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朱音ノ悪鬼調伏譚  作者: 蒼崎 れい
第壱ノ巻~荒ぶるおぞき御魂~
13/55

其ノ拾:百火繚乱

 立ち上る茶色い煙のおかげで、向こうの居場所はすぐにわかった。

 その場所に向けて、今までとは違う式神を撃ち込む。

「一つを二つに。貫け――天燕(アマツバメ)!」

 放たれた四枚の護符は、八体の式神となって鬼へと向かう。

 その速度は、黒鴉(クロガラス)とは段違い。

 拳銃の弾丸にも劣らぬ速度で飛来した式神は、建物を破壊しながら突き進む鬼へと直撃した。

 涼子は屋根に着地すると勢いを殺さぬままに駆け、再び別の家に向かって大きく跳ぶ。

 すると先ほどまで涼子のいた屋根がボンッと、まるで大砲の砲撃でも受けたかのように吹き飛んだ。

 護符を引き抜きながら涼子がすっと背後を見やると、二階部分の無くなった民家に立つ鬼の姿が目に入った。

 ――ほんと、ここが位相空間結界の中でよかったわ。

 もしこれが、結界内部ではなく現実の世界で起こっていたら……。

 そういった意味では、この敵に閉じ込められた状況も感謝しなければなるまい。

 敵が全力を出せるのと同様に、涼子も周囲への被害を気にせず全力で戦えるのだから。

「木生火、摩閻(まえん)風迅(ふうじん)、急ぎ律令の如く成せ!」

 放たれた二〇枚の護符は四重の正五角形を形成し、中心から莫大な炎と、そして竜巻を吐き出した。

 炎と風は交じり合い、熱量と攻撃範囲を大きく拡大させながら鬼を包み込む。

 例え自分自身であっても回避不可能な攻撃で、一気に鬼を焼き祓う。

 周囲の家々は盛大に火の手を上げ、夜空を赤く染め上げた。

「どうせ、これも効いてないんでしょうが!」

「ソノヨウナコトハナイゾ。モットモ、ヒテイモセヌガナ」

 その灼熱の炎の中から、真っ黒な影が飛び出した。

 数メートル単位でアスファルトの道路をめくり上げ、その反動で超重量の肉体を撃ち出す。

 屋根に着地してからでは、回避が間に合わない。

大鷲(オオワシ)!」

 涼子は護符を一枚取り出すと、巨大な鳥へと姿を変えた。

 本来は背中に乗って飛行するための式神であるが、涼子はまだそれほど速度が出せない。

 しかし、そんな式神でも足場程度にはなる。

「おりゃあっ!」

 空中に足場を得た涼子は、本来着地する予定であった屋根を飛び越え、都市部へと伸びる大きな道路へと舞い降りた。

 予想以上の衝撃と負荷に、全身の筋肉が悲鳴を上げる。

 しかし、鬼の剛腕から繰り出される鉄拳は見事に回避して見せた。

 振り返った涼子の視界に映ったのは、未だ全身からぷすぷすと煙を上げる鬼の姿。

 例によって、拳が突き刺さった家屋の屋根は粉微塵に吹き飛んでしまっている。

 だが、そこで新たな事実に気付いた。

 ――現在進行形で回復中だけど、まだ完全に再生しきってない?

 黒い煙は、再生の際に出していたのを確認している。

 その煙が出ているにも関わらず、まだ全身が焼け焦げているように見えるのだ。

 肌の色が赤いせいで分かり辛いが、間違いない。

「おっと……!?」

 涼子はハッとなって、鬼の背後に回り込むように道路を駆ける。

 ぼうっとしている暇はない。

 鬼は自分に狙いを付け、巨大な拳を振りかぶっているのだ。

 家屋すら容易に破壊する一撃など、かすめただけで一巻の終わりである。

 鬼が再び跳躍する予備動作に入った所で、とんとんっ、と涼子は道路を蹴って、塀を蹴って、再び家屋の屋根へと跳び移った。

 ――怪我は再生しても、その再生速度には限度がある。なら、その限界以上にダメージを入れれば!

