其ノ拾:王火――オウカ――
「っ痛ぅ……」
陽毬の尾の爆発によって、朱音はなんとか桜華の殺傷圏内からの脱出を果たした。
しかし爆発の衝撃はすさまじく、全身のあちこちが痛む。
何やら、柔らかいものにぶつかったような気がするのだが。
朱音は強く打ちつけた額を押さえながら、目を見開いた。
「土御門さん、何やってるのよ」
どうやら、麗の身体にぶつかったらしい。
麗の方も、若干ながら痛そうな顔をしている。
「鳥羽先輩の援護、行くわよ」
朱音は小狐丸を握り直しながら、よろよろと立ち上がる。
桜華の力が、また一段跳ね上がった。
いったい、どれだけの力を隠し持っていると言うのだろうか。
まあそんな事、今は二の次だ。
劣勢に追い込まれている晴之の、助けに向かわなければならない。
相手はただでさえ圧倒的に格上の相手なのだから、こちらは全員の力を合わせてかからねば。
精神力を集中させ、四肢を流れる力を意識する。
肉体強化を一瞬で再起動させた朱音は、再び桜華と合いまみえんと両足に力を込めた。
が、不意にティーシャツの裾がつかまれた。
振り返るまでもない。
この場にいるのは、自分を含めて五人しかいないのだから。
「何? 土御門さん」
朱音は横目でちらりと振り返りながら、棘のある声で問いかけた。
「あなた方は、まだ本気でアレと戦うおつもりですか……」
「アレ?」
「あの、黒い天狐です」
麗の声は、激しく震えていた。
この場に入った時から、呼吸すらままならない恐怖にさらされていたのだから、無理もない。
「戦わなきゃ、どうするってのよ?」
「天狐ですわよ!? 神獣にも数えられる大霊狐です。たかが魔術師三人で、どうこうできる相手ではありませんのよ! それに、先ほど口走っていましたが、あの大刀は恐らく布都御霊剣の贋作。神話上での斬れ味の一部を再現した、神具級再現具に間違いありません!」
「神具級再現具って、なるほどねぇ。闇隷式典にも掲載されてるような代物なら、そりゃキツいわけだ」
あまりにも平然としている朱音の様子に、麗は目を丸くして驚いた。
神具級再現具も闇隷式典も、現代の魔術師は知識として知っていても、関わりを持つ事はほとんどない単語だ。
神具級再現具はその名の示す通り、神話上の武具の能力の一部を再現した贋作を指す。
一部とはいえ、神話に登場する武具の効果は絶大だ。
並みの武具や術式では、刃向かう事すら許されない。
そして、闇隷式典。
主に近世欧州で開発された術式が掲載されているのだが、その術式は戦争の折り戦術兵器として用いる事を目的としているのだ。
大量の人間を抹殺する事を目的として作られた術式は、対人戦において無類の強さを発揮する。
例え相手が魔術師であろうが、それに変わりはない。
つまり闇隷式典に掲載されている神具級再現具とは、戦術兵器としての使用を前提とした術式なのだ。
それ故、麗には朱音の態度が信じられなかった。
ミサイル相手に拳銃で戦いを挑んでいるような状況を認識してなお、立ち向かおうとしている朱音達の態度が。
「なにそんな驚いてるのよ」
「おかしいですわ、あなた方は」
「まあ、なんと言うか……。春休み中に鬼と一戦やらかしちゃったから、感覚がおかしくなってるのかも」
朱音はいつでも跳びかかれる準備を整えながら、先月の鬼との戦いを思い出す。
一撃でも攻撃を喰らえば即死に値する緊張感と、無限に再生し続ける敵に対する恐怖。
だが、自分と涼子はそれを乗り越え、今此処に居る。
敵の攻撃をかわし続け、攻略不能と思われた再生の仕組みを看破し、最後には見事討ち取った。
