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朱音ノ悪鬼調伏譚  作者: 蒼崎 れい
第弐ノ巻~うたかたの命、とこしえの想ひ~
22/55

其ノ弐:宣伝です

 文佳のおっとりボイスに、休憩モードに突入していた新入生達は一斉にその方向へと振り向いた。

 浴衣に真っ正面から喧嘩を売っているようなバストには、誰もが目を釘付けにされている。

 もちろん、朱音もその内の一人だ。

 男子学生なんかにいたっては、目も合わせられない様子である。

 合わせ目からのぞく谷間は、文佳の圧倒的戦力を雄弁に物語っていた。

 そんな新入生達の反応などどこ吹く風の如く、文佳はたわわに実った胸を揺らしながら、先ほどまで石動のいた場所へと移動した。

 その後ろに小柄な――まるで小学生のような女の子が続き、文佳の隣で立ち止まる。

 文佳は新入生が全員自分達の事を見ているのを確認すると、大きく息を吸い込み、

「え~っとぉ、石動先生に引き続き、私達からもお話があります」

 と、満面の笑みで新入生に向き直った。

 それにあわせて、文佳の隣に立つ女の子もぺこりと頭を下げる。

 朱音の第一印象は、大人しそう、と、非常に礼儀正しそう、の二つであるが、見た目だけで判断してはならないのは、先ほどの文佳と涼子のやり取りを見てわかっている。

 この子もなりは小さいが、腹の中に一物も二物も隠し持ってるかもしれない。

 朱音は精神的なショックを受けないよう何重にも防備を固めつつ、文佳の話に耳を傾けた。

「まぁ、聞きたい人だけ聞いてくれればいいんですけどね」

 文佳はそう言うが、上級生を相手にそんな無謀な行動に出る勇者なんて、いないであろう。

 事実、新入生は全員、文佳の放つ謎の凄みに息を飲んでいる所だ。

 全員の視線が自分達に向けられているのを確認すると、文佳は、うんうん皆さん素直で良い子ですねぇ、と頷いて話を続けた。

「えぇっとですね、単刀直入に言うと、私達宣伝しに来たんですよ。他のグループの人は誰もいないみたいなので、ちょうどいいですね」

 にんまりと微笑みながら、意味不明な単語を並べる文佳。

 単語の意味自体はもちろんわかるのであるが、いまいち要領を得ない。

 情報がぶつ切り過ぎて、一つに繋がらないのである。

 新入生一同は、頭の上に五つ六つ疑問符を浮かべていた。

 その様子が面白いのか、文佳はくすくすと笑いながらさらに言葉を続ける。

「それではちょっと自己紹介から、こほん。所属は、三年前に新設された、総合学部魔装具工芸コースの三年生でぇ……」

 文佳はそこで一旦、大きく間を取り、

「そして、学生専門魔装具販売サークル、“あーちゃんの会”代表の、西行文佳です」

 なんとも胡散臭い台詞を言い放った。




 一瞬の間、部屋の中を完全な静寂が支配した。

 だがそれは単に言葉の意味を噛み砕き、理解するのに時間がかかっただけである。

 五秒後には誰もがその言葉の意味を理解し、しかしどういう反応をすればいいのかわからず困惑していた。

「あらあらぁ、思ってたより反応が悪いですね」

「それは、あーちゃん先輩が色々大事な説明を、すっとばしすぎてるからだと思うんですけどぉ……」

「う~ん、そうかなぁ?」

「はぃ、残念ながら」

 後輩の女の子に――先輩と呼んでいるので後輩であろう――説明不足を指摘される文佳は、若干納得のいかない様子で顔をしかめていたのだが、

「じゃあ、やっちゃん。あとの説明、お願いね」

 表情をころりと変え、全部を後輩に押し付けた。

 色んな意味でとんでもない先輩である。

 特に説明を丸々後輩に任せる辺り。

「では、改めまして総合学科特殊工芸デザインコース転科予定の、総合学科特別鬼術コース一年生、八神(やがみ)かれんです。それでは、あーちゃん先輩、じゃなくて……。文佳に代わって、私達の事を簡単に説明させていただきます」

