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朱音ノ悪鬼調伏譚  作者: 蒼崎 れい
第参ノ巻~その者、天覇する異郷の民~
47/55

其ノ玖:皐月祭

 翌日の夜、美玲も含めた三人で地上と上空からバラバラに捜索したのだが、犯人は見つからなかった。

 どうも、向こうも完全に気配を絶てるらしく、なかなか尻尾をさらしてはくれない。

 そもそも、たった三人なのに対して捜索範囲が広すぎるのもある。夜間巡回で回るエリアほぼ全域など、到底カバーしきれるわけがない。

 しかも先日の一件で、今まで避けていた市街地にも現れる危険性がある。

 日付が変わってからも二時間近く探し続けたのだが、結局見つける事ができずにその日の捜索は終了した。

 そして微妙な気持ちのまま、朱音は皐月祭を迎えてしまった。

「ま、こっちはこっちで大事な行事なんだし、全部忘れて楽しまないと、かな」

 そう、今日は沙織がクリスタルコール部で合唱を披露する日でもある。鈴子や涼子と一緒に、見に行くと約束したのだ。

 今は一旦、通り魔事件の事は忘れよう。

「今日は学内の一般区画だから、少しくらいは、いいよね」

 全体的にゆったりとした感じの淡桃色のブラウスの上から藍色のボレロ。水色と白のチェック柄のミニ丈プリーツスカートがひらりと舞い、足下ではベージュ系のミュールがひっそりと自己主張。

