《53》香港旅行Part2
滞在三日目は、「パンダバス」という日本人向けオプショナルツアーで、マカオ半日観光へ出かけた。これは香港に到着後、すぐに予約しておいた。
ツアーの集合場所であるカオルーン・ホテル前で待っていると、お茶目なパンダマークの描かれた専用バスがやってきたので乗車した。この日のツアーは他の家族連れ、三組と一緒だった。
マカオへ行くには、香港島の中環のフェリー乗り場から乗船するので、そこまではバスで向かった。
マカオはずっと以前はポルトガル領だったが、現在は中国に返還されていて、表向きは中国である。しかし経済格差からの混乱を避けるという目的で、返還後五十年は、ポルトガル当地時代の制度を保つことになっていて、一国内で二制度を実施している。
「マカオ特別行政区」というのが正式名称で、本土の中国人や香港在住の中国人は、申請許可証があればマカオへの入国は自由だ。但し、手続きは必要である。
外国人の場合は、香港(中国)や中国本土へ入国していても、香港からマカオへの出入国の際は、他の海外への入国と同じように、審査が必要なのである。
そんなわけで、ガイドさんと一緒に出国手続きをしたあと、マカオ行きのフェリーに乗り込んだ。
香港からマカオまでは高速船で僅か一時間のクルーズ。船内は綺麗で快適だったが、エアコンの効き過ぎで冷蔵庫の中みたいに寒く、もっと長かったら凍りつくところだった。かもめは寒すぎると生きた心地がしないものだと思った。
「マカオは香港よりも暑いみたい~!」
「本当、日差しが強すぎて焼け焦げそう」
マカオへ降り立った途端、一転してギラギラした太陽が照りつける、熱地獄へ陥ったので、三人とも閉口した。
マカオには、ポルトガル統治時代の建築物が現在も数多く残っていて、それらが観光名所になっている。世界遺産に指定されている建築物も数多い。セナド広場周辺にもそういった建築物が点在しているので、それらを徒歩で観光して回った。
ポルトガルへ行かずに、そういった建築物を見られるのは、とてもラッキーだとかもめは思った。
マカオ観光では昼食付きと無しのコースが選べたが、からす一家は無しのコースを選択していたので、観光終了後はフェリー乗り場へ送ってもらい、他のツアー客と別れた。
「なんでお昼を食べないの?」
むくはちょっと不満そうだった。
香港入国後は、フェリーターミナル内のマクドナルド(といってもマック・カフェ)で簡単なランチを取った。
そのあとはどこへ行きたいかむくに聞くと、「動物が見たい」と言うので、そこから少し山の方へ上がった所にある『香港動植物公園』へ行くことに決め、タクシーで向かった。
園内は想像していたより遥かに広く、熱帯植物が生い茂る、より自然に近い環境の中で沢山の珍しい動物達が生息していた。
「えりまきとかげ風の面白い鳥がいるよ!」
かもめはちょっと変わっているけど可愛い薄ピンクの鳥を見て、興奮しながら言った。
「ここに来て良かったね。こういう場所はツアーでは来ないもんね」
三人とも珍らしい鳥や動物を沢山見ることができたので、その公園にとても満足した。
疲れていたのでそれ以上歩きたくなかったが、からすが帰りはタクシー代を節約しようというので、仕方なく歩いて中環まで下り、地下鉄に乗って九龍ヘ戻った。それでむくもかもめもすっかりバテてしまった。
「今日の夕食はゆっくり食べたいけど、何にする?」
前日は慌ただしい夕食だったので、三人は再び、どこかのホテルのビュツフェでゴージャスに食べたい気もした。しかし、暑さと疲れで全く食欲が無くなっていたので、それはやめにした。そしてたまたま、日本でお馴染みの「和民」の前を通りかかったので、救いの神とばかりそこに突入した。
「とっても綺麗なお店だね、居酒屋じゃないみたい!」
香港の『和民』は、日本のとはお店の感じがちょっとい、赤と黒を基調にした、洒落たレストラン風のインテリアで、ローカルの若者達で賑わっていた。
かもめは日本のレストランが、香港人に人気なのはとても嬉しかった。
店内のメニューは日本の居酒屋的メニューを、香港風にアレンジしていて、同じ「和民」とはいえ、全然別のレストランに入ったようで新鮮だった。
お寿司、刺身、串焼き、焼きうどん、そしてサラダなどを注文し、三人で適当にシェアして食べた。
「やっぱり疲れてる時は、和食が一番!」
からす一家はどちらかというと和食党で、中華料理など油物が得意ではなかったので、疲れた身体や胃に優しい和食は有難かった。
四日目の朝はやっと三人で、ホテルで朝食を取ることができた。
かもめは海外旅行では、早朝出発のツアーに参加するより、午前中はゆっくりとホテルで朝食を取りながら、のんびり過ごすほうが好きなので、とても幸せに感じた。
ただ香港は国際都市で物価が高く、通常宿泊には朝食が付いていないので、一人三千円以上とかなり割高だった。
「マレーシアやシンがポールなら宿泊に朝食が付いているからいいけど、香港だと高くて、とても毎日なんて食べられないね」
