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朱音ノ悪鬼調伏譚  作者: 蒼崎 れい
第壱ノ巻~荒ぶるおぞき御魂~
14/55

其ノ拾壱:不滅の鬼神

 額と左胸に大穴を開けて横たわる鬼の周囲を歩きながら、涼子はその近くに落ちている小太刀を拾った。

 なぜ鬼に殴り倒された涼子がこうして平然と立っているのか。

 答えは簡単だ。

 大鷲(オオワシ)を呼び出した涼子は、そいつに捕まって上空へと飛んでいたのだ。

 高速で飛ばすだけの技量はないが、ゆっくりと飛ばす程度ならできるのである。

 鬼へと突っ込んだのは、身代わりである自分を模した式神と、それを乗せたもう一体の大鷲(オオワシ)

 そして鬼が囮である身代わりの式神に気を取られている間に、上から奇襲を敢行し背中から小太刀を心臓に突き刺したのだ。

 涼子はさらに回り込んで額にも小太刀を突き刺し、最後に刃に巻き付けた護符を起爆させたのである。

「このあたしが、意味もなく戦闘中に叫ぶわけないでしょ。(おとり)の方に注意がいくよう仕向けただけですぜ。まんまと引っかかってくれちゃって。霊格は高くても、おつむの方はそうでもなかったみたいですなぁ」

