃんにも教えてあげないとね」

「ですね」

 バスは西部の住宅地から、東部の市街地へとさしかかっていた。

 これまで何度も歩いて渡った橋を、あっという間に渡りきる。

 すると、そこはもう別の町のように見えた。

「にしても、住宅街と雰囲気ガラッと変わるわね」

「ですねぇ。あたしはもう慣れちゃいましたけど」

 まず道路の幅が広くなり、信号機も増える。スーパーマーケットから車屋や電器屋、書店、中古屋、ファストフード店と、様々な商業施設が軒を連ね、警察署や消防署、総合病院の建物も見られる。

 交通量も十倍以上増えるので、排煙の臭いも少し気になるところ。逆に、緑が全く見えなくなるのが味気ない感じだ。

「お、天原センタービル」

「見慣れていても、高いですなぁ」

「前から気になってたんだけど、あれって何メートルくらいあるの?」

「確か、二〇〇メートル以上はあったはずですよ。よくある宇宙艦隊所属の強襲揚陸艦の半分くらいの大きさです」

「ごめん、そっち系は知らないから言われてもわからないわ」

 それから話題は昨日の皐月祭の事となり、模擬店でどの料理がおいしかったか、という話題になった。

 朱音的には、スイーツ系がよかった感じだ。自家製らしいバニラアイスは、また食べてみたいと思うほどであった。

「それにしても、残念でしたねぇ、朱音さん」

「何がよ?」

「瀬野さん達、来れなくて」

「はいはい。私は別に気にしてないから」

 でも、人数は多い方が楽しかったろうな、と朱音はちょっと残念に思う。

 瀬野とその友人のクリスタルコール部の部員も誘ったのだが、別のグループで既に約束があるのでと丁重に断られてしまったのだ。

 まあ、女の子四人の中に男の子二人、それもそこまで気心の知れた間柄でもないので、仕方のない事でもある。

 ふとした事で気まずい雰囲気にでもなったりしたら、それこそ取り返しが付かなくなってしまう。

「ホントにも~。朱音さんってばぁ、ホントにシャイで、乙女、ナ  ン  ダ  カ  ラ~」

「それもういいから」

『次は終点。天原駅前、天原駅前。お降りのお客様は、お忘れ物のないよう、ご注意ください』

 交差点を左折すると、一際大きな駅前通りが現れた。

 遠目にも、綺麗に整備されたバスターミナルが目に入る。涼子の話によると、工事自体は中等部に入った時からしていたが、完成したのは去年の春先らしい。

「終点だってさ。何円だっけ」

「二二〇円ですよ」

 二人とも乗車賃を用意し、バスの停車と同時に席を立った。



 天原駅南口には、星怜大近辺――礼ヶ峰――の鬼退治伝説にちなんで、鬼退治をした鎧武者の像がモニュメントとして飾られている。台座の高さが二メートル、像本体も二メートルくらいあるので、近くで見るとなかなかに迫力がある。

 他に目立つ物がないのもあって、この鎧武者の像は集合場所としてよく使われているらしく、朱音や涼子達以外にも誰かを待っていると思われる人達が何組かいた。

 ただ一つ、この像だけでは礼ヶ峰の鬼は“翼を持った鬼”という事がわからないだろと、責任者に一言言ってやりたいと朱音はため息交じりに思った。

「ネネっち~! りょ~うち~ん!」

「お二人とも、お待たせしました」

 そんな鎧武者の像の前で待つ事十分ちょっと、沙織と鈴子が駅から出て来た。

 沙織は薄桃色のカットソーにミニ丈のピンクのフリルスカート。鈴子ははふんわりとした白いインナーの上に、淡い緑色のワンピースという出で立ち。

 ショルダーバッグもそれぞれの性格を表すように、沙織は元気な黄色、鈴子は落ち着いたライトブルーだ。

「大丈夫、こっちもさっき着いたところだから」

「あたしバスとか久し振りで、ちょっとワクワクしちゃいましたよ。ゴールデン・ウイークで帰省した時にも乗りましたけど、弟妹の引率でそれどころじゃありませんでしたから」