その事が自分の中で大きな自信に繋がっているのを、朱音は今の状況を通して理解した。
なにせ、相手が天狐と判明してなお、ここまで心が落ち着いているのだから。
自信は過ぎれば慢心に繋がるが、無さ過ぎてもだめだ。
自分の力と相手の技量を正確に読み取り、ダメなら退き、そうでなければ戦う。
まだ退く時ではないと、朱音はそう思っているのだ。
そして、
「それに、なんか哀しそうなのよ。あの天狐」
「哀し、そう?」
「だから、なんでかわかんないけど、ほっとけないのよ。私の悪い癖」
まるで泣いている子供を慰めているような、そんな顔で言い放った。
今も、晴之と陽毬に向かって叫んでいる。
その声音が、まるで泣いているように朱音には聞こえる。
「それと、退魔師の先輩として後輩に一つアドバイス」
下肢に力を込め、体勢を低く構える。
超高速で繰り広げられる格闘戦が止まった瞬間、その中へと飛び込めるように。
「自分より強い敵と戦う機会って、この先いっぱいあるんだから。だから、こんなとこで立ち止まってちゃダメよ」
大きな火球が晴之を直撃し、大きく後方へと飛ばされる。
敵を粉砕した事で悦に浸っている桜華であるが、同時に動きは完全に止まっていた。
しかも晴之だけに神経を集中させているので、周囲への気配りもおろそかになっている。
「……ひゅぅ」
ほんのわずかな呼吸の後に、朱音の身体は動き出した。
小さな呼吸音が爆音にかき消され、巻き上がった土煙と火の粉が朱音の姿を隠す。
「秋水、三之型――」
桜華へと駆けながら、朱音はこめかみの隣まで小狐丸を掲げ、刺突の体勢を取った。
刀身全体を包み込むように結露した水が小さく渦を巻き、だんだんと厚みを増してゆく。
「雫巻!」
まるで火の粉を撃ち抜くかのように、水の奔流が桜華に向かって駆け抜けた。
晴之に特大の火球を放った直後、その炎を突き抜ける何かを桜華は見逃さなかった。
先端の尖った、槍状の水が自分に向かって飛んできている。
左手を即座に動かし、桜色の炎で薙ぎ払おうと神力を込めた。
だがその時、爆煙の中を突き抜けてくるもう一つの影に、桜華は気付いた。
長い三つ編みを揺らし、小さな身体に渾身の力を込め、日本刀を手に自分に向かって駆けてくる女の子に。
――こやつらが、今の天原の護り手なのだな、静琉。
左手を使おうにも、水槍の迎撃に炎を吐き出し始めている状態から動かす事はできない。
また、斬り上げたままの大刀を引き寄せるが、向こうの方が早い。
――金剛のが少々癪に障るが、流石“十二人同盟”の使徒と合いまみえただけの事はある。及第点には達しているか。
桜華は自分に向かってくる刃の切っ先を目で追いながら、相手にはわからぬよう、心の中でほくそ笑んだ。
――土御門の小妹は、まだまだ落第点だのぅ。てんで度胸が足りぬ。それでは……。
思った通り星怜大の者が来るとは思っていたが、まさか草壁の系譜の者に巡り会うとは。
運命とは全く、奇なものである。
――貴様の力量、しかと見届けさせてもらうぞ。草壁の戦巫女。
桜華は仮面が剥がれぬよう努めながら、ただ最期の時を待つ。
朱音は呆然とした表情の桜華を見ながら、思い切り身体をひねった。
勢いにのった身体は宙を舞い、上から下へと、叩きつけるように小狐丸を振るう。
急速に引き戻される大刀の上を、火花を散らして滑りながら、ついに桜華の肩口を浅く斬った。
今日の戦いで、朱音が初めて桜華に与えた一撃だ。
しかも半ばまで断ち斬られた振の切れ目からは、肩に切り傷があるのが見える。
「ほんの少しかすり傷を付けた程度で、いきがるなよ。草壁の」
桜華の左手が空を撫でた。
――やばっ!?