 先ほどまで自分のいた場所に拳を突き刺す鬼を背後に見ながら、涼子は(しゅ)を唱える。

「一つを二つに、二つを四つに。()ぜよ、黒鴉(クロガラス)!」

 屋根から屋根へ跳び移りながら、涼子は三枚で十二体の式神を鬼の足下へと撃ち込んだ。

 今まさに跳躍しようと両足に力を溜めていた鬼は、式神の爆発によって足場を失いバランスを崩す。

「西方白虎――鋼雅(こうが)、急ぎ律令の如く成せ!」

 涼子はその隙を逃さず、十枚の護符を宙に放った。

 護符は二重の正五角形を描き、中心から百にも届きそうな鋼の刃を撃ち出す。

 通常より多くの霊力を込められた刃は一本一本が涼子の小太刀並のサイズ。

 それはら亜音速という驚異的な速度を得て、鬼に襲いかかった。

「はぁ、はぁ……、っはぁ…………」

 自分で思っていた以上に、息の上がるのが早い。

 体力の方はもちろんだが、霊力の消費もすさまじいものがある。

 護符の同時使用と威力の拡張には、より多くの霊力を消費するのである。

 だが、ここで手を緩めるわけにはいかない。

 涼子は自らを叱咤(しった)し、精神力だけで強引に身体を突き動かした。

 息も絶え絶えの状態で、屋根から屋根へとノンストップで跳び移る。

 と、涼子の進行方向に合わせて、鬼が大きく跳躍してきた。

 それを察知した涼子は勢いを殺すように、瓦を吹き飛ばしながら急制動をかける。

 そんな涼子の視界を横切るようにして、鬼が前方へと着弾した。

 恐らく、止まらなければ今頃涼子のいた場所であろう。

 まさに、危機一髪だ。

「ナカナカヤッテクレルデハナイカ、コムスメ。イマノハスコシキイタゾ?」

「でしょうねぇ。目に見えてボロボロになってますし。ん?」

 鬼自身の言うように、涼子に与えられたダメージは明らかだ。

 だが、どこかおかしい。

 火傷も完全に治りきっていなければ、先ほど放った鋼の刃もあちこちに刺さっている。

 ダメージは確実に蓄積されているはずなのに、相手には疲れのようなものも焦りのようなものも見えない。

 それに加え、なんとなく気分が軽くなったような……。

「ヨソミヲシテイルヒマナドナイゾ!」

「っ!?」

 涼子は内側に向かっていた思考を呼び戻し、両足へと力を込めた。

 とっさに横へ跳んだ涼子と入れ替わるように、鬼の剛腕が瓦を粉砕しながら屋根を割る。

 なんとか受け身を取って道路に降りたった涼子は、大きく距離を取りながら、一体の式神――天燕(アマツバメ)を放った。

 たった今飛び降りたばかりの家の塀や壁を貫通し、式神が鬼の腹部に深々と突き刺さる。

 だが、鬼はそんな事など気にせず涼子をにらみつけ、左の拳を振りかぶって跳びかかってきた。

 涼子はそれを紙一重の所でかわし、再び距離を取る。

「ドウシタ? ソノテニモッタエモノハ、タダノカザリカ!」

「そりゃ、あんたみたいな怪力相手じゃ、いくらなんでも部が悪いでしょうよ。そっちは体力ゲージマックスなのに、こっちはいきなりレッドゾーンからのハンデ戦なんですからね!」