「へぇぇ。りょうちん、弟妹いるんだ」

「何人くらい、いるんですか?」

「高等部に弟が二人と、中等部に妹が一人です。あと、地元の小学校にも妹が一人います」

 鈴子の質問に、涼子は指を一本一本折ながら数える。沙織も鈴子も、驚きに口をぽっかりと開けていた。

 一人っ子の増えてきたこのご時世に五人姉弟ともなれば、わからないでもない。

 三人兄弟の朱音ですら多いと思ったくらいなのだから、二人も似たような感想を抱いただろう。

「りょうちん、そんないっぱい姉弟いるんだ。バスケットなら姉弟で試合できるじゃん」

「あのぉ、それはさすがに無理なのでは。下は小学生だそうですし」

「なるほど。その発想はありませんでしたよ、さおりん」

「茅原さん、涼子さん本気でしようとするから、あんま変な事言っちゃダメだからね。他の弟妹に迷惑かかるから」

 と、いうわけで。

 無事合流を果たした四人は、天原センタービルへと移動を開始した。

 天原駅前はセンタービルを中心としたショッピングモールが広がっており、けっこうな賑わいを見せている。その中にはもちろん、飲食店も多数存在している。

「で、茅原さんは何食べたいの?」

「え? 私が決めていいの?」

 朱音に促されて、沙織は思わず自分を指差した。

「今日はさおりんのお疲れさま会ですからね。さおりんの行きたいお店にご招待ってわけですよ」

「そうですよ、沙織さん。あ、でも……あまり高いのはダメですけどね」

「わかってるって~、そんな事くらい」

 と、いうわけで、沙織のご希望の場所へと四人は移動した。

 のであるが、

「いや、確かに茅原さんの行きたいとこって言ったけどさぁ……」

「ん?」

 愚痴をこぼす朱音に、沙織ははてと首をかしげる。

「なんでカラオケなのよ」

 まあ、確かに本来は料理を提供するお店ではない。

「ネネっち、私が決めていいって言ったじゃん」

「何が食べたいかわ聞いたけど、そこまでは言ってない。てか、昨日まで散々歌ってるのに、カラオケって……」

「でも草壁さん、ここ料理もおいしいんですよ」

「まぁ、少し割高ですけど、フリータイムでドリンクバーも付いてますから。落ち着いてください、朱音さん」

「いや、別に興奮とかしてないから。てか、私ってどんなキャラ付けされてんのよ」

 ただ、少しばかり気勢は削がれてしまったわけであるが。

「では早速」

 と、涼子は端末を操作して、いきなり三曲も予約していた。

 しかも、全部やや長い。三曲で二〇分ちょっともある。

「って、なにいきなり三曲も入れてんのよ」

「まぁまぁ。その間に、料理やなんか頼んどいてくださいな。最初からクライマックスで突き突き通しますから!」

 涼子は更に音量やらエコーやらを調整し、宣言に違わずいきなり全力疾走で歌い始めた。

 女性アーティストの中でも比較的声の高い人らしく、全体的にトーンが高い。

「これ知ってる! 確か、小学生の低学年くらいにしてたアニメのやつ!」

「懐かしいですねぇ。私も覚えがあります。草壁さんはどうですか?」

「私見てなかったから知らないけど、でもなんか元気出そうな曲ね」

 かっこよさげに歌っている涼子の隣で、三人はメニューを開いて眺めていた。

 量の割に高いのは少し納得がいかないが、今日は沙織のお疲れさま会。割り切って楽しんだ者勝ちだ。

 まずは定番のポテトと揚げ物のセット、期間限定和風ピザ、海鮮春巻きセット、北海道生乳を使った特性パフェ、新作イチゴタルト……。

 目を輝かせながら、沙織がどんどん注文していく。

 そんなに頼んで、本当に大丈夫なのだろうか。朱音の目には、美味しそうなのを見境なく頼んでいるようにしか見えない。

 ――まぁ、いざとなったら涼子さんが全部食べてくれるし、大丈夫か。

 朱音がそうこう思っている間に一曲目は終わり、店員がポテトと揚げ物のセットにパフェを運んできた。

「おぉ~、すごいおっきぃ~!」

「食べ応えがありそうですね」

「溶けない内に食べちゃわないと」

「あ、あたしも食べた、『ウォウウォ! ウォウウォ!』」

