第一話 南部国境、静かなる戦火
第一話
「南部国境、静かなる戦火」
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帝国歴844年4月3日。
南部国境地帯、ザイフォルク伯爵領。
夜明け前の空は黒く沈み、遠くの山脈だけが鈍く青白く浮かんでいた。
その静寂を裂くように、砲声が一発、遅れて響いた。
続いて二発目。
そして三発目。
――またか。
帝国陸軍少尉、アーサー・フォン・ジョーンズは、輸送馬車の荷台から無言で空を見上げた。
ここに来てから三日で、これが四度目の襲撃報告だった。
「また国境警備隊か?」
隣の憲兵が低く呟く。
アーサーは答えないまま、書類を一枚めくった。
南部第18警備中隊、連絡途絶
夜間巡回部隊、帰還せず
目撃証言:黒装束の集団、魔法使用確認
「……戦争じゃないな」
ぽつりと、アーサーは言った。
憲兵が眉をひそめる。
「何だと?」
「戦争なら戦線がある。これは違う。線じゃない、点だ」
地図を開く。
襲撃地点は散発的で、補給路でもない。戦略価値も薄い。
ただ――
「壊しやすい場所だけを選んでいる」
その瞬間、前方で火柱が上がった。
輸送隊の先頭が吹き飛び、馬が悲鳴を上げる。
風が一瞬だけ“ねじれた”。
アーサーの瞳が細くなる。
「来るぞ」
次の瞬間だった。
視界の端で何かが“滑った”。
音が遅れて追いつく。
風の刃。
――風魔法。
しかも制御が異様に洗練されている。
「伏せろ!!」
憲兵の叫びより早く、アーサーは荷台から跳んでいた。
地面に着地と同時に、風を踏みつけるように加速する。
風魔法。
人間の移動速度ではない。
視界が一瞬だけ歪む。
木々の間に、黒い影。
三人。
いや、五人。
訓練された動き。軍式の包囲。
――民間テロではない。
「ザハール系……か」
口の中でだけ言葉を転がす。
その瞬間、雷が落ちた。
空からではない。
地面から“跳ね上がった”雷撃。
敵の一人が吹き飛ぶ。
「展開!」
後方から指揮官の声。
だが遅い。
相手は既に撤退動作に入っている。
戦闘ではない。
これは――
“接触と撤収の訓練された作戦行動”
アーサーは一歩だけ踏み込んだ。
風が圧縮される。
次の瞬間、彼の姿は消えた。
木の上。
敵の背後。
喉元に、風の刃が触れる寸前。
「動くな」
静かな声。
男は驚愕もせず、ただ短く笑った。
「……若いな、帝国の少尉」
その言葉に、アーサーは一瞬だけ目を細めた。
利己的な合理性が、頭の中で静かに答えを出す。
(殺すか、聞き出すか)
次の瞬間、背後で爆発音。
憲兵魔導部隊の広域制圧魔法。
敵は撤退を開始する。
“予定通りに”。
アーサーは刃を引いた。
「撤退だ」
後方に指示する。
憲兵が驚く。
「何?」
「追うな。これは餌だ」
風が止まる。
森は再び静寂に戻る。
だが、静かさはもう以前のものではなかった。
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馬車に戻る途中、憲兵が言った。
「今のは……ザハールの工作部隊か?」
アーサーは答えない。
代わりに空を見た。
夜明けが、ようやく始まっていた。
「戦争じゃない」
もう一度、彼は言った。
「これは……戦場の準備だ」
第一話・終




