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朱音ノ悪鬼調伏譚  作者: 蒼崎 れい
第壱ノ巻~荒ぶるおぞき御魂~
4/55

其ノ壱:星怜学園大学

 日本各国、世界中からも様々な術者の集う場所、星怜学園大学天原校。そんな競争の激しい大学に通う事になった朱音は、新学期の始まる前からさっそく教務課に呼び出されて、任務を一つまかされる。その報告にやってきた朱音は、その場所でやたらテンションの高い生徒と出会った。

 朱音はA4の紙が一枚入ったファイルを片手に、大学の教務課を訪れていた。

 まだ三月下旬のこの時期、慌ただしい雰囲気はあるものの学生の姿はほとんど見えない。

 まったく、入寮したばっかの私がなんでいきなり、とかぶつくさつぶやきながら、朱音は学生課のカウンター横まで行くと、普通なら(●●●●)まだ貰っていないはずの学生証を読み取り機にかざす。

 ピーっという甲高い電子音と共に、カウンターテーブルの一部が横にスライドした。

 入寮の際に、報告書の提出に方法ついて事前には聞いていたが、目の前で見るとけっこうすごい。

 特に、朱音は長年山里での生活を送っていたため、こういう現代電子機器の類は珍しく映った。

 朱音は早速カウンターの内側に入ると、まっすぐ進んで右隣りにあるドアをこんこんと、二回ほどノックする。

「どうぞー」

 聞こえてきたのは、くぐもった男性の声だ。年齢は恐らく、三〇代後半から四〇代前半。柔和、温厚といった言葉を連想させる棘のない優しい声音である。

「失礼します」

 朱音は少々緊張した面持ちで、ドアノブをひねって押した。

 天井には最新型LED電球が白色光を放ち、清潔感のあふれる白い壁紙がその光を反射していた。部屋の広さはさほど広くなく、人が十人ちょっと入れるかどうかと言った所か。

 だが実際には、部屋の中央にはデスクがあり、壁際にも本棚にぎっしりつまった封筒があってかなり狭い。

 人が二、三人も入れば、もういっぱいになってしまう。

「おはよう」

「お、おはようございます!」

 中にいたのは、やはり声のイメージ通りの人だった。

 若くもないが、そこまで歳を取っているような印象はない。誰からも好かれそうな、柔和な笑顔の人だった。

 ただし、まだまだ現役らしい。抑え切れていない霊力が、残り香ていどに室内を漂っている。

「一年生、総合学部、陰陽科。く、草壁、朱音、です。昨日の任務に関する報告書を、提出に参りました」

「あぁ、君が噂の草壁朱音くんか。こうして直接会えるなんて嬉しいなぁ。私は石動(いするぎ)と言うんだ。よろしく。では早速、報告してもらおうか。あぁ、連盟の時と同じような感じでかまわないから」

 はいと返事をすると、朱音は報告書を石動に渡した。そして、同様の内容のものを口頭でも報告し始める。

 それは昨日の夕方頃、教務課から学内に残っている術者の学生(●●●●●)へ向けて一斉送信されたメールが関係していた。

 メールの内容はこうだ。




From:星怜大教務課

S b :緊急招集

    :添付/ラッピング

学内に残っている生徒は、可及的速やかに教務課まで集合してください。学校側から緊急の依頼があります。任務内容・目的地は教務課で伝えられその後直接現地に向かうので、各人は装備を整えた上で参上する事。 緊急の任務につき、〇.五単位を進呈。なお、召集するのはランクがC-以上に承認されている者に限る。