それに伴って、四つの鬼火が朱音へと狙いを定める。
朱音は下肢に渾身の力を混め、大きくサイドステップした。
四半秒後、朱音のすぐ横を桜色の炎弾が通り過ぎる。
だがその先には、晴之と陽毬、そして麗の姿があった。
今からでは、迎撃するだけの時間はない。
まるでスローモーションのように、朱音の目に炎弾の軌跡が映り込む。
頼りにしていた晴之は、桜華の先の攻撃により陽毬と分離してしまっている。
このままでは……。
朱音は無理を承知で、炎弾に向かって引き返そうとする。
「後天の弐、前天の伍」
だが、晴之と陽毬を護るかのように、一人の少女の姿が朱音の瞳に映った。
恐怖に全身を引き釣らせながら、それを必死で押さえ込む麗の姿が。
震える手から放たれた護符は空中で静止したかと思うと、大量の水が吹き出し桜華の炎弾を遮った。
「はっ、早くなんとかしてください! わたくし、全然自信なんてないんですから!」
同時に別の術式を組み上げ、晴之と陽毬を包み込むような三角錐の結界を作り上げる。
晴之が急速に遠のいていく痛みに傷口を触ってみると、
「…………治ってる」
多少の出血はあるものの、傷口が大方ふさがっていたのだ。
という事は、これは治療のための結界か。
その様子を横目に見ながら、朱音は桜華へと斬りかかった。
麗が出てきた事に少し驚きつつも、桜華は自分に向かってくる人影を捉えた。
左手をかざし、鬼火から炎弾を解き放つ。
だがなんと、朱音は炎弾同士のわずかな隙間をくぐり抜け、一直線に弾幕を突破したのだ。
明らかに、先ほどまでより速くなっている。
しかし、桜華とて伊達ではない。
点のようになって迫る朱音の刺突を、桜華は大刀で上にはじいて防ぐ。
鍔迫り合ったのは、この瞬間が初めてかもしれない。
朱音は両手で、桜華は片手で。
互いに互いを押し込み合う。
「そこをのけ、草壁の戦巫女。貴様の順番は後回しだ。まずはそこの、金剛のの息の根を止めねば気が収まらん」
「そんな事、できるわけないでしょ!」
押し切られる前に朱音は自ら力を抜き、バランスを崩した桜華の側面へと回り込む。
がら空きの背中に渾身の一撃を叩き込もうとするも、逆に黒毛に覆われた尻尾に叩きつけられた。
「疾く翔よ、剛なる颯!」
激しく地面に打ちつけられる朱音の視界を、鳥の容をした式神が埋め尽くす。
だが、朱音の使っているものとどこか趣が異なっている。
それもそのはず。
この式神は、陰陽師の間で広く一般に普及しているものとは違う、土御門家独自の式神なのだから。
朱音が普段使っているものが掌大なのに対して、麗の呼び出した式神は両手で抱えるほどに大きい。
そんな式神の大群が、桜華を包み込むように全方位から襲いかかった。
一瞬にして桜華を中心とした爆煙が巻き起こるが、それは麗の攻撃が通った証ではない。
「ようやっと、腹をくくったか」
爆煙を更に内側から消し飛ばすように、桜色の炎が吹き出した。
「土御門の小妹」
はじけた炎の内側から、仁王立ちの桜華が現れる。
にやりと気味の悪い笑みを浮かべる桜華は、神代の剣の模造品たる大刀を肩に担ぎ上げると、麗に向かって左手を突き出した。
「…………伏せろ!」
麗の結界でうずくまったままの晴之が、麗の腕を引っ張って無理やりに倒す。
仰向けに倒された麗の真上を、まるで極太のレーザーのような炎塊が通り過ぎた。
水の盾は一瞬の抵抗すら許されずに蒸発し、それでもなお残った炎が後方で巨大な火柱を立てる。
あまりの力量差に再び心が折れそうになる麗であったが、その頬を黄金の尾が優しく撫でた。
「ちぃとじゃが、楽になったぞ。高飛車」
よろよろと立ち上がった陽毬に応え、晴之も立ち上がる。
それを見た桜華は大刀を振り上げ、地面を滑ろうとするが、その間に朱音が割って入った。
「秋水、壱之型――乱雨!」
横薙ぎされた小狐丸の軌跡から、弾丸のような雨粒が飛び出す。
防御のために、桜華は左手を振るった。
桜華を中心に放射状に桜色の炎が広がり、雨粒の群を一息に飲み込む。
だが、その爆炎の下をかいくぐり、朱音は勢いに乗ったまま逆袈裟に小狐丸を斬り上げた。
「…………陽毬、いける?」
「無論じゃ、ハルユキ」
晴之と唇を重ねた陽毬は、再び光の衣となって晴之を包み込んだ。
