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朱音ノ悪鬼調伏譚  作者: 蒼崎 れい
第零ノ巻~朱き音の陰陽師~
1/55

其ノ零:祓炎の刃

「いい加減観念して、さっさと成仏しなさい。私も、可能な限り供養してみるから」

 美しい月夜の空気を震わすは、鈴のように可愛らしく、剣のように鋭利な女の声。

 優しさの中に一本芯の通った、凛とした声だ。

「警告は一回だけ。まさかとは思うけど、日本語が通じないとか言わないわよね」

 カツカツとアスファルトを踏みしめ、家屋の影から月光の下へと歩み出る。

 身長は一五〇と少し。頭髪は腰まで届き、漆のように黒い三つ編み。

 まだあどけなさを残す顔立ちだが、醸し出す雰囲気がそれを圧倒する。

「さあ、どうする?」

 三月の夜はまだ肌寒い。赤と黒のチェック柄の温かいフリースに、大量の御守りをぶら下げたジーンズという出で立ちだ。

 さらにフリースの下には、ポーチのようなものが顔をのぞかせている。

「素直に供養されて成仏するか……」

 彼女はジーンズのベルトを通す所に日本刀の鞘を差し、さらに落ちないよう本来財布のチェーン等を引っかける部分に、鞘から伸びた紐をぐるぐる巻きに巻き付けていた。

 その物騒な得物があるだけで、彼女は一気に非日常の住人へと様変わりする。

「それともここで、浄化の炎に焼かれるか」

 キッと、自らが話しかけた相手へと目をやった。

 彼女の目の前にいたのは、大小様々な大きさをした、人に似た、だが人ではない、かつて人だった者達。その成れの果て。

 十数匹からなる、餓鬼の一団。手足はやせ細り、炎に身を焦がす者、餓えにもがき苦しむ者、様々な餓鬼がそこにいた。

 顔は醜く歪み、肌はかさかさで不健康そうな灰色。口や鼻からはだらしなく涎や鼻水をたらし、周囲の空気は彼らの息で吐き気を催すほどの臭気を放っている。

 彼らは生前、己が欲望のために命を落とし、しかし未だその欲望にすがりつき、満たされない飢えにあがき苦しむ魂だ。

 満たされない飢えを必死で満たそうとする彼らが、彼女の声に応えるはずもない。

「そう、それが返事なの。それじゃあ、仕方ないわね」

 彼女は腰に差した日本刀を引き抜き、真言(●●)を唱える。

「オン・シュリ・マリ・ママリ・マリシュシュリ・ソワカ」

 見事な三日月の波紋を持つ刃の表面を、煌々と輝く紅蓮の炎が包み込んだ。

 彼女が唱えたのは烏枢沙摩明王(うすさまみょうおう)、インド神話ではアグニと呼ばれた火神の力を、現世(うつしよ)に呼び出したのだ。

 その炎は、一切の(けが)れを焼き祓う神聖の炎。

「まったく、こっちはあんたらのお陰で、可愛い弟にも会えなくてがっかりしてんのに。無視とはいい度胸ね」

 炎をまとった日本刀を片手に持ち、体勢を低く構える。

 そして、

「一匹残らず、祓ってあげるわ」

 人間の速度を大きく逸脱した速さで飛び出し、夜の空を引き裂くかのように紅蓮の刃を振り下した。




 姓は草壁(くさかべ)、名は朱音(あかね)。それが紅蓮の刃で餓鬼の一団を焼き祓う、彼女の名前である。

 哀れな魂を祓いし刃は、今宵も朱き残光を描く。

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