 というごく短いものだった。

 この中にはもちろん、まだ入寮したばかりの朱音も含まれる。

 朱音の保有するランクはB-。召集条件は十二分に満たしていると言えよう。

 ここで言うランクとは、直接的な強さではなく任務の成功率と言った方が正しい。

 単純に言えば、ランクが高い方がより高難易度の任務を高確率で成功させる事ができるのである。

 それに、任務をたった一つ達成しただけで単位をもらえるというのも魅力的だ。

 メールを読んだ朱音はすぐさま部屋へ駆け込み装備を整えると、教務課へと向かった。

 そこで聞いた内容が『市内に大量出現した餓鬼の供養・討伐』任務だったのである。

 餓鬼というのは、常に飢えと渇きに苦しみ決して満たされる事がない強欲な亡者の事だ。

 生前に欲に駆られながら死んだ人間、飢えや行き倒れで死亡した人間の死霊、怨念が成ると言われている。

 現代の日本ならば、餓鬼へと転ずる要因は前者が大多数を占めるであろう。

「会敵は、指定場所を中心に五ヶ所。成仏するのも試みましたが、聞き入れなかったのでやむなく攻撃。合計で七七匹を討伐しました」

 餓鬼自体の戦闘力は、たいして高くない。前述のとおり、元となっているのは死んだ人間の魂だ。

 人に取り憑く事くらいなら可能であるが、呪い殺せるほどではない。せいぜい、飢餓をもたらしたり、欲を増幅させる程度である。

 通常ならば、ランクがCに満たない術者に任せてもなんの問題も無い相手なので不審に思っていたのだが、現地に着いてようやくその理由を理解した。

「七七匹も!? それはすごい。噂は本当だったという事かな。大学部の入試でBランク相当の成績を出した受験生がいるって聞いて、まさかと思ってたけど」

「そんな、簡単な任務ばかりでしたから!? それで、受諾件数と成功件数が増えて承認してもらっただけで、B-は過大評価です」

 数である。一匹一匹にはさして力がなくとも、それが十数匹になればどうだろう?

 ランクDやEの術者ではあっという間に処理の限界を超えてしまうのは、目に見えていた。

 そのために一定以上の実戦経験と戦闘力を有する術者、ランクC-以上に承認されている事が参加条件だったのである。

「そんな事はないさ。参加してくれた生徒の中でも、三番目の戦績だ。卑屈になる事はない、もっと自信を持ちなさい」

「は……、はぃ」

 予想外のベタ褒めに、朱音は柄にもなくちょっと恥ずかしい気分になる。

 先にも述べたが、餓鬼の霊格はさして高くない。むしろ最も低い部類に入ると言ってもいい。

 刀を一薙ぎすれば、刀身を包み込む神聖の炎が有無を言わさず焼き祓う。

 確かに数だけ見ればかなりのものだが、疲れたかどうかを問われればそうでもない。

 だから褒められるような事はなにもしていないと思っていたのだが、石動にとってはそうでもなかったようだ。

「これなら、教務課から指名のメールが届くのも時間の問題じゃないかな」

「指名?」

「あぁ、まだ知らないか。戦績優秀な生徒にはね、任務内容によっては募集をかけずに、直接その生徒に向けて依頼のメールが送られるんだ。もちろん拒否もできるけど、報酬に単位もでるから、今から考えておく事をお勧めするよ」

