其ノ壱:休み明けのある日
黒の天狐との戦いの傷も癒え、公園の桜の樹も撤去された。大学生を始めてから初めての大型連休――ゴールデンウィーク――は休みというわけにもいかず、朱音をはじめとした術者の学生達はここぞとばかりに超過密日程のスケジュールで仕事を詰め込んでいる。そしてへとへとになった仕事開けのある日、涼子からある知らせを受けた。星怜大に隠されたもう一つの顔が、明らかとなる。
講義が始まってから、はや一ヶ月が過ぎた。
五月のゴールデンウィークも開け、新入生達も学校に慣れ始めたような印象を受ける。
そんな一階生の古典文学科の講義の中に一人、妙にそわそわして落ち着きのない人物がいた。
緩く結わえられた三つ編みが特徴の女の子。名を、草壁朱音という。
平均よりやや低い身長あどけなさの残る顔つきもあって、実年齢より幼く見られることが多い。
一昨日、外の術者と一緒に仕事をした時なんかは、中学生に間違えられる始末である。
学生証を見せてようやく信じてくたが、高校生ではなく中学生に間違われたのは生まれて初めての経験であった。
ちなみに中学生に間違われた朱音であるが、五月五日の子供の日が誕生日なのでこれでも立派な十九歳である。
「はぁぁ、まだ帰ってこないのかなぁ……」
と、周囲には聞こえない程度のボリュームで呟いたのだが、
「誰が帰ってこないんですか?」
「あれだって、きっと彼氏とかだって!」
耳ざとく聞きつけた両側の二人から、まさかの挟撃である。
朱音はあからさまなため息をつきながら、右の方を見やる。
「彼氏なんているわけないでしょ。ただでさえ忙しいってのに」
「だよねぇ~。このわたしがまだなのに、ネネっちの方が先に彼氏できるなんてないよねぇ~」
「茅原さん、その呼び方ってどうにかならない?」
「いいじゃん、ネネっち。わたし、可愛いと思うけどなぁ」
茅原沙織。
オリエンテーションの時、朱音と同じ部屋になった女の子である。
いつも愛嬌たっぷりの笑顔をふりまいており、ショートよりやや長めのふんわりとした髪をしている。猫の毛みたいで、すごく柔らかそうだ。
身長は朱音よりもやや高く一五七センチ(四月の健康診断より)、彼氏彼女と常日頃から言っているが、朱音と同じく彼氏いない歴=年齢の恋に恋する女の子である。
先週学食で文佳と会った時にネネッちと呼ばれてから、沙織にもネネっちと呼ばれている。
「そうでねぇ、私も可愛いと思いますよ」
「五十嵐さんまで……」
そして左側にいるのが、五十嵐鈴子。
おっとりとしていて包容力のある、沙織とは対照的な雰囲気の女の子である。
沙織とは同じ高校の友人らしく、三年間同じクラスだったらしい。
こちらはなんと、身長一六八センチと朱音より十センチ以上も高く、実に羨ましい。
まるでモデルのようにスラリとしていて手足が長く、しなやかな黒髪は肩甲骨の辺りまで伸びている。
言うなれば、大和撫子を体現したような女の子だ。
「ほらほら、鈴も可愛いって言ってくれてるんだから、いい加減あきらめなよ。ネネっち」
「だ、そうですわよ。草壁さん」
後方支援なし、救援要請も不可能。
四面楚歌ならぬ、二面楚歌である。
まあもっとも、午後になれば一人で八面くらいカバーできそうな人が、ご用聞きにやって来るのであるが。
「はぁぁ……」
朱音が重たいため息をつくと同時に、講義終了を知らせるチャイムが響いた。
講義が若干長引いてしまったため、三人は学食ではなくコンビニのレジに並んでいた。
さながら中世の戦争を彷彿とさせる昼間の学食に今から並んでいては、次の講義が始まるまでに昼食を食べ終えることができなくなってしまう。主に待ち時間的な意味で。加えて、学生でごった返している中では、席を確保するのも難しい。
それは三人とも、この二ヶ月で学んだことだ。