 女の子の後輩改め、かれんは文佳の前に出ると、軽く会釈をした。

 つい先日まで中学生だったとの事だが、見た目的にはむしろ、今年から中等部生です! と言われた方がしっくりくる感じだ。

 高校生のそれとは明らかに思えないような童顔に、朱音を上回る低身長。あれは恐らく、一五〇センチもないであろう。

 この学校は、もしかしてダメな先輩としっかり者の後輩がペアを組む制度でもあるのだろうか。

 不意に涼子と美玲の件を思い出して、朱音は不意にそんな事を思った。

「まず、文佳の在籍している魔装具工芸コースと、私が転科予定の特殊工芸デザインコースは、魔具・礼装・呪物(フェティッシュ)触媒(カタトリス)・霊薬作りを専門としている学科です。そして学生専門魔装具販売サークルとは、そういった物を実際に作って売っている、学生によって運営されてる組織です。つまり、その内の一つが、先ほど文佳の言ってた“あーちゃんの会”となります。文佳はその“あーちゃんの会”代表。一応、私もそこのメンバーをやらせていただいてます」

 最低限必要な説明を終えたかれんは、背後に控える文佳を振り返った。

 かれんと目の合った文佳は、よしよしとその頭を撫でてやる。

 それが嬉しかったのか、かれんは両の目をぎゅぅぅぅっとつむり、肩をぷるぷると震わせながら歓喜に酔いしれた。

 なんというか、非常に後輩の制御が巧みな文佳である。

「あ、ちなみに、あそこにいるみっちゃん達も“あーちゃんの会”のメンバーでぇ~っす」

「おい、文佳……。いきなり新入生に『みっちゃん』って言っても、誰の事かわかさっぱりわかんねぇだろ?」

「あ、そっかぁー。ごめんねぇ、京ちゃん」

「いやいや、俺に謝ってどうすんだよ」

「いいって、(きょう)。あーちゃんがこんななのは、今に始まった事じゃないし」

「そーだよぉ。あーちゃん、自分が天然さんだって自覚もしてるもん」

「だったら直せよ! てか、自分の事名前で呼ぶとか、小学生かお前は!」

 いったい、宣伝とはなんだったのだろうか。

 男子学生――恐らくは文佳と同学年であろう――二人を巻き込んで、ミニコントが始まってしまった。

 その様子を、涼子とかれんを含んだ三人の生徒がおろおろと、石動はなにやってんだか、といった感じで見ていた。

 やる事の終わった石動は本気で三人を止める気はないらしく、壁際に敷いた座布団に座りパチンコ雑誌を読んでいる。

 一方でミニコントを繰り広げる三人の後輩達も、話しかけるきっかけがつかめずにただ突っ立っているばかりであったが、結局自然鎮火するのを待つ事にしたらしい。

 かれんは同学年の生徒と話し始め、暇になった涼子は朱音の隣にどっかりと腰を下ろした。

「はぁぁ……。また始めちゃいましたょ……。三人とも、飽きないんですかねぇ、あれ」

 それから、力なくうなだれる。

「私に言われても困るわよ」

「まあ、それもそうなんですけどね。三人そろって何かやる度に、あーちゃん先輩のボケに京ちゃん先輩が突っ込んで、それをみっちゃん先輩が止めに入ってって。しかも、本当に周りが見えてないらしくて、外野が何言ってても、全然聞いちゃくれないんでやんすよ。だから、石動先生もあんな感じに」