「フッ、ザレゴトヲ」

 またしても鬼の身体が、砲弾の如く跳びだしてきた。

 跳躍の速度なら、間違いなく涼子より鬼の方が速い。

 だがそれを、涼子はブリッジの要領で地面すれすれまで身体を倒して回避する。

()ぜよ、黒鴉(クロガラス)!」

 その不安定な大勢から、涼子は一体の式神を鬼の頭部に向けて放った。

 式神は鬼が振り返った瞬間、どんぴしゃのタイミングで爆発する。

 無論ダメージはないが、それが目的ではない。

 涼子は最大速で鬼のわきを駆け抜けると、ある場所へ向かって走り出す。

 この方法なら、もしかしたら倒せるかもしれない。

「コノワレガ、ニガストオモウテカ?」

 ワンテンポ遅れて、鬼も涼子を追って走り出す。

 速度の差は歴然。涼子が四歩で進む距離を、鬼はたったの一歩でチャラにする。

 追い付く度に、鬼は鋼鉄をも貫く剛腕で涼子に襲いかかった。

「これぞまさに、“リアル鬼ごっこ”ってか!?」

 それを涼子は、長年の修練と実戦によって研ぎ澄まされた直感によって、ぎりぎりで回避する。

 これほどまでに、日々修練を続けておいて良かったと思った事はない。

 もっとも、正真正銘伝承のままの鬼に追いかけられたくはないが。

「マッタク、マルデサルノヨウナオナゴヨノゥ。ミガルナモノダ」

「せめて猫って言ってくれませんか? あたしん()、“猫”屋敷って言うんで」

 拳が身体のそばを通る度に、不気味な悪寒がぞぞぞぉっと背筋を駆け抜ける。

 一撃でも喰らえば、ノックダウンは確実。

 身体を最大限まで強化していなければ、即死も十分以上にあり得る。

 まるで空間をえぐるように突き出される拳が、涼子のジャージを浅く切り裂く。

天燕(アマツバメ)!」

 涼子はぎりぎりで拳をかわしての超至近距離から、亜音速で飛行する式神を一体撃ち出す。

 完全とまではいかなかったが、一瞬だけ鬼の動きが止まった。

「風迅、急ぎ律令の如く成せ!」

 涼子はその一瞬を見逃さず、護符を一枚取り出して顔面に風の一撃を見舞う。

 詠唱の一部を破棄した、高等技術。

 顔を潰す事で一時的に視界を奪うと同時に、自らは反動で大きく距離を取った。

「オノレ、コシャクナマネヲ」

「いいでしょ、どうせすぐ回復すんだから!」

 目潰しが成功した所で、涼子はある場所まで一直線に駆けた。




 破壊された顔が完全に再生した所で、鬼は涼子の追跡を再開した。

 全身に負った火傷と裂傷も完全に修復され、元通りの禍々しい赤い皮膚に包まれている。

「ニオウ、ニオウゾ。ヒトノコノニオイ、ソレモオナゴノニオイガノォ」

 鬼も涼子同様、相手の位置を察知する事ができる。

 その感覚が、涼子の居場所を正確に伝えてくれる。

 鬼が自らの感覚に導かれるままたどり着いた場所、そこは山の(ふもと)にある自然公園だった。

 申し訳程度の小さな噴水が公園の真ん中にあり、その周囲には蕾の開きかけた桜の樹が大量に植えられている。

 敷地のあちこちにはベンチがあり、さしずめ街の人々の憩いの場といった所だろう。

 もっとも、そんな人間の感覚など、この鬼には理解できようはずもないが。

「知りませんでしたよ。鬼って案外、感が鋭いもんなんですねぇ」

 意を決した涼子は、鬼の前へと姿を現した。

 正直、今すぐにでも逃げ出したい気分だが、状況はそれほど優しくない。

 今できる選択肢は、()るか()られるか。

 前者は論外。となれば、選ぶ道は一つしかない。

「マダソノヨウナザレゴトヲ。オモシロイオナゴダ」

「こっちはあんたに付きまとわれて迷惑してんですけどねぇ」

「ソウカ。ナラバ……」

 鬼が跳びだすのと涼子が動いたのは、ほとんど同時だった。

 爆発にも似た土煙を巻き上げ、鬼の拳が地面を大きく切り取る。

「コノバデケッチャクヲツケヨウデハナイカ!」

 それをかわした涼子は、爆風に乗って距離を稼ぎながら数枚の護符をばらまく。

 その内の三枚は、式神――天燕(アマツバメ)となって鬼へ襲いかかる。

 だが、

「キカヌワ!」

 腕の一薙で、式神はぐしゃりと潰れた。

 同じ手は何度も効かない、という事か。

「それなら、央方麒麟――裂破(れっぱ)、急ぎ律令の如く成せ!」

 涼子は護符を一枚手に乗せたまま、地面を強く殴った。

 今まさに涼子に殴りかかろうとしていた鬼は、地面から伸びた無数の棘によって近付く事を阻まれる。

 涼子はさらに数枚護符を周囲に配置しながら、

「射抜け、北方玄武――流穿(りゅうせん)、急ぎ律令の如く成せ!」

 その内の一枚で水の奔流を呼び出す。

 鬼の身体を直撃した水流は、鬼を後方に押しやりながら大量の水しぶきを周囲にまき散らした。

 相も変わらず、えぐったそばから黒い煙を上げて傷が再生ししていく。

 ――あと、ちょっと。それだけ保てば!

