其ノ陸:翼の民――フリューゲラ――
何なのだろうか。この、今目の前で繰り広げられている光景は。
かれんの身体から霊的な力が漏れ出した瞬間、髪と瞳の色が変わり、背中からは翼が現れたのである。
もしかして、人間ではないのだろうか。
しかし、気配は間違いようがないほど人間と同じ。妖魔の類との混血という可能性も捨てきれないが、それ以前になぜこんな事を。
「かれんさん、その翼って……?」
「やっぱり、ご存知なかったですか。そういえば、草壁先輩は天原市出身の術者じゃありませんでしたね」
かれんは翼をしまうと、脱いだシャツとブラウスを着始める。
しかし、瞳と髪の色は碧と深い水色に変化したままだ。
まるっきり状況がつかめずに混乱している朱音に、隣の涼子が説明し始めた。
「えっとですねぇ。まず朱音さん、八神先輩の在籍している学科を思い出してみてください」
「八神先輩の、学科……」
確か、先週自己紹介の時に聞いたはず。
他の三人の先輩も同じ学科で、名前は確か、
「特別……鬼術科、だったような」
それは、以前から気にはなっていた学科名だった。
特別鬼術科、特別鬼術コースに在籍する学生は、陰陽科や陰陽コースに在籍する学生より多い。
名実共に、星怜大天原校の最大勢力である。
だが、そこに所属するのはどんな術者なのか、朱音は未だに知らないのだ。
という事は、“これ”がその答え、と涼子は言いたいのだろうか。
「さっき、かれんちゃん聞きましたよね。翼の民を知っているかって。その翼の民が在籍しているのが、特別鬼術科なんですよ」
やはり、朱音の思った通りであった。
というとつまり、八神先輩やあの時いた他の先輩方も、かれん同様に瞳や髪の色が変化したり、翼があったりするのだろう。
だがそれよりも先に、ある疑問が朱音の中で浮かび上がった。
思考停止に陥る直前、頭に浮かんだ疑問である。
「あの、すごい失礼な質問になるんだけど、いい?」
「どうぞ。そのために、この姿を見せたわけですから」
ブラウスを着終わったかれんが、笑顔で返してきた。
少なからず、恐怖のようなものが見える。まぎれもなく、拒絶される事への恐怖だろう。
怖いかと問われれば必ずしもそうとは限らないが、異質な存在であるには違いない。
暴走しそうな心臓をなんとかなだめつつ、朱音は口を開いた。
「そもそも、翼の民って、人間なの?」
なるほど、最もな疑問だ。
事実、人間には翼はない。道具を使わなければ、任意に瞳の色や髪の色を変える事もできない。
翼の民は、そもそも人間なのだろうかと思うのは、当然の事だろう。
「そうですね。正確には、少し違います。まず遺伝子が少し違いますし、体内の霊的機関や構造に至っては、とても同じとは言えません」
淡々とかれんの口から語られる、翼の民という存在。
朱音はその一言に、真剣に耳を傾ける。
「でも、私達翼の民は、翼があるだけで自分達を人間だと思っています。嬉しかったら笑うし、悲しかったら泣きます。人間とだって友達になれますし、ずっと友達でいたいです。離れたくなんかありません」
かれんは美玲と顔を見合わせると、自然と微笑み合った。
ものすごく仲が良いのだろう。朱音と涼子とは、比較にならないくらい。
見ているだけでも、二人の仲の良さが伝わってくる。
「かれんちゃんは、翼の民ですけど人間です。そう思っていただけると、私としても嬉しいです」
美玲の鋭い眼光が、余すところなく朱音に注がれている。今まで見てきた、どの術者の誰よりも鋭い。
思わず、背筋に冷たいものが走った。まだ高校生になったばかりの子でも、こんな目ができるのか。
文佳のように消耗品の製作がピカいちの人。隆久のように超が付くほど稀少な特殊技能を持つ人。そして美玲や麗のように未だ高校生でありながら十二分に戦える人。
三人の話を聞き、時間をかけてようやく内容を理解し始めた朱音は、自分の中で一つの答えを導き出した。
「そうね。今度一緒に、空でも飛んでみよっか。きっと、楽しいと思うから」