「依頼が私宛に直接くる、って事ですか」

 ――報酬に単位まで出るんだ、確かにそれはけっこう重要よね。

 と、朱音は指名メールの件についてちょっと真面目に考えていると、こんこん、と背後の扉が軽快な音を鳴らした。

 来客のようだ。おおかた、報告書の提出に来たのであろう。いったいどんな人物なのだろうか。

「どうぞー」

 石動の柔和で温厚で棘のない優しい声音が、手狭な部屋に反響した。

「はいはーい、今年度の高等部卒業生、元総合学科陰陽コース所属の猫屋敷(ねこやしき)涼子どぇ~っす。昨日の『餓鬼の供養・討伐』についての報告に来やした~!」

 部屋に入ってきたのは、やたらテンションの高い女の子だ。名前は猫屋敷涼子と言うらしい。

 その姓に聞き覚えがあった。確か、別流派の陰陽師一派である。

 近接戦闘を主体とする草壁家とは違い、近距離・中距離・遠距離とオールレンジに対応した戦闘技術を確立している一族だ。

 あらゆる戦局に対応できるだけに、受理できる任務の幅も広く、名前を耳にする機会も多い。

「ってぇ、おりょりょ? 先客がいましたか、こりゃ失敬」

「いいさ、今終わった所だ」

 そう言って、石動は涼子を手招きする。

 ちょっぴりつり気味のパッチリした目でにんまりと笑みを浮かべながら、ひょこひょこと朱音の隣――石動の正面まで移動した。

 それに合わせて、ぴょこぴょこと跳ねる右のサイドテールも可愛らしい。

「紹介しよう。こちらは中等部から天原校に在籍している、猫屋敷涼子くんだ」

「初めましてぇ、猫屋敷涼子でーっす。ヨロシクゥ!」

 と、両手で敬礼という訳の分からないポーズを決める涼子。

 しかも、部屋着なのかどうかわからないが、青を基調としたジャージ姿である。

 スラっとしたシルエットのジーンズに薄手のコート、それから一応武装して来ている朱音と比べると、かなりと言うよりとんでもなくラフな格好だ。

「は、初めまして」

 あまりのテンションの差に、ちょっと遅れ気味の朱音である。

「涼子くん、こちらは今年度から本校に在籍する事になった草壁朱音くんだ。君と同じ、陰陽科の学生さんだよ」

「草壁朱音よ。初めまして、猫屋敷さん」

 と、朱音は無難な台詞を選んだ。

 出自の関係もあって、実は同年代の人間との付き合いは少なかったりするのである。

 なので、こういうのはちょっと苦手だったり……。

「涼子でいいってぇ。あたしんとこ兄弟多いからさ、名前で呼ばれないと多分気付かないのよねぇ」

 と、サイドテールをちょこちょこいじる涼子。

「それじゃ、私の事も朱音でいいわ。うちも兄弟いるから、名前で呼ばれる方が慣れてるし」

 初対面でいきなりは馴れ馴れし過ぎかもしれないが、自分から話しかけるのが難しい朱音にはむしろちょうどよかったりした。

 学生生活に不安を感じていたのだが、これなら幸先良いスタートが切れそうである。

「驚かないでくれよ、涼子くん。朱音くんは君と同い年にも関わらず、既にB-に承認されているんだ」

「えっ嘘!? それ本当ですか!! あたしまだCランク承認されたばっかりなのにぃ」

「いえ、だからそれは過大評価で。私にはまだそんな実力はありませんって!」

「さあ、それはどうかな? 涼子くん、報告書を見せてくれないか?」

「あ、はいこれ」

 ようやく思い出したかのように、涼子は石動に書類を提出する。

 それから朱音と同じく、口頭での報告を開始した。

「とりあえず、指定場所を中心に三ヶ所ですね、あたしが餓鬼(あいつら)見つけたのは。こっちの話全然聞かなくて、成仏させるのは無理でした。しかも討伐するの、すんごい疲れましたよ。なんせ、数が数だったんで」

