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《58》からすは高機能自閉症だった

 からすのことについて、真実を知ってどうなるわけでも、またどうこうしようという気もかもめにはなかった。

 ただ結婚以来、いつもトラブルだれけで普通の家庭のような穏やかな生活とはほぼ無縁で、心の底から幸せや楽しさを感じたことがどなかったので、その理由が何なのか、それだけはどうしても知りたいと思ったし、知る権利があるとも思った。

 またからすに検査を受けてもらえば、少しでも家族が良い方向へ向かうかもしれない、そんな淡い希望も多少は抱いていた。

 むくはアスペルガー症候群の診断を受けた後、その同じクリニックに時々かもめが、むくに変わって相談に通っていた。それで、もしかしてからすもそのクリニックで検査を受けることができれば助かると思い、ある日医師に聞いてみた。 しかし、

「親子の場合は、こちらでもう一人の診断や診察は受けないことにしているので、別の病院で診察を受けて下さい」

 医師からそう断られてしまった。

「そうですか。ではどこか他に、検査を受けられる病院をご存知でしたら、教えていただきたいのですが?」

 かもめが聞くと、医師は某大学病院の精神科を教えてくれた。

 早速かもめはからすに了解を取り付け、その病院で検査を受けてもらうことにして、病院に電話を掛けて診察の予約をした。

 しかし結構予約で混みあっていたので、初診の予約が取れたのは約一ヶ月後だった。

 診察当日は、からすが「一緒に行って」というので、かもめも付き添って大学病院へ向かった。

 そして診察室へも一緒に入ると、そこには色黒でちょっとごつい感じの、かなり無愛想な男性医師が待っていた。

 かもめは説明の苦手なからすに代わり、脳梗塞を患ったこと、以前から現在までの可笑しな発言や異常行動、日常生活で必要なコミュニケーションが殆ど取れないことなどをその医師に話した。

「大人の自閉症の検査は難しいです。生まれた頃からの様子が詳しくわからないと、正確な判定ができないからです。ご主人のお母さんに来てもらって、子供の頃からのことを聞ければ一番いいのですが。お母さんは生きてますか?それから小中学校時代の通知表はまだとってありますか?あれば持って来てください」

「母はまだ元気ですが、遠くに住んでいるのでここまで来るのは難しいです。でも近いうちに話を聞いて来ることはできます。それから通知表はまだ実家にとってあります」

(生きていますかだって???随分失礼な言い方だ!医師だったら普通ご健在ですかとか、お元気ですかと聞くもんじやない?この先生、すごい失礼な上に超感じ悪いから、もしかしたらこの先生自信がアスペルガーかも?)

 かもめはそう直感した。後からからすも、この時同じことを感じたと言った。

 その日の診察では、からすは言語の発達に関する簡単な検査を受け、それで終了した。

 次回の予約は一週間後で、もし間に合えば、からしが実家から通知表を持参することになった。

 一週間後の診察の日にも、かもめはからすに付き添った。この日は残念ながら通知表は持参できなかったが、からすは自閉症に関連する別の検査を受けることができた。

 その後、からす本人が困っていることや、家庭生活でかもめが困っていることを医師に相談し、それについてのアドバイスも受けた。

「ご主人は何かあった時などに、動きが止まって固まることがありますか」

 医師がかもめに質問した。

「そういうことはよくあります。多分、パニックに陥っている時だと思いますけど。髪の毛をむしったり、同じ行動を取り続けたりもします」

「そうですか。今日の検査では、自閉症の特徴が表れています。だだ大人の診断は難しいので、更に詳しく検査をしないとはっきりと言えません」

 検査結果や、二人の話を聞いた医師はそう言った。

 次の診察は二週間後になった。そして医師から、自閉症に関する別の検査の質問用紙を渡された。

 この検査は、からすの生後から中学生ぐらいまでの子供の頃の様子について、母親に質問に添って詳細に回答してもらい、次回持参するように言われた。

 早速からすは、それを持って翌週末に実家へ行き、母親に検査の回答をしてもらい、また通知表も実家から持参して帰宅した。

「何、この通知表?!小学校から中学までのどの通知表にも、人との協調性がないって書いあるよ。それから中学の時の体育の成績は1だって?!真面目にやっててそうなの?」

「人と協力してやる理科の実験やスポーツが苦手で、見てるだけだったから」

 からすが言った。

「それからやけに難かしい言葉を使ったり、屁理屈が多いって書いてあるよ」

 からすの通知表を一通り眺めたかもめは、想像していたより社会性や協調性が欠落していた事実に驚くと同時にがっかりし、自閉症的な特徴が顕著だと思わざるを得なかった。

 三度目の診察日を迎えた。

(とうとうからすに診断が下されるのか)

