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朱音ノ悪鬼調伏譚  作者: 蒼崎 れい
第弐ノ巻~うたかたの命、とこしえの想ひ~
21/55

其ノ壱:真夜中のオリエンテーション

 波乱の大事件に巻き込まれ大怪我まで負った春休みも明け、いよいよ朱音の学生生活が本格的にスタートした。魔術師だけでなく一般人の学生とも触れ合う機会がかなり増え、毎日楽しくも精神力を消費する日々。オリエンテーションを機に仲のいい友達や先輩もでき、初めての学生生活は順風満帆といったところだ。そしてようやく学園での生活に慣れ始めた朱音に、教務課から呼び出しがかかった。

 宣誓式を無事に終えた星怜学園大学の一年生達。

 その内の朱音や涼子の所属する文学部の一部は、一泊二日のオリエンテーションで遠方の雪山までやって来ていた。

 もっとも、古典文学科の朱音と、日本文学科の涼子では、オリエンテーションを受ける部屋は違うのであるが。

「じゃあまずは、手元の時間割表を開いてください」

 先生の言葉に従って、朱音は文学部古典文学科と書かれたページを開く。

 現在朱音は、古典文学科のオリエンテーションの真っ最中なのであった。

 場所はちょっとした宴会場のような感じで、畳の上に長机を置いただけという、かなり手抜きな感じだ。

 せめて、座布団くらい用意して欲しいものである。

 正直言うと、お尻やら足やらがけっこう痛い。

 もっとも、この後のオリエンテーションが本番である朱音にとっては、聞き流しても問題ないような感じだったりする。

 それでも一応講義は受けるので、朱音は『一年』と書かれた項目に目を通していく。

 とりあえず、英語に関してはあまり問題ないだろう。

 魔術師の一般教養と言うか、常識と言うか。その中の一つに“魔術の発展している国の言語は習得しておく”というものがある。

 魔術が発展しているという事は、それだけ優秀な術者を多く抱えているという意味でもある。

 そういった人々と交流を持つには、その国の言語に合わせるのが一番手っ取り早いからだ。

 第二次世界大戦後、実質的な世界の指導者が米国(アメリカ)となった事も影響して、術者の世界でも英語が共通語として扱われている。

 実際、国外の活動においても非常に役に立つので、最近では幼い頃から英語を子供に教育する所が増えているらしい。

 朱音もその内の一人だったというわけだ。

「●印のついてある科目は必修科目なので、必ず取るように。◎印の方は選択必修だから、まあ面白そうな講義を選べばいいでしょう」

 あと他に面白そうだったり、楽そうだったりする科目はと言えば……。

 日本語学。方言やらなにやら、日本語について色々探求していく学問らしい。

 なかなか面白そうである。

 それに影印講読。こっちは平安時代辺りの文字を、読んだり書いたりといった感じだ。

 あれは魔導書を読んだり魔法陣を書くにあたって勉強していたので、今回は純粋に過去の作品を楽しませてもらうとしよう。

 というより、昔の魔導書を現代文に翻訳したりはしないのだろうか。

 翻訳するだけで、術の習得が随分と簡単になるのだが。

 あとは伝承文学、つまりは民俗学である。

 これも妖魔関連の事がありそうなので、もしかしたら新発見なんかもあるかもしれない。

 そんな感じで面白そうな科目に朱音がチェックを入れていると、不意にちょんちょんと肩がつつかれた。

「ん?」

 ワンテンポ遅れて、朱音は横を振り返る。

 一言で言えば、体育会系とは無縁そうな眼鏡男子だ。

 線が細く、どことなく女の子っぽさもある抽象的な顔立ち。

 人畜無害を絵に描いたらこうなった、といったイメージを抱く。

 座っているので背丈はわからないが、絶対に朱音より高い。

 これでも、身長は一五〇センチ代前半の朱音である。

 兄はまだしも、すでに弟にも身長は追い抜かれている。具体的には頭一つ分近く。

 で、その眼鏡男子はと言えば、若干青ざめていた。

「ご、ごめん……」

 それから、口どもりながら謝罪を一つ。

「あっ、いや違くて!? ちょ、ちょっと眠たかっただけ。せっ、先生の話がっ!」