「キカヌ、キカヌキカヌ、キカヌワァアアアアア!」

 後退を余儀なくされた鬼は、それでも焦り一つ見せる事なく喜悦の表情を浮かべる。

 鬼もけっこう表情豊かなんですなぁ、とか思った矢先、鬼はなんと身の丈の三倍はあろうかという桜の樹を強引に引っこ抜いたのだ。

 それをまるで棍棒のように振って、涼子に襲いかかる。

 拳よりも圧倒的な質量を伴った一撃が、頭上から涼子に迫った。

「木剋金、西方白虎――鋼雅(こうが)、急ぎ律令の如く成せ!」

 だが威力の上がった分、スピードが一段階落ちていた。

 涼子は護符を一枚頭上へと放り、鋼の刃を繰り出す。

 ただし、今度は一つ一つがボールペンほどの大きさだ。

 それが膨大な密度となって、自分に向かってきていた桜の樹の先端を消し飛ばした。

天燕(アマツバメ)!」

 そして横倒しになった状態の桜の樹を貫通して、式神が鬼の足と地面を縫い止める。

 涼子は鬼が足を引き抜いている間にも、距離を取りながら数枚の護符を周囲に配置する。

 これで、準備完了まであと一息。

 涼子は息を切らせながらも、公園の中心地である噴水――その中心へと降り立つ。

「これで仕上げじゃあ! 舞え、北方玄武――流穿(りゅうせん)、急ぎ律令の如く成せ!」

 それと同時に、一枚の護符を水の放出部分にガチャンと叩きつけ、粉砕する。

 栓を失った噴水からは大量の水が押し出され、それを媒介にして涼子は公園全体へ、いやその外側へも広く水をぶちまけた。

「フン、コノテイドデウゴキヲフウジタツモリカ?」

「さあ、どうでしょうかね?」

 鬼の問いに、涼子はおどけて見せる。

 と、それが勘にさわったらしい。

「コノテイドデワレノウゴキヲトメヨウナド、カタハライタイワ!」

 鬼はぬかるんだ地面などものともせず、泥のしぶきを巻き上げながら涼子へと迫る。

 涼子の思惑通りに(●●●●●●●●)