 涼子は上空に待機していた式神を護符へと呼び戻しながら、鬼の方を見やった。

 こうしてじっくり見てみると、改めて大きさを実感できる。

 背丈は二メートルを大きく超える長身でありながら、広い肩幅と肉厚な身体つき。しかも、その大部分は筋肉から成っている。

 もっとも、今は全身の皮膚が焼け焦げその下にある剥き出しの筋肉が露わとなっており、またその筋肉の一部も式神の爆撃と鋼の刃によって消し飛んでいるが。

 とりあえず出血がない所から見て、強烈な思念や怨念が現実との繋がりを持った結果であろう。

 しかしまあ、鋼の肉体という形容がここまでぴったりな存在がいようとは。

 普通の刃物では、恐らく傷一つ付くまい。

 しかもあれだけの集中放火を受けてまだ原型を保っているとは、鬼というのもなかなか無茶苦茶な存在だ。こんな状態になっても、まだ再生しようとするとは。

 だが、それも問題ないだろう。

 今までの戦闘で、再生にはそれなりの時間がかかる事がわかっている。

 しばらくは、まともに動く事すらできまい。

「さてっと。そんじゃま、術者の方でも探しますか」

 涼子は額の汗を残っている右腕の袖でぬぐいながら、公園を後にする。

 戦っている最中に鬼が結界を張っている事も考えたが、あの状態でも続いているという事を考慮すると、やはり別の者がその役目を(にな)っている可能性の方が高い。

 そもそも、この結界は人間の扱う術式であるのだから。

 そんな事を思っていると、ふっと、あの肌にまとわりついていた重苦しい感じが消失したのだ。

 もしかしたら、結界を張っているであろう術者が逃げ始めたのかもしれない。

 だが、涼子の思うほど状況は楽な方向には進んでくれなかった。

 重苦しい感じの消失と呼応するかのように、弱々しく鼓動していた鬼の気配が急速に膨れ上がったのである。

「んな……!?」

 感じる力の大きさは同じはずなのに、そこに含まれている感情が恐怖を増長させているとでもいうのだろうか。

 破壊する事への欲求と快感、戦いで殺し殺される事への悦楽、人間をなぶり壊し殺し殲滅し根絶やしにしても満たされないであろう憎悪。

 嫌な汗が全身から噴き出し、あまりの圧力に今度こそ涼子は膝を屈しそうになる。

 そんな状況下においてなお、涼子の身体は無意識の内に鬼の攻撃に対して防御体勢を取っていた。

 腰にぶら下がる小太刀を高速で抜き放ち、後方へと振り返りながら横薙ぎに振るわれる一撃を正面から防ぐ。

 だが、

「っかはっ!?」

 その威力は、涼子の受け止められる限界を大きく超えていた。

 よくよく考えれば、正面から攻撃を受けたのはこれが初めてだ。

 車にはねられたら、こんな感じなのだろうか。

 そう思えるほどの重く鋭い衝撃に、涼子は後方へと大きく吹き飛ばされた。

 ノーバウンドで十メートルほど飛ばされた涼子は、さらに五、六回ほど地面をバウンドした所でようやく止まった。

 あまりの衝撃にふらふらする頭を懸命に持ち上げて、涼子は自分の飛んできた方向を見すえる。

「そういや、使ってなかったっけ……、それ」

 そこには涼子から受けたダメージが、完全に回復している鬼の姿があった。

 ただし、一点だけ変化している点がある。

 今まで腰にぶら下げていた、出刃包丁のような日本刀をしっかりと握っているのである。

 刃渡りは鬼の身長に合わせるように、一メートルと十数センチ。

 刃には幅広な上に厚みがあり、とても重厚な雰囲気をただよわせている。

 鬼は手の内で大刀を弄び、峰の方を涼子の方に向けて振りかぶった。

「殺すつもりは、ないってか」

「ソウダナ。コロシテシマッテハ、イミヲナサヌノデナ」

 ふらつきながらも、涼子は四肢に力を込めて立ち上がる。

 その様を、鬼の金眼がまっすぐに射抜く。

「ヒサビサニ、オモシロカッタゾ。オナゴノモノノフヨ」

 ――しまっ!?

 気の張りようが足りなかったのか、それとも完全に気圧されていた自分がいたのだろうか。

 厳重に注意していたのだが、気付けば涼子は金縛りにあってしまっていた。

 動かしたくとも、射竦(いすく)められてしまった身体は思うように動かない。

 それでもなお、涼子は交差するように小太刀を頭上に掲げ防御体勢を取り、反射的にぐっと目を閉じる。

 そしてそんな涼子の努力を嘲笑うかのように、鬼は巨大な日本刀を振り下ろした。




「こんなとこで(あきら)めるなんて、涼子さんらしくないわね!」

「……はい?」

 自分の危機的な状況も忘れて、涼子はぐっと閉じた目を見開いた。

 その目に映ったものに、涼子は自分の目を疑う。

 だが、それは夢でも幻でもなく、まぎれもない事実だった。

「なんでいるんですか、朱音さん(●●●●)

 顔面に跳び蹴りを喰らって吹き飛ぶ鬼には目もくれず、涼子は自分の前に降り立った朱音に目が釘付けになった。

「それよりも今は、あのデカブツをなんとかする方が先でしょ」

 そう言うと、朱音は道路標識のポールを、腰からぶら下げた太刀で袈裟斬りに切断する。

 その切断したポールにペロリと舐めた護符を一枚貼り付け、

「臨・兵・闘・者・皆・陣・列・前・行!」

 左手をチョキの人差し指と中指を閉じた形にし、横に五回縦に四回、格子を刻むように指を振るった。

 その格子のど真ん中をぶち抜くように、朱音はポールの断面の部分を鬼に向けてぶん投げた。

 格子を突き抜けたポールは、淡い光芒を放ちながら鬼と地面を縫い止める。

「うっわ、あたしにゃあできないような力業をあっさりと……」

「うるさいわね、いいでしょ別に。そういう流派なんだから」

 朱音が用いたのは、古来より力を持った術者が退魔行において用いてきた、早九字(はやくじ)と呼ばれる簡易的な術式である。

 つまり、ポールに即席の封印式を刻み込んだのだ。

 これでしばらくは、時間が稼げるだろう。

 その間に情報を整理しようと、朱音は涼子に問いかけた。

「で、あれ何?」

「見りゃわかるでしょ。鬼ですよ」

 涼子はひとまず小太刀を鞘におさめると、公園を囲むように設置された花壇に背中を預けるようにして座った。

 鬼が遠く離れた事で、金縛りから解放されたらしい。

 それから今までの戦闘で積もりに積もった疲れを吐き出すかのように、ふかぁいため息をついてから涼子は朱音を見上げる。

「速度はそれほど早かぁないんですが、ヤッコさん再生能力がありやすぜ。しかも、あたし程度の力じゃ、刃物で斬りかかっても傷付くかどうかってくらいお肌はガチガチ。お陰で符術の方も効かないのなんのって」