 どうやら、声をかけられた事に対して、朱音が怒っているのだと勘違いしたようだ。

 子守歌級に眠気を誘う先生の話に、うとうとしていた朱音の顔を見たらしい。

「私その、だから謝らなくていいから」

 完全に眠ってしまえば可愛いのだが(幼い顔立ちなのも要因の一つ)、眠気に目を細めた朱音の顔は……、かなり怖い。

 少なくとも、『ヤ』から始まる職業の人でも、涙目で許しを請うくらいには。

 余談であるが、そのせいで昔弟を泣かせてしまったのは今でも軽いトラウマである。

「それで、何か用?」

 恥ずかしさですっかり眠気の消え去った朱音は、青年に聞き返した。

 改めて顔を見ると、恥ずかしさが余計に強くなって頬が熱くなる。

「いや、その……。その腕、どうしたのかと思って」

「あぁ、これ、ね……」

 だが、それも青年の質問によってまたたく間に沈静化した。

 青年が指さすのは、朱音の首から三角巾で吊された左腕だ。

 石膏でぐるぐる巻きにされており、ものすごく蒸れる。

「ちょっと、ドジしちゃって。恥ずかしいから聞かないでね……」

「そんな気なんてないよ。ただ、痛そうだなぁって」

 『鬼に殴られて骨にヒビが入った』なんて言っても、信じてもらえないだろう。

 すぐさま正気を疑われて精神科を紹介されるか、痛い子とか電波な子とか思われて敬遠されるのが関の山だ。

 もっとも、この青年なら本当に信じてしまいそうな気もするが。

 朱音は適当にごまかしつつ、青年から微妙に視線をそらした。

 そらしながら、十日ほど前の深夜に起きた出来事を思い出す。

 怪我を負わせようと、致死量のダメージを叩き込もうと、無限に再生し続ける鬼。

 そんな化け物を相手に、涼子と一緒に戦ったのである。

 再生を続ける仕組みを看破し、ボロボロになりながらも鬼を撃破したのだ。

 結局、結界を張っていた術者の方は逃がしてしまったが。

「でも、折れてたわけじゃないから、そんなに心配しなくても早く治るって、お医者さんから」

 もちろん、『折れてたわけじゃない』というのも、真っ赤な嘘である。

 レントゲンで撮影するまでもなく、ぽっきりと折れていた。

「そうなんだ、よかったね」

「う、うん。ょかった」

 あのまま動けなくなった朱音と涼子は、結界の解けた数分後に駆けつけた先生達によって学校へと連れ戻された。

 芦屋(あしや)貴道(たかみち)に、パトリシア=W=エルヴァーナ。

 涼子によれば、二人とも承認ランクAを保有する猛者らしい。

 芦屋先生に肩を借りながらなんとか移動した二人は、そのままパトリシア先生の乗ってきた車に乗り込み学校へと帰ったのだ。

 ちなみに、負傷した土御門(つちみかど)(うらら)和泉(いずみ)遼亮(りょうすけ)の二人は、別の生徒が連れ帰ったらしい。

 帰り道のさなか、パトリシア先生にさんざん絞られたのは、今でも鮮明に思い出せる。

 そしてなんだかんだで次の日、想像を絶する筋肉痛と頭痛に経絡痛の三連コンボをくらった朱音と涼子は、パトリシア先生によって寮の廊下掃除を命じられたのだった。

 取り込まれた涼子はともかく、完全にルール違反をやらかしてしまった朱音の方も、相手を討伐したというのもあって特別に体罰フルコースは勘弁してくれたのだ。

「どうしたの? なんか、顔がちょっと赤いみたいだけど?」

「……なんでもない、から。大丈夫」

 顔の近さにより緊張の度合いが強まる朱音には気付かず、心配になった青年はぐいっと朱音の顔をのぞき込んでくる。

 悪意のない目で見られるのってここまで緊張するもんだっけと悩みつつ、朱音は激しく鼓動する自分の心臓を落ち着かせる事に努めた。

 朱音の嫌いな憐れみとか同情というもののない、本当にただ自分の心配をしている視線。

 嬉しいのとむず痒いのとその他諸々のよくわからない感情によって、絶賛赤面中の朱音であった。

 そんなわたわたしている朱音の姿が面白いのか、青年はくすくすと笑い出す。

「別に、笑わなくたってぇ」

「ごめんごめん。なんだか可愛くってつい」

 ――かっかかかか、ぃいい、今、可愛いって!?

