◇からすの自閉症◇パニック症状1◇
これまで《天国から地へ・旅がらす二重生活》という実話小説を書き綴ってきて、現在も連載中である。
その小説の話しの進行とはずれるが、現在では自閉症と診断されている、からすやむくの自閉症、また、それと関連する、パニック症状についても纏めていこうと思う。
まず始めに、これらはあくまでもからすやむく個人のことについてであり、他の自閉症の方々に共通するものではないことを、お断りしておきたい。
今回は過去にさかのぼって、からすが結婚した当時の様子について書いてみようと思う。
自閉症において比較的顕著な特徴として、パニック症状がいわれているが、からすも結婚当初から、ちょっとしたことですぐパニックに陥り、突然切れて激怒することが度々あった。
当時のからからすのことを思い返すと、他人と生活を共にするには、性格的にかなり無理があった気がする。
何しろ結婚したにもかかわらず、いつもできるだけ自分の部屋に一人で籠もっていたがり、かもめとお互いのこと、家族のこと、そして将来についてなどとにかく話し合うこと避け 、相手を必要以上に自分の領域に踏み込ませないように、一線を画していた。
だから、からすと生活を共にしていても、いつも一人でいるみたいなもので、〈一緒にいても一人〉、そんな表現がぴったりの生活をしていた。
「一緒に暮らしてるのに会話もしないで、いつも自分の部屋に籠もってるなんて、いったいどういうつもり?そうじゃなきゃゴルフの打ちっぱなしに行ってるし、人を馬鹿にしてるの?話しさえもしたくないんなら、なんで結婚なんかしたの?」
「もしこれからも一緒に生活するつもりなら、お互いの理解を深めるために会話をしたり、歩み寄る努力が必要だよ 」
かもめはそう、からすに言った 。
しかしそう言ってもからすはその生活を変えようとはせず、かもめが近づこうとすればするほど喧嘩が増え、感情的な問題や会話が苦手なからすはますます混乱して、度々パニックに陥った。
その当時は賃貸マンションに居住していたが、からすは精神的に追い詰められて、自分自身ををコントロールできなくなると、突然切れて夜中だろうと何時だろうと構わず窓を全開にし、ベランダに出て 、「助けてくれー!」「助け てくれー!」と信じられないぐらいの大声で叫んだ。
それはいつものぼそぼそとした、覇気のない喋り方をするからすからは、ちょっと想像のできない大声だった。
一度精神的限界を迎えると、一晩に何十回でも叫び、夜中でも何時間も続くこともけっして珍しくはなかった。
同じマンションの住人は、その度に大迷惑していたと思うが、からすのやっていることがあまりにも異常で、精神病患者では?と疑われるぐらい酷かったので、住人は恐れをなしてか、苦情を言ってくることはなかった。というより、言えなかったのかもしれない。
その当時は、からすが自閉症だと解っていたわけではなかったので、性格的にかなり偏った、自閉的な人と思っていたのだが、今にして思えばこれらの奇異な行動こそが、自閉症的パニックだったのである。
「自分に危険があるときは 、危険を回避する為に、誰かに助けを求めるもんだ!」
そういう時のからすは、 独自の理屈を付けて自分を正当化した。
パニック症状が収まり、一応正常な精神状態に戻った後も、いつも暫くは放心状態が続き、その間、自分の髪の毛を沢山毟っていた。
「何をしたか覚えてる?」
後になってから聞くと、
「何をしたか、よく覚えていない」
たいていそう言い,後になれば何事もなかったように、ケロっとしていた。
その頃は何故そんなふうになるのか謎だったが、結婚後数年経った頃から、からすはパニック状態の時には頭の中が真っ白になってしまい、自分の身を守る事以外は考えてられなくなってそういう行動に出る、また、被害者意識がとても強いということが解ってきた。
警察事件から暫く経ったある日の深夜、いつもと同 じようにからすが自分の殻に閉じこもっていることへの非難から、喧嘩が始まった。
だが、自分を変えることも 、心理的問題を解決することも苦手なからすは、喧嘩で寝る時間が減ってしまうことへの恐怖と苛立ちから、とうとう警察に助けを求めた。
警察官はパトカーですぐにやって来て、からすの訴えを聞き、調書を書いた。
「自分は寝たいのに寝られない。迫害されていていて命の危険がある」
そう訴えた。
根本的な原因が何かなど関係なく、とにかく自分は被害者で、危害を加えられていると主張した。
からすは延々と1時間近く訴え、暫く経って落ち着いてから警察官は退散した。
警察官が帰り際に言ったことは、今でもよく覚えている。
「夫婦喧嘩や家庭内暴力で、女性が警察に助けを求めることはよくありますが、男性が警察を呼ぶことは殆どありません。 ご主人は精神的には大丈夫ですか?何か病気ですか?」
「病気ではないんですが、 男性が単なる喧嘩で警察に助けを求めることは殆どないんですね?」
「一度病院でご主人の精神的なことをご相談されたほうが良いかもしれませんね」
警察官のその言葉で 、それまでからすに対してうっすらと抱いていた、(もしかして自閉症? 精神的にも不安定だし?)という疑問が、かもめの中で表面化し始めた。
また結婚当初から、からすのことを(もしかして自閉症なのでは?)と感じていたかもめの両親も、この時を境に、ますますその思いを強くしたようだった。
しかし当時は、アスペルガー症候群や高機能自閉症のように、知的障害を伴わない自閉症については現在ほど研究が進んでおらず、世間的にも認知度は低かったので、からすが自閉症であると確信するには至らなかった。
ここまでのことは、結婚後約1年後ぐらいまでのことだが、その後現在に至るまで、数え切れない程のパニック症状と自閉症による問題があった。
それらについても順を追って書いていきたいと思う。