 残念。一口食べる前に、曲が始まってしまった。

 一瞬、歌なんか気にしなくてもと言おうとしたが、溢れんばかりの気合いについつい気圧されてしまう。

「それにしても、猫屋敷さん歌上手いですね」

「だね。まさに、口からCD音源って感じだよ。りょうちん、もしかして、私より上手い?」

「だってさ。よかったわね~、涼子さん」

 三人は涼子の歌声を絶賛しながらも、手元のスプーンのペースを緩める気は毛頭ない。

 全長三〇センチオーバーを誇っていたパフェは、みるみる小さくなってゆく。

 それに伴い、涼子の歌唱力もだんだん残念な事に……。

「もぅ、りょうちんったら。はぃ、あ~ん」

 間奏に入ったタイミングで、沙織はバニラアイスの乗っかったスプーンを、涼子の口元にやった。

「あむ。うま!! ギガうま……すぎて……みなさん……羨ましすぎます……よ!」

「涼子さん、文句言うか、食べるかのどっちかにしたら?」

 文句を垂れながらも、沙織から差し出されるパフェに超高速で反応する涼子。まるで餌付けされる雛鳥のようで、朱音はくすくすと苦笑を浮かべる。

 しかも、上唇についたアイスが髭みたいで、よけいに笑いがこみ上げてきた。

 短かった間奏も終わり、歌詞は二番へ。涼子は再び画面へと視線を移し、熱唱し始めた。

「さてと、私達も曲入れないと」

「次、草壁さんどうですか?」

「私、あんまり知らないから、後でいいわ。今の内に探しとかないと」

「それじゃあ、私入れる! 私のお疲れさま会だし!」

 沙織の持つ端末がピピッと鳴り、画面の上に曲名が流れた。

 コテコテアマアマのラブソング、といった感じだ。

「草壁さんがどんな曲を歌うのか、楽しみですね」

「私も私も!」

 ――なんでそう無駄にハードル上げてくるのよ!

 正直に言うと、涼子が聞いていたアニソン以外のレパートリーはゼロに近い。知っているアーティスト名も、そのせいでアニソンを歌っている人だけだったり。

 オリコン? ナニソレ、オイシイノ? なわけだ。

 ランキングや履歴を見ても、知っている曲がなくて絶望感だけがこみ上げてくる。

「ふぃ~、歌ったぁ~。あ、パフェ食べたいんで、次の曲キャンセルで」

「じゃあ、次は私の番だね!」

 マイクを持って仁王立ちする沙織。様になっててちょっとかっこいい。

 さすが、元声楽部・現クリスタルコール部。

 ちなみに曲名は、『100%恋愛☆宣言!』。

「『ハイ! ハイ! ハイ! ハイ!』」

 拳を握り、タイミングを合わせて振り上げる。

 まるでライブか何かのようで、見ている方もテンションが上がってくる。

「『こっちを向いて わたしを見て……』」

 ノリノリでダンスまで始まって、本物のライブみたいだ。

 画面にも同じくライブの映像が流れているのだが、動きを完全にトレースしている。

「お、期間限定和風ピザ来ましたね! では早速……」

 ようやくパフェにありつけた涼子は、続いてやってきたLサイズピザへと手を伸ばした。

 数種類のチーズが織り成す芳醇(ほうじゅん)で濃厚な香りに、涼子はヨダレがじゅるりと溢れる。

「はふっ、はふひっ!? ん~、イケます!」

 ドリンクバーで確保したコーラで舌を冷やしつつ、涼子は親指を立ててグッドのサイン。

 まあ、そんな事をされなくても無論食べるつもりだ。

「美味しいわね、五十嵐さん」

「ですねぇ、草壁さん」

 チーズとベーコンが織り成すこってり感と、春野菜のさっぱり感がうまく両立している。

 期間限定とケチくさい事を言わず、ぜひメインメニューに加えていただきたいレベルだ。

「あ、ネネっちも鈴も、私の分ちゃんと残しといてね! 私もそれ食べたいんだからぁ~」

「それくらい、言われなくてもわかってるって」

「そうですよ。それに、私達だけではちょっとぉ……」

「さおりんマジさおりん! この調子で二番もイッちゃってください!」

 朱音と鈴子が一口かじっている間に、涼子は既に二切れ目に突入。沙織さん、私らよりも涼子さんに言えばいいのにと思いつつ、朱音は熱くなった口の中にアイスコーヒーをぐいっと流し込んだ。




