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《40》むく、芸能界を目指す

 夏休み明けに、賃貸マンションへ戻ってからのむくは、突然何かに取り付かれたかのように、劇団や芸能スクールのパンフレットを片っ端から取り寄せ、携帯で自分の写真を沢山撮影しては次々とオーディションに応募し始めた。

 なぜむくが、急にそういう事をやり始めたのかは全く謎だったが、以前から芸能界に多少の関心を持っていたことは、かもめも知っていた。

 単なる思いつきから始まったにしては、妙に取り付かれたようにっていたので心配になり、むくに聞いた。

「ねえ、今の学校では芸能活動は禁止だよ。それに劇団に通うのに、どのくらお金が掛かるか知ってるの?」

 むくは思い込んだらそれ以外の事は考えられなくなり、同時に他のことはできない性質だったのと、中学のことも無視はできない問題だった。

「劇団が高いのは知ってるよ。でも、どうせ受かるわけないから心配しなくても大丈夫だよ」

 確かに劇団等の費用はバカ高い。

 むくの学費以外にも住宅ローン、マンションの賃料を支払い、更にカウンセリング代をも捻出している状態ではとうてい費用の捻出は難しく、劇団へ通わせられそうになかった。

 だがもしむくが公立中学へ転校し、学費や賃料等の出費が減少してからなら、全く可能性がないわけではなかった。

 そしてむくが、本気で芸能界を目指そうと考えるのなら、その道に進ませることも念頭に置いたほうが良いかもしれない、とかもめは思った。

 とはいえ、芸能界に関心があるといってもそれはお笑いで、(もしできればお笑い芸人に)という程度の漠然としたものだったので、ダンスや歌のレッスン等、芸能界を目指す為に必要な準備は全くしていなかった。つまりその道を目指す人間としては全くのド素人の部類だった。

その上、学校でのダンスや歌もあまり得意ではなかったので、かもめの目から見てむくの芸能界入りについては現実の事とは感じられなかったし、ちょっと難しい気がしていた。

 むくが応募した、劇団の書類審査は形式的なものだったのか全て合格し、その後のオーディションの案内が次々届き、学校を休学していて時間だけはたっぷりあったむくは、片っ端からオーディション受験の日時を約束した。

 だが休学中はいつも夜更かしていたので、結局朝早くは起きられず、オーディションはの受験はたいていすっぽかしていた。

 そんな生活の間もむくは、定期的にカウンセリングへ通い、オーディションに応募していること、歌やダンスを習いたいことなをどを、カウンセラーに話した。

「やりたいことに挑戦するのは良いことですよ。歌やダンスが習えそうなところをお母さんと一緒に探してみて、次回のカウンセリングの時にその様子を教えて下さいね」

カウンセラーはそう言った。

 それから暫くは、近くでむくがダンスや歌のレッスンに通えそうなところを探した。

 賃貸マンション付近には芸能事務所や劇団があり、業界人もよく見かける場所だったので、芸能人やプロを目指す、高レベルの人達が通うようなダンススタジオは比較的見かけたが、むくみたいな全くの初歩レベルの人が通えるようなスクールは見当たらなかった。

 初歩の段階の子供のクラスもあるにはあったが、せいぜい小学生ぐらいまでで、あとは主婦のダンス教室か、区で時々開催する単発の講座ぐらいだった。

「いつになったら教ダンスや歌が習えるの?」

「別の駅でも探してるんだけど、なかなか丁度いいいのが無いんだよね」

何の進展もないまま約二ヶ月が経過したので、むくのイライラ、ジレンマは最高調に達していた。

 そんなある日、いつものよう芸能事務所のオーディションに応募していたむくが、本当にオーディションを受けることになった。

 そのオーディションは夕方からだったので、寝坊なむくでも受験が可能だった。

「オーディションを受けるっていってもさー、やっぱり歌もダンスもできない。いったい何をやればいいの?」

「お笑が好きで、ネタを考えるのが上手そうだから、そういうのとか物真似とかどう?それとも演技はできる?」

「無理だよ、やったことないんだから」

 何の準備もしないまま、むくはオーディションの当日を迎えた。

 むくがオーディションを受けた芸能事務所の場所ははっきりとは覚えていないが、確か渋谷から10分ぐらいバスに乗ったところにある、小さなビルの一室だった。

 ここが芸能事務所なの?と疑いたくなるような単なる事務所風のところだったが、以外とオーディションの受験者は多く、5、60人は来ている様子だった。

「気楽に頑張ってね!」

 受け付けで受験表を提出した後は、むくは中へ案内され、かもめ事務所の入口の待合室でオーディションが終了するまで待たせてもらうことになった。

 中へ入ったむくは、まずオーディション用の写真を撮影され、他の受験者が並んでいる列に案内された。

 開始時間がきてオーディションが始まると、一人ずつ審査員の前に呼ばれ、それぞれ自己紹介と自分のアピールをした。

 自分の特技や一芸のある人はそれを披露し、またある歌手志望の人などは自作の歌を歌ってオーディションに挑んだ。

(むくは何にもできないけど、いったい自分の番になったらどうするんだろう?)

遠くから眺めているだけのかもめの方がドキドキしていた。

 ついにむくの順番が来た。

 名前を呼ばれ、審査員席の方へ行ったのは見えたが、遠かったので自己紹介の様子や、むくにどんな課題が出されたのかまではわからなかった。

 ただ立ち上がって、何かしているようだったので、恐らく演技の課題でも出されたのだろう。

 オーディションが終了し、帰宅する途中むくからオーディションの話を聞いた。

「オーディションではどんな課題が出されたの?」

「演技だよ。病気で最後に倒れる役」

「できたの?」

「できるわけないじゃん、1回もやったことないのにさー!できたら天才だよ。それに恥ずかしくなって笑っちゃって駄目だったよ」

「審査員の人に、これから演技の勉強を始めてみて下さいって言われたよ」

「でもとにかくオーディションを受けられて良かったね。きっといい経験になったと思うよ」

 むくは自分自身について、自分ではあまり把握できず、想像力もあまりなかったので、オーディションに限らず、とにかく自分で体験して納得する必要があった。

 そうでないと、いつまでたってもそのことばかりを考え続けて、身動きの取れない性格だったので、その後も芸能界を目指すかは別として、とにかくオーディションを体験できたことは、むくにとって良かった。

 それ以来むくはオーディションに応募しなくなったが、今度は芸能界に関連する別のことに感心を持ち始めたのである。

 

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