「涼子さん、相性最悪ね。確か猫屋敷の術式って、威力の高いのあんまりないでしょ?」

「えぇ。だから式神と符術で集中砲火かもしたんですよ。で、防御の薄くなった所に心臓と頭を突いて爆破していったんはぶっとばしたんですが、まあごらんの通り」

 と、涼子は肩をすくませて見せた。

 ジャージはあちこちが焼け焦げていたり、あるいはほつれていたりとゴミ箱行きは免れまい。

 左の袖なんかは肩口からばっさりと切られ、包帯代わりになっているのだから。

「それはそうと、どうやってこの中に?」

 涼子は一番最初に浮かんだ疑問を朱音に聞いた。

 そもそも、外部に気付かれない仕様になっているのにどうして。

「あぁ、麗さんだっけ? あの人が倒れてた所の道路、人の足の形にへこんで亀裂が入ってたから。で、叩き起こして話を聞いたら、涼子さんがいきなり消えたって言うから取り込まれたんだろうって思って」

「叩き起こすって……。あんな怪我人にするって朱音さんもけっこう鬼ですね」

「鬼はあっちでしょ」

 朱音は微苦笑しながら、ポールを抜こうと必死になっている鬼を指さした。

 まあ、その通りではあるのだが。

「で、その麗さんに結界の一部をこじ開けてもらって、そこから入ってきたの」

「あんたホント鬼だ! ここに人の形をした鬼がいる!」

「だから鬼はあっちでしょ! って、そんな事はどうでもいいのよ」

「にしても、さすが勉強肌の秀才。この手の結界をこじ開けるとは……」

「確かに、私達戦闘向けの術者には難しいでしょうね。私も冗談で言ったつもりなんだけど、ホントにやっちゃってびっくりしたわ」

 術者同士の戦闘にも向き不向きがあるように、使用する術式にも相性というものがある。

 結界魔術とは、そんな典型的な術式の一つである。

 対物理・対魔術障壁といったいわゆる“盾”の役割を果たす結界は、比較的簡単に起動させる事ができ、なおかつ注ぎ込む霊力によって強度を調整することも容易(たやす)い。

 それに対して、位相空間結界を始めとする隔離系の結界は、針に糸を通すほどの繊細かつ精密な術式の構成と霊力の制御が必要になってくる。

 つまり、朱音や涼子のような戦闘向きの術者は難しい結界への干渉も、戦闘には不向きだがこういった細かい制御の得意であった麗には可能だった、というわけだ。

「で、あれぶっ飛ばすにはどうすればいいわけ?」

「あぁ、はい。まあ、見たまんまのパワータイプですが、スピードもそれなりにありますよ。でも、あたしでもなんとか対応できたんで、朱音さんなら大丈夫じゃないですかね? そのバカ力があれば、接近戦に持ち込んでも平気でしょうし。ただ、再生能力がありますんで、今んとこは再生される前にボコボコにするってのが、最有力候補です」