 と、涼子は肩を竦ませながら、パチンコ雑誌を暇そうに読む石動を指差した。

 先生の声すら聞こえないとなると、確かに涼子達が何を言っていようが聞こえるはずもないであろう。

「うん、それはなんとなく見ててわかった」

「じゃあとりあえず、簡単に名前だけ紹介だけしときますね。たぶんこれから、頻繁に会うようになるんで」

「頻繁に……」

 キャラの濃いのは涼子だけで手一杯の朱音にとっては、ある意味全く聞きたくなかった情報かもしれない。

 涼子だけでも突っ込みがなかなか追いつかないというのに、これ以上ボケ要因が増えてしまっては、ボケが裁ききれなくなってしまう。

 そんな朱音の様子を見て、大丈夫ですよ普段はかな~り頼りになる先輩なんで、と涼子は冷や汗を流しながら三人にフォローを入れておいた。

 もっとも、朱音の第一印象はすでにあそこのミニコントで固定されてしまったわけで、手遅れのような気もしないではないのだが。

 それはさて置き、涼子はまず有名メーカーのロゴ入りジャージを着ている、男子学生を指さした。

 涼子も現在ジャージを着用しているのだが、向こうのは一桁くらい値段が違うような気がする。

「まずあっちが、駿河(するが)京祐(きょうすけ)先輩。神道科の先輩で、巫覡(ふげき)を守る守人(もりびと)ね。あたしらとは、違う種類の肉体強化系の術者」

「なんか、気が短くて頭悪そう」

 まったく、先輩に対して酷い言い草である。

 だが残念ながら、その通りなので涼子としてもフォローのしようがない。

「そんで、あーちゃん先輩と駿河先輩の間にいるのが、浅間(あさま)光輝(みつてる)先輩。こっちも神道科です。朱音さんは、富士信仰って知ってます?」

「そりゃ、有名だもん。知ってるわよ。……って事は、所属は浅間神社?」

「えぇ。浅間先輩が巫覡(ふげき)で、駿河先輩はその守人らしいですよ」

「へぇぇ」

 二人の視線に気付いた浅間先輩が、助けてくれないかなぁ? と、目で合図を送ってきた。

 涼子を始めとした後輩三人が、あの応酬の中に割って入れなかったのを知っての上だろう。

 優しげな双眸(そうぼう)の中に、鬼気迫るものを感じる。

 それに対して涼子は、

「…………」

 まるで悟りでも開いたような無表情のまま、無言で合掌。

 そして川の流れの如く、滑らかにお辞儀する。

 すいません自分でなんとかしてください、の意である。

 最後の希望が(つい)えた浅間先輩は、がっくりと肩を落としてうなだれるのであった。




 結局、文佳と駿河先輩のやり取りは、石動が片付けの号令をかけた二三時三〇分まで続いた。

 もっとも、二二時三〇分から始まった石動の話や、文佳の宣伝が二三時一〇分くらいまで行われていたので、二人のやり取りに要した時間は二〇分程度だ。

 新入生と手伝いを合わせて二四人もいれば、片付けもあっという間である。

 ちなみにこの場で唯一の先生である石動はといえば、学科の先生に見つからずに帰れよ、と言い残し片付けを始めた直後からもういなかったりする。

 五分もかからずに部屋の片付けは終了し、

「はいは~い、それじゃあ解散しま~す! みなさん、お疲れさまでしたぁ!」

 文佳の一言で、総合学部のオリエンテーションは終了した。

 朱音は大きく背筋を伸ばしながら、腰をひとひねり。

 ぼきぼきぼきっと、小気味良い音が鳴り、ちょっとした爽快感に満たされる。

 嫌いではないのだが、座ってかりかりとメモを取ったり、話を聞いたりするのはどうにも(しょう)に合わないのだ。

 星怜大に帰ったら、早速パトリシア先生に申請して、実習場を派手に使わせてもらうとしよう。

 相手は涼子や美玲辺りでいいだろうか。

「あっかーねさん!」

 と、後ろから涼子が話しかけてきた。

「何?」

 朱音はほんの少しだけ警戒しながら、背後を振り返る。

 先ほど後ろから胸を鷲掴みされた事を思い出して、朱音は本能的に胸を抱いた。

「そ、そんなに警戒しないでくださいよぉ。今日はもうしませんから」

「『今日は』、ねぇ……」

 言い換えれば、明日になれば鷲掴みますぜ、と言っているようなものっである。

 いや、あと二〇分かそこらで日付が変わるので、その瞬間に襲ってくるという可能性も否めない。

 ノリとテンションだけで出来ている気のある涼子の事だ。

 むしろ、後者の方が圧倒的にありそうである。

「まあまあ、それはひとまず置いといてぇ」

 と、箱を両手でつかんで移動させるジェスチャー。

「あーちゃん先輩んとこ、泊まってきませんか?」

「あーちゃん先輩って、西行先輩の所?」

 そうそう、と涼子は二回ほど頷いた。

「やっちゃんと二人で寂しいんだって」

「やっちゃんって?」

「八神かれんちゃん。あーちゃん先輩、に説明させられてた」

「あぁ……」

 あの一歩間違えれば小学生と間違えそうな高校生の子か、と朱音は色々失礼な方法で思い出す。

 まあ、表現自体は的確に的を得ているが。

「さっきの話の続きも聞けますし、行ってみたらいいと思うんですけどぉ……」

 と、朱音は涼子から微妙な違和感のようなものを感じ取った。

 ノリとテンションは確かにいつもと一緒なのであるが、どことなく違和感が付きまとう。

 そういえばこの感じ、つい先ほども感じたような…………。

「涼子さん」

「なんでしょう?」

「あーちゃん先輩に、頼まれたんでしょ?」

「……、ナ、ナンノコトカサッパリ」

 回答を聞く限り、涼子は嘘のつけないタイプらしい。

 まだ肌寒い四月の深夜に、冷や汗を大量に吹き出しているような人間が『嘘じゃないよ』と言った所で、それを信じるような人はいないだろう。

 しかも狙ってもいないのに、得意なはずの日本語も片言になっていたりと不信感丸出しである。

「さっきなんか、乙女全否定されたもんね」

「……そうです、あーちゃん先輩に頼まれたんです。正直に話したんですから、傷口に塩塗り込まないでください。けっこう傷付いてんですからぁ」

 そうなのだ。

 朱音が先ほど感じた違和感。

 それは涼子が文佳に完全に丸め込まれた時に感じた印象と、全く同じだったのである。

「さっきも言ってましたけど、あーちゃん先輩は術者の学生や生徒に、魔具やら何やら売る“あーちゃんの会”の会長でですね。いい鴨見つけたから今の内に自分とこのお得意さんにしとこうって」