 はふー、とおばあさんのようなため息をつく涼子。確かに、疲労の色は濃いようである。

 不意に視線を感じた朱音が気配のした方向を見やると、視線の先にはなにやら含みを持った笑みを浮かべる石動の顔があった。

 ほらね、自信を持って大丈夫だよ、と顔に書いてある。

 ――だからB-なんて過大評価だって言ってるのに。

 過度な期待をかけてくれる石動に、朱音は深いため息をつくのだった。

「二人とも、お疲れ様。あと涼子くん、ちょっと頼みたい事があるんだけど、いいかな?」

「中等部の頃からお世話になってる石動さんの頼みとあっちゃあ、断るわけにゃあいきやせんからなぁ。あたしにできる事なら、ドドドーーーーンっと、任せてくださいな!」

 涼子は仁王立ちに腕を組み、うんうんと大きく頷く。

 学内は全て自分のホームグラウンドだと言わんばかりに、自信満々だ。さすが、中等部からいるだけの事はある。

 あまりの自信っぷりに、涼子の背後から後光――仏・菩薩(ぼさつ)の身体から発する光――まで見えてきそうだ。

 ただ、ありがたさは微塵も感じない後光であるが。

「よかった。なら、少し学内を案内してくれないか? 朱音くんはまだ入寮して間もないからね。色々施設を紹介してあげてくれ。主に、こっち側(●●●●)のね」

「うー、ラジャー!」

 涼子は再びずびしっと両手で敬礼を決めると、朱音へと向き直る。

「それじゃ、行こうか。え~っと、朱音さん」

「お願いね。涼子さん」

 涼子と朱音はドアの前で一礼すると、そのまま教務課を後にした。




 星怜学園大学天原校。それが朱音の在籍する大学の名前だ。

 明治末期の上流階級出身の女性、煌星怜子(きらぼしれいこ)が全面的に出資に協力し、一九四〇年に創立。戦前から存在していた歴史ある学校である。

 表向きは単なる私立の進学校であるが、その実魔術師を育成するためのありとあらゆる設備を備えた、国内最高峰の魔術師育成校。

 それが星怜学園大学天原校を含む、学校法人星怜学園の本当の姿である。

 そして朱音が在籍しているのは、星怜学園系列校の一つ。星怜学園大学天原校、総合学部、陰陽科だ。ただし、表向きは古典文学科となっている。

「そういえば、朱音さんはここに来る前ってどこの学校に通ってたの?」

 朱音の隣を歩く涼子は、寮で一旦着替えてから学校設備の案内に繰り出した。

 さすがに上下ジャージ姿で、学内を闊歩(かっぽ)するだけの勇気はなかったらしい。

 白地の長袖プリントTシャツに、ホットパンツという出で立ちだ。まあそれでも、だいぶ寒そうな格好である。

「学校には行ってないのよ。山奥の隠れ里で、家庭教師みたいな感じで教えてもらってたから。だから、高等学校卒業程度認定試験だったかな? ってのに合格して、星怜大(ここ)の受験資格をもらったの」