そしてその隣で像を結んだ陽毬は、小さく麗に語りかける。
『高飛車、よく聞けよ。あのおおたわけ、この土地から力を借りているらしい。お前はなんとかして、その流れを断ち切れ』
「なんとかって、いったいどうやって……」
『そんなもん、ワシらにわかるか。そっちの畑は専門外じゃ。無論、朱いのもな』
再び鍔迫り合う朱音と桜華であるが、単純な力勝負では桜華の方に分がある。
懸命に五体へと力を込めるも、ずずずずぅと身体が後方へと押されてゆく。
桜華の大刀を直接受け止めぬよう、刀身を弾き、滑らせ、その間隙を縫って斬りかかる。
「でも、わたくし一人で、そんな事……」
『諦めるのは死んでからでよい。それまでは、足掻け。一欠片の可能性すら見えずとも、最後まで足掻き続けろ』
「……………………」
晴之は朱音に加勢すべく、臨戦態勢を整える。
腰の辺りからは八本の尾が伸び、指先には太く頑丈な爪を構成し、両者の動きへと注意を傾けた。
いくら朱音が承認ランクB-を保有する猛者であろうと、桜華の力はその数段上をいっている。
晴之は超高速で繰り広げられる剣戟の応酬を見ながら、突撃する機会をうかがう。
『ではな、高飛車。信じておるぞ、とまではいかぬが。無理でもやり遂げて見せろ。通らぬ通りを意地でも通すのが、貴様ら魔術師とやらであろう』
それだけ言うと、陽毬の姿は光の粒となって消えた。
同時に、晴之も両目をかっと見開き、は地面を踏み砕いて戦場へと舞い戻る。
「…………悪い」
『待たせたのぅ、朱いの』
朱音と刃を重ねる桜華に向かって、晴之は八本の尾を突き刺した。
一瞬炎での迎撃も考えた桜華であるが、同じ撤を踏むような真似はしない。
余裕を持って朱音を押し返しながら、後方へと滑って回避する。
『お得意の炎は使わぬのか?』
「貴様如きに“彩なる炎”を使うのは、少しばかり癪なのでな。直接この手で引導を渡してくれる」
桜華は滑るよう地面を蛇行しながら、大刀を横向きに一閃する。
晴之は身体をそらしてすんでの所でかわしたが、大刀に触れた部分がわずかながら消し飛んだ。
「秋水、伍の型――水槌!」
だが、やられてばかりではない。
桜華が大刀を振り抜くタイミングを見計らい、朱音も技を叩き込む。
小狐丸を芯にして集めた巨大な水柱が、正面から桜華へと襲いかかった。
「ぬるいわ!」
しかし、巨大な水柱も、桜華が指先一本触れただけで消失してしまった。
その後方から迫る晴之も、黒い尻尾で撃ち落とし、大刀で斬りかかろうとする。
「猛き羽々、血肉を以て、怨敵を呑め!」
だがそこで、辺りが急に影った。
桜華が上を見上げると、そこにはなんと大口を開ける巨大な蛇の姿があったのだ。
無論、麗の召喚した式神だ。
しかし、その身体は堅牢な黒い鱗で覆われている。
麗の血を糧とする事で、短時間ではあるが完全な生き物として召喚されたのだ。
桜華のとっさに放った桜色の炎すらはじき、大蛇は桜華を一息に丸呑みした。
――――ドゴォォォン!!
かに見えた。
「せっかく“彩なる炎”を防げたとて、呑んでしまっては意味がない。ここは、じっくりと締め上げていくのが妥当な判断だったのう」
大蛇は内側から桜色の炎を吹きながら、粉微塵に吹き飛んだのだ。
身を屈めて衝撃をやりすごす朱音達であるが、その中を黒い影が――桜華が駆け抜けた。
長い黒髪と黒い尾が優雅に舞い、桜色の光燐が闇夜に残光を引く。
だがそれより速く、晴之は正面へと回り込んだ。
振り上げた大刀の柄を握り、桜華の動きを封じ込める。
『高飛車、貴様はワシの言うた事に専念せぇ! このままでは、この場で皆野垂れ死ぬぞ!』
陽毬に言われるまでもない。
そんな事、自分でもわかっている。
陽毬が尾で桜華の炎を斬り裂けたのを見るに、浄化の力が働いているのは桜の大樹から噴出す炎だけと考えていいので、術式の構築は桜の大樹から離れて行うとして。
だが、そこからいったいどうすれば、桜華と土地の力を断てるというのだろうか。
麗にはまだ、その方法がわからない。
天狐は元々強力な神力を有しているが、圧倒的な強さの裏には土地の力も借りているというのもある。
それに関して言えば、麗達にも当てはまらないわけではない。
特に術を起動する際に土地の力を借りるなんてのは、ざらにある話である。