 先生や他の生徒と今後の生活に配慮して声には出さなかったものの、朱音の胸中は青年の一言によって荒れに荒れていた。

 可愛いなんて単語、男性に言われたのなんて物心ついてから初めての経験である。

 そんな言葉を初対面の女の子にさらっと言ってのける辺り、この青年なかなか大物かもしれない。

 現に今も、緊張の真っ只中にある朱音に対して、にっこりと爽やかな笑顔を向けている。

 変な所で箱入りだったり男の子に耐性がなかったり、朱音は学校という場所について新しい発見をしたのであった。

「バスの中で自己紹介してたけど、覚えてないよね」

「あー、えっと…………」

 慌てて数時間前のバスでの出来事を思い出す朱音であるが、青年の言う通り全然覚えてない。

 と言うより、未だに続いている全身の痛みから逃げるために、ほとんど眠っていたような気がする。

 自己紹介ん時だけよく起きてたわね私、とか思いつつ、青年に気まずそうに笑いかけた。

「ふふふっ。僕は瀬野(せの)。よろしくね、草壁さん」

「は、はぃ。よろしく、お願いしますって、私の名前」

「あぁ、珍しい苗字だったから」

「そうなんだ。へぇ」

 言われてみれば、自分と同じ苗字の人って美玲ちゃんが初めてだっけ、と思い至る朱音。

 業界内ではそれなりに有名なため、これまで珍しがられる事はあまりなかったのだが、やっぱり一般的には珍しく苗字らしい。

 業界内で有名なのは、ここ数年の内に異端者として認定された者が、“草壁流”の術者というのも原因の一つではあるのだろう。

 もっとも、異端者自体は珍しくもなんともないわけであるが。

 確か去年の夏辺りにも、“土御門流”の術者が捕縛されたとの話も聞いているわけであるし。

「それにしても、一年生って必修ばかりなんだね。もう少しくらい選べると思ってたんだけど」

「え? そうなの? 半分くらい寝てたから、ちゃんと聞いてなくて」

 瀬野は先生に配布された時間割を書き込む用紙に、すでに科目名を記入していた。

 科目名の前に●印の書かれたものが、ずらりと並んでいる。

「この●印のついてるの、全部必修だから」

「ほんと、選択の余地なしね」

 特に前期の午前中の二科目は、月曜日から金曜日にかけてびっしり●印で埋め尽くされている。

 ――これってきっと、私らのせいなんだろうなぁ……。

 朱音は学食で美玲に聞いた話を思い出す。

 午後からは各系統ごとの術者に別れて、教えたり教えられたり実習場でドンパチするらしい。

 基本的に生徒主体であるが先生も時々顔を出すらしく、今から非常に気になっているのだが、それはまあさておき、

「選択必修、草壁さんはどれにするの?」

「あ、うん……。そうねぇ、まだちょっと決められないかなぁ」

 そもそも、選べるかどうかすら不明であるのだから、決められるわけがないだろう。

 それから先生の説明を聞きながら時々メモを取りつつ、朱音は瀬野と非常に緊張する時間を過ごした。

 一般人の男の子との会話は、対魔術師戦闘よりも精神力を消費する。

 もっとも、相手が話し上手で助かった。

 まあ、向こうから話しかけてきたのだから、当たり前と言えば当たり前かもしれないが。

 それから夕食をとり、風呂、自由時間を経て二二時。

 本来なら割り振られた部屋で就寝と相成る所なのであるが、

「私、知り合いのとこ行ってくるね」

 朱音にとっての今夜のメインイベントは、むしろこれからである。

「いってら~」

「先生には見つからないようにね」

「彼氏か? 彼氏の所なのかぁ!?」

 同室の女の子の一部から、変な声がかけられる。

 朱音はとりあえず語気を荒げて、違うわよ! と一言釘を刺してから、部屋を後にした。




 自室を出てから現在移動中の朱音であるが、知り合いの部屋に行くわけでも、もちろん居もしない彼氏の所にいくわけでもない。