「これで仕上げ、行け! 黒鴉(クロガラス)!」

 涼子は十数体の式神を鬼に向かって投擲すると、その内の三枚は急降下して緩くなった泥を鬼の視界いっぱいにまき散らす。

 これで、全ての準備が整った。

 泥の壁の内側で涼子は鬼の進行方向からから真横にそれ、魔法陣の中心(●●●●●●)へと鬼を導いた。

「さあさあ、寄ってらっしゃい見てらっしゃい。猫屋敷涼子、渾身の力作じゃごらぁああああ!」

 涼子は最後の一滴まで力までを絞り出そうと、自分の身体に喝を入れるかのように咆哮を上げる。

 その声量、これまでを圧倒する濃密な霊力に、鬼も一瞬だけたじろいだ。

 そして、その一瞬を逃さず涼子は(しゅ)を唱える。

「水生木! 東方青竜――樹縛(じゅばく)、急ぎ律令の如く成せ!」

 瞬間、水浸しの地面に白く光り輝くラインが浮かび上がった。

 鬼にもいったい何が起きているのか、判断する事はできない。

 それがわかるのは、術を施した涼子だけ。

 あまりに巨大で上空から見なければわからないそれは、噴水を――鬼を中心にすえた二重の五芒星を描く魔法陣。

 それが今、水の力を借りて最大限に効果を発揮したのだ。

「ナニッ!?」

 まるで地震のような激しい揺れを伴って、巨大な樹の根が四方から鬼に絡み付く。

 絡み付いた根は足を、腰を、胴を、腕を、肩を、首をきりきりと締め上げた。

 極太の根を引き千切ろうと力を込める鬼であるが、その太さ故に容易に引き千切る事はできない。

「木は水によって生かされる。五行の基本的な考え方ですぜ、ダンナ。水吸って、桜の皆さんもお元気になってくれたみたいですし」

 涼子が公園を水浸しにした理由は、これである。

 木行――周辺の桜の樹の力を借りて、鬼の動きを完全に戒めるため。

 木行の力を最大限に発揮するための布石。

 ここを逃したら、もうきっと後はない。

「一つを二つに、二つを四つに、四つを八つに……」

 涼子は残り少なくなった護符を抜き取り、霊力を注ぎ込む。

「八つを…………十六に!」

 分け身は、分裂量に応じて消費する霊力が激しく上下する術式である。

 霊力の流れる経絡系がけたたましい悲鳴を上げ、身体中の血管を内側から針で突き刺されるような痛みに涼子は顔をしかめる。

 だが、走り出した涼子はもう止まらない。

「舞え、黒鴉(クロガラス)!!」

 涼子は十枚の護符を握り、宙へと解き放った。

 護符はいびつな鳥の(かたち)を取って、鬼の周囲をぐるぐると回り始める。

 その数は涼子の唱えたように、二倍に、四倍に、八倍に、十六倍に増えてゆく。

 さらに、

「解、っはぁ、西方白虎――鋼雅(こうが)、急ぎ律令の如く成せ!」

 事前に上下へと飛ばしていた式神を護符の状態へ戻し、十枚の護符は二重の五芒星を描く。

「行っっけぇぇぇぇええええええええええ!!!!」

 それが合図だった。

 十枚にして一六〇の式神と、十枚にして百を超える鋼の刃が全方位から鬼を強襲する。

 まるで、音さえも破壊し尽くされたかのように思えた。

 それほどまでに、圧倒的な物量と威力だったのである。

 絶え間なく続く黒鴉(クロガラス)の爆発音。

 鬼の身体を粉微塵にせんと殺到する鋼の刃。

 それらが桜の根によって完全に拘束された鬼へと降りかかった。

 人間ならば、恐らく肉片すら残りそうにない。

 文字通り、全身全霊をかけた渾身の一撃。

 限界を超えた術式の制御と消費される霊力とで、頭蓋骨を万力できりきりと締め上げるような痛みが涼子を苦しめる。

 今すぐにでも、頭を抱えてわめき散らしたいほどの痛みに、しかし涼子は必死に耐えた。

 ――これで、仕上げ……、だ!

大鷲(オオワシ)!」

 最後の力を精神力でひねり出し、涼子は飛行用の式神の背に乗った。




 正直、力だけで完全に押し切れると思っていた。

 協力者にもそう言われていたし、鬼自身も自分の強さについてよく理解していたからだ。

 それは(おご)りでもなければ、過大評価でもない。厳然たる事実である。

 だが、たった今涼子に仕掛けられた攻撃は、想定の範疇(はんちゅう)を大きく逸脱していた。

 涼子の所有するランクはC。

 これ自体は、先に鬼に襲われて負傷した土御門麗、和泉遼亮と同じである。

 だが、このランクは術者の強さを表すものではない。

 任務をクリアする事に対する信頼度であって、必ずしも強さと比例するものではないのである。

 鬼の協力者は、長年その立場にいながらも完全にその事を忘れていた。

 限りなく戦闘に特化された術者、猫屋敷涼子はそんな術者の一人であったのだ。

「オ、オノレ……。マサカ、コレホドノ、モノダトハ……」

 そんな涼子の攻撃を、なんと鬼は耐えきったのである。

 身体は、今までにないほど傷付いていた。

 式神の爆発を喰らった皮膚は裂け、あるいは焼けただれ、無数の鋼の刃が深々と肉を斬り裂く。

 間違いなく、今までの戦闘で一番深い傷だ。

 だが、

「マダダ、マダオワッテハオラヌ」

 桜の根ごと破壊されたおかげで、戒めから解放された。

 自らの敵を探して、鬼の金眼がぎょろりと動く。

 そして、爆風の一角を突っ切って、一つの影が現れた。

「どりゃぁあああああ!」

 式神に乗った涼子が、小太刀を両手に高速で突っ込んできたのだ。

 通常ならば難なく対応している所だが、全身がずたずたになっている現在ではかわす事などできない。

「サワガシイワァアアアアア!」

 だが、そこは妖怪や化生(けしょう)または怪異と呼ばれる――肉体を精神が凌駕してた存在。

 肉体の破損など感じさせない動きで、直進する涼子の進路上に右拳を突き出す。

 涼子も速いが、鬼の腕も速い。

 鬼の動きに合わせて涼子も進路を横にずらす。

 だが、それに合わせて鬼も身体を傾ける。

 そしてついに、涼子と鬼の拳が交錯した。




「シマッタ、ショウショウアツクナリスギテシマッタヨウダナ……」

 涼子の身体に、深々と鬼の右拳が突き刺さっていた。

 人体としての形を保っているのが、奇跡かもしれない。

 辛うじて小太刀を握ってはいるが、四肢はぐったりと投げ出され時折ピクピクと痙攣(けいれん)している。

 決着は付いたと、鬼はぐったりとした涼子の身体を紙屑のように放り投げた。

「ヒサビサニタノシメタゾ、モノノフノオナゴ。ソレデハ、オヌシノチカラ、クラワセテモラオウカ」

「いっやぁ、それはご勘弁願いますぜ。ダンナァッ!」

 グサリ、と背中からの衝撃に鬼は驚愕した。

 この声は、今自分の目の前で力尽きている人間のものではなかったか。

 そう思いながら振り返った瞬間には、きらりと月光を反射する刃が顔面にぐさりと突き刺さる。

「これで王手ですぜ、爆!」

 その言葉を最後に、鬼の意識は深淵(しんえん)の底へと消えていった。

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