一般人から見れば、朱音達魔術師も十分に人外だ。
そんな自分達が、たかが翼があって瞳や髪の色が変わる人間を、差別するはずもない。
ただでさえ宗家筋は、他の術者から恐れられる存在なのである。同じ魔術師からも尊敬と同時に畏怖の念を抱かれるなど、日常茶飯事だ。
それだけに、かれんの気持ちもなんとなくだが想像する事ができる。
それに、文佳から買った商品の中には、かれんが作った物も含まれていた。どれも値段に見合った、もしくはそれ以上の効果を見せてくれた。
元から良いイメージしか持ってない人を、嫌いになれるはずもないだろう。
「これからもよろしくね。かれんさん」
「呼び捨てでも、ちゃん付けでも良いですよ。草壁先輩」
「なら、私も朱音でいいわよ。美玲ちゃんも、名字一緒だし」
「はい、朱音先輩」
かれんは今度こそ、心からいっぱいの笑みを浮かべるのだった。
その後、全ての調理を終え、あとは煮詰まるのを待つだけの段となった段階で、かれんは再び朱音の対面に腰を下ろした。
これからが、いよいよ本題の話である。
ちなみに、涼子は美玲の了解を得て、机のデスクトップパソコンでアニメを見ていた。
「まず、なぜ私が翼の民である事を朱音先輩にお伝えしたか、なんですが。それは今回、私に任された事と関係があります」
「任された?」
「はい」
かれんは力強く頷くと、息を整え次を切り出す。
「実は今回私の任された任務は、星怜大を経由したものではなく、私の身内から直接頼まれたものなんです」
「身内から、直接って。つまり、正規の依頼じゃないって事」
「そうなりますね」
術者の仕事は、多かれ少なかれ命の危険が伴う。当人だけでなく、周囲への被害も然り。
そのために、依頼は例え個人を指名するものであっても、どの場所でどのような危険があるのかを把握するために、依頼を斡旋する権限を持つ機関に一度申請しなければならないのだ。
つまり、かれんが今行っているのは、規約違反に当たるのである。
「でも、そんなルールを破ってまでする、内密の仕事って」
「…………一族内の造反者の確保並びに、持ち出された妖刀の奪還、です」
かれんの口から語られた過酷な内容に、朱音は絶句してしまった。
造反者の確保と言えば聞こえは言いが、魔術師の間ではそれは死刑宣告と同等の意味を持つ。
つまり、身柄の確保さえできれば、生死は問わないのである。
魔術師は、単身で絶大な戦闘力を有する事も少なくない。例え現代兵器で武装した人間であろうと、朱音や涼子を取り押さえる事が限りなく不可能に近ように。
なので、状況を速やかに解決するためならば、例え殺しても問題にならないのである。
そんな残酷な事を、この前高校生になったばかりの女の子にさせようというのか。
朱音の中で、怒りの炎が今にも燃え上がろうとしている。
それを察したかれんは、慌てて補足説明を加えた。
「仕方がないんです。絶対中立地帯の天原市内で活動できるのは、星怜大に所属する術者だけ。つまり、秘密裏に行おうとすれば、私か兄の二人しかいません。でも、兄は別の仕事でそんな余裕がないので、私に回ってきたんです」
「わかってる。それは、私もわかってるけどさぁ」
理性では納得していても、到底受け入れられるものではなかった。
絶対中立地帯の制度は、一つの学校機関に複数の系統の術者が集まる事で生まれる問題を、解決するために生まれた制度だ。
ある流派の規約で禁止されている知識を、不特定多数の術者が集まる環境で不本意にも知ってしまうかもしれない。
または家同士の対立の問題から、他家をも巻き込んだ大規模な抗争に繋がるかも知れない。
それらの問題を起こさせないために、外部からの決まりを持ち込まない、外部からの干渉を受けないという、絶対中立地帯の制度が生まれたのである。
だが、今回はそれが裏目に出てしまったといっていい。
絶対中立地帯で活動できるのは、その地域を総括する組織に所属する者だけ。
