《45》友達と同居して転校
11月頃、むくは芸能界を目指している人達のサイトで、同学年のある女の子と知り合った。
その彼女は名古屋在住で、芸能事務所のオーディションやコンサートがある時など、新幹線を利用して時々一人で上京していた。
「名古屋の人、一ヶ月に何回か、新幹線で東京に来てるんだって」
「一人で?」
「そうみたい」
むくの話しではその子はお金持ちのお嬢様で、そういった費用はご両親が負担してくれているということだった。
お互いに同じ学年で趣味が似ていて話しが合ったので、彼女が上京した時には二人で会うようになった。
会ってただ、話しをするだけならよかったが、暫くするとまたむくは可笑しな言動や行動をとり始めたので困った。そして彼女と会う日は、深夜近くに帰宅することが多くなった。
「中学三年から都内の公立中学に転校するよ」
ある日突然むくが言った。
「あの名古屋の人が三年になる時にお母さんと上京して、都内にマンションを借りることになったんだけど、もしかしたら今、うちで住んでいるマンションの近くに借りるかもしれないって。そうなったら同じ公立に行かれるんだよ。絶対に同じ中公立に転校する!」
「本当?本当にそんなこと言ったの?その子がそうしたいと思ったって、ご両親が許可しないと借りられるわけないんだから。借りるには沢山のお金がかかるしね」
「大丈夫だよ、彼女の家はお金持ちだしご両親は優しいから、いつもあの人の好きなようにさせてくれるんだって」
「もし、家の近くに借りないって時はどうするの?」
「その時はあの人の家で借りたマンションに一緒に住ませてもらって、同じ中学へ転校するよ。でも家賃は半分払わないと駄目だから払ってよ」
「マジで言ってるの?親子で上京して、家族で住むのはありえるかもしれないけど、お互いに親どうし全く知らないのに、一緒に住んでもらえる訳ないじゃん。常識で考えたってありえないよ!」
只でさえむくは支離滅裂な言動や危ない行動が多いので、人様に預けられるわけないし、住みたいと思ってくれる人もいるわけない。もし、万に一人でもいたとしたら奇跡的だ、とかもめは思った。
むくの年になれば、そんなことは非現実的で不可能だとわかるのが普通だと思うが、むくの場合は自分の頭の中で善悪の判断がつけられないので困る。
むくの悪い病気が始まったので、振り回されるに違いない、とかもめは恐れをなした。
「無理な事をいくら言っても駄目だよ」
むくはなかなか諦めず、それからも暫くその事を言い続けた。
いつまでたっても収まらないので、不本意ながらかもめはある手段を取らざるを得なくなった。
むくの携帯で名古屋の友人のメールアドレスをこっそり控え、彼女の方からむくに同居の話しを断ってくれるよう、メールでお願いしたのである。
「こちらこそ、ご迷惑をかけてすみません」
とても素直そうな子ですぐに理解してくれて、自分の方からむくに断ってくれた。
何故むくの友人に対してこんな変なお願いをしなければならないのか、かもめは自分が嫌な人間になったようで、いい気持ちはしなかった。そして自己嫌悪に陥った。
「なんでそんな余計なことしたんだ!」
後からその事を知ったむくは激怒して暴れ、ボカボカと自分の頭を叩く破壊的行動に出た。
それでも現実には無理な事なので、とにかく納得してもらうしなかった。
恐らくむくは、通っている中学で三年生から教室へ登校できるかは自信がなかったので、誰かと一緒に別の中学へ転校すれば通えるかもしれない、また、本宅のある地元中学への転校も、何としてでも避けたい気持ちがあったのだろう。
転校に関してのむくの気持ちがわかると、さすがに本宅へ戻って地元の中学へ転校させるのは難しいとかもめは思った。
鬱病のこともあり、同じマンションで生活を続けるか、或いは少し田舎に下って、多少でも広い賃貸へ借り変えるか、どちらにしても更に二重生活を続けるしかない、と思わざるを得なくなっていた。
そんな中、むくの追いかけ活動はより一層活発化し、ハイテンションさが増した。
(都心のど真ん中にある、このマンションにこれ以上住んでいたら、むくの頭は破壊するんじゃないか?)
こういう場所での生活は、むくの脳にとってどうも刺激が強すぎるようで危険だ、とかもめは思い始めていた。