 と、涼子は胸の内を洗いざらい吐き出した。

 見た目に反して、お腹の隅から隅まで真っ黒な人である。

「そりゃ、良いものあるんだったら、私もそれでかまわないけど……」

「ここはあたしを助けると思って。この通りお願いしますから!」

 涼子は両手を合わせ、くいっと頭を下げた。

 それが演技でない事くらい、朱音にもわかる。

 まるで一生に一度のお願いですからと言わんばかりに、必死な様子である。

 朱音の表情をのぞき見るように、涼子はちらりと顔を上げた。

 両の目には今にも溢れそうなほどの涙を湛え、じぃぃぃっと朱音の瞳を見つめては伏せ、見つめては伏せを繰り返す。

 正直、かな~り鬱陶(うっとう)しい。

 が、状況が状況――先輩から圧力をかけられている――だけに、朱音はため息を一つついて降参した。

「わかった。わかったから、そんな目で見ないで。ぜんぜん似合わないし、調子狂うから……」

 このまま部屋に戻ってガールズトークに巻き込まれるか、文佳の所に行って公言するのもはばかられるようなトークに参加するか。

 どうせ疲れるなら慣れている方が良い、という極めて消極的な思考の下、朱音は文佳の所へお泊まりする方を選んだ。

 自慢にはならないが、普通の女の子の会話に付いていける自信なんて、これっぽっちもないからである。

 こちとらようやく衣服に気が回るようになってきたのに、コスメやら芸能やらSNSやら、そんな所まで手が回るか。といった具合に。

 それにもし、彼氏とかの話になったら、自分の性格的に暴走しかねない。主に弟の事で。

「恩に着ますぜぇ……」

 と、とりあえず連行する事が出来てほっと一息つく涼子。

 そこまで頭の上がらない存在なのだろうか。文佳には。

 それはともかく、今時の女の子についていけないのもあるが、“あーちゃんの会”がどれくらいの物を売っているのかも気になってはいる。

 気に入ったら、お世話になる事自体はやぶさかでもない。

「そんじゃ、行きましょうか。こっちです」

 朱音は涼子の案内に従って、通路を進んで行った。




「いらっしゃ~い」

「あ、いらっしゃいませ」

 ノックもなしに涼子が引き戸をガラガラと引くと、布団の上でごろごろしている文佳とかれんの姿があった。

 かれんのジャージはいいとして、文佳は例の浴衣のまま寝るらしい。

 ちょっとでも寝相が悪いと、次の日は浴衣の前がはだけて大変なことになっているだろう。

「あーちゃん大隊長先輩、約束どおり標的(朱音さん)を拉致ってきやした」

「お疲れ様です、にゃんちゃん二等兵」

 互いに敬礼する涼子と文佳。

 拉致ってきたってどういう意味よ……、と心の中で突っ込みを入れつつ、朱音は部屋を見回した。

 古典文学科であてがわれた部屋と同じ大きさだが、荷物が多いのもあって少し狭い。

「お、おじゃまします」

 二人はスリッパを脱ぐと、涼子はずかずか、朱音はそろそろと部屋へと上がった。

 部屋の広さは六、七畳と、かなり狭い。

 布団は四人の頭が一点に集まるよう二×二の形で配置されており、その向こうに二人の荷物と資料の一部が置かれている。

 朱音は改めて、文佳とかれんの二人を見やった。