なので講義の終了が遅れた時は、こうしてコンビニで食料を確保するのが常となっている。学食で自分の分の完成を待つより、断然早い。
少し並んだ程度で各人おにぎりやパンやお菓子を買うと、隣の学生フロアで昼食と相成った。
「でさぁ、話戻るんだけかど。ネネっち、最近いつもため息ついてるよねぇ。何かあったの?」
「そうですねぇ。私もちょっと気になってました。どうかなされたんですか?」
「あぁ、えぇーっと……。だいじょぶだいじょぶ、全っ然、大した事ないから」
まあ実際は、かなりの大問題だったりするのであるが。
約二週間前に受けた任務の際、愛刀である小狐丸の柄が完全に壊れてしまったのである。
妖刀という特別な力が宿っているのもあって自分では修理するわけにもいかず、涼子の紹介で現在修理できる人の帰宅を待っているのだが……。これがなかなか帰ってこないのだ。
そのせいで、小狐丸は古ぼけた竹刀袋から分厚い革製の袋に移されて、自宅待機中。
いつも手元にある小狐丸がないために落ち着きもなく、仕事先で中学生に間違われたのもここに原因があるのだ。
「本当にぃ?」
「草壁さんが大丈夫とおっしゃっておられるんですから、きっと大丈夫ですよ」
もちろん、一般人である沙織や鈴子に話すわけにはいかない。
こういう、一般人に魔術師の秘密を隠す訓練ができるのも星怜大の特徴であるが、正直心が痛い。これも慣れるしかない、という事か。
「でも、心配してくれてありがとね」
「わたしたち友達なんだから、それくらい当たり前だよ!」
「ですわね」
二人に嘘を言わなければならないことに後ろめたさを感じつつも、朱音は二人の優しさにありがたさを覚えるのであった。
「そういえば、ネネっち今日はいつも一緒にいる人いないんだね。えっと、あの変わった名字の……」
「確かぁ、猫屋敷さん、だったでしょうか?」
「そうそう! 猫の人!」
「あぁ、涼子さんか。でも、学科が違うんだから、いつも一緒にいる方がおかしいんだけどね」
朱音も涼子も、本当に在籍しているのは総合学部陰陽科であるが、表向きは、朱音は文学部古典文学科、涼子は日本文学科となっている。
朱音が言っているように、表向きは他学科に在籍しているのだから、沙織や鈴子と比べれば一緒にいる時間は短いはずなのだ。
がぁ……、二人の中ではそれでも朱音と涼子はいつも一緒にいると思われているようである。
『あっかねさーん!』『朱音さん、マジ激ラブですよっ!』『もう、朱音さんったら可愛いいんだから!』『朱音さんはオレのヨメェエエエ!!』
なんて映像が、沙織と鈴子の頭では再生さるているのだが、それは朱音の預かり知らぬところである。
「ネネっち、その猫さんとは高校から一緒なの?」
「ううん。大学で知り合った」
「え、ウソ!? だってすごい仲よさそうじゃん!」
質問した沙織は、身を乗り出して目をまん丸に丸くしている。
そこまで驚くようなことなのだろうか。学園生活初エンジョイ中の朱音としては、付き合いの長さと仲の良さの関係について、イマイチ理解していないところである。
沙織は鈴子に首根っこを引っ張られて席に着くも、感慨深げにほけーっとしていた。
そんなこともあるんだねぇー、みたいな。
「でも確かに、お二人の間からは長年の友人みたいな雰囲気が漂っていますよ?」
「そうかなぁ」
「えぇ」
朱音は改めて、涼子との出会いを思い返した。
『はいはーい、今年度の高等部卒業生、元総合学科陰陽コース所属の猫屋敷涼子どぇ~っす。昨日の『餓鬼の供養・討伐』について報告に来やした~!』
ある意味で、衝撃的な出会いである。
常時スーパーハイテンションで、深夜アニメが大好きな女の子に学内を案内してもらった後、ノリと勢いで手合わせとなり、夜間巡回についてのレクチャーを受けて遅くなったのでそのまま外泊、最後には二人で命懸けでの鬼退治。
