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朱音ノ悪鬼調伏譚  作者: 蒼崎 れい
第弐ノ巻~うたかたの命、とこしえの想ひ~
32/55

其ノ拾弐:桜の天狐と名無し姫

 天原市の中心部付近には、周囲の建物と比べて一際高い建物が存在する。

 名前を、天原センタービル。高さが約二三〇メートルもある超高層ビルだ。

 駅前のシンボルとして市民に愛されており、内部には多数のテナントやオフィスが存在している。

 その屋上と言える部分に、一つの人影があった。

 赤と金を基調とした振袖に、紺の袴を穿いた女性だ。

 足下はうっかり足を滑らせてしまいそうな、黒塗りの高下駄。

 意匠を凝らした(かんざし)に彩られた黒髪は、強い風にあおられて激しくたなびいていた。

「久しぶり、桜華」

 その隣に、一人の少女が舞い降りた。

 星怜大附属高校の制服に身を包み、特徴的なポニーテールが風に大きく揺れる。

「妾は二度と会いとうなかったがな。この異端児め」

「それは協会連中に言って。私は別に、自分の術式開発のために、人体実験とかした事ないわよ。ただ単に、あいつらに嫌われてるだけ」

「人間共の事情なぞ、妾が知った事か」

 振袖の女性――桜華は、不機嫌そうに少女から顔をそらす。

 少女の方はやれやれといった感じで、桜華の隣に腰を下ろした。

「……静琉の言っておった事が、まさか本当になるとはなぁ」

 しばらくの間沈黙を守っていた桜華が、不意に口を開いた。

 懐かしむように、悲しむように。

 その名を噛みしめながら。

「“名無し姫”の名、この天の御原まで届いておるぞ」

「もうちょっとかっこいい呼び方なかったのかなぁ……。協会連中、センス無いわねぇ。まあ、翼の民(フリューゲラ)堕天使共(ルキフェロス)って呼んでるような連中だし、仕方ないか」

「で、他の名無し連中はどうした? 達者でやっておるのか?」

「えっとねぇ、“神久夜(かぐや)の秘跡”の子と元“使徒候補”はウェールズ、飲んだくれ道士は中国(地元)で、錬金術師の方は相変わらず紛争地域で医療活動してるわ。元東方聖教連合の幹部のおっさんは……、よくわかんないわ。“翼の民(フリューゲラ)”の男の子は、なんか妹さんの手伝い。ここまではいいんだけど、ローズマリーさんから預かった子がここ一ヶ月音信不通なのよね。あの子、今まで仕事中でも連絡飛ばしてた子だから、ちょっと心配で……」

 少女は指折りに数えながら、それぞれのメンバーのいる場所を述べていく。

 総勢七人、自分を含めてもたったの八人しか、メンバーはいない。

 だが、少女にとってはそれで十分だ。

 誰もが皆、自分の最高のパートナーなのだから。

 時々心配になる時はあるが、恐らく大丈夫であろう。

 強さだけで言うならば、皆が皆常識から桁が外れているし。

「……その様子だと、進展は全くなさそうだな」

「し、仕方ないじゃない。なかなか会えないんだから。言ったでしょ、今妹さんのとこなの」

 桜華にからかわれて、少女はぷくーっと頬を膨らませた。

 一時期は勢力の衰えていた統一協会であるが、最近は力を取り戻しつつある。

 おかげで、それぞれのメンバーとは、ろくに連絡すら取れない状態となっているのだ。

 とりあえず、異端者認定されている者は二人一組で行動させたり、絶対中立地帯で息を潜めていたりするのだが、少女はかれこれ想い人の男の子と一年近くも会えていないのである。