 自慢ではないが、報酬はいいが物騒なお仕事一筋だった朱音は、彼氏いない歴イコール年齢な女の子なのであった。

 もっとも、最愛の弟以外の男の子など、朱音の眼中にはないのだが。

「ここ、か」

 朱音は先ほど教務課から届いたメールと添付された地図を頼りに、指定された一室へと向かっていた。

 これから行われるのは、総合学部のオリエンテーションである。

 今夜行うオリエンテーションは、大学から入ってきた新入生ばかりなので、そこまで人数多くないらしい(涼子情報)。

 地図にある部屋は、朱音達がグループごとにあてがわれた四人部屋・六人部屋ではなく、十人以上が入れるような大きな部屋である。

 朱音は深呼吸を一つすると、両開きになっている扉をとんとんと軽くノックした。

「どうぞ~、開いてますよ~」

 やたらまったりとした女性の声に入室を許可された朱音は、

「失礼しま~す」

 と言いながら、恐る恐る扉を引いた。

「あら、新入生さんですかぁ。もうちょっと待っててくださいねぇ。もう少しで準備ができますからぁ」

「は、はぁ」

 朱音は靴を脱いで、せわしなく準備を続けている室内へと入っていった。

 恐らく、学園の学生なのだろう。

 上は大学生と思われる人から下は中学生にも見えるような子供までが、まったりボイスの人を含めて五人の生徒が、机を並べたりプリントを整理したりしていた。

「えぇっとぉ、お名前を教えていただけますかぁ?」

 と、まったりボイスの先輩は、名簿とボールペンを持って名前を聞いてきた。

 なぜ先輩なのかと問われれば、明らかに朱音より年上っぽかったからである。良い意味で。

 背は涼子より高く、恐らく一七〇近く。

 包容力のあるオーラ。

 そして、

「草壁朱音、です」

 大きく胸元を押し上げる二つの球体。

 その先輩と思われる女学生、風呂上がりなためか浴衣を着ているのだが、完全に谷間が見えている。

 それはもう、和服に喧嘩を売っているもとい、朱音に見せつけんばかりに。

 身体のサイズは小さいがバストは全国平均のど真ん中を行く朱音のそれとは、もはや比べてはならないような大きさだ。

 そこらのグラビアアイドルなど、歯牙にもかけない圧倒的な戦力差である。

 朱音はその凶悪な代物を見つめながら、自分の名前を答えた。

 メロンみたいな胸の先輩(先輩かは不明)は、それを聞いて名簿にちょんと印を付ける。

「大丈夫! ちっちゃい方にだって需要はあるんだからぁ!」

「ひぐッ!?」

 朱音を抱きかかえるように両腕の外からにょきっと現れた手は、ワキワキと指をうごめかせながらその胸を強襲した。

 一応ブラはつけているが、薄いティーシャツごしに揉まれる乳房は、見た目にもはっきりとわかるほどぐにぐにと形を変えた。

 だが、されるがままの朱音ではない。

「何してんのよ!」

 頭を前方に振りかぶると、勢い良く後方へとぶちかました。

「うぼぁっ!?」

 聞き覚えのある悲鳴が、朱音の耳を打つ。

 胸を揉みしだいた手ははずれ、たんっと、何か重たいものが畳を弾ませた。

 よく考えれば……いや、よく考えなくとも、そもそも朱音にこんな事をしでかす人間は一人しかいない。

「涼子さん……!」

 自分の胸を抱きかかえるようにして、朱音は後方を振り返った。

 朱音のドスの利いた声にも全く臆することなく、てへへと笑いながら涼子は立ち上がる。

 そしてシャキーンと、戦隊物っぽいよくわからないポーズを取り、

「いつもニヤニヤ、あなたの背後に付きまとう猫屋敷、涼子ちゃん参上!」

 以上終わり。

 カラフルな爆煙が上がることもなければ、かっこいい効果音もBGMも、もちろん流れない。

「……それただのストーカーでしょ」

 サイドテールにいつもの黒のジャージ上下を身に付けたまま、意味不明なポーズを取る女の子の図。