出会って二日以内に起きた数々のイベントは、今では立派な黒歴史だ。
「でもいいじゃん。仲いいことは、いいことだよ?」
ちゅ~っとカップジュースのストローを吸いながら、沙織はにひひぃと楽しそうに笑っていた。
「ですわね」
「まあ、そういうことにしとくわ」
鈴子と朱音も、沙織に釣られて自然と笑みがこぼれる。
やっぱり、沙織はいい人だなぁと、朱音はふと思うのであった。
「お、朱音さん発見!」
噂をすればなんとやら。ジャージ姿とサイドポニーがトレードマークの、スーパーハイテンションガール、猫屋敷涼子がひょっこりと現れた。
ちなみに前のジャージがはだけた部分からは、“働いたら負けかなと思ってる”という、じゃあお前学費どうすんだよ自前で払ってんだろ、と言いたくなるような標語が達筆にデザインされている。
「涼子さん、なにか用?」
「えぇ。例の人が帰ってきたと、あ-ちゃん先輩から連絡があったので。早く知らせてあげようかと」
「例の人…………、あ!」
よくよく考えれば、いやよく考えなくても、例の人といえば一人しかいかいではないか。ここ最近、ずっと待ち続けていた人物は。
「二人ともごめん、私先行くね!!」
朱音は残ったお菓子を一気にかきこむと、カバンを持ってコンビニを飛び出す。
沙織と鈴子は唖然としながらも、朱音に小さく手を振っていた。
朱音は寮の自室まで一気に走り抜けると、通称、工房部屋――つまり“工房”の役割を持つ部屋へと駆け込んだ。
狭いながらも、一つの儀式場としても機能するこの部屋は、主に魔具や礼装の手入れ、製作を行う場所として設計され、使われている。
朱音はあまり道具を使うタイプの術者ではないのでほぼ物置として使っているが、霊薬や様々な魔具・呪物を製作している魔装具工芸コースに在籍している学生達は、かなり重宝しているらしい(西行文佳談)。
朱音はその工房部屋の中から、分厚い革製の袋を引っ張り出した。
見た目以上に重さを感じ、かちゃかちゃと金属のこすれ合う音の漏れる革袋に入っているのは、先日の戦闘で破損した小狐丸である。久々の重量感に、妙な安心感を覚える。
これで、ようやく修理してもらえる。また、相棒を連れていくことができる。
朱音は改めて、自らの愛刀を愛おしむのだった。
と、こうしている場合ではない。
弁当組のたまり場である実習場――まあ、寮の前にあるので非常に近いのであるが――へ、朱音は全速力で向かった。
実習場に向かうと、既に半数近くの学生や生徒が集まっていた。
実習が休みの日は他学科の学生で溢れ返っている陰陽科であるが、さすがに普段はその限りではない。
まあもっとも、数がかなり少ないだけでいるにはいるのであるが。さらに言えば、そういった人物はたいてい文佳の関係者だったりする。
朱音も早く上級生になって、指導を全部後輩に任せてだらだら――ではなく、じゃんじゃん仕事してがっぽがっぽ学費を稼ぎたいものだ。
とりあえずのそのことは置いといて、朱音は実習場をぐるりと見渡す。
すると、
「あ、あれかな?」
ベンチでお弁当をつっついている文佳の近くに、見慣れない人達が並んでいた。
全部で四人。雰囲気からして、文佳よりも上級生っぽい感じだ。
そんな先輩方の見えない圧力に、生唾をごくり。
朱音は深呼吸して息を整えると、文佳の元へ向かった。
「あ、ネネっち、やっほ~」
相も変わらずおっとりボイス全開の文佳は、ゆったりと手を振ってきた。
西行文佳。朱音が知る限り、星怜大で最大のバストを持つ(教師陣も含めて)学生で、母性に溢れ、腹黒さと天然を兼ね備えた、絶対に敵にしてはいけない人物である。
そんな文佳に合わせるように、朱音もちょこんと腕だけ上げてみせた。
