《54》むくの進路決め
夏休みが終って二学期が始まっても、むくの保健室登校は変わらなかった。
内部進学は不可能になったが、かもめはできれば教室へ行ってもらいたいという希望は捨てていなかった。しかしむくの性格では、学年の途中から行くことは難しいだろうとも思ったので、やはり無理強いはしなかった。
また、進学に向けて通い始めた塾のほうは、一応週二回のペースで通っていたが、元々乗り気じゃなかったので、時々さぼって欠席した。また家では勉強は殆どしなかった。
「塾へ行くと、先生が学校でのことを聞くから行きたくないよ」
暫く通ってから、むくはそう言うようになった。
自分が不登校だということもあったが、入塾の時に、学年を一つ下に誤魔化していたことが原因だったようだ。
「 このままだと進路の相談ができなくて困るから、本当は学年が一つ上だって正直に話したほうがいいよ。きっと解ってくれるよ」
はじめは渋っていたむくだったが、最後には「わかった、白状するよ」と覚悟を決めて言った。
塾長に正直に話すとちょっと驚かれたが、むくの気持ちを理解してくれて、快く学年変更の続きを取ってくれた。
しかしその後もむくはやる気を見せず、進路の方針さえ決まらないまま、受験シーズンが近づいた。
まあそれは、仕方のないことだったかもしれない。むくの通う中学は中高一貫なので、殆どの生徒は高校受験をしなかったし、学校や塾に、友達がいるわけでもなかったのだから。
選択肢が少ない中、一応都立の単位制や私立を何校かは見学した。しかしむくは全日制へ通う自信が持てないのか、結局、一般的な高校受験はせず、受験シーズンは終わりを迎えた。
「中学を出られればそれでいいよ」
むくはそう言った。
しかしかもめは、中学さえもろくに通えていないのに、高校へも行かなかったら、きっとアルバイトさえも見つからないだろうと考え、むくに言った。
「通信制サポート校とか最近は増えてるから、きっと色々なシステムの学校があるよ。自分に合いそうな学校を探して、何とか高校だけは卒業したほうがいいよ。中卒だとアルバイトだって少ないよ」
かもめはむくを一生懸命説得した。
「わかったよ。行けそうな学校を探してみるよ」
むくが納得してくれたので、かもめは早速、通信制サポート校を何校か選び、学校案内を取り寄せた。
それらを比較検討すると、システムは学校によってかなりまちまちだった。
全日制の普通科みたいに、平日は毎日夕方まで授業があり、スクーリング単位は学校内の授業やイベントに参加すれば完全に取得できてしまう学校、通学は週三日で一日約三時間の授業、スクーリングは母体の高校での合宿授業に参加する学校など、個性豊かだった。
また自分でクラスを選べるような学校もあれば、制服のある無しも様々だった。
ただ、どのサポート校にも共通していえるのは、そのシステム上、サポート校の学費の他に通信制高校の学費が別途必要で、それらを合わせた総額は、私立の普通高校より高いことだった。
むくがサポート校を選択するにあたっては、スクーリング授業が合宿等の泊まりがけでないことが、絶対条件だった。
その条件をクリアする学校は何校かあったので、あとは午前の登校時間や登校日数が少ない、制服を着用しなくてもよいなどの条件で選択した。
「考えるのがすごいめんどくさい。高校なんか行かなくていいんじゃない?」
むくは言った。
「できれば行ったほうがいいよ」
散々検討した結果、むくは何とか自力で自分の条件に合うサポート校を選択することができた。それは池袋にある学校だった。
その頃は、二月中旬も過ぎていたので、かもめは急いで中学に調査書を依頼した。その間にむくは志望動機の作文、かもめは入学志願書をそれぞれで作成し、書類が
揃い次第、サポート校に願書を持参して提出した。
「取りあえず、志望校が決まって良かったね。入学させて貰えるかな?」
「大丈夫。合格するよ」
かもめが聞く、むくは自信ありげに言った。
そして約一週間後、サポート校から結果が届いた。
「どうだった?合格だった?」
「合格だよ、きっと落ちる人なんかいないよ!」
二人とも合格しそうな気はしていたが、実際に合格証を手にしてやっと安心した。
何はともあれ卒業前に進路が決まり、むくの新しい未来が開けることになったので、かもめはとても嬉しいかったし、からす一家にとって、それはとても喜ばしいことだった。
しかしその一方では、今後の住宅をどうするか(本宅へ帰るかどうか)という大きな問題を、依然として抱えたままで、み
むくは相変わらず「本宅へ帰るなら死んだほうがまし」と言い続けていたし、住宅ローン、賃貸の家賃、むくの学費等の負担でからす一家の経済は限界に達していた。賃貸生活を更に続けるのは難しく、その問題に決着を着けざるを得ない時期に来ていた。
そしてかもめは、むくにもカウンセラーにもは相談せずに(経済的な問題は相談しても、どうにもならないため)、むくが中学を卒業したら本宅へ戻って生活しよう、と心秘かに決めていたのである。