つまり、例え親族である八神一族であろうと、星怜大の生徒でない以上は活動できないのだ。
「仲の良い翼の民の先輩もいますけど、皆さん何ヶ月も先まで仕事がびっしりで。だから、兄は信頼できる先輩に頼んだんだと思います」
「私が? 信頼されてるの? 八神先輩に?」
「えぇ。朱音先輩、色々と話題の絶えない人ですから」
「お願いだから、神格級はもう勘弁してください」
三月と四月の話は学科や学年すら飛び越えて、学内の色々な人に伝わっているようだ。
「兄は、先輩の刀を修理しながら言ってましたよ。大切に使われてるなって。こんな丁寧に手入れされてる刀、めったにないって言ってました」
「そりゃ、私の相棒だからね」
あの壊れた小狐丸でもそんな事がわかるのかと、朱音は改めて隆久の実力に感嘆した。
噂話だけでなく、刀の扱いも見て信頼してくれたのだろう。先ほどもらった明月は、その証なのかもしれない。
すると不意に、音楽とアニメの声に混じって、誰かの腹の虫が控えめな主張をした。
「かれんちゃん、ごはん食べたい」
「はいはぃ。美玲ちゃんが限界っぽいですし、お話の続きはご飯を食べながらで」
かれんはひょいと立ち上がると、人数分の食器とスプーンを出し始めた。
数分後、テーブルには四人分のカレーとほうじ茶が並んでいた。
ただ案内ついでに転がり込んでいただけの、涼子の分も用意してくれたようである。
その涼子はと言えば、何ヶ月かぶりの手料理だと目を爛々に輝かせていた。
毎日お世話になっている学食のおばちゃんに謝れとも思ったが、もはやこの程度の事では突っ込む気にすらなれない。
これはつまり、涼子に耐性がついてきたという事なのだろうか。それはそれでイヤだな~と、朱音は自分で自分を蔑んでいた。
「では、いただきます」
『いただきます』
かれんの合掌に合わせて、全員が復唱する。
するとハイパー大食らいガールこと涼子が、いきなり本領を発揮した。
まるでラーメンの汁でも飲み干すような感じで、カレーを一気ににかきこんだのである。
熱い、辛い、でも感じちゃう! と謎の台詞もとい、ちょっと友達を続けるかどえか真剣に悩みたくなる台詞と湯気をはきながらも、それでも勢いは衰えない。
そして一気に半分ほどが、胃の中に消えたところで、
「かれんちゃん、これなまら美味いじゃないですか!」
と、満面の笑みで叫んだ。
「お口に合ったようで、私も嬉しいです」
それに対して、かれんは頬をわずかに染めて喜ぶ。
美玲好みの味付けに仕上げているのか、味付けはやや甘めだ。
しかし、辛すぎず甘すぎない程度にスパイスが効いていて美味しい。
味にも丸みがあって食べやすく、もう一杯くらいなら食べてしまえそうなくらいである。
あと正直に言うと、学食のおばちゃんのより、だいぶ美味しい。あちらは量を作らねばならないので一概に比べる事は出来ないが、かれんの料理スキルが並外れている事だけはよくわかった。
「涼子さんじゃないけど、確かにこれは学食のよりずっと美味しいわ」
「てか美玲ちゃんよ、いっつもかれんちゃんのこんな美味しい料理を食べてるとか、裏山けしからんとですたい!」
すでに八割近く完食している涼子が、美玲に向かって批判の声を上げた。
まあ、気持ち的にはわからなくもない。不味く作るのが難しいカレーであるが、売っても大丈夫なレベルのかれんの料理を、いつも食べられるというのは羨ましい事だと思う。
他の料理も、さぞかし絶品な事だろう。
ただし涼子よ、せめて口の中の物を食べきってからしゃべってはどうだろうか。
今にも口からご飯粒が飛んできそうで、朱音は隣をジロリと見やった
「それはその、かれんちゃんが作りに来てくれるからで……」
「だって美玲ちゃん、ほっとくとご飯食べずにゲームしてるんですよ!? 食べてたとしても、冷凍食品かカップ麺ば~っかりだし」
「か、かれんちゃん!」
「だから、私がこうしてご飯作りに来てあげてるんです」