 しかも、ミュールには数センチだけだが、ヒールも付いている。

 常時戦闘可能な服装をするように教務課から言われているのでヒールのある靴は履いた事がなかったのだが、学内ならば問題ないだろう。今日はこの後、練習する予定もない。

 それでも、念のために護符と呪具の入ったハンドバッグを携え、朱音は休日の校舎に向かった。




 皐月祭。それは春先に行われる、星怜大の大学生文化系サークルが中心になって行う、小さな文化祭の事を差す。

 この日は学内の文化系サークルがこぞって自分達の成果を披露(ひろう)し、そこそこの賑わいを見せている。

 バンド系を始め、吹奏楽や声楽系と音楽系サークルは数が多く、体育館で行われる発表の順番決めのくじ引きは毎年の恒例行事となっているらしい。

 昨日もらった沙織からのメールによると、午後一番から出番のようだ。

「おはよ、五十嵐さん」

「草壁さんも、おはようございます」

 集合場所の学生フロア――学内で一番大きなコンビニに併設された――にて、既に鈴子が待っていた。

 白を基調とした清楚感あふれるブラウスと、淡い水色のバルーンスカート。所々にあしらわれた白いフリルやレースが、可愛らしさを引き立てている。

 いつも以上に、大人びた雰囲気を感じさせる出で立ちだ。雑誌のモデルが、そのまま出てきみたいに完璧に着こなしている。

「草壁さん、今日はけっこうオシャレな服装ですね」

「あははぁ~、普段はちょっと訳ありで、動きやすさ優先してるから」

 ヒールのある靴を履き慣れていないせいで、なかなか歩きにくいが。

 だが、窓に映る自分の姿に、朱音はついつい頬が緩む。こういう、いかにも女の子らしい服を着たのは、何年ぶりだろう。

 あちこちスースーして落ち着かないが、明るい気分になれる気がする。

 そう例えば、まるで普通(●●)の女の子にでもなったような、そんな気分になれるのである。

 ――やっぱり、学内だから置いてきた方がよかったかも。

 だがしかし、完全に浸りきる事もできない。

 いくら気にしないようにしても、先日の事を忘れられるわけもなく、また持ってきた装備の存在感に現実を直視させられる。

「それで、涼子さんはまだなの?」

「はぃ。でもまだ集合時間の十分前ですし、それまでには来ると思います」

 と、そんな会話をしていた時だ。

「あっかねさ~ん! いっがらっしさ~ん!」

 コンビニの入り口の方から、涼子の声が聞こえてきた。

 今日はちゃんと時間前に来たかと朱音が背後を振り返ると、そこには我が目を疑う涼子の姿があった。

 なんと、この二ヶ月ジャージ姿しか見せてこなかった涼子が、私服(●●)を着ていたのである。

 まず、膝下まであるワンピース。色はパールピンク。ワンサイズ大きいのを着ており、全体的にゆったりした印象を受ける。

 その上には風通しの良さそうな薄いカーディガン。クリーム色が、ハイテンションすぎる涼子に落ち着きと温厚な雰囲気を与えていた。

 更に胸元には小さなシルバーのネックレス、頭には可愛らしいコサージュの付いた小さな帽子。

 服装だけで見れば、完全な別人と化していた。

「すいません、お待たせしてしまって。なにぶん、着慣れていないもんですから」

「でしょうね。私、涼子さんがジャージ以外着てるの初めて見た」

「そうなのですか? 猫屋敷さん」

「えぇ、何かと身体を動かす事が多いので」

 ともあれ、これで全員そろったわけだ。

「それじゃ、沙織さんのところに行きましょうか」

 鈴子の一声により、三人は沙織のいる部室棟へ向かった。




「あぁ! 鈴、ネネっちに、りょうちんも。やっほ~!」

 部室の前では、白ブラウスと黒タイトスカートをびしっと着こなした沙織が待っていた。普段のゆりゆるな感じと違って、びしっとしたOLにも見えなくはない。

 朱音達も手を振り返しながら、沙織と挨拶をかわす。

「準備や練習などは、よろしいんですか?」

「うん。部長が『公演一時間前には部室に集合。それまでは自由にしてよし』って言ってたから」

 講演が午後一時で、今が午前十時を過ぎたくらいなので、今から二時間弱は一緒にいられるようだ。

「それじゃあ、さおりんに皐月祭を案内していただきましょう!」

 格好こそ乙女モードの涼子だが、拳を振り上げて、おー、なんて言っている。

 中身まではそうそう変えられるものではない、といういい例だ。まあ、その方が朱音も落ちつけていい。

「じゃあ、まずどっか行きたいところある?」

「あ、じゃあさおりん、漫研いいですか? 高等部の頃からの知り合いがいるんで、ちょっと行ってみたいです」

「漫研ね。漫研、漫研……。あった。ここからけっこう遠いけど?」

 沙織は心配そうに、朱音と鈴子の目をのぞき込む。

「私はいいわよ。茅原さんの合唱見に来ただけだし」

「私もいいですよ。途中にも、色々と面白いものがありそうですから」

 二人からあっさり許可をもらった沙織は俄然やる気をみなぎらせ、三人を引き連れて漫研が陣取っている講義室に向かった。




 道中の模擬店で調達した食料を食べながら、一行は漫研の講義室へ向けて移動中。

 普段の見慣れた学内が、まるで別空間になったように感じられて、三人は思わず息を飲む。

「ふぅぅ。いゃ~、レイヤーさん達のレベル高いですね~。また一緒に写真撮っていただいちゃいましたよ」

 模擬店や客引きの呼び子もそうだが、普段なら絶対に見られないような衣装を着た学生に、思わず目がいってしまうのだ。

「鈴、あれって手作りなのかな」

「さぁ、どうなんでしょうか。草壁さんは、どう思われますか?」

「私は買ったのだと思うけどね。涼子さん情報によると、安くて一万前後、高くても五、六万って話だし。バイト頑張れば、何とかなるでしょ」

 バニーガールの衣装を着た男子学生、執事服に身を包む女子学生、その他ナースやシスター、メイドにゴスロリ、アニメキャラの数々。部室棟を出てから、かれこれ二〇人近くとすれ違っている。涼子はアニメキャラのコスプレっぽい人を見かけては、一緒に写真を撮って暴走していた。