 強引にそれを見せられた朱音は、絶対零度の白い目をむけながらトーンの低い声でそう言った。

 しかも、とどめとばかりに鼻血がたらりと垂れる。

 どっからどう見ても、完璧な変質者の完成だ。

「ストーカーじゃありませんよぉ! あたしこれでも、立派な乙女ですよ!」

 ついでに言えば、ジャージのファスナーは完全に開け放たれており、『萌えよ混沌!』と達筆な字のロゴが入っている白地のティーシャツを着ている。

 いったいどこに行けば、そんな珍妙な代物を売っているのやら。

「あらあらぁ。それはダメよぉ、にゃんちゃん」

 と、おっとりボイスの先輩が割り込んできて、

「さぁ、全国の乙女のみなさんに謝りましょうねぇ?」

 …………朱音、絶句。

「あ、あーちゃん先輩……」

「謝りましょうねぇ?」

「あの、それはどういう……」

「謝りましょうねぇ?」

「すいませんでした」

 つまり、このおっとりボイスの先輩――あーちゃん先輩というらしい――の中では、涼子は乙女には分類されていないらしい。

 こう見えて、実はかなりドSなのではなかろうか。

 朱音にストーカー扱いされてもピンピンしていた涼子が、割と本気で落ち込んでいる。

「あぁ、そういえばまだ自己紹介してなかったわね」

 あーちゃん先輩は足下で落ち込んでいる涼子には目もくれず、朱音の方に向き直り、

西行(さいぎょう)文佳(ふみか)です。みんなからはあーちゃんって呼ばれています。よろしくね。草壁朱音さん」

 あーちゃん先輩改め文佳は、丁寧にお辞儀する。

「こちらこそ、よろしくお願いします!」

 それに釣られて、朱音も深々とお辞儀をした。




 それからしばらくして、新入生対象の総合学部オリエンテーションが始まった。

 あれから続々と生徒がやって来て、総勢十八人。なんと半数が外国人である。

 見たところ、白人系が多いようだ。

 各個人の席にはプリントの束と、文佳の入れた緑茶がほっこりと湯気を上げていた。

 先生の補助にやって来た生徒や学生は、涼子と文佳を含めて六人。ちょうど、男女三人ずつという割合だ。

 そしてその説明役の先生と言うのは、朱音も知っている石動である。

 朱音と目があった石動は、その包容力満載の笑顔でにっこりと笑ってくれた。

「文佳、晴之のやつはどうした?」

「えぇっとぉ、陽毬ちゃんがまたやっちゃったみたいです」

「またか……。ったく、あのじゃじゃ馬婆さんが。年食ってる割に意地張りやがって」

「あとぉ、九重(ここのえ)のお家の人に呼び出されてぇ、そっちがかぶっちゃったって、言ってましたよぉ」

 あいつも大変だなぁ、と石動は憐れみのこもった目で宙を見つめる。

 他に先生の手伝いをしていた六人の生徒も、それを見て苦い顔。

 なんかもう、学部内の常識みたいになっているようだ。

 それから石動は視線をずらし、ある女生徒の所でそれを固定した。

「で、涼子の方はどうした? お前が来る事、教務課から何にも聞いてないんだが」

「この際なんで、ついでにゴマすっとこうかと」

 と、涼子は差し出した左手の上を右拳でこすって、ゴマをするポーズ。

「晴くんから、来られないって連絡来たのもつい先ほどなので、まあいいかなぁって。ダメでしたでしょうか?」

 涼子の横から現れた文佳は、互い違いに指を組んで悲しそうな顔をする。

 そのなんと幸薄そうで儚げな事か、その儚さといえば、怒る事がはばかられるほどだ。

 しかも今にも泣き出しそうなくらい、両目がうるうると現在進行形で潤っていく。

 こんな顔を見せられれば、よっぽどの冷徹漢か加虐趣味の人間でない限り、責める事はできないだろう。

 石動は、わかったからそんな顔するな、と言って深いため息をついた。

 それから一秒後、

「そんじゃ、始めるぞ」

 先ほどまでの困った顔もどこへやら、石動はプリントの一枚目をめくりながら説明を開始した。