 それから約四時間後、

「あ~、鈴ぅ、のど痛いよ~」

「五十嵐さん、あっしも痛いでやんす」

「沙織さんも猫屋敷さんも、けっこう歌ってましたからねぇ」

「私は今度来る時までに、レパートリー増やしとかないと」

 終了のお知らせを受けた面々は、最後に涼子の提案した国家斉唱で幕を閉じた。

 しかも採点結果はと言えば、九〇点オーバーで平均超えときたもんで、ネタとしては大いに盛り上がった。

 もっとも、同時間に百人近く歌っている人がいたので、そっちはそっちで驚かされたものである。

 料金は四人で割り勘。一人当たり三〇〇〇円弱と、やっぱり割高感があったのは否めない。

「それで、この後はどうするの?」

 朱音に言われて、鈴子は腕時計を見た。

 十七時ちょっと過ぎ。辺りはやや暗くなってきたものの、夕食には早いとも遅いとも言えない中途半端な時間だ。

 それに、ついさっきまで飲み食いしていたのもあるので、そこまでお腹は空いていない。

「ゲーセンでも行きますか? 最近は、色んなゲームがあって楽しいですよ。プリクラもありますし、最後にみんなで撮りましょう!」

 鈴子の腕時計を横から見ながら、涼子は三人に提案した。ここには、朱音も何度か来た事がある。

 ある時は涼子と二人で、またある時はあーちゃんの会所属の気の知れた面々とで。一回だけだが、麗とも来た事がある。もっとも、あれは文佳や涼子のごり押しのせいでもあるが。

 格闘ゲームはまだしも、メダルゲームやクイズゲームなら、沙織や鈴子も楽しめるだろう。

 それに涼子の言うように、最後のプリクラは朱音も撮りたい。普通の女の子として、普通の女の子と一緒に遊んだ記念として。

「ゲームセンターかぁ……。りょうちん、クレーンゲーム得意?」

「あまり自信はないですが、それなりに取ってますぜ、さおりん!」

「じゃあ行こ! 前から欲しかったのがあるんだ!」

「了解です」

 沙織と涼子の間では、既にゲームセンターに行く事が決定されているようだ。

「っとにもぅ、二人とも勝手なんだから」

「まぁまぁ、いいじゃないですか。みんなでプリクラ撮りましょ、草壁さん」

「まぁ、それに関しては、私もやぶさかでは……」

 その時だった。

 覚えのある気配が頭上で大きく膨れ上がるのを、朱音は感じ取ったのだ。

 瞬時に強化された五感が、異音を察知する。ツバメやカラスよりも遥かに大きな、大型鳥類の羽音。

 その二つから、朱音は瞬時に一つの結論を導き出した。

「涼子さん!」

「はいさ!」

 それだけで、涼子に全て伝わった。涼子もきっと、この異変を感じ取っているはずという、根拠のない――しかし絶対の信頼がある故に可能な行動だった。

 朱音は鈴子を、涼子は沙織の肩を抱いて左右に跳んだ。鈴子と沙織にとっては、真横から全身を叩かれたような衝撃が走ったはずである。

 だが、そのお陰で二人は難を逃れたのだ。

 次の瞬間、先ほどまで四人のいた場所が爆発した。否、爆発したように見えた。

 レンガブロックと共に巻き上げられた土煙の中、朱音は確かに見た。

 見間違えようがないほどの、白く澄み渡った――巨大な翼を。

 ショッピングモールの敷地内で突如起きた原因不明の爆発に、周囲から視線が注がれる。

 誰もが不思議そうに土煙を見つめる中、たった二人だけそうでない人物がいた。

 この場に居合わせた、たった二人の陰陽師だけは。

「はやッ!?」

 だが、思考を巡らせる時間はない。

 晴れぬ土煙を、一つの人影が突き抜けて来たのだ。

「朱音さん!」

 涼子の声に反応して、朱音は意識を涼子に移す。

 手に持っていたのは、近くの地面から引っこ抜いた道路標識。涼子はソレを一切の手加減なく、前方へと投擲(とうてき)する。

「……カカッ」

 しかしソレは、空より飛来した襲撃者から大きく外れてしまう。

 だが、涼子の目的は襲撃者の攻撃ではない。

 ――よし!