――あれ、ざらにある……。
と、そこで思い至った。
自分達が土地から力を借りたい時、どんな事が邪魔になるだろうか。
「壱之型――乱雨!」
麗から遠ざけるように、朱音は雨の弾丸で牽制する。
そして桜華が回避した直後、その視界外から超高速の晴之が剛腕を突き出す。
「…………陽毬、大丈夫?」
『お前がそう聞く時は、九分九厘ダメな時であろう』
今度は尻尾で防がれぬよう、八本の尻尾を前方の一点に集めたのだが、上に飛んでかわされてしまった。
しかもお返しとばかりに、桜色の火球を数発見舞われる。
直撃弾は尾で斬り裂いて回避するも、続く衝撃波が晴之の全身を叩いた。
「鳥羽先輩!」
「…………大丈夫」
急降下してきた桜華を、晴之の脇を抜けて朱音が迎撃する。
治ったばかりの腕が再びぽっきりしかねないほどの重い衝撃が、朱音の腕に走った。
こんな攻撃を受け止めきれる術者なぞ、日本全国を探してもそう多くないだろう。
それでも直撃はかろうじて避け、大刀の軌道をわずかに横方向へとそらした。
はぜる土塊をバックステップで回避するも、桜華はぴたりと朱音にくっついたまま再び大刀を振りかぶる。
後方には麗がいるため、これ以上は引けない。
朱音は覚悟を決め、正面から桜華の大刀を受け止めた。
「まだ妾の前に立ちふさがるか。草壁の戦巫女」
「そりゃ、先輩や後輩を見捨てるわけにはいかないでしょ。あと幼女も」
『誰が幼女じゃ!』
押される朱音を背後から包み込むように、八本の尾が桜華に向かって迸る。
――ちっ、金剛のめ。厄介な尾を。
大刀で斬り伏せてもよかったのだが、桜華は迷う事なく後退を選んだ。
まるで尾に護られるようにして、内側から朱音が駆けて来ていたからである。
度重なる連携攻撃を呆気なくかわされ、朱音も晴之も悪態をついた。
「はぁぁ、固い上に当たらないって、どうすりゃいいのよ」
「…………頑張って当てるしかない」
そう言った矢先、桜色の炎が二人の視界を覆い尽くす。
「雹淋――急々如律令!」
とっさに朱音が前に出て、符術で水行の防御術を起動した。
先より厚みを増した氷の盾は、ぎりぎりの所で桜色の炎をやり過ごす。
しかし数十センチの厚さを誇った盾は、もはや数ミリ単位にまで厚みを減らしていた。
これ以上威力を上げられれば、もう防ぐことはできない。
『まったく、龍脈の力を好き放題使いよってからに。お前はどこぞの土地神かなんかか!!』
「神か。もし妾が神だったならば、貴様なんぞ一瞬で消し炭にしてやれるのだがのう」
と、再び桜華の左手が動いた。
それに呼応して鬼火が動き、放射状に炎弾を吐き出す。
これぞまさに弾幕というに相応しい。まるで壁のようになって、炎弾が殺到した。
『朱いの、行け!』
「言われなくても!」
晴之は麗を守るように八本の尾を大きく広げ、朱音は桜華に向かって突撃した。
数発が身体をかすめるが、そんなものに構っていられない。
雨のようになって降り注ぐ炎弾のわずかな隙間を見つけると、無理やりにその中へと身体を滑り込ませる。
桜華も必死になって追従するが、反応速度においてはわずかに朱音の方が上回った。
朱音は更に鬼火の下へ身体を潜り込ませると、片手で前転しながら桜華の顎を蹴り上げた。
だが、桜華も簡単には受けてくれない。
わずかに頭を傾け、すんでの所で回避に成功する。
朱音の足が眼前を猛スピードで通り過ぎる中、桜華の目は朱音の目をギロリとにらんだ。
「まっこと、よく動く戦巫女だな」
本能的な危機を感じた朱音は、即座に防御態勢に入る。
「少しは女らしく、じっとしていてはどうだ?」
直後、真横からとてつもない衝撃がやってきた。
恐らくは、暴走車両にひかれたまだマシと言えるレベルだ。
『大丈夫か、朱いの!?』
「…………気をしっかり」
花壇に突っ込みそうになっていたのを、寸前で晴之が受け止める。
炎弾を受け止めていたせいもあって、明らかに光の量が減っている。
このままでは、保たない。
なんとかして、この防戦一方の状態を打開しなければ。
朱音と晴之の脳裏についに撤退の二文字が浮かびかけた時、
「お待たせしましたわ、お三方」
起死回生の一手を引っさげて、麗が二人のそばへとやって来た。