「バカ力って……、私だって好きでバカ力なんじゃないわよ。でもま、ありがと。そんじゃ、とりあえず休んどいてね」

 朱音は、一度しまった太刀を再び抜き放ち、半身を前に出して構える。

「私はあのデカブツと、一戦交えてくるから」

 ドッと歩道のタイルを踏み砕きながら、朱音は弾丸の如き速度で跳び出した。




 封印の術式を施されたポールを強引に抜いた鬼の目に映ったのは、恐ろしい速度で自分に向かってくる、自分にポールを突き刺した人間――朱音――の姿だった。

 先ほどまで距離を取りながら闘っていた者より、ずっとずっと速い。

 だが鬼はそんな朱音の動きを正確に見切り、丸太のような太い腕で大刀を振り下ろす。

 ガギィッ!! と、まるで鉄筋同士がぶつかり合ったかのような、重く耳障りな音が発せられた。

「キサマ、ナニモノダ?」

 鬼が驚愕したのも無理はない。

 自分の振り下ろした大刀を、涼子より小さな身体の朱音が事もなげに受け止めたのだから。

 だが、朱音は受け止めただけでは終わらなかった。

「なんでもないわよ。ただの、ちょっと物騒な女の子、だぁああああ!」

 なんと、鬼の大刀を力で押し返したのだ。

 鬼が上から押し潰すような形で、全体重をかけていたにも関わらず。

「でやぁああああ!」

 朱音は鬼の大刀を跳ね上げると、一瞬にして懐に入り込み、相手の左脇の下を通り過ぎながら横っ腹を斬り裂いた。

 斬り口からは真っ赤な鮮血の代わりに、黒い煙がもうもうと立ち上る。

 その煙が完全に無くなった頃には、数秒前に朱音の付けた傷は完全に消え失せていた。

「ちょ、ホントに再生してるじゃん」

 ――しかも、涼子さんの言ってた通り、むちゃくちゃ固いし。さっきよくポール刺さったわね……。

 片手持ちだった太刀を両手で持ち直し、朱音は鬼に向き直る。

 よく見れば、先ほどポールを突き刺したはずの傷も、綺麗さっぱり消えていた。

「まずは、(あいつ)をぶった斬れるようにしなくちゃね。出て来な、白鎌(はくれん)!」

 朱音はキュロットパンツにぶら下がる五つの御守りの中から、白に金糸の物を握るとその口を開いた。

 するとその御守りの中から、白銀の毛並みをなびかせる半透明な獣が姿を現す。

 実体はない。強靭な精神力を核とした霊体である。

『んだよ、こんなけったくそ悪い所に呼びやがって。しかもあれ、鬼じゃねえか』

「そうよ。久々の大仕事なんだから、頑張りなさい」

『ったく、宿主だからって俺らをこき使いやがって。お前なんかさっさと死んじまえばいいんだ』

「はいはい、あんたは相変わらず口が悪いわね。いいから、さっさとコイツに取り憑きなさい」

「わーったよ」

 そう言うと、半透明の獣は朱音の握る太刀に吸い込まれるように消えていく。

 見た目にはわかり辛いが、朱音の持つ太刀の気配が決定的に変わったのを鬼も感じ取った。

「やっぱり気になる?」

 鬼の微妙な表情を読み取った朱音は、挑発するように言葉を投げかけた。

 ここで強気な姿を見せていれば、相手が無駄に警戒してくれるかもしれない。

 それに気を張っていないと、あの金眼の前では身体が(すく)んでしまうのも事実である。

 戦いでは、弱気になった方が負けなのだ。

「ヨウトウノタグイニ、キツネツキカ」

「うん、半分くらい正確。けど、半分くらい違うかな」

 鬼に視線を固定したまま、朱音は小声で手の内にある太刀へと語りかける。

「白鎌、小狐丸(こぎつねまる)の事、頼むわよ」

『刀が折れてはしまっては、この身も滅ぶしかなかろうが。このクソ女め』

 小狐丸。それは天下五剣に数えられる名刀、三日月宗近(みかづきむねちか)の刀工である三条(さんじょう)宗近(むねちか)が、稲荷明神(いなりみょうじん)と共に鍛えた名刀である。