「義務教育に真正面から喧嘩売ってますねぇ、朱音さんとこは。逆にあたしは幼稚園から入れさせられたのに。まあ、幼稚園と小学校は普通のとこだけど」

「いいなぁ、そういうの。でも、だから学校って初めてで、ちょっと緊張してるのよ」

 朱音は頬をぽりぽりとかきながら、あははと苦い笑みを浮かべた。

 里の外では無論、同年代の術者はなく、里の中では宗家の出身という特殊な立場にいたために、“友人”にカテゴライズできる人物はいない。

 そこへいきなり石動の勧めもあってこうして涼子といるわけであるが、会話の距離感がいまいちつかめないせいで、ちょっと緊張している。

「もう、朱音さんってば緊張しすぎ。ほらほら、肩の力をもっと抜いて、リラーックス、リラーックス」

「いや、そんな事。いきなり言われても」

「なら、大きく息を吸い込んで深呼吸! はい吸ってー、吐いてー、吸ってー、吐いてー……」

 と、朱音はついつい調子に乗せられて深呼吸。涼子の掛け声に合わせて、吸ったり吐いたりを数回繰り返す。

 すると不思議なもので、本当に緊張が解けてきたではないか。

 まだまだ、完全に自分の気持ちを制御できていないなぁと思う一方で、朱音はありがと、と涼子に短い礼を述べた。

「あたしが思うに、朱音さん学校でもお仕事モード全開な気がするんですよね。同じ学生のあたしに対しても、一線を置いてるって言うか……」

 涼子は両手を組んで、う~んと考えるポーズ。

 こういった直感が鋭いのは、魔術師として優れた能力ではあるのだが、

「うわっ!」

 前はちゃんと見よう。くぼみに足を取られて、盛大にすっ転んだ。

 両手で辛うじて体重は支えているが、顔面は完全に接地してるように見える。

「だ、大丈夫?」

 朱音もさっきまでの緊張はどこへやら、顔面から地面にダイブした涼子を呆然としながら見下ろした。

「にゃ、にゃんてょか」

 くぐもった涼子の返事が返って来る。どうやら、怪我の類はしていないようだ。

 朱音は涼子の手を握ると、力いっぱい引っ張った。

「は、はりがとょう」

 よっぽど痛かったのだろう。涼子は両手で鼻を押さえて、ちょっと涙目だ。

「それで、今はどこに行ってるの?」

「今向かってるのは資料棟だよぉ。ここには世界各国から色んな体系の術者が来るから、そのための資料本もいっぱいあるのデスヨ!」

 涼子は拳を力強く握り締め、力強く説明してくれた。

 よく見れば、瞳の中にめらめらと燃える炎が見えたような、見えなかったような。

「それって、閲覧制限とかないの? 私、西洋系は習得禁止になってるから、それに関連する資料は見ちゃだめなんだけど」

「ふっふっふー、それが大丈夫なのだよ。ワトソン君」

 ――ワトソン君って……。

 涼子は朱音より大きな胸を張り、腰に手を当てて振り返る。

 まるで新しいおもちゃを自慢する子供のような、すんごーく嬉しそうな表情だ。

「ここの生徒はねぇ、ありとあらゆる組織からなんの干渉も受けないのだよ。例え、自分の家からでもねー」

「……………………えぇっ!?」

 涼子の声が耳から入り、脳内で意味のある文章に変換され、そこから意味を理解するのに十秒近くの時間を要した。

 そしてそれを理解した瞬間、朱音はこれ以上ないというくらい驚いた。

「そ、それ本当?」

「うん。新学期の一年生オリエンテーションであると思うよぉ。あ、でも大学から新規の学生だけのやつねー。ここだよ」

 涼子がどどーんと指さしたのは、鉄筋コンクリート製の五階建ての建物だ。

 しかも一つではない。正面の建物左右と奥。計四つの建物で構成されていて、それぞれの棟は二階以上が複数の連絡通路で繋がっている。

 壁面の色が全てバラバラな所から察するに、建てられたら年が違うのだろう。

 黒く汚れているものから、真っ白なもの、灰色のもの。まるでこの大学の歴史を物語っているようだ。

「ってそうじゃなくて!」

「おりょ? じゃあなんでございやしょうか?」

「あらゆる組織から干渉を受けないって方!!」

 朱音は気付いたら叫んでいた。普段なら叫ぶなんて目立つ行為はしないのだが、内容が内容だけに仕方ない。

「それはだね、ここにはさっきも言ったように、世界各国から色々な術者が来るからなのだよ」

 魔術師とは、一般社会と比較して、著しく閉鎖的なコミュニティーを有する人種である。

 西洋なら一結社、日本なら一族ごとにそれぞれのコミュニティーを有し、それらは普通交わる事はない。

 なぜなら、それぞれの結社や一族の有する術式の情報が漏れれば、それはそのまま結社や一族の存亡に繋がるからだ。

 術式の構成や詳細な効果が分かれば、それに対する対抗策はいくらでも立てられる。戦力を把握されれば、対応する戦術を立てられる。

 コミュニティー同士での抗争が激しかった時代には、これらの理由のために他の術者同士が交流を持つ事はなかったのだ。

「『世界中から色んな術者が集まるから』って、でもそれがなんであらゆる組織から干渉を受けないって事になるのよ?」

「ここが学校で、術者達が生徒だからだよ。術者の生徒はここでは全員寮に入らなきゃだし、そうなったら絶対に他の術者から影響を受けちゃうでしょ? だったら、そんな制限って意味ないじゃんか」