 あまり派手すぎて自分には恥ずかしいと思う朱音であったが、ゴスロリは着てみたいかもと思ったのはナイショの話だ。あのフリルの可愛さはヤバい、とか。

「このクレープ美味しいわね。学生が作ったとは思えないレベル」

「ネネっちもそう思うよね! それ作ったの私の知り合いだから、あとで伝えといてあげる!」

「たこ焼きうんま~。絶妙な焼き加減ですなぁ、五十嵐さん。これなら、もう一パック買っとくべきでした」

「あのぉ、猫屋敷さん。大変申し上げにくいのですが、それ冷凍のたこ焼きを、油で揚げただけですよ」

 そんな風に、途中で寄り道しまくりながらの三〇分後。

 一行はようやく目的地の漫研の講義室へと到着した。

「たのもー!」

 どこの時代劇かと言いたくなるような入室をする涼子。

 その後に続いて、三人も室内に入った。

「おぉ、猫屋敷じゃん! 久しぶりだな!」

「会長こそ! あ、会長だったのは高等部の頃だから、元会長か」

「それよか、うちの部長紹介するから、ちょっと来いって。お前の話したら、すげぇ話したがっててさ」

「マジですか。とりあえず、身の安全のために通報の用意だけは……」

 部員以外立ち入り禁止エリアに連れて行かれる涼子を見送りながら、三人は机の上に置かれている冊子に目を落とした。

 俗に、コピー本と呼ばれる類のものである。

 紙質は少し荒っぽくて、端をホッチキスで止めた後にテープをして怪我をしないような配慮がされている。

 朱音はその内の一冊を取ると、パラパラとめくりだした。

「なにこれ、上手い……」

 短い中でも起承転結が上手く表現されていて、普通に面白い。

 表紙を眺めていた沙織と鈴子も、いつの間にか朱音の後ろに回り込んで見ていた。

「絵ぇ、うまいねぇ」

「ですわねぇ。まるで売り物みたいです」

 と、二人も口々に感想を述べる。

「あ、この人、他のもある」

 近くにあったもう一冊を手に取り、パラパラとめくる。

 しかもなんと、妖怪退治物で地味にページ数がある。

 ――どれどれ、妄想の退魔業というものを見て上げようじゃありませんかぁ……。

 本業者なせいか、謎の対抗心がわき上がってきた朱音は、一コマ一コマを注意深く確認していった。

 それはもう、隣で誰かがささやきかけても気付かないくらいで。

 もはや漫画を読んでるレベルじゃない集中力を発揮中の朱音に、

「ネ、ネネっち? どうしたの? なんか、すごい顔してるんだけど」

「何か、おかしな事でも書いてありましたか?」

 と沙織と鈴子は声をかけるのだが、朱音は気付いてない模様である。

 ――早九字使えばいいって、何考えんのよ。あれは最小限の退魔の力しかないんだから、雑霊以外には使えないっての。魔法陣の式は目をつむるとしても、せめて武器くらいは実在のヤツくらい調べてこいっての。てか、何この“何でも斬れる剣”って。そんなもんあるわけないでしょ。私の小狐丸だって、相手が相手なら折れるかもしれないってのに、あるわけないってぇの!