 プリントの枚数に比べて、石動の説明は非常に簡素なものであった。

 中には、あとで読んでおけと説明そのものもないものまである。

「まあなんだ。基本的に協会や連盟の定めてる規約と一緒だから、今更言わなくてもいいだろ」

 石動は教務課の用意したプリントの中から数枚を抜き出すと、同じものを出すように生徒に言った。

 午後からの後輩指導、夜間巡回、実習場使用要項、資料棟の利用方法。

「じゃあまず、午後から入る後輩指導について。担当教師は、週一回の割合で来るから、聞きたいことがあったらメモっとけよ。同じく、週に四回は実習場を使っての実戦もできる。後輩共が暴走しないよう、ちゃんと手綱をにぎっとけよ」

 ここまで聞いて朱音の思った事は、星怜学園は徹底的な放任主義である点だ。

 強い向上心と自制心がなければ、いくらでも落ちこぼれてしまうシステム。

 これは本来、一族内で徹底的な教育を施している日本では、まず考えられないシステムである。

 優秀な術者の数が減るということは、そのまま一族の存亡に繋がってしまうからだ。

 そのため、高い潜在能力を有している宗家やそれに次ぐ力のある分家の人間ほど、より苛烈な指導が行われている。

 現に朱音も、十六歳になるまでは練習漬けの毎日だった。

 だが、ここではそれがない。

 普段はがんじがらめになるほど自分達を縛り付ける人々から干渉されないという事は、より確固たる意志を持って学園生活を送らねばならないという意味でもあるのだ。

 それは魔術師としては貴重な実戦経験を豊富に積める代償としても、なかなか軽視できないものである。

「で、次の夜間巡回だが、基本的にお前らが組むのは巡回に慣れた中等部生以上になる。高等部以下の新入生は、手慣れた高等部生や大学生が相手にするから、その点は心配しなくていい。わからない事があったら、後輩にでも恥ずかしがらず聞けよ。ここでの生活は、連中の方が先輩なんだからなぁ」

 春休み中に朱音も二度ほど駆り出された夜間巡回であるが、一人で回るのは長期休暇の時だけで、基本的には二人一組で行動するらしい。

 だが中学生ならまだしも、小学生にそんな夜更かしさせてもいいものなのだろうか。

 その点だけは、甚だ疑問である。

「ほんじゃ次、実習場は平日は申請すれば正午まで、土日祝日は一日中使えるから、時間の空いてるやつは積極的に使うように。まあ、そんな時間なかなかないだろうがな。責任者はパトリシア先生だ。連続使用は二時間を厳守、予約は二日前までに必ずしておけよ。破ったら一週間くらい連続で夜間巡回やってもらうからなぁ」

 と、さらりと恐ろしい事を言ってのける石動。

 夜間巡回は早くても二二時過ぎまでかかるため、寮に帰った頃には完全に次の日に突入している。

 それが一週間と考えただけで、ずーんと気が重くなる。

 もっとも、次の日の事を考慮してか、春休みのニニ時より二時間早い二〇時から始めるようであるが。

 それから資料棟の利用方法について簡単な説明をした所で、オリエンテーションは終了した。

 時間にして、十分少々。

 プリントの量からすれば省略のしすぎもいい所であるが、飛ばしたプリントに書かれてある内容は確かに常識的なものがほとんどであった。

 妙な緊張感から解放された生徒達は、お茶を飲んだり隣の人と話したりを始める。

 ちなみに、朱音は前者である。

 文佳の入れてくれたお茶を、ずずず~っと飲んだ。

 今まで飲んだ事はないが、気持ちが落ち着いてリラックスできる。

 いったいどこの茶葉を使っているのだろうか。

 これなら、買って飲むのもいいかもしれない。

「はいは~い、みなさんちゅ~も~く!」

 新入生達のくつろぎ始めた空間に、文佳のまったりボイスが響き渡った。

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