ベンチの上の弁当をつついていた見慣れぬ学生も、ばっと朱音を振り返る。
四人とも朱音の姿をぼけーっと見つめると、視線がふわふわと上方向を漂い始めた。
恐らく、以前どこかで会ったことがないか、思い出しているのだろう。
朱音も長年の癖で、霊力の気配を探ろうとする。
しかし、全員とも体外に霊力が漏れるのを完全に遮断しているために、全く感じ取れない。少なくとも、朱音と同等以上の力を持っている。
それだけで、緊張感が一気に跳ね上がった。
「今年総合学部陰陽科に入学してきた新入生ですよぉ。草壁朱音ちゃんっていうんです。ね、ネネっち」
「あ、はぃ。今年、星怜大の陰陽科に入学した、草壁朱音といいます」
朱音は背筋を正すと、自己紹介と共にお辞儀する。
すると、四人ともそれぞれに口を開いた。
「四階生の、篝屋美琴だ。よろしく頼む」
「同じく、四階生の荒凪美月です。美琴とは従妹なの。よろしくね」
「藤乃宮大輔。同じく四階生。よろしくぅ!」
「八神隆久。四階生だ。いつも文佳共々、妹が迷惑をかけると思うが、よろしく頼む」
と、四人とも自己紹介を終える。
緊張していたせいで、とても名前なんて覚えている余裕なんてない。
あとで、涼子に色々と聞いてみよう。
「それと、四人とも特別鬼術科なんだよぉ。ねぇ、琴姉、月姉、藤やん先輩、巨匠」
文佳の言葉に、四人ともそれぞれ頷いた。
それにしても巨匠とは、相変わらず文佳は妙なチョイスのあだ名を付けるものである。
「では、久々に後輩の指導でもしてくるか」
「おれも付き合うよ」
「じゃあ私も。あーちゃん、お弁当箱は、あとで私の部屋まで持ってきてね」
と、美琴、大輔、美月はそれぞれ文佳に一声かけると、自分達の実習場――位相空間結界の内側――へと向かった。
「あ、朱音さんもう来てたんですねってぇ、おぉ!? これはもしや、月姉のお手製弁当!!」
三人と入れ替わるようにやってきた涼子は、文佳の隣に広がる弁当箱から、唐揚げをつまんでぱくり。
その恍惚とした表情からは、弁当の美味しさをうかがい知ることができる。
文佳に視線で進められて、
「……美味しぃ」
試しに朱音も一つ卵焼きを頂戴した。ほどよく甘くてふんわりしていて、それでいてさっぱりとしていて飽きもこない、料亭顔負けの絶品であった。
「月姉はたぶん、総合学部で一番の料理上手だからねぇ。美味しいのは、あ・た・り・ま・え。あ、でもぉ、かれんちゃんもなかなかの腕前だよ。ですよねぇ、巨匠」
「文佳、その呼び方、もっと他にないのか?」
「じゃあ…………………………………………匠さま?」
「あんま変わってねぇじゃねぇかよ」
なにがあっても、“匠”という字は入れたいようだ。
「で、朱音さん。この巨匠先輩が、例の人です」
「涼子も、巨匠言うな」
ほぇぇ、といった面持ちで、朱音は隆久を見上げた。
なんというか、全体的に大きい。
一七〇以上の身長は男子なら珍しくもないのだが、体重は三桁いってそうである。
だがその見た目もあって、安定感というか、安心感のようなものも伝わってくる。
確かにこの人なら、直してくれそうかも、という感じの。
「あ、あの! お願いがあるんですけど!」
「んん?」
朱音は真っ直ぐな視線で隆久を見つめながら、手の内の革袋を差し出した。
「これ、直して欲しいんですけどぉ……」
それを受け取った隆久は、朱音の話半分に革袋を開ける。
中にあったのは、緩やかな弧を描く刃物。しかも、とんでもなく古く、刃自体が相当な力を有している。
鞘に収まったままとはいえ、その威光が霞む事はない。
その他、刃を固定していたネジ類、砕け散ったらしい柄の破片。
「はぁぁ」
隆久はため息を一つついて革袋の口を閉め、朱音に向き直った。
「柄を作り直せばいいのか?」
「はい! お願いします!」
