《30》保健室でもテスト頑張った
保健室登校が始まったむくだったが、担任の先生からの酷い仕打ちや苛めで、学年末試験が危うくなっていた。
三学期を乗り切る為にむくは頑張るのだった。
保健室登校が始まって以来、教室へ行っていなかったむくは、3学期末の試験を保健室で受験させてもらえる事になった。
美術や家庭科のように実技を伴う科目は、筆記試験以外に各教科の担当の先生からレポート課題が提出され、それをやって実技試験の代わりにしてもらえる事になった。
通常の授業で配られたプリントは、むくにはあまり渡されなかったので、試験直前に担任や各教科の先生から伝えられたテスト範囲をもとに、むくが自力で勉強するしかなかった。
担任が担当する科目も先生はむくを嫌っていたせいか、授業のプリントは殆どむくには渡してなくれなかったのである。
「なんであの先生はプリントさえもくれないの?全く無視状態なんて酷いね。一応自分のクラスの生徒なのに」
「何とかプリントを、少しでも貰えないの?一応聞いてみたら」
「駄目だよ、あの先生は私の事を嫌ってるから、私の成績が悪くなろうが関係ないんだよ」
そうむくが言った。
「そうなの?なんて嫌な先生なんだろうね?!」
担任の態度には、普段から他人にわりとな寛容なかもめも、腹をたてた。
それから数日後、職員室の近くを通りかかったむくは、すぐ近くの小部屋に授業で使うプリント類が置かれているのを発見した。
(先生が配ってくれないから勝手に貰ってしまおう)
本当はいけない事だと思いながらも、むくはそこからめぼしいプリントを探して、何枚か失敬してしまった。その話しを聞いてもかもめはいけないとは言えなかった。
それから数日後、またむくがプリントを頂戴しようとした時、運悪く担任の先生が通りがかって、むくのしようとした事を見られてしまった。そしてまた、怒られる嵌めになったのである。
「勝手に持ちだそうとするなんて、まるで泥棒みたいですね!ちゃんとプリントを下さいと言いなさい!」
担任は怒りながら、そう言った。
プリントがなければ勉強が出来ないから、黙って頂戴するのもやむを得ないとむくは思っていた。だから先生の言う事に聞く耳は持っていなかった。
そんな感じでむくはあまりテスト勉強も出来なかったので、かもめは期末試験の結果については殆ど期待していなかった。
保健室登校の生徒が一人増えていたので、この生徒も保健室で試験を受けた。その生徒からむくが話しを聞いた限りでは、担任はむくに対するのと同じように、その生徒にも馬鹿にした酷い態度やしうちをしているという事だった。
この担任は常日頃から自分の物差しでしか人を見られない、かなり狭量で、好き嫌いやえこ贔屓の激しい人物だった。
優等生や自分の気に入っている生徒にはとても良い対応をしたが、それ以外には差別的、また保護者に対しても上から目線で、高慢な態度だった。だから他の生徒からの評判や、父兄からの評価も決してよいとは言えなかったが、学校での立場を考えて皆、文句を言わず我慢していた。
むくはそんな先生の態度にもめげず、自分なりに勉強をして何とか試験を乗り切る事が出来た。
幸い学年末試験は、1年間の全ての範囲から出題されたので、むくにとってはラッキーだったのである。
結局、三学期の成績はクラスの上位とまではいかなかったが、真ん中ぐらいに位置する事が出来たので、何とか二年生にも繋げられそうだった。
授業を受けていないから、てっきり試験の成績はクラスの終わりの方だろうと思っていたので、予想外