 まずは布団の上で崩した正座のまま、ファッション雑誌を読んでいるあーちゃん先輩こと、西行文佳。

 肩にかかる髪は軽く波打っていて、とても柔らかそうだ。

 垂れ気味な目も優しげな雰囲気を作り出すのに一役買っており、見た目だけなら完全無欠に“みんなの頼れる優しいお姉ちゃん”といった感じである。

 だが、騙されてはいけない。

 こんな人畜無害で人当たりのよさそうな顔をしているが、涼子をあごで使ったり、新入生にサークルの宣伝をさせたり、あまつさえ朱音をお得意様に仕立て上げようと涼子に拉致ってこさせるなど、とっても腹黒い人なのだ。

 そして、布団の上にうつぶせで寝っ転がり、お菓子を食べながら足をばたばたさせている、かれんちゃんこと、八神かれん。

 長めのボブカットから、アホ毛が一本ぴょこんと飛び出している。

 髪質は文佳と違い、ちょっぴり固そう。

 二重まぶたのお目めは無駄なくらいパッチリしていて、これがまた幼さを強調していた。

 ただでさえ幼い童顔が、より一層幼く見える。

 しかも身長まで低いので、未だに高等部生というのが信じられない。

 朱音の知る今年から高等部生である美玲なんか、朱音とほとんど同じ身長だというのに。

「まぁ、そんな所でぼーっと立てないで、適当に座ってください」

「はぁ、それじゃあ失礼します」

 と、朱音は促されるまま文佳の真ん前に腰を下ろした。

 朱音の隣には、涼子がごろんと寝っ転がる。

 寝っ転がると、涼子はひょいと腕を伸ばして、まん前にいるかれんの持っている箱からポッキーを一本ひったくった。

「あ、草壁先輩もどうですか?」

 もぐもぐと口を動かしながら、かれんは朱音にポッキーの箱を向ける。

「……ありがと」

 朱音はそろそろと申し訳なさそうな感じで、ポッキーを一本いただいた。

 その間にかれんは体勢を変え、正座で朱音の方に向き直る。

「改めまして。星怜学園大学附属高校、高等部総合学科特別鬼術コース一年生、八神かれんです」

「こ、こちらこそ。星怜大総合学部陰陽科一年生の、草壁朱音です。よろしく」

 慣れない事をする時は、やっぱり緊張する。

 仕事の都合で他の術者と一緒になった時は、特に緊張することなく自己紹介できるのだが。

 緊張からついつい丁寧語になってしまう朱音に、おかまいなくと、かれんは小さな両手をぶんぶんと振って見せた。

「はい。こちらこそ、よろしくお願いします!」

 笑顔の素敵な、非常に元気で可愛い子である。

「自己紹介も終わった所でぇ、ネネっちのミニ歓迎パーティー、始めちゃいま~っす!

「「おー!」」

「…………………………えぇっ!? 今からですか!! それに、『ネネっち』って私ですか!?」

 文佳のぶっとんだ発言を理解するのに、朱音はかれこれ三秒ほど要した。

 それ以前に、いつの間に自分のあだ名がネネっちに決まったのだろう。

 文佳と顔を合わせてから、まだ二時間も経っていないはずなのだが。

 涼子とかれんはと言えば、すでに荷物の中からお菓子やらお菓子やらお菓子やら、それにお菓子を取り出している所だった。

 紙皿に紙コップ、そしてカードで動くミニ冷蔵庫の中からは、売店で買ったと思われる黒烏龍茶(一リットル)に、コーラ(一.五リットル)、そしてアクエリアス(一.五リットル)が姿を現す。