 超高速で飛来するソレを朱音は易々と受け取ると、なんと襲撃者へ向けて振り下ろしたのだ。

 そう、涼子は得物の抜けない朱音に、武器となる物を渡しただけに過ぎない。

 神速の勢いで振り下ろされた標識は、襲撃者を直撃する。




 ――――はずだった。




「カカカカッ!」

 だがなんと、相手は朱音の動きに完璧に追従してきたのだ。国内では最強の肉体強化術と謳われる、草壁家宗家筋の動きに。

 アルミ合金のポールは、バターよろしくあっさり切断されていた。

 上空からの奇襲より、ここまでにかかった時間はわずか三秒足らず。一般人の目には、何が起きたのか認識すらできなかったであろう。

 襲撃者の手に握られていたのは、紛れもなく日本刀。刃渡りは六〇センチ超。

 朱音の小狐丸や明月が八〇センチ以上あるのと比較すると、やや小ぶりである。

 それ故に、二人ともこの刀の正体にいち早く気付いた。

 ――これが、かれんちゃんの言ってた……。

 ――造反者ってわけですかい。

「カカッ、カカカカカカッ!」

 奇妙な笑い声を発すると、襲撃者は強靭な脚力でジャンプし、建物の上へ向かって逃走した。

 襲撃に失敗したので、大人しく引き下がったのだろう。人の目が多かったのも、原因の一つかもしれない。

「涼子さん!」

「かれんちゃんにはあたしが連絡入れますから、朱音さんは速く!」

「わかった」

 朱音はエナメルバッグから竹刀袋と護符の束を取り出すと、それぞれをパンツのベルトとポケットに収める。

 そして、友人二人を振り返った。

「ネネっち、今のって……」

「草壁さん……」

「ごめん、二人とも。あとで、絶対話すから」

 苦しそうに表情を歪めた朱音は、まるで悲しみを置き去りにするかのように走り出した。

 映画やドラマの撮影か、と集まってきた野次馬の群れをかき分け、朱音は襲撃者の後を追った。

「かれんちゃん。さっき犯人に襲われて……。うん。間違いなく、持ってたのは歌仙だったと思う。それに翼の民(フリューゲラ)だったし、やな気配がむんむん漂ってたから。……朱音さんが追跡中。本気になった朱音さんからは、さすがに逃げられないだろうから、たぶん大丈夫。…………それじゃ、すぐ来てね。あたしもこのまま朱音さん追いかけるから」

 かれんに連絡を取り終えた涼子は、ポケットにスマートフォンをしまう。

「猫屋敷さん。もしかして、先ほどのが“辻斬り通り魔”事件の犯人なのですか?」

「それに今、りょうちん標識引っこ抜いたよね? いったい、どうやって……」

 怖かった。怖かったが、それでも涼子は二人の事を見た。

 ――まぁ、嫌われてないだけ、よしとしますかね。これからどうなるかは、わかりませんが。

 とりあえずは、拒絶している様子も(おび)えている様子もない。いや、多少は怖がられているか。

 戸惑いが、二人の心の大部分を占めていた。

 そりゃ、意味も分からず押し倒された挙げ句、空から日本刀を持った通り魔が振ってきて、襲われそうになったところをぶっこ抜いた標識で守られれば、戸惑わない方がどうかしているだろう。

 普段は気を使っているが、今回ばかりは緊急事態だったとして許して欲しい。ああしていなければ、沙織と鈴子を同時に(うしな)っていたかもしれないのだ。

 短い時間でようやく答えを絞り出した涼子であるが、やはり気の利いた台詞を言えるほどの余裕はなかった。

「今は、このまま行かせてください。朱音さんの手伝い、しなきゃならないので」

 帰ってきても、二人は今日までのように接してくれるだろうか。

 いや、例え戻る事ができなかったとしても、自分達は間違った事はしていない。胸を張っていいはずである。

 通り魔から友達を守った。魔術師だから、力を持って生まれた者の義務だからではなく、単に自分の思いに従っただけ。

 例え、自己満足や強者の言い訳(エゴ)だと言われようとも、その真実だけは誰にも不定させはしない。させてなるものか。

 涼子もエナメルバッグから装備を出して整えると、人垣の向こう側へと消えてゆく。

 沙織と鈴子は、その後ろ姿をいつまでも見つめていた。

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