《41》芸能おたく生活、始まる
一度だけ芸能事務所のオーディションを受験したむくは、それ以来芸能事務所や劇団に応募しなくなった。
「なんで、もう応募しないの?」
むくに聞いた。
「受けに来てた人達を見て、自分には芸能界なんて無理だってわかったんだ。歌も歌えないし、特技もないから」
「そうなの~?でも随分諦めるのが早いね」
「まあ実際にオーディションとか受けてみないとわからないもんね。でもきっと今度のことは、いい経験になったと思うよ」
かもめはむくに言った。
想像したり考えているだけでは漠然としている事も、実際に経験して初めて解ったり、想像とは全く違うと感じることはよくある。
結果はともかく、やはり実際に経験して納得することは大切だ、とかもめは考えている。
もし経験させずに説得して諦めさせたとしても、そのことがいつまでも頭の片隅にあり、別の進路へ進んだとしてもいつかまた浮上してきて、その妨げになるような気がするのである。
オーディションに応募しなくなっって、むくは多少落ち着いたかに見えたがそれも束の間、今度は芸能雑誌を沢山買い込んだ。
そして携帯で芸能関係の掲示板を見たり、沢山のメールマガジンを購読して、ある芸能人の情報を集めたのである。
またメルマガは購読するだけでなだく、後から自分でも発行するようになった。
「ジャニーズの誰かのファンなの?」
そう思ってむくに聞いてみた。
「デビューしてもいないし、有名人じゃない人だから、言ったってわからないよ」
始めのうちむくは誰のファンか秘密にしていたが、そのうちにジャニーズJr.の予備軍みたいな小中学生のうちの、数人が好きだということがわかった。
それから少しして、今度はジャニーズJr.のファンクラブに入りたい、と言いだした。
以前から好奇心は旺盛だったが、次から次へと関心を持つのにはちょっと呆れた。
「ファンクラブの入会って高いんでしょ?」
「でもどうしても入りたい、入れないんなら死んだほうがましだ」
駄目と言えば鬱病のむくは、パニックを起こして怒鳴ったり暴れたりした。
そして毎日毎日、朝から晩まで同じ事を、かもめが閉口するまで言い続けた。
根負けしたのもあるが、むくは学校を休学していて、遊ぶ友達もいなくて可哀相な気もしていたので、結局ファンクラブへの入会を許可した。
しかし実際に入会させると、これがまた厄介だった。
コンサートの案内が次々送られてくるので、その度に携帯サイトで同じコンサートへ行く相手を探した。そしてかもめの許可も得ず、勝手に申し込みをした。
「コンサート代をちょうだい。人の分も立て替えたから二人分。相手の代金は後で受け取って返すから。」
と、自分勝手に決めて要求した。
「どうしていつも言ってるのに、勝手に申し込んだりするの?しかもよく知らない人の分まで立て替えるなんて可笑しいよ。もし相手が返してくれなかったらどうするの?自分が勝手に申し込んだのだから、自分で責任持ちなさい!」
「一緒に行く人と、隣りどうしの席のチケットを買うには、どっちかが相手の分の代金を立て替えて同時に申し込まないと、別々の席になっちゃうから仕方ないんだよ」
むくは言った。
反対すればする程むくのパニックは酷くなり、叫んで暴れて手が着けられなくなる。自分自身をコントロール出来なくなるのだ。
仕方なくこの時も一回だけは、相手の分も立て替えて購入する事を許した。
しかし、次回からも同じことをさせるわけにはいかないので、むくが落ち着いているときに厳重に注意した。
以前からむくはたいていかもめの許可を得ず、自分で勝手に何かの申し込みをしたり、約束する事が度々あった。
その度に再三注意したが、改善される気配は全くなく、同じことを繰り返していていたのである。
その上鬱病になってからのむくは、ますます自分をコントロール出来なくなっていたので、本当に対処が大変だった。
コンサートの申し込みだけでも一悶着あったのに、申し込んだコンサートに外れるとまたむくは一騒動起こした。
(コンサートに行けなくなった!)頭の中がその事一色になり、またしても酷いパニックに陥って暴れた。そして、オークションでバカ高いチケットを購入しようとした。
「中学生がオークションなんて駄目に決まってるじゃない!?」
とうとうかもめは大声で叫んだ。
しかし、むくは聞く耳を持たず、一晩中オークションサイトと睨めっこしていた。
一晩経って少しは落ち着き、自分でもあまりに値段が高いと思ったのか、また、かもめもこの時だけは許可しなかったので、最終的には購入を諦めたが、数日間はむく火花の散らし合いだった。
(いったいこの人の頭の中はどうなっているの?ちょっと脳の中が可笑しいんじゃ?常識も通じないし)
かもめはマジでむくのことが心配になり、また一方では、もう自分の手に負える人間ではない、とつくづく感じて先行きが不安になった。