からすが言った。かもめも朝食付きの魅力は大きいと思った。
滞在四日目にもなると、三人とも疲労がピークに達していたので、タクシーや地下鉄を利用して、気ままに近くを観光することにした。
まず地下鉄でセントラルへ行き、スタチュー・スクェアでかの有名な銅像を眺め、そのあとアドミラリティーへ向かった。
そこにはタイムズ・スクェアというショッピングセンターや、コンラッド、アイランド・シャングリ・ラなどの高級ホテルが三つ集まった複合施設があり、とても便利なのだ。
ランチにはタイムズ・スクェア内のイタリアンレストランに入って、名物の石窯焼きのピザとマグロの入ったサラダ、カフェ・ラテなどを注文した。
「すっごい、ピザもサラダもビッグサイズだね!でもどっちも美味しそう!」
前日のカフェ・ラテもビッグサイズだった、ここのカフェ・ラテは更にビッグで、ボールのようなカップになみなみと入っていたし、ピザは普通の1・5倍ぐらいはありそうな大きさだった。
(きっと香港はイギリス領だった影響で、食べ物が欧米並みビックサイズなのだろう)、とかもめは思った。
食事のあとは憧れのシャングリ・ラなどのホテルを、参考までに覗いてみた。
シャングリ・ラは想像どおりゴージャスかつ華やかで、ロビーや階段の壁画がとても素晴らしかったが、チム・サーチョイのシャングリ・ラに比べて規模が小さかった。一方、コンラッドは上品で落ち着いた雰囲気で、居心地が良さそうだった。
どちらも甲乙つけがたい素晴らしさだったが、かもめはコンラッドに宿泊してみたいと思った。
そのあ三人は「香港らしい場所へ行こう」ということで意見が一致し、女人街や金魚街などのある旺角方面へ地下鉄で向かった`。
その近くにあり、絶対に行ってみたかった、「園圃雀花園(バードガーデン Yeun Po Street Bird Garden)」という鳥類の市場に、真っ先に向かった。そこまではタクシーで向かった。
雀花園へ到着すると、その入り口付近の壁一面に、中国の花鳥風月風の綺麗な絵が描かれていたあので目を奪われ、その前で記念撮影をした。
中へ入ると園内はとても広く、市場というよりは、公園の中にインコや鳥達を売るお店が沢山出ている感じで、店先に並んだ可愛い鳥達が、愛らしい鳴き声を奏でていた。
そこはその鳥達を眺めているだけで、とても癒される素敵な場所だった。
そこをを出たあとは、向かい側にある『翡翠市場』に入った。ここは名前のとおり翡翠を中心に扱う市場だが観光客でも買い物が可能で、七宝焼きや置物など、高価のから手頃なものまで沢山並んでいるので、お土産選びにはもってこいだ。
むくはここで自分用のお土産に、夫婦バンダの七宝焼きを購入した。値段は忘れたが、かなり安かった記憶がある。
再びタクシーに乗り、観光の最後は旺角にある女人街ヘ向かった。
タクシーから降り立った途端、あたり一面から、鼻が曲がりそうな強烈な悪臭が漂ってきた。
「なにこの臭い、臭すぎる~!」
それが何の臭いなのかは不明だったが、その辺りには海産物の干物、漢方薬、肉類などを売る店が軒を連ねていたので、多分日本でいう「くさや」みたいなものの集団が、その強烈な臭いを発しているのではないかと、かもめは推測した。
少し歩いて女人街の方へいくと、その臭いはしなくなった。
女人街には洋服、バッグ、雑貨などを扱う店がひしめき合い、ローカルの人達で賑わっていた。
ぶらっと一巡りしても、そこではこれといって欲しい物は見つからなかったが、食堂街の中にある日本食の店先に書かれている、インチキなカタカナの日本語メニューの面白さに目を奪われた。
「帰りはどうやってチム・サーチョイへ戻る?」
悩んでいたところに、たまたまチム・サーチョイのバスターミナル行きの路線バスがやってきたので、つい引かれて飛び乗った。それは運良くオープントップバスだった。
香港らしい、賑やかなネオンの海を眺めなから乗車できたのは、とてもラッキーだった。
「今日は胃の調子どう?バイキングに行ける?」
「昨日より調子いいから大丈夫そう」
からすが聴いたので、かもめは答えた。
そして最後の晩餐は、候補に挙げていた、マルコポーロ・香港というホテルで取ることにした。
このホテルはハーバーフロントにある香港資本の五ツ星で、ハーバーシティーというショッピングセンターに直結した、とても便利なロケーションにあった。
レストランの店内はとても広く、モダンなインテリアが印象的だった。
和、洋、中、韓と五十種類以上はありそうな豪華な料理がずらりと並び、見かけもさることながら味も極上だった。
ディナーの途中で一人に一つ、豪華なロブスターのグリルが提供された。これは注文したわけではなく、バイキングに含まれているものだった。
「ロブスターが食べられるなんて最高じゃない!」
かもめは無類のエビ好きなので大感激し、このディナーにとても満足した。
(最後の夕食が良かったから、今回の旅行はまあ成功かな?)