 だが、コミュニティー同士での抗争が絶えなかったのは、遠い昔の話。

 今ではコミュニティーの間で頻繁に交流が持たれ、複数の魔術師集団から成る組合のようなものも存在する。

 科学が大きく進歩した今の世界では、術者同士が助け合わなければ生きて行けなかったのだ。

「そりゃ、そう言われれば意味はないかもしれないけど」

「私も詳しくは知らないんだけどね、司書長がそう言ってたから大丈夫だってぇ。たぶん」

 だが一方で、第二次大戦後から急激な増加傾向にある対魔術師戦闘の事を考えれば、あまり情報を共有するわけにもいかない。

 情報がどこから漏れるかわからない以上、自分の手の内をさらすような行為は極力控えるべきだ。どんな経路を伝って、自分の相手が知るかわからないのだから。

 だから魔術師とは一般的に、他のコミュニティーの術者と積極的に交流を持とうとしないのである。

「朱音さんもなんか見てみる? 西洋関係の翻訳本なんかも、いっぱいあるよ」

「中には入ってみたいけど、そういうのはちょっと」

「だったら、年鑑なんてどうかな? 私が入学した時の見せてあげるからさぁ~」

「あぁ、それはちょっと見てみたいかも」

「それじゃあ、第一資料棟へ、レッツラゴー!」

「ちょ、そんな引っ張らなくてもっ!?」

 涼子は朱音の腕をがしっとつかむと、そのまま資料棟の方へと駆け出した。

 思った以上に涼子の握力が強く、朱音は成す術もなく棟内へと連行されるのだった。




 第一資料棟。創立当初から建っている建物で、黒く汚れ、表面は少しざらざらしている。

 建材はコンクリートかと思われたが、表面は違う材料を使っているようだ。

 これは中もさぞ古いのではないかと思っていたのだが、

「…………なにこれ」

 中は最新の設備が導入されていた。

 抗菌性の高いリノリウムの床、保温性が高く吸音効果もある壁。

 棟内は空調機によって常に快適な温度が保たれ、本を閲覧するために設置された座席ごとにパソコンが設置されている。

 それも、薄型ディスプレイで、最新鋭のOSを搭載した機種だ。

「すっごいでしょ~。ここを利用できるのは、術者の生徒と先生だけで、けっこう人気のあるスペースなんだよね~。入室するのに学生証や教員証が必要だから、一般生徒も絶対入ってこないし、魔術関連の話もオッケー」

「確かにこれは、すごいわね」

 まさしく、文句のつけようがない最新の設備だ。

 術者の生徒数もあって閲覧スペースは二〇ほどしかないが、それでも充分すぎるスペースである。

 もっとも、パソコンがあるのは最上階だけで、一階から四階まで設置されていない。

 涼子が朱音を連れて来たのは、そんなパソコンのある最上階だ。

「あったあった。年鑑って誰も読まないから、最上階にあるんだった。あたしも、ここに来るのは初めてなんだよ」

「そうなんだ。それで、これが年鑑? けっこう分厚い」

 高校の教室六つ分はありそうな広さのフロアの奥から、涼子は両手で抱えるほど大きな本を持って来た。

 焦げ茶系の表紙に、金色の漢数字が書かれている。今から六年前の年だ。

 百科事典ほどの大きさで、文字通り紙の塊のような代物である。

 涼子はそれをテーブルの上にドカンと置くと、まず最初のページをめくった。

 そこにあったのは、術者の学生だけが集まって撮った集合写真だ。人数は思った以上に多く、全員で映っているページは何人いるのかわからないほどである。

 その次のページを開くと、もっと人数の少ない集合写真になっていた。学年別、系統別、仲の良い者同士、色々な写真が載っている。その中にはもちろん、涼子の写真も。

「これは、同じクラスの男の子。こっちは学年集合写真で、こっちは学校の陰陽師全員のやつ」

「学年別のやつって、外国人がけっこう多いのね……」

「そうだとも。留学生はたいてい術者と思ってもいいくらいなんだぜぃ!」

 と、なぜか親指を立てて『グット』のポーズ。

 それにしても、世界各国とは言っていたが、術者の三割が海外からとは。けっこう衝撃的な内容である。

 写真を見る限りだと、高校から大学生にかけては三割強が外国人のようだ。

 世界で一番難しい言語と言われている日本語を、よくもまあ習得しているものだなぁと朱音は感慨深げに写真を見つめた。

「それにしても、涼子さんこの頃から全然変わってないのね」

「なにを言うか朱音さん! ほら、胸なんてこんな大きくなったんですから!」

 と、涼子はやたら胸を張って強調する。

 確かに、朱音もそれなりにある方だが、涼子のはそれに輪をかけて大きい。

 同じ女性から見ると大変羨ましいものなのだが、術者的には戦闘の邪魔になるので大きすぎても問題である。なんとも複雑な板挟みだ。

 その後のページをめくると、写真の他にも文章やらグラフやら、名簿や年表のようなものまででてきた。

 各学年の首席、その年にあった高難易度の依頼と、それを達成した生徒達の通常より詳細に書かれた報告書。

 術者限定の行事の数々など、今から楽しみになってくるようなものが色々ある。

「私的には、春先にある一泊旅行かな。一般向けと術者向けのオリエンテーションもあるんだけど親睦を深めるのが目的で、先輩達がみんな楽しかったって言うからさぁ。今から待ち遠しくって」