 これでは、関係を進展させようにも、しようがないではないか。

 せっかく色々な難関を越えて結ばれたというのに、これではあんまりである。

 少女は信じてもいない神サマを心の中で罵倒しながら、重たいため息をついた。

 そんな少女を鼻で笑いながら、桜華は眼下の街を眺める。

 その中には、先日自分と合いまみえた二人――朱音と麗の姿があった。

 一昨日、自分に致命傷を負わせた術者だ。

 他にも三人ほど友人を引き連れており、先日の戦いからは想像もできないような笑顔をしている。

「てか、今回は随分無茶してくれたわね。死人が出てたら、私も行ってたかもしれないわよ?」

 街の風景を見ていた少女の雰囲気が、がらりと変わった。

 それこそ、まるで別人のように。

 少女は抜き身の日本刀を思わせるような重く鋭い視線で、桜華の双眸をにらみつける。

「別に、妾はかまわぬぞ。静琉の死んだ原因の一端は、お前にもあるのだからなぁ」

「だからよ。その苦しみを知ってるから、今の私があるの。それを、誰にも味合わせたくないから」

 常人ならば、失神してもおかしくないほどのプレッシャーが、二人の間で行き来する。

 心臓の悪い人ならば、そのまま発作すら起こしかねない圧力である。

 その重さは、麗が戦意を喪失したそれとは比べ物にならない。

 だが、それもすぐに消えた。

「冗談だ。すまん、わかってはいる。お前に否がない事くらい。だが、時折自分が抑えきれなくなるのだ」

 どこか悟ったような桜華の表情に、少女の方も気を緩める。

 その気持ちがわかるからこそ、それ以上追求する事はできない。

 桜華は少女の方を横目に見ながら、今回の顛末について簡単に語り始めた。

「とりあえず、天原市とその周辺を漂っていた霊の大半は成仏させた」

「あの桜は通り道になってたから、さっさと代わりのもの作らなくちゃね。ただでさえ、天原は霊的な力が強いのに、成仏できない霊が溜まっていったらえらい事になっちゃうもん。それに、あの桜がなくなっちゃったから、龍脈の流れが変わっちゃうし。今日の内に、多少は手を打っとかないと」

「天の御原の守護結界については、しばらくの間妾が維持しておく。可能な限り、早く済ませてくれ」

「そりゃ、もちろん。本格的な準備を整えたら、すぐにでも飛んでくるわよ」

 少女はその場から立ち上がると、ビルの端までとことこ歩いて、その縁にひょいっと乗っかる。

 命綱もなしに危険極まりない行為だが、不思議と危うさは感じられない。

 少女は天原市の市街地をより近くで一望してから、くるりと桜華の方を向き直った。

「そうそう、昨日の戦い見せてもらったわ。けっこう様になってたわよ、悪役」

 微苦笑を湛える少女とは対照的に、桜華は頬を赤らめながらそっぽを向く。

「今年はどうにも、大変な事が起こりそうなのでな。力を試させてもらったまでだ」

「の割には、後半ぼろ負けだったじゃない」

 少女の小馬鹿にしたような発言に、桜華もついつい声が荒くなる。

 だが、そこは天狐。

 焦った姿を見せていては、年上として示しがつかない。

 まあ、年齢差だけ言えば軽く数世紀差はあるのだが。

「黙れ。管狐を土地神に祀り上げるなど、誰が考えるものか。おかげで龍脈からの供給を断たれ、術のほとんどを使えなくなってしもうたわ」

「見てたけど、あれはさすがにびっくりしたわ。あんな無茶やらかす子なんて、私らの世代だけかと思ったのに」

「まあ、それはよい。今代の守り手達の力も、なかなかのものだというのがわかったからな。じゃが、最後に金剛のに殴られたのだけは、我慢ならん。年上だからって、偉そうにしよって。ああいうのを、貴様らの言葉では“ろりばばぁ”とか言うのであったか?」