朱音は両目を輝かせながら、隆久にお辞儀した。
一方で、見られる隆久の方は、気まずそうな雰囲気である。
「まあ、折れてるわけでもねぇし、新しく作れって話でもねぇし。来週までにはできあがってるだろ。それまでは待ってくれ」
「わかりました」
「代わりのヤツ、後でかれんに届けさせる。そんじゃあな、文佳」
「ばいば~い」
隆久は文佳に一言入れると、そのまま革袋を持ってグラウンドから去っていった。
朱音の胸の内に、ようやく愛刀が復活するという期待感と同時に、一抹の不安が広がる。
使えない状態だったとはいえ、長年の相棒が手元にない、他人の手の内にある、というのはやはり不安の材料でしかない。
もし失敗したら…………なんてのを考えでも仕方のない事だが。
「大丈夫だよ、ネネっち。隆兄、今までもっと難しい事、いっぱいしてるから」
文佳はそう言って、いつも通りの包容力のある笑顔で朱音の事を見つめていた。
それが隆久を信用しての事か、自分の心配をぬぐうためのものなのか、朱音にはわからない。いくら戦闘時に、ずば抜けた洞察力を発揮しようとも。
もしくは朱音にはその素顔が見抜けないほど、文佳も死線をくぐり抜けてきたのかもしれないが。
「それよりも、ネネっちもこれ食べよ」
「そうですよ、朱音さん。月姉のお手製弁当は、ゲームで言えば全編クリアした後の隠しステージの裏ボス倒した時のドロップアイテム並にレアなんですから!」
「あ、うん、そうなんだ」
涼子の例えは全く理解できなかったが、確かにさっき食べた卵焼きは絶品だった。
ファミレスでも、あれを超える所となれば全然思いつかないくらいには。
しかも弁当箱が五段重ねの重箱というのも考えれば、最初からみんなに食べてもらいたくて作ってきたのだろう。
だったら、自分もご相伴にあずかろう。さっきの昼食だけでは、少し足りないと思っていたところだ。
「それじゃあ、いただきます」
文佳からコンビニでもらった割り箸を受け取ると、朱音は唐揚げを口へと運んだ。
その後、続々と集まってくる陰陽科の生徒・学生が月姉先輩お手製弁当をついばんでいった結果、五段重ねの重箱は完全に空っぽになった。
でも実際、お金払ってもいいレベルでおいしかった。
機会があれば、また食べてみたいと思う。
「おーっし、他の学科のヤツはいるが、全員そろってるみたいだなぁー?」
とそこへ、授業開始のチャイムと同時に、一人の男性教師がやってきた。
くたびれたジャージ姿と汚れたスニーカーからもわかるように、体育の先生なのだろう。
咥え煙草といい、徹夜明けの気怠そうな雰囲気といい、とても物を教えるような人物には見えない。
男性教師はぐるりと一同を見回すと、何人かの生徒や学生と目を合わせた。
その中の一人に、朱音もいる。
「新顔もいるようだし、一応自己紹介しておく」
と、その瞬間、男性教師のくわえていた煙草が、一瞬にして燃え尽きた。
呪具も触媒もなしに、なんらかの術を行使したのだ。
同じ事をしろと言われても、朱音には恐らく無理だ。
刀か、あるいは護符か、どちらかは使わねばならないだろう。
やる気自体は全く感じられないが、ただ者ではない事だけは確かだ。
というか、入学から一ヶ月以上も経って初めましてとは、なかなかダメな人な空気しかしない。
「高等部の体育教諭をしている、古御門だ。あと、陰陽コース、陰陽科担当の教師もやってる。他にもまだ何人かいるけど、ま、その内会えるだろう」
古御門は、はぁぁ、疲れた、と言わんばかりに肩をボキボキ鳴らしながら、近場のベンチへと腰を下ろす。
「んじゃ、後は勝手にやってくれ。質問があれば聞くが、あんまアテにすんなよ」
最後にそれだけ言うと、古御門はベンチの背もたれに両腕をかけ、いびきをかき始めるのだった。




