《56》むく、アスペルガー症候群と診断される
「自分はやっぱりアスペルガーだと思う。人と関わるのがすごく苦手で、集団の中にいるとどうしていいかわからなくなる。それにパニックになると、頭が真っ白で可笑しくなる。サポート校に入学する前に、どうしてももう一度、専門の病院で検査したい」
むくは毎日かもめに懇願した。
かもめはむくの気持ちがわからないでもなかったが、発達障害専門の病院や機関はとても少なく、探すこと自体が困難そうだったので、探す自信もなく正直面倒だった。
また今度こそ、むくが「アスペルガー症候群」と診断されるかもしれないと思うと、検査を受けさせることにも抵抗があり、できれば前回の診断結果の、「注意欠陥多動性障害」のまま留めておきたかった。
しかしむくのしつこさに、かもめはとうとう折れた。
久々にむくと一緒にカウンセリングを受けに行った帰り道、立ち寄った本屋さんでたまたまある本を見つけた。
その本は、自分自身が「注意欠陥多動性障害」である女医さんの著書で、その障害の特徴や診断方法だけえでなく、アスペルガー症候群などの発達障害についても触れられていた。
またそこには、その医師の開業するクリニックの名前や場所も書かれていたので、(これは天の助けだ!)とかもめは思い、すぐにその本を購入した。
早速自宅でその本を読み、数日後には、そこに書かれているクリニックに電話を掛けて、アスペルガー症候群の検査について聞いた。すると、すぐは予約で一杯だが、二週間ぐらい先なら検査は可能だとの答えが帰ってきた。
当日の検査の流れとしては、始めに医師と三人での面談、次に発達のバランスを調べる検査、最後が臨床心理士との面談、だいたいそんな感じだった。
また事前に、クリニックから送られてくる質問表に回答して、送り返しておく必要があるとのことだった。
かもめはその検査について、費用がとても気になっていたのだが、それは想像していたより遙かに高く、全ての検査と診断料込で三万円という高額なものだった。
また一旦予約した後、こちら側の都合でキャンセルする場合には、検査代の半額の、一万五千円を支払わなければいけないという。
(まじ〜?本当にむくは検査を受けるつもりなのかな)
かもめはそれを聞いて躊躇し、むくの気持ちが変わるように祈った。しかしむくが変わることはなく、検査を受ける運びとなった。
検査当日、かもめはむくと二人で、恐る恐る都内の郊外にあるクリニックへ向かった。
しかし院内はわりと明るく、 雰囲気の良いクリニックだったので、二人とも安心した。
先生は著書のとうり女医さんで、年齢は五十歳前後、怖くはないががどちらかというとぶっきらぼうで、少し高慢な感じだった。
そして体型的にはちょっと太めなのに、ミニスカートにハイヒールを履いていた。
「あの先生、太ってるのにハイヒールを履いてコツコツ音をさせて、気取っているみたいでなんかや嫌な感じ」
むくがあとから言ったが、実はかもめも同じようなことを思っていた。
医師との面談は三十分ぐらいで終わり、そのあとはむく一人で検査を受けるので、かもめは約一時間半、外で時間を潰して待った。
「検査の結果は一週間後になります。それを聞く時にはお二人でも、或いはお母様が一人で来られても結構です」
診察の終わりに医師が言った。
検査結果を聞く日になると、「一緒に行って聞くのはやっぱり怖い」むくがそういうので、かもめは一人だけで、勇気を出して聞きに行った。
診察室に入って一週間のむくの様子を簡単に話した後、発達のバランスについての検査結果を見せられた。
その結果で言語能力、注意力、認知能力、想像力などがわかるのだが、むくの場合言語それを見ると、言語能力や注意力は同年代の子供の平均値より高く、想像力や認知能力は大幅に低かった。特に認知能力に関しては、十段階のうち一しかない、というぐらいに低かった。
「この検査の結果では、お嬢さんは想像力や認知能力が低く言語能力は高いという、アアスペルガー症候群の特徴が表れていますので、アスペルガーということになります」
「えーッ?!でも以前の検査では、注意欠陥障害って診断されたんですけど!」
「この注意力のところを見てください。注意力は低くありません。むしろ高いです。また想像力や認知能力がかなり低いので、人とのコミニュケーションが難しいのでしょう。全体的にアンバランスなのは、アスペルガー症候群の人に限りませんが、発達障害の人によく見られる特徴です」
「そうなんですか?」
かもめはそう言われてもすぐには信じられない、いや信じたくない気持ちだった。その上医師の口からは、更にショッキングな言葉が飛び出した。
「知能検査の結果ですが、お嬢さんは75ぐらいです。これはちょうど知能障害との境目になります」
「本当ですか?それはちょっと考えたことがありませんでした。勉強の成績はずっと良かったので、ちょっと驚きました!」
「お嬢さんは理科や家庭科の授業で、器具を使うのが苦手で苦労されたみたいですが、こういったところにも表れているようです。また知能検査の結果については、本人が詳しく聞きたいといわなければ、あえて伝えないほうが良いかもしれませんね」
「そうですよね」
そう言いながらもかもめは内心、信じられなかった。
(これは本当に現実なの?もし現実ならならひどすぎる。検査なんか受けさせるんじゃなかった)
かもめは奈落の底に突き落とされた気持ちになり、言葉も出なかった。
自宅に着くと、むくが待ちわびていて、すぐに検査結果を聞きたがった。
「ショックを受けないでね。今度こそ、アスペルガーって診断されちゃったよ」
「やっぱり?!そんな気がしてたよ。注意欠陥障害じゃなかったんだね」
「この検査結果を見て。注意力と言語能力は結構高いんだよね。でも想像力と認知能力が低いみたい。アスペルガーの人は言葉に遅れはないけど、能力的にアンバランスだっていうからね」
「やっぱりショック!注意欠陥障害のほうが良かった」
むくも検査を受けたことを後悔したようだった。
「そういえばこの前、知能検査も一緒に受けたけど、あれはどうだったの?」
数日後、むくがかもめに聞いた。
「そっちも結果を聞いたけど、あまりよくなかった。体調が良くないせいだと思うけど」
「良くないってどのぐらいなの?」
「どうしても聞きたいの?ショックを受けたら困るんだけど」
「聞きたい」
かもめは覚悟を決めて伝えることにした。
「この検査だと、知能が75で、ちょうど知的障害との境界線だって。知的障害に入るかどうかの微妙なところらしい」
「そうなんだ?!信じられない。でもいつも変なことばっかして、頭可笑しいってよくみんなに言われてたのはそのせいなのかもね」
「ずっと鬱病で学校休んでて、ろくに頭を使ってなかったんだから仕方ないよ。また勉強をし始めたら変わってくるかもしれないよ。だからあまりがっかりしないでね」
かもめは何とかむくを励まそうとした。
しかしショックを受けて完全に落ち込んでしまい、それから数日間は寝たきり整形になってしまった。
そしてむくは精神的に落ち込んだまま、サポート校の入学式を迎えることになった。