「知らないわよそんな言葉。で、その金剛さんって新しい人なの? 私、中等部の途中で抜けちゃったから、その辺よく知らなくて」

「あぁ。正しくは鳥羽の系譜の者でな。そやつが、あの“黄昏の金剛九尾”を従えておるのだ」

 と、少女はここで首を傾げた。

「あれ、黄昏の金剛九尾って、“金色の災禍”で有名な大妖狐でしょ? 確か六〇年くらい前に討伐されたんじゃなかったっけ」

 黄昏の金剛九尾の資料は、少女も昔目を通した事がある。

 特に戦国時代から表立って姿を現し、戦場に現れては人を食い殺していたらしい。

 時代の変遷と共に出現率は下がっては来たものの、被害は後を絶たず、第二次世界大戦の終戦頃に、イタリアから派遣された祓魔師によって討伐されたはずである。

 黄昏の金剛九尾はその道ではかなりの有名所で、古い文献には度々登場する大妖狐なのだ。

「生きて鳥羽の者に拾われておったのさ。それからはとんと丸くなってな。今では主にデレデレよ」

「へぇぇ、そりゃ知らなかった」

「まあ、ごく一部の者しか知らぬからな。それも、化生連中の間でしかのぅ」

 痛たた、と桜華は先日の戦闘で負った傷を押さえた。

 様子を見てみるが、傷口が開いた気配はない。

 もっとも、昨日丸一日かけてふさいだ傷がまた開いてしまっては、それはそれで困りものである。

 最後に朱音に喰らわされた攻撃は、完全に桜華の想像を超越した一撃であった。

「それにしても、あれだな。草壁の戦巫女とは、馬鹿ばかりなのだな。他人を疑うという事を、まるで知らん。それが化生相手にも適用されるなど、正気か貴様らは?」

 嘲るように言う桜華だが、その表情はどこか嬉しそうでもあった。

「まぁ、それが草壁流(●●●)って事なんでしょ。バカなくらい真っ直ぐに、自分の信念を貫き通すって意味では」

 少女は再び街の方に向き直ると、短く呪を唱える。

 瞬間、少女の背中から龍の翼のようなものが生え、動作を確認するように軽くパタパタと動かした。

「じゃあ、私行くわ」

「さっさと行け」

 少女はふっと口元に笑みを浮かべながら、たんっとビルの縁をけった。

 上空二三〇メートルに放り出された少女の身体は、重力に引かれて落下していく。

 しかしその姿は、まるで霞の中にでも入ったかのように空中に溶け込んでいった。

 もはや、桜華の目でも見つけるのは不可能である。

「さて、妾も行くか」

 桜華の服装が、時代錯誤的な振袖からカジュアルなスーツ姿へと変貌する。

 陽毬同様、桜華も衣服は自分の力で構成していたので可能ではあるが、あまりの雰囲気の違いに同一人物とは思えない。

 桜華もまたビルの屋上から飛び降りると、人の海へと消えていった。

 初めての人初めまして、お久しぶりの人お久しぶりです。そんなわけで、やっとこさ第二章が終わりました。更新速度は半年に一回になるかもしれない、超スローペース……。これ、確か全十二章構成だったはずなんだけどなぁ……。まあ、そこは気にしないでおきましょう。

 いえ、なんでこんな遅れたかといいますと、ゲームしたりゲームしたり、ラノベ読んだり、学祭の原稿書いたり、マイクラしたりマイクラしたりマイクラしたりマイクラしてたりしてました。いえ、大丈夫。ちゃんと反省して書いたから。きゃー、石投げないでください。

 さて、そんなわけで、作中初の男の子キャラですよ~、ドンドンドン、パフッパフ~。まあ、元をただせば、ネタだけ浮かんで書いてない作品の主人公だったりするんですが、そこは突っ込まない方向で。

 てなわけで、今回は狐耳祭りでした。陽毬と桜華。二匹とも壮絶な過去の持ち主ですが、今回は保留です。あぁ、陽毬ちゃん可愛かったなぁ。幼女モードは書いてて面白かったです。小学生の見た目で、中身はだいぶ年食ってますが、心は永遠の乙女ですよ。とまあ、それは置いといて。今回は人間と妖怪の関係について焦点を当ててみました。この辺は作者によってけっこう差が開くんですが、うちでは、好きなやつは好き、嫌いなやつは嫌い、というスタンスです。陽毬と桜華、二匹の差っていったいなんなんでしょうか。その辺りが読み取っていただけたなら、嬉しい限りなのっですが。

 さて、今度はメインの方をがんばらないと。

 そんなわけで、亀更新にお付き合いしてくださる方、また次回お会いしましょう。其ノ拾弐で盛大にフラグ乱立させちゃいましたが、次回回収に向かいます。

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