 そう思うとかもめは緊張した。

 そしてかもめは、またもやからすと一緒に大学病院へ出かけた。からすは実家から持って帰った通知表と、母親に回答してもらった検査用紙を持参していた。

 名前を呼ばれて診察室へ入ると、いつもの男性医師がからすに向かって、開口一番に言った。

「前回お渡ししたお薬はどうでしたか?」

 薬を渡されていないのに、何故かそんなことを聞いた。

 すると、それを聞いて奥から看護師さんが慌てて飛んできて言った。

「先生、このカルテは違う患者さんのです」

 と言った。先生はすぐカルテの名前を確認して、

「あなた〇〇さんじゃないんですか?」

 と全く違う名前をからすに聞くので、

「違います」

 とからすが言うと、

「名前が似てたのに、診察室に呼んだ時にちゃんと確認しなくてすみませんでした」

 その医師はからすに謝った。

「〇〇さんには、間違えたこと言わないでね」

 その医師は看護師さんに言った。

(人間だから間違えることが無いとはいえないが、果たして精神科医が、何度か通って面識のある患者と対面して、別の患者との区別がつかないなんてことがあるのだろうか?人の顔を覚えられないなんて、やっぱりこの先生はアスペルガーだ?)

 かもめはその疑いを濃くし、またその人間性をも疑いたくなった。

 からすは持参した通知表と母親の回答した検査用紙を医師に見せた。

 通知表を一通り眺めると医師は言った。

「あなた、体育が一だったんですか?運動苦手なんですか?普通にやって一はなかなか取れないものですが」

 医師はさも馬鹿にしたように言った。

「あまり得意ではないですが、普通にやってました」

「そうなんですか。それから通知表には中学、高校ともに協調性や社会性がとても低いと書いてありますね。屁理屈や難しい言葉を使うことが多かっみたいですが」

 そう言い、そのあと検査用紙に目を通した。

「言葉の遅れがあって、歩き始めるのも遅かったのですね。通知表とこの検査結果では、かなり自閉症の症状が表れていますね。アスペルガー症候群の場合、言葉の遅れがないのですが、ああなたの場合は言葉の遅れがあったみたいですから、高機能自閉症ということになります」

「高機能自閉症ですか?」

(やっぱり自閉症だったのか。アスペルガーとのハッキリした違いはわからないけど、自閉症だということに変わりはない。どうりでいつもからすとは、まともな会話が成り立たなかったわけだ)

 かもめはからすが自閉症と診断され、真実がわかったことについては、はっきりして良かったと思ったが、できれば自閉症と診断してもらいたくはなかった。

 また高機能自閉症のほうが、アスペルガーよりも自閉症度が高そうな気がして、むくのことに続いて、またしてもかもめはショックを受けたのである。

 そして若干の違いはあるにせよ、夫と娘、二人ともが自閉症であるという事実は、かもめの心に重くのしかかった。これからも、同じ状態の家族と暮らしていくことは、耐え難い地獄に思えたのだった。

 からすに検査を受けてもらい、高機能自閉症との結果が出たことがはたして良かったのか悪かったのか、この時点ではわからなかったし、この先どうなるのかも全くわからない、暗黒の中にいるような状態だった。

 しかしむくの将来のこともあるし、現状では働いて自立することも難しかったので、何とかこれからも三人で家族でいて頑張るしかない、またこれが自分に与えられた運命なのだろう、そんな気がしていた。

 むくが私立中学に入学してから、からすが高機能自閉症の診断を受けるまで、期間にして約三年、その間にはあまりにも色々なことが起こったので、かもめには少なくとも十年以上の期間が経過したように思えた。

 それが充実した時間で、素晴らしい思い出ばかりだったら言うことはなかったのだが、苦労ばかりが続いたため、苦しく辛い思い出ばかりが記憶に留められ、虚しく年月が過ぎっ去った。

 その中で辛い記憶以外のものがあるとすれば、それは多分、一生のうちで再び経験できないであろう、大都会での生活を満喫したことかもしれない。それ自体、とてもインパクトが強い事柄として、今も鮮明にかもめの脳裏に焼き付いている。

 本宅と賃貸マンションとの二重生活をし、更に別のマンションにも移り住んでの、まるで旅がらすのような生活。この生活の中で、三人とも人生経験や勉強になったことも沢山あった。 

 かもめにはそういったことや、三人ともがそれぞれの苦労を乗り越えたことで、人間的にも成長し、人間力が高められたような気がした。

 本宅に戻って生活し、むくがサポート校に入学でき、新たな人生を歩み始めたので、かもめは正直いってこの時、これから少しはまともな生活を送れるかもしれないと、淡い期待を抱いたのだった。

 しかしその期待とは裏腹に、更なる試練の嵐がからす一家に襲いかかろうとしていた。

 むしろこれから先が嵐の本番で、試練との戦い続けらはらこおになろうとは、この時からす一家は知る由もなかった。

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