其ノ零:二度とは逢えぬ友
星怜学園大学天原校。通称、星怜大。
それは初等部から大学院までが存在する、小さな山を丸々使って作られた巨大な学校である。
偏差値の高い私立進学校として広く一般に知られている星怜大天原校であるが、通常では想像もつかないような一面も備えている。
それ即ち、退魔業を生業とする魔術師達の育成。
そう、星怜学園大学とは、次世代の魔術師達を育てる事を目的とした、日本最高峰の魔術師育成機関なのである。
そんな星怜大天原校には、その広大な敷地のために人の寄り付かない場所がいくつかある。
無論、一般人が入ってこないように張られた、誘導型結界の内部にある場所だ。
誘導型結界は、人や動物の無意識に働きかけ、結界内部への侵入を防ぐ機能を有している。
結界内部の風景や様子を知覚される事なく、しかも効果を発揮する対象を限定しないため、人払い等の用途に使用される結界だ。
あくまで無意識に働きかけるものであって、術への耐性が高い術者や、内部を知覚している人間には効果を発揮できないため、主に何も知らない一般人を術者の区域に侵入させないよう、天原校でも使用されているのである。
その区間の中に一つ、山の方へと抜ける校門が存在する。
校門と言っても軽自動車が一台通り抜ける事ができる程度で、お世辞にも立派とは言えないような代物だ。
塗装が完全に剥がれ落ち、赤錆だらけのその校門は、高さが一メートルと四〇センチほどある。
校門には大学ノートサイズの木板が針金でくくりつけられており、今にも消え入りそうな字で『関係者以外立ち入り禁止』と書かれている。
もっとも、進んで入ろうとする者はいないであろうが。
「此処だけは、いつ来ても変わらぬなぁ」
だが、今日は違った。
赤錆だらけの校門をふわりと飛び越え、一つの人影が向こう側に降り立つ。
赤と金を基調とした振袖と紺の袴を纏った、妙齢の女性である。
意匠を凝らした簪と、背の高い黒塗りの下駄もあいまって、まるでそこだけ時代を巻き戻したかのような趣が感じられる。
女性は軽やかな足取りで、木々で覆われた険しい坂道を疲れも見せずどんどんと登って行った。
「今日こそは、あのバカ娘は来るのやら」
そんな坂道をしばらく登っていると、丁寧に整備された平地が現れた。
まるで神社の境内を思わせるほど清浄で澄み切った空気でありながら、しかし何者も拒まないほど柔らかな安らぎも感じる。
そんな相反する二つの要素を兼ね備えたこの場所は、まさに奇蹟の場所と言って過言でない。
女性は奇蹟の場所へと、静かに足を踏み入れる。
まるでそこだけが世界から切り離されたかのように、静寂に包まれていた。
音は無く、荒ぶる力の流れも無い。
居るだけで落ち着いた心地にさせてくれる、本当に不思議な場所だ。
女性はさらに奥まで進むと、一つの石碑の前で立ち止まった。
それまでの険しい表情が一変し、優しげな視線を石碑に向ける。
そして、両手を合わせ、浅く頭を垂れた。
「今年もまた来てしまった。静琉」
女性の話かけている石碑には、漢字の文字列と日付が刻み込まれている。
天然の、見事な御影石だ。
女性はどこからか線香を取り出すと、先端にそっと人差し指を添える。
すると、指先からいきなり火が噴き出したのだ。
静かに煙を上げる線香を見つめながら、女性は石碑の前にそれを供えた。
そう、ここは学園を卒業する事なく、命を散らした者達が眠る墓地なのである。
様々な理由により親元に引き取られなかった子供達が、その下には安置されている。
中には、十字架や横長の墓石といったものも。
ここは学園創立より、早すぎる死を遂げ、しかし誰にも引き取られる事のなかった子供達が集う、まさに最後の避難所だ。
「生きていれば、お前も二七か。さぞ、良い女になっていただろうな」
女性は一本の日本酒を取り出すと、自分の持ってきたお椀に一杯注ぎ、残りを墓石へと振りかけた。
それから、ぐいっと一気に酒をあおる。
女性はしばしの間儚げな視線で墓石を見つめてから、
「あまり長居していては、学園の教師共に感付かれるからのう。だが、次は妾がそちらに行こう」
女性はそれだけ言うと、来た道を引き返した。
そして女性が去った後に、空中から一人の少女が舞い降りる。
星怜学園大学附属高校の制服を着た、目つきの鋭い女の子である。
「桜華、来てたんだ……」
少女は折り紙の花を墓前に添えると、その場に膝を折り、両手を合わせた。