「こんないい女を捕まえて、クソ女ってあんた見る目ないわね」

『働かせてばかりのケチな宿主が、なに言ってんだか』

 そしてその小狐丸に取り憑いているのは、金行に属する白鎌という名の管狐(くだぎつね)だ。

 通常は主に占術(せんじゅつ)に用いられる物なのだが、朱音はこれを五行思想に当てはめ戦闘に用いているのである。

「そんじゃ、気張ってこうか」

『勝手にしろ』

 また、稲荷明神の力が宿る小狐丸は、狐の霊である管狐との相性が良いらしい。

 朱音はこの性質を利用して、金行に属する白鎌で小狐丸の刃物としての特性を向上させているのだ。

 具体的に言えば――――、強度や斬れ味等を。

「はぁっ!」

 小さく息を吐き出しながら、朱音は鬼に向かって跳び出した。

 まさしく己の身体一つで、真正面からぶつかっていったのである。

「グヌゥ!?」

 それは、朱音だからこそ可能な荒技だ。

 重く、(はや)く、鋭い一撃。

 涼子の言葉を借りるならば、まさに重機にも劣らぬパワーで鬼の大刀を狙ってかち上げる。

「はぁああああッ!」

 そして今度は、相手の左肩から腰の右側にかけて大きく斜めに斬り裂いた。

 再び鮮血の代わりに黒い煙が傷口から噴き出すのだが、その量は明らかに先ほどより多い。

 相変わらず手応えは鈍いが、これなら押し切れる。

「せいッ!」

 朱音はさらにそこから右肩を狙って、小狐丸を跳ね上げた。

「ソウヤスヤスト、ヤラセハセヌゾ」

 が、朱音の力を把握した鬼は、素早く後方に退避してその一撃をかわした。

 先ほども思ったが、この小さな身体のどこにそんな力があると言うのだろうか。

 涼子よりもずっと高い攻撃力を有する朱音に、鬼は警戒を強めた。

 ――とりあえず、ちゃんと斬れるようには、なったかな……。

 鬼に第二撃を加えた所で、朱音は再生の仕組みについて思考を巡らせる。

 涼子の言うように、再生速度を超える火力で押しきれればそれでいいのだが。

 しかしそれが不可能だった場合は、あの再生の仕組みをどうにかして攻略しなければならない。

 まずは、そこをどうするかだ。

 ――ま、まずは力技で押し切ってみるか。

 朱音はキュロットパンツのポケットから護符を一枚抜くと、前方に放ちながら大地を蹴った。

「疾風――急々如律令!」

 護符は鋭利な風の刃となって、鬼に向かって飛翔する。

 無論、この程度では鬼の強靱な表皮を傷付ける事はできない。

 しかし、

「いったっだっきぃ!」

 鬼の動きをほんの少し阻害するには、十分だった。

 風の刃をもろともせず横薙ぎに振るわれた大刀を紙一重でかわし、下方から突き上げるようにして左目を狙った。

 だが鬼も朱音に劣らぬ速度でそれに反応し、首を後ろに仰け反らせる事で回避する。

 目は無事だったが、頬が軽く裂けた。

「フンッ!!」

 だが鬼は、朱音が飛び込んできた所を狙って大刀を振り下ろす。

 朱音は小狐丸を頭上に掲げ、刃と刃を滑らせるようにして自らの側面に落とした。

 途端に爆発にも似た衝撃が、大刀の落下点から発せられる。

「っくぅ、翔けろ、天燕(アマツバメ)!」

 朱音はその衝撃に乗って距離を取りながら、三体の式神――天燕(アマツバメ)を放った。

 亜音速で飛翔する天燕(アマツバメ)は、鬼の身体に半ばまで本体を埋めた所で、

「爆!」

 爆発した。

 もっとも、それは貫通させる事が不可能だったがための、緊急の対処であるのだが。

「はぁっ!」

 朱音は着地した瞬間、間を置かずして鬼に再び襲いかかる。

「コノッ!」

 頬から薄く黒い煙を上げながら、鬼も朱音の動きに合わせて袈裟斬りに大刀を振り下ろした。