「ネネっち! 帰ってきて! どこに行っちゃったかわからないけど帰ってきて!」

「草壁さん、いったいどうしたんですか……! 草壁さん……!?」

 朱音が二人の声に気付いたのは、結局全部を読み終わった後であった。




「ふぅぅ、これは大収穫ですねぇ。いい人と知り合いになれましたよ。あ、みなさん、お待たせしました」

 朱音が正気に返ってから更に待つ事数分、ようやく涼子が帰ってきた。

 しかも、大きな手提げ袋を持っている。B3用紙くらいはあるだろうか。

 いったい何を頂いてきたのであろう。悪い予感しかしないが、気になる。

「朱音さん、なんか買ったんですね」

「まあね。気になった人のやつを」

 結局朱音は読んだ二冊を含めて、同じ作者の本を四冊買ったのであった。

 一冊はちゃんと製本されていたので高かったが、合計で一二〇〇円。これくらいの価格なら、何ら問題ない。一回の戦闘で消耗する護符の値段と比べたら、もう…………。

「もうちょっとしたら集合時間だし、そろそろお昼にしよっか?」

「そうですわね。でも、どこがいいでしょう」

「そういえば、ここ来るまでにどこかに軽食屋っぽい店があったような~……。朱音さん、覚えてます?」

「確か、ルート短縮で通った第八号館の中に、落ち着いた感じの店があったわね」

 というわけで、八号館三階の軽食屋で軽くお昼を済ませた――道中でも色々食べていたので――四人は、部活棟に向かった。

 現在時刻は、集合時間(正午)まで二〇分を切ったくらい。

 まだ少しだけ、時間には余裕がある。寄り道こそしなかったが、四人は改めてすれ違う人達に目を向けた。

「ねぇ鈴ぅ」

「はい、なんでしょう?」

「コスプレもそうだけどさぁ、メイクもすごいねぇ」

「普段は、何のかんのとは言ってもみなさん多少は押さえていますから。沙織さん、もそうでしょ」

「それは、まぁ……ねぇ……」

 ちなみに、本日舞台に立つ沙織も、いつも以上に気合いの入ったお化粧をしていた。

 この後も、もちろん手直しするが、顔が明るくなるような自然なメイクで、いつも以上に明るさが引き立てられているように見える。

 そして沙織は最後に部員達へのお土産にと、ポテトと唐揚げのセットを買い、部室へと戻ったのだった。

「さて、あと一時間で始まるけど、どうする? 今から体育館行っとく?」

 朱音に言われて、鈴子と涼子はう~ん、と首をかしげる。昼前に食べ歩いたお陰で、それほどお腹は減ってない。

「あたしは、体育館にレッツラゴーでいいと思うのですが?」

「そうですね。それに、どうせなら沙織さんがよく見える席で見たいですから」

「で、その体育館ってどこにあるの? 私使った事ないから知らないんだけど」

「ちょっと待ってくださいね」

 鈴子は皐月祭のパンフレットを取り出し、体育館の位置を確認する。

「こちらです」

 目印を見つけ出し鈴子は、その方向を指差しながら二人に呼びかける。

 三人はいったい沙織が何を歌うのか、会話を弾ませながら体育館を目指した。




 体育館の中には、けっこうな数のパイプイスが並べられていた。五〇〇脚とか、六〇〇脚とか、そんなにあっても不思議じゃない。

 だがちょうどお昼ご飯の時間帯に引っかかったおかげで、割と前の方の席まで空いていた。

「丁度お昼時で、席が空いてるみたいね」

「まさにグッドタイミングですねぇ。ではでは、朱音さん、五十嵐さん、今の内に前方の席を陣取っちまいましょう!」

「そうですね。でも、どの辺りがいいでしょうか」

 三人はまとまって座れる席がないか、きょろきょろと周囲を見回しながら前方に向かって移動を開始。かなり少なくなってはいても、まだ五〇人かそこらはいる。

 両端すぎても沙織の姿が見えないだろうから、できれば真ん中付近にいい席があるといいのだが。

「あ……」

「あ、草壁さん」

 すると朱音の目に知り合いの姿が止まった。

 長身痩躯という言葉がびったり合う男の子である。

 線が細く化粧でもすれば女の子と間違えられそうな抽象的な顔立ち、人畜無害そのままといった感じの眼鏡くん。

「瀬野くん」

 瀬野(せの)宏康(ひろやす)、古典文学科に在籍する朱音や鈴子のクラスメイトである。

 二人とは違い、こっちはティーシャツとダメージジーンズという、普段通りの装いである。

「どうしているの? 今日休みなのに」

「それを言うなら、草壁さんこそ」

「私は、知り合いがこの次に出るから、ちょっとのぞきに」

「僕も同じ。そっか、草壁さんの知り合いも、クリスタルコール部なんだ」

「そうそう。瀬野くんも?」

「まあね」

 思いのほか、会話が続く。そのせいでついつい話し込んでしまっていると、後ろの方から妙な気配が漂ってきた。

 朱音は後方をちらりとうかがってみると、涼子と鈴子はなぜかさっきより遠くに移動していた。

「なあなあ、五十嵐さんや」

「なんですか、猫屋敷さん」

「朱音さんが話してるのって、誰なんです?」

「同じ学科の人です。名前は、よく覚えていませんが」

 朱音には聞こえないようこそこそ話しているが、全部丸聞こえだ。

 肉体強化の可能な術者は、同時に五感の機能を強化する事もできる。ちょっと強化しただけで、内緒話など簡単に聞き取る事など造作もない。

「で、朱音さんはあの人とどんな関係なんでしょう?」

「さぁ。時々仲良く話しておられる姿は見かけますが」

「ズバリ、彼氏彼女である可能性は?」

「それは……まだないと思いますよ。本当に、時々しか話しておられませんから」

「ほむほむ、まだ(●●)、ですねぇ…………」

 ――彼氏かぁ。