かれんに秘密をバラされた美玲が、慌てて止めに入る。
しかし、時既に遅し。朱音はしっかり聞いてしまった。
実習の時間も休日の空き時間にも、嫌な顔一つせず熱心に後輩の指導をしていた美玲が、まさかこんなにずさんな生活をしていたとは。
驚き過ぎて、リアクションすら出てこない。
「そういえば、美玲ちゃんって、廃人呼ばわりされるくらいのゲーム好きだったっけ」
「えっとあの、朱音先輩、いったいどこでそのようなお話を……」
「夜間巡回長引いてネット喫茶に泊まった時とか、美玲ちゃんに連絡入れるといつもゲーム中みたいだし。西行先輩の誘いもよくゲームで断ってるし」
「いやあの、それはですね、連絡手段がゲームしかないし、約束破るとパーティー……、一緒にゲームしてる仲間にも迷惑がかかっちゃうんで、どうしても抜けられないんです!」
朱音に対して必死に弁明する美玲であるが、普段の“面倒見の良い優秀な先輩”の姿は影も形もなくなるくらい狼狽していた。特に朱音の口から『廃人』と言われた辺りくらいから。
自覚はあっても、他人の口から聞きたくはないのであろう。朱音にも、ちょっと似たような事があったのを覚えている。
ただ、朱音は普段見られない慌てふためく美玲が面白くて、前方から飛んでくる抗議は軽くスルーしていた。
「で、かれんちゃん、続きお願い」
「あ、はい」
「かれんちゃんまでスルーしないで!」
いやはや、取り乱した美玲ちゃんも可愛い。
そんなしくしく泣いちゃいそうな美玲を、アニメどころか最近年齢制限のある美少女ゲームにまではまっている涼子が、肩をぽんぽんと叩いて慰めていた。
お願いだから、同じ道には引きずり込まないで欲しい。もっとも、既に手遅れな気もするが。
「さっきも言いましたけど、私が内密に任されているのは、天原市に潜り込んだ八神一門の造反者の確保と、持ち出された妖刀の奪還です。あれは危険な代物で、八神の系統の家で厳重に封印されていたのですが……」
「ちなみに、その妖刀については聞いていいの?」
「…………歌仙、だったよね。かれんちゃん」
朱音の問いに、先ほどまで乱れに乱れていた美玲が答えた。
そのあまりに物騒な逸話を持つ妖刀に、周囲の空気は一気にしんと静まり返る。
かれんはただ、美玲の答えに首を縦に振った。
「確かあれ、和神って家に封印されてたんだっけ」
「正確には、少し違いますが。和神家は、八神一門の中で神刀や妖刀の管理を行っている家で、国内に存在するそういう武器を誰が所有しているかを記録しているんです。歌仙は持ち手がいなかったので、和神家が所有・封印していた、といった感じです」
朱音の問いに被せるよう、かれんは補足説明を加えながら答えた。
要約すると、和神家の本来の役割は霊格の高い武器が、誰の所有物でどこにあるかを記録する事。その役割の延長として、持ち主のない武器の管理をしている、といったところだ。
しかしまた、厄介な武器を盗まれたものだ。
「歌仙ってあれですよね。くそ物騒で呪われそうな逸話の残ってる」
「はい。ウィキに載ってないくらいの知名度ですけど」
涼子が苦笑いを浮かべ、それに美玲が頷く。
歌仙。それは室町時代の刀工、和泉守兼定によって鍛えられた刀で、細川忠興はこの刀で三六人の家臣を殺害したと伝えられている。
この三六人の家臣を“三十六歌仙”にこじつけて、“歌仙”、あるいは“歌仙兼定”と名付けられたらしい。術者の間では、人の血を好む妖刀として知られている。
血を好むという点では、北欧神話に嚥血の魔剣という、一度抜くと生き血を吸うまで鞘に納められないという剣があるが、あれよりかは幾分マシな部類に入る。
ただ、あくまで伝説の域を出ない嚥血の魔剣と違って、歌仙の逸話には生々しさがある。
それが歌仙に対する恐怖を増長させてると言っていい。
「じゃあ私は、かれんちゃんと一緒に、その物騒な歌仙を取り戻して、盗んだ犯人を捕まえればいいってわけか」