 たった四人で、これだけ全部飲むつもりなのだろうか。

 一人当たり一リットルはある。

「初等部から大学まで含めた新歓パーティーはまた別にするけど、とりあえずってことでぇ」

 と言いながら、文佳はさっそく酢昆布の封を三つほど開け、紙皿に盛った。

「夜間巡回で夜には慣れてますから、一徹くらいなら大丈夫です。明日は学園に帰るだけですし」

 と、かれん。

「ですんで、ぱーっとやりましょう朱音さん。朝まで!」

 と、こちらは涼子。

 こちらの二人も文佳に倣って、おにぎり型の煎餅や、うす塩味のポテトチップスの封を破り、紙皿に盛っている。

 本気で朝までやるつもりらしい。

「涼子さん」

「ほい、何でございやしょう?」

「私、“あーちゃんの会”がどうとかって聞いてたんだけど」

「あぁ、それですか。もちろんやりますよ。あーちゃん先輩が」

 涼子に言われて、朱音は視線を隣から正面へ――文佳へと移した。

 それに気付いた文佳は、酢昆布を口に含んだままひょいと小首をかしげる。

 自分が呼ばせておいて、この反応である。

 天然というか、マイペースというか。

 きっとこういった部分が腹黒い本性を覆い隠し、見た目にはおっとりした人を演出しているのだろう。

「どうしたの、にゃんちゃん」

「あーちゃん先輩。とりあえず、朱音さんに色々と説明してあげてください」

「あぁ。そういえばぁ、そうでしたね」

 文佳はかばんから取り出したアポロチョコ特盛りを紙皿に盛ると、ひょいと朱音の前に差し出す。

 山盛りに盛られたチョコの山から一粒食べて、イチゴチョコをたっぷり堪能してから、再び口を開いた。

「私達としても、大口顧客になりそうなネネっちを、このままみすみす見逃すのは惜しいと思って。にゃんちゃんに連れて来てもらったの」

 と、文佳、営業スマイル。

 例え違法行為を働いている最中に職務質問を受けても、余裕ですり抜けられそうな気さえする。

 もっとも、朱音や涼子を始めとした得物を持っている術者達は、日常的に銃刀法違反を犯していたりするのだが。

「別に、欲しい物があったら買いますけど……」

「甘いですねぇ、ネネっちは。お得さんにはそれなりの特典があるのですよ。割引とかぁ、試供品とかぁ~」

 試供品はともかくとして、『割引』という単語に朱音はぴくんと反応した。

 承認ランクCにもなれば、大企業のサラリーマン以上の年収があるのだが、同時に特殊な装備の維持費や消耗品の費用等、支出の額もバカにならない。

 そのためにランクB-を保有する朱音も、普段は節約を心がけているのだ。

 しかも維持費に加えて学費も自分で払っているので、本当にじり貧である。

 後期までに任務を多くこなして、なんとしても学費を稼がなければ。

「今、反応しましたね?」

 文佳は目を細めながら、ニヤリと口元をほころばせる。

 朱音は慌てて顔をそらすも、反応してしまった所はばっちり見られている。今更言い逃れはできない。

「まぁ、お遊びはこれくらいにして、私達の実力をきっちり見てもらいましょう。やっちゃん、あれ持ってきて」

「はい」

 待ってましたと言わんばかりに、かれんはかばんの中から茶封筒を四つほど取り出した。

 それをひょいと、文佳に手渡す。

 それなりの厚さはありそうだが、中に入っているのは普通の紙らしくぺらぺらと波打っている。

「にゃんちゃんから聞きました。今、これがなくて困ってるみたいだったので、持ってきてみました」

「みましたぁ!」

 文佳に合わせて、かれんも可愛らしく復唱。

 ということはつまり、あの中には護符の束が入っているのだろう。

 ちょうどいい、見せて頂こうではないか。

 その、自慢の品というやつを。

「まず売上が一番なのは、この練習符ぅ。うちの学校、まだE・Dランクの子が多いから、需要もすごくあって」

 一つ目の封筒から跳び出したのは、荒っぽいコピー用紙――しかも魔法陣はプリントアウト――で作られた護符だ。

 必要最小限の魔法陣を書き込まれたそれは、確かに起動はするがさほど効果は期待できそうにない。