 ギィンッ! 小狐丸と大刀が四度目の衝突を迎える。

 絶妙なバランスで正面からぶつかり合った二人は、その場に踏みとどまって相手を押し返す。

 安易に力を受け流そうものならば、そこに隙が生まれかねない。

 涼子の水でぬかるみきった地面をしっかりと踏みしめ、一心不乱に力を加える。

 刃と刃のぶつかり合う部分は、あまりの圧力にこすれる度に軽く火花を散らす。

「ヤルデハナイカ、オナゴノムシャ」

「ちょっとぉ、私は武者(むしゃ)じゃないわよ……」

 朱音は脳を締め付けるような痛みに耐え、瞬間的に筋力を跳ね上げると鬼を一気に後方へと押しやる。

 ここにきてさらにパワーを上げた朱音に、鬼は大きく目を見開いた。

「私はあんたらの天敵……」

 鬼が急ぎ体勢を立て直す刹那、朱音は鬼の金眼にも劣らぬ鋭い視線で大刀を握る手首を見つめる。

「草壁流陰陽術高屋派の……」

 荒々しいパワーとは正反対に、正確無比に振るわれる小狐丸。

法師陰陽師(ほっしおんみょうじ)、草壁朱音だぁああああ!」

 それは緩やかな軌道を描きながら、鬼の手首へと滑らかに沈んでいく。

「クソッ!!」

 ガチャンと、鬼の右手に握られた大刀が落ちた。

 半ばほど断ち斬られた手首からは、猛烈な勢いで黒い煙が噴射する。

 人間の場合同様、肉体の欠損はかなりのダメージと見ていいだろう。

 鬼は左手で大刀を拾うと、(くだん)の禍々しい金眼で朱音の事を見すえた。

「ヒトノコニシテハ、ナカナカノウデマエダノゥ」

「そりゃそうでしょ。私らは、あんたらみたいのと戦うために、ここにいるんだからね!」

 朱音は左腕の死角になるよう、鬼の右腕側に回り込みながら鬼に肉薄した。

 鬼もそれに合わせて旋回するが、涼子よりも速い朱音の速度には追い付けない。

「だぁああああああ!」

 朱音は鬼の背後を駆け抜けながら、背中を真一文字にばっさりと斬り裂いた。

 さらに、

「火炎――急々如律令!」

 十枚の護符を取り出し、超至近距離から高温の炎塊を見舞う。

 同じ十枚でも、涼子の炎塊とはまるで規模が違った。

 鬼の周囲の水を地面ごとまとめて蒸発させる朱音の炎は、まるで小さな火山の噴火よう。

 そんな小さな天災級の噴火を間近で受けた鬼は、全身を焦がしながら公園の周囲に広がる森の中へと吹き飛ばされた。

 だが、朱音の猛攻はまだ終わりではない。

「オン・イダテイタ・モコテイタ・ソワカ!」

 小さく朱音がつぶやいたのは、韋駄天(いだてん)の真言。

 足の速い事で有名な神格である。

 その権能の一部を借り受けた朱音は、これまでの速度をさらにもう一歩超えた速度で跳び出した。

 その視界にはすでに、吹き飛ばされている最中の鬼が映っている。

「オン・シュリ・マリ・ママリ・マリシュシュリ・ソワカ」

 朱音はさらに真言を唱える。

 それによって、烏枢沙摩明王(うすさまみょうおう)、インド神話ではアグニと呼ばれた火神の力を呼び出す。

 神聖なる炎をまとった小狐丸――その切っ先は、鬼の左胸へ、心臓へと向けられる。

「草壁流秘技。飛炎(ひえん)、三の太刀――茜穿(あかうがち)!」

 まるで矢を引き絞るように小狐丸を胸元までたぐり寄せた朱音は、まるで掌底でも放つようにその太刀を鬼に向かって突き出した。

 小狐丸をまとっていた神聖の炎は、鬼に向かって矢の如く飛翔する。

 神聖の炎を極限まで収束した炎の矢は、狙いを違う事なく鬼の心臓を穿った。

 それから、




 ――――――ドォォォォオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!