「一泊!?」

「おうよ! 中等部も高等部も、親睦会すらなかったからさぁ。けっこう楽しみなんだよねぇ。あ、でも遠足はあったか」

「それはちょっと……、楽しみかも」

 お泊まりが楽しみというのが、ちょっぴり子供っぽくて恥ずかしかった朱音は、伏せ目がちにぼそりとつぶやく。

 するとそれが、涼子の変なスイッチを起動させたらしく、

「朱音さん、それ萌える!」

「うぇっ、なに……。も、もえ?」

「そうそう! そんな表情見せれば、男の子なんて一発KO間違いなしッ!」

「私は別に、ノックアウトなんてするつもりはないから……」

 片方の目にハートマークを四つずつ、合計八つのハートマークを目に宿した涼子は、ずいずいずいっと身を乗り出して来る。本当に、よく分からない子である。

 朱音はなぜか、そんな涼子から主に色々な危険を感じた。主に貞操的な意味で。

 背中にはテーブル。背中をそらして涼子から距離を取るも、向こうはさらに身を乗り出してくる。

 朱音は涼子を撃退すべく、相手の方を向いたまま両手で武器を探した。

 互いの顔がゆっくりと近付いていき、その距離が二〇センチにまで迫った時、ついに朱音の左手がなにかをつかんだ。

「やめなさい!」

 そしてそのまま、つかんだ物を迷う事なく涼子の顔面へと叩き込む。

「ほぼぇっ!!」

 右頬から強烈な一撃をもらった涼子は、そのまま左側へどどーんと吹っ飛んだ。と言っても、一メートルくらいだが。

 身の危険を回避した朱音は、ふぅぅとため息をついつから、ようやく涼子を撃退した武器(凶器)に目をやった。

「あっちゃぁ……」

 涼子を撃退した武器:さっきまで開いていた年鑑。

 朱音は慌てて年鑑をテーブルに置くと、次々とページを開いていく。

 ページの破損なし、表情もあまり汚れてない。強いて言うなら、涼子の唾液が小指の先くらいついているだけ。なんの問題も………………ないはずだ。

「あ、朱音さん。痛い……」

「仕方ないでしょ。涼子さん変なスイッチ入ってたもん」

 朱音は涼子の手を取り、ぐいっと引っ張った。

 そして涼子は、今日何度目だったろうか、痛みで顔を押さえている。声も少し鼻声だ。

「これ見終わったし、そろそろ出ましょう」

「そうだね。あ、それはこっちだよ」

 鼻をすりすりしながらほんのり涙目の涼子は、年鑑を抱えてたままの朱音を先導した。

 そうして広大な面積のあるフロアの、あまり明かりのない一角へと誘導する。

 上から下へずらりと、朱音の抱えている年鑑と同じものが数多く並んでいた。

 朱音はしゃがむと、本棚の下の方の空きスペースに抱えていた年鑑を納める。

 と同時に、ある事に気付く。

「ねえ、涼子さん」

「なにー?」

「涼子さんが入学する前の年鑑、五冊抜けてるけど」

 一二年前から七年前にかけての年鑑がないのである。

 それ以外は全てそろっているのに、なにかあったのだろうか。

 資料棟の書籍は持ち出し厳禁と、入棟時に司書長に言われたのを思い出し、朱音は涼子に聞いてみた。

「あぁ。なんか最初からなかったみたいだよ」

「そうなの?」

「うん。さっきここから持ってきた時には、もうなかったし。先生達が持ち出してるかもしんないよ。特別な資料作りかなんかで。許可さえ取れれば、持ち出してもいいみたいだからね」

「へぇぇ」

 疑問には思いつつも特に気にもならなかったので、朱音はよしと立ち上がった。

「それじゃ、次行こ」

「よっし、それじゃあとっておきの場所へ連れてってあげるよ。覚悟しときなさいよ~、お客さん!」

「誰がお客さんよ」

 入って来た時より少しだけ距離の近付いた二人は、資料棟を後にした。

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