 文字通り、練習用の護符である。

 ただコピー用紙にプリントアウトした代物なので大量生産ができ、金額も馬鹿みたいに安い。

 五〇枚セットでも百円と激安なので、確かにこれは格安で良い練習になるだろう。

「で、二番人気、清めのお塩」

 と、二つ目の封筒からは、チャック付ビニール袋に入った塩が出てきた。

 そういえばこれ、どこかで見た覚えが……。

「これ、涼子さんも持ってたわよね?」

「えぇ。お値段の割に強烈に聞くんで、重宝してますぜ。さすがにあの鬼には効かなかったでしょうが、餓鬼程度なら即効でしょうね」

 その効果は、朱音も体験済みである。

 小さかったとはいえ、陰の気をあっという間に解きほぐしたあの塩だ。

「そして最後ぉ、三番人気の美濃(みの)和紙製のお札ぁ」

 そして三つ目の封筒から、独特の趣を持つ紙が吐き出された。

 雑紙とは比べ物にならない強度を有し、(みやび)と形容しても過言でない風合いを持った和紙――日本紙で作られた護符だ。

 中心部には円と五芒星、そして漢文調の文章で形作られた魔法陣が描かれている。

「ネネっちが欲しいのは、これでしょぉ?」

 文佳はにやにやしながら、美濃和紙の護符を朱音の前でぴらぴらさせた。

 と、朱音の目も護符に合わせて右に左にと振れる。

 朱音がいつも利用している業者では扱っていないのだが、美濃和紙は品質が高い割に安価なのである。

 いつも高価な越前和紙を買わされているのだが、強度が同じなら安い方がいい。

 しかも目の前でちらつかされている護符は、そういった業者で売られている物と比較しても、なんの遜色もない出来映えだ。

 欲しい。かなり欲しい。金額にもよるが。

「にゃんちゃんも愛用していますから、品質は保証できますよ」

「え、あれもそうなの?」

 確認のため、朱音は隣の涼子へと顔をぐるりと向けた。

「えぇ。だいぶ安いですよ。その代わり、時々変な試供品のテストやらされますけど……」

「変なのじゃないよ。まだ試作段階なんだから、完全じゃないのは当たり前でしょぉ」

「でも、前冬休みにもらった軟膏(なんこう)、確かに経絡系の痛みはすぐ引きましたけど、その後からめちゃんこかぶれて大変だったんですからね! 学外の皮膚科のでっかい病院行って、何万円も取られて食費も危なかったんですから!」

「あ、それなら一昨日改良品ができたんだけどぉ、使ってみる?」

 と、まるで狙っていたかのように、文佳は円柱型のプラスチックケースを取り出した。

 いったい、その浴衣のどこに隠し持っていたのだろうか。

 しかもケースには『けいれらくよういたみどめ まーくすりぃ』とマジックで書かれた手書きの紙がぺたりと貼ってある。

「やめてください! ただでさえこの前何ヶ月分も護符使っちゃってカツカツなのに、もう病院には行きたくないです!」

「あ、そういえば……。涼子さん、この前貸した護符の分のお金、まだもらってない」

「あんたも鬼ですか! 朱音さん!」

 鬼はこの前倒したやつでしょ、いつでもいいからそのうち返してね、と泣きつく涼子に朱音はおどけて見せた。

 ちなみに、その貸した護符というのも高価な越前和紙製で、しかも術の効力が上がるとかいう、業者の売ってる中では一番高いやつだったりする。

「あ、そうそう。頼まれてた護符二〇〇枚、持ってきてるよぉ」

「あ、ありがとございます。あーちゃん先輩」

 文佳は一番最後の、ぶっとい茶封筒を涼子に手渡し、

「現金一括払いでお願いしま~すぅ」

「朱音さん、助けて! あーちゃん先輩があたしをいじめるぅ!!」

 すっかり金欠になった涼子に、文佳はとどめの一撃をぶち込む。

 朱音はそのままの意味で泣いてすがりついてくる涼子を見ながら、これが朝まで続くのかと大きく肩を落とす。

 そんな三人には目もくれず、かれんは携帯のメールに夢中になっていた。

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