かもめは心の中で秘かに思った。
ホテルの部屋へ戻ったあとは、最終日なので三人で余韻に浸りたかった。しかし翌日の帰国にむけて荷物をまとめなければならず、いきなり現実に引き戻されてひたすらスーツケースに荷物を詰め込み、そして急いで眠りについた。
帰国日の朝を迎えた。フライトは午後三時過ぎの予定なので、ホテルで朝食を取ることは可能だったが、むくが寝坊したのとお土産の調達具合が今一つだったので、朝食抜きのままタクシーで、チム・サーチョイ・イーストにあるDFSギャラリアへ向かった。
お菓子等やお茶をなどをゲットしたあと、かもめの一番の目あてである「レスポート・サック」という、バッグの専門店に入った。
ここのバッグはパラシュートの生地で作られ、とても丈夫なことで有名。本店はアメリカだが支店は世界各国にある。ここで香港限定品を購入しようと考えていたのだ。
売り場へ直行すると、素敵な柄のバッグが所狭しと並んでいたが、定番にはない、ちょっと珍しいデザインで柄も素敵なバッグが目に止まった。
(もしかして香港限定?)そう思ってかもめが店員さんに聞くと、それは正しく香港限定品だった。
「素敵なバッグ!」
かもめは一目惚れし、そのバッグを即購入した。(最終日に素敵なのを見つけられるなんて、かなりラッキーだ!)とかもめは思った。
空港への送迎の時間が迫っていたのでそのあとはすぐにホテルへ戻り、出発までの一時を、海に面したカフェで過ごすことができた。
コーヒーを飲みながらスター・アベニューを眺めていると、中国本土から来たようなちょっと服装の可笑しな団体が溢れかえっているのが見えた。それを見たかもめは、
「景色が綺麗だし欧米人が多いから、香港は中国じゃないって気がするけど、やっぱりここは紛れもない中国なんだね」
改めて認識したのだった。
復路はキャセイ(CX)500便。係員との送迎の待ち合わせ時刻の正午にロビーへ行くと、すぐ係員と会うことができ、すぐに空港へ向けて出発した。
空港到着後はキャセイのカウンターまで案内してもらい、現地係員とは別れた。
出国審査やセキュリティチェックがかなり混雑している、と現地係員から聞いたのですぐに並んだがやはり長蛇の列。順番までに三十分以上は待たなければならなかった。
おまけに搭乗ゲートは巨大な空港の一番奥の端だったので、三人とも焦った。
「時間が無いから大変」
そこまでは早足で歩いても二十分以上かかり、搭乗の締め切り時刻間際に、なんとか機内に飛び込んだ。その広さゆえ、空港内には有料の送迎カートが用意されている。
現地係員の話しでは、キャセイは突然搭乗ゲートが変更になることは珍しいことではなく、また時刻になると、何の案内も無く搭乗を締め切って出発しまうとのことだった。時間的な余欲があったとしても、安心してはいられない飛行機なのである。
「香港は人が多いし、慌ただしいからやっぱり疲れるたね!」
かもめはつくづく思った。
からす一家は、初めて香港にはその喧騒と暑さにはびっくするとともに閉口し、この国はちょっと苦手だと思った。しかし一方では、香港の圧倒されるぐらい壮大で、ドラマチックなのには魅せられ、とても感動したのだった。
「香港へ来られたから生きていて良かったよ!」
からすは脳梗塞発症当時の苦しさから、社会復帰までのことを思い返して、心の底からそう思ったようだった。
そしてからす一家は、無事に日本に帰国することができた。