 鬼の背にあった地面へと激突。

 鼓膜を破らんばかりの爆音を上げながら、大爆発を引き起こした。

 あまりの威力に森の木々は薙ぎ倒され、朱音自身の身体も爆風にあおられ、何度もバウンドしながら後方へと二〇メートル以上吹き飛ばされる。

「朱音さん、大丈夫ですか?」

 頭上から降ってくる脳天気な声に、うつぶせのまま濡れた地面に倒れている朱音は頭を上げた。

「涼子さんは、もう大丈夫なの?」

「ええまあ。朱音さんのおかげでけっこう休めましたし。それにしてもまあ、ド派手にやりましたねぇ、また」

 と、涼子は現実の世界ならばさぞ大事件になっているであろう、森林火災に目をやった。

 視線の先で赤く燃え上がる炎は、今が夜である事を忘れさせるくらい爛々(らんらん)と輝いている。

「涼子さんだって、人の事言えないでしょ。どうせあれ、涼子さんがやったんでしょ」

 と、今度は朱音は先ほど通ってきた住宅地の方に(かぶり)を振った。

 そちらの方も、朱音に負けず劣らずの火の手を上げている。

「まあ、朱音さんには負けますがね」

「それはそうと、どうかな? やれたと思う?」

「う~ん、どうでしょうね。とりあえず、物質化してる本体を丸々消滅させるってのをやってみたわけですから。まずは結果待ちですね」

「でも、あれでも無理ってなると、私でもかなりキツいわよ? 今のでも、けっこう一杯一杯なのに」

 と、朱音は寝返りを打って上体を持ち上げてから、疲れをアピールするように肩を(すく)めて見せた。

 実際、長時間に渡って大量の霊力を使い続けたので、精神的にもかなり参っている。

「それくらいは、見てりゃわかりますよ。あたしとやってた時の五割り増しくらい速かったですし、パワーもリアルにロードローラー並。しかも最後の、あれなんですか? 真言二つに必殺技みたいなのなんて使っちゃって。あれじゃ、霊力がいくらあっても足りませんぜ」

『まったくだ。しかも俺がまだ取り憑いてるってのに、火神の炎なんかまといやがって。俺を殺すつもりかっての。直前でなんとか抜け出したから良かったものの』

 と、涼子の分析能力の高さに改めて朱音が驚いている所に、半透明の銀狐が姿を現した。

 突然の出現に、涼子も『うぉ、なんじゃごりゃあ!?』などと目を丸くしている。

 いや、実際はそこまで驚いてはいないだろうが。

 呼び出す所も、どうせ見ていたのだろうし。

「紹介するね。私の飼ってる管狐の一匹で、白鎌」

『っておいこら! 無視してんじゃねえよ!』

「ほむほむ。初めまして白鎌殿。わしぁあ、涼子と申しますじゃ。以後お見知り置きを、レンちゃん」

『お前もかよ!? 宿主が宿主なら、その友達もろくなもんじゃねぇな……。って、レンちゃんってなんだよ! 俺は白鎌だぁあ!!』

 とまあ、涼子への白鎌の紹介もつつがなく終了した所で、朱音は涼子の手に捕まって立ち上がった。

 激しい運動と霊力の消費もあって、朱音の方も疲労の色は濃い。

 感覚的には、百メートル走を数分間やっていたようなものなのだから、無理もないだろう。

 だが、休んでいる暇などない。

 先ほど涼子は、ここで油断して一杯喰わされたのだ。

 涼子は小太刀を二本とも抜き、朱音も右手に小狐丸を左手に護符を五枚ほど持って、いつでも動けるように構えを取る。

 そしてほどなくして、二人をとりまく空間に変化が起こった。

 肌にまとわりついていた、重く息苦しい感じがガッと薄くなると同時に、森の中から鬼の放つ強烈な気配がドッと押し寄せてきたのだ。

「まだ、終わらしちゃあくれないみたいですよ」

「やっぱり、あの再生を破るしかないか」

「ですね。もうちょいでなんかつかめそうなんですけど」

「それじゃ、行きましょうか。もう一働きしてもらうわよ。白鎌」

「けっ、勝手にしやがれ」

 朱音と涼子は、炎の猛る森へ向かって駆け出した。

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