 朱音も年頃の女の子だ。もちろん、欲しくないわけがない。欲しくないわけはないのだが、現実的には無理としか言えないのである。

 朱音はもちろんだが、涼子も力を持つ勢力の宗家に生まれた時点から、様々なしがらみに雁字搦(がんじがら)めに縛り付けられているのだ。

 その中にはもちろん、婚姻関係――更に拡大すれば恋愛関係も含まれる。

 だから、例え気になる人がいてもそれで終わってしまうのである。

「っとにもぉ。そこでコソコソ話してるくらいなら、こっち来なさいよ」

 きゃっきゃきゃっきゃと盛り上がる涼子と鈴子を制し、朱音は二人を手招きした。

「瀬野宏康です。えっと、確か五十嵐さん」

「はい。すいません。私まだ、みなさんのお名前を覚えてなくて」

「いいって。僕も全員覚えてるわけじゃないから。それからぁ……」

「猫屋敷涼子です。日文科なんで、多分会うのは初めてですかね」

「どうりで。見覚えがないと思ったら」

 よろしくお願いします、いえいえこちらこそ、と瀬野と涼子は自己紹介を終えた。

 よかった、変な方向に暴走しなくて、と思った矢先、

「で、瀬野さんはアレですか。朱音さんのカレシさんだったりするんでしょうか?」

「ちょっと、涼子さん!?」

 二言目にはこの有り様である。

 ただ、鈴子の方も興味深々のようだ。

「残念ながら、ご期待に添えるような関係じゃないよ。オリエンテーションの時に、隣の席になって、ちょっと話したくらいの関係。かな?」

 怪しい、怪しい、怪しすぎますよ朱音さん! と言いたそうな涼子は無視して、

「ちょうど三つ空いてるし、座りましょ」

 朱音は瀬野の隣へ腰掛けた。

 いつも疑問に思うのだが、不思議と涼子の隣にいるより落ち着ける。

 やはりアレか、少々騒がしすぎるのがいけないのだろうか。

 思えば、知り合いになった術者の方々はなかなかに濃いメンバーだらけで、確かに落ち着きとは対極にある存在かもしれない。

「公演まで、あとどんぐらいですかね?」

「三〇分くらいですから、まだかなりありますよ」

 涼子に聞かれて、携帯電話で時間を確認する鈴子。朱音も携帯電話で確認すると、まだ三一分を回ったくらいだった。

「そういえば草壁さん、今日はいつもより可愛い服着てるよね」

「そそ、そう、かなぁ……」

 とそこへ、不意打ちのように瀬野がつぶやく。

「うん。なんか、いつもは元気って感じだけど、今日はすごく女の子っぽくて可愛いよ」

「えっと、ありがと……」

 ――可愛いって、今日はすごい女の子っぽくて可愛いって、ホント? ホントにホントにホント!?

 退魔行という物騒なお仕事の関係で、可愛い女の子らしい服を着たのなんてほとんどない。普段から服には気を配っているが、それでも戦闘の邪魔にならない範囲で行っている。

 それなので、戦闘の事を考えずにしたコーディネートには自信がなかったのだが、どうやら上手くできているようだ。

「いつも、そういう服装にしてくればいいのに」

「か、考えとく」

 イケない。瀬野の前だと、朱音はいつもこうなってしまう。

 緊張、とはまた違うのだが、なぜだか身体が固まってしまうのである。

 いや、原因はわかっている。可愛いなんて小さな頃にしか言われてないから、言われると恥ずかしすぎて頭がショートしちゃってるだけなのである。

 ただ、現在のところ、対処法はない。

「五十嵐さんや」

「なんですかね、猫屋敷さん」

「あれ、どう見ても付き合ってますよねぇ」

「さぁ~、私からは何とも」

 前の座席で涼子と鈴子が好き勝手言っているが、朱音の耳にはまるで届いていなかった。




 それからしばらくして、クリスタルコール部の公演が始まった。

 極度の緊張のせいで、いつもにこにこと笑顔を振りまいている沙織の顔が引きつっていた。

 最初の歌い出しこそ音を外していたが、ここ最近の練習の甲斐もあって上手く歌いきることができた。

 そして公演の終わった後の体育館の外で、

「はぅ~。疲れたよぉ~」

 沙織はばたんきゅ~、と鈴子に抱きついていた。

 鈴子はぽんぽんと、沙織の背中を叩く。

 何はともあれ、クリスタルコール部の公演は無事終了。ハードな練習からも、ようやく解放というわけだ。

「茅原さん、なかなかかっこよかったわよ」

「ですです。あんまりイケメンすぎて、あたし惚れるかと思いました」

「もぉ~、そんなに褒めないでってば~。恥ずかしいじゃん」

 ほっぺたをピンク色に染めて抗議する沙織であるが、どことなしか少し嬉しそうだ。

「そんな事ないって。私はよかったと思うよ」

「あたしも! あたしもそう思いますよ! だから、さおりんはもっと自信持って大丈夫ですって」

 まあ、若干のリップサービスがあるのは否めないが、素晴らしかった事に変わりはない。

 透き通るような歌声に、層を織り成す複数のメロディー。

 ついつい聞き入ってしまうほど綺麗で、そして迫力があった。

 これで謙遜されては、逆に嫌味っぽくなってしまう。

「ありがとね。ネネっち、りょうちん」

「それでは明日、沙織さんのお疲れさま会でもやりませんか? ここ最近の労をねぎらう意味も込めて」

 鈴子の提案に、朱音と涼子もふむふむと頷いた。

「いいわね。やろっか、『お疲れさま会』」

「あたしも賛成です。盛大に祝いましょう。祝って祝って祝い倒しましょう!」

 そうと決まれば、四人はさっそく明日の予定について話し始めた。

 部室へ戻る最中、模擬店でオヤツを買い、みんなでパクパクと食べる。

 こういう楽しみも、たまには悪くないと思う朱音であった。

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