《57》高校生になったむく
四月上旬、むくが通う予定の通信制サポート校の入学式が、都内の一流ホテルで行われた。
そのサポート校は池袋にあり、池袋校だけだと新入生は二十人程度と少なかった。しかし都内に幾つかの姉妹校があるので、それら全てが合同で入学式が行われた。全体では新入生が百人近く集まったので、何とか入学式の体裁は整えていた。
集まった生徒達は、地味でおとなしそうなタイプから、キャバクラ嬢並のド派手なギャルまで様々だった。
サポート校の入学式は普通高校に比べて先生や来賓の人数が少なく、また父母会なども存在しなかったので、入学式は一時間足らずで終了する簡単なものだった。
(これぐらい簡単な式なら、こんな一流ホテルでやらなくてもいいのに)
かもめは物足りなさと同時に、お金を掛けて体裁だけは整える校風、という気がした。
しかし一方では、中学卒業でさえやっとで、高校入学は夢のまた夢だと思っていたむくがその式に出席しているのはとても嬉しく、このホテルで式ができて良かったかもしれないとも思った。
むくのサポート校での一年生の授業は、平日はほぼ毎日、午前十時からに三時限あり、午後も授業があったが、こちらは自由参加だった。
しかしむくは、ここでも週二日ぐらいしか登校しようとはしなかった。まあそれでも、中学時代の不登校の状況と比べればかなりの進歩だったし、入学後、すぐに女性の友人もできたので、かもめとしては順調な滑り出しだと思った。
「友達ができて良かったね。大事にしたほうがいいよ」
その友人は、小学校四年生から不登校だったらしいが(いじめが原因らしい)、高校入学を機に、毎日学校へ登校するようになった。そしてむくにとても優しくしてくれた。
彼女の母親は、彼女の学校への登下校をとても心配し、毎日学校まで送迎するという、徹底した過保護ぶりだった。まあ約六年ぐらい不登校だったのだから、無理ないかもしれないとかもめは思った。
サポート校に通う生徒達の中には小、中学校時代に、不登校やいじめにあった経験者も多く、それぞれ苦労や悩みを抱えつつ、何とか人生に立ち向かおうと頑張っていたようだ。
むくも本宅に戻ったことで小学校時代の嫌な思い出や、それらが原因のフラッシュバックと闘っていた。
外へ出かける時には人に見られないように、サングラスにマスクを着けて変装し、サポート校へ通学して、少しでも自分の人生を変えていこうとしていた。
一方本宅に引越してからのからすは、再境が変わって通勤時間がそれまでより長くなったことや、脳梗塞の後遺症で融通性が低下したことが原因なのか、以前にもまして精神的に不安定になり、ちょっとしたことで切れて激怒する頻度が増したようだった。
だからかもめは、いつ怒り出すかわからないからすに冷や冷やしたし、振り回された。
それだけでなく、様々な物事や問題事について、やたらとトラブルを振りまくトラブルメーカーだったので、かもめは常にストレスを抱え、それが日々増していく一方だった。
そんなからすの様子や行動を観察すればするほど、かもめはからすが、アスペルガー症候群などの自閉症の特徴との一致度がかなり高い気がしてきた。
またむくが高校に入学する前に、アスペルガー症候群との診断されたこともあって、かもめはより一層、からすは自閉症?との疑いを強くしたのだった。
そしてかもめは、からすの可笑しな行動や言葉の暴力に長年振り回され、ずっと苦労
させられてきたの原因が自閉症によるものなのかどうなのか、その真実をどうしても知りたい、またハッキリさせなければ、気が済まなくないところまできていた。