「はい、そう言う事です……。お手伝いいただく内容としては、私と一緒に捜索に当たって頂けるとありがたいです。私個人の力は、承認ランクに当てはめればD相当ですから」
隆久が自分にかれんの事を頼んだ理由が、朱音はなんとなくわかった気がした。
恐らく、八神一門の造反者とやらは、かなりの力を秘めているのだろう。封印中の歌仙を強奪し、未だ逃げ続けているという点からも窺い知る事が出来る。
かれんにその相手をさせるというのは、朱音でも不安になってくるのだから、隆久の不安は尋常ではあるまい。
そもそも、本来ならまだ任務を任せられるレベルにすらないのだ。先ほどの力の解放で朱音が感じた力も、さほど大きなものでなかったのが何よりの証拠だ。
「用事がない時は手伝おうと思ってたけど、これなら私がいない時でも大丈夫そうだね」
「ううん。美玲ちゃんも、ありがとね。頼りにしてるから」
頼もしい仲間が増えて、かれんも嬉しそうだ。
二人の仲睦まじい姿に、朱音の口元もついつい綻ぶ。さすがに、そこへ自分と涼子の姿を重ねるのは気が引けるが、それでも羨ましく思う。
これほどまでに気心を許せて、互いに信じ合える人が、朱音には一人でもいるだろうか。
それでもついつい釣られて、朱音は隣の涼子を見てしまう。
「何ですか朱音さん。あたしとラヴラヴチュッチュしたいなら、いつでも大歓迎ですぜ?」
やっぱり、涼子はいつも通りの涼子だった。自分とで涼子は、あんな風にできないだろう。
しかし、
「はいはぃ。そんな事は絶対にないから大丈夫よ」
互いを信じ合う事くらいならできる。
今よりももっと深く、もっと太く。固い絆を結ぶ事なら。
「じゃあとりあえず、あたしは何も聞かなかったって事にしときますかね。学園には、ナイショなんだよね。かれんちゃん」
「はぃ。私も、くれぐれも内密に事を運ぶよう、頼まれているので。正直かなり、キツいですけど、朱音先輩が一緒なら、きっと大丈夫です」
「そう言ってもらえると、私も嬉しいわ。よろしくね、かれんちゃん」
「はぃ。よろしくされました」
小首をかしげて、かれんは満面の笑みを向けてくれた。
翼の民である事を朱音がすんなり受け入れたのも、この笑顔に関係があるのだろう。
朱音が知らないだけで、これまで差別を受けてきたのかもしれない。
魔術師達が自らの存在を一般人から隠すのも、魔術という存在を知られる危険の他に、魔術師という人種が迫害を受けるのを防ぎたいのかも。と、朱音はふと思った。
一般人の人数と比べれば、魔術師の人数は極めて少ない。
他人から拒絶されるのは、やっぱり辛いものだから。
「涼子先輩、おかわりはいかがですか?」
「あ、それじゃお願いね」
涼子はそう言って、空っぽになった皿を差し出した。
「はぃ。美玲ちゃんと、朱音先輩は?」
「私はいい。もうお腹いっぱい」
「私も大丈夫よ。ありがとうね、かれんちゃん。ごちそうさま」
「はい、お粗末さまでした」
かれんは美玲と朱音からも空になった皿を回収し、小さなシンクに運んで蛇口をひねる。
おかわりのカレーを涼子に渡すと、今度はスポンジを片手に食器を洗い始めた。
朱音にも、あれくらいの家事スキルが欲しいものである。
現状の“死なない程度に自炊できる”、から“人をもてなせる料理が作れる”まで持っていければ…………。
「ところでかれんちゃん、例の捜索って、いつするの?」
「では、さっそく今日からお願いしても大丈夫ですか?」
「えぇ。大丈夫よ」
「じゃあ、お願いしますね」
食器を洗うかちゃかちゃという音が、小気味よく部屋を響いた。
「ところで涼子さん、なんで美玲ちゃんの部屋って大きいの」
「あぁ。成績上位者には、広めの一人部屋が与えられるんですよ。確か、高等部以上の各学年三人くらいに」
「…………美玲ちゃん、本当にすごいのね」
「えぇ、超絶エリートですよ。実戦でもゲームでも」
ゲームのエリートだけは絶対になりたくないと思ったのは、美玲には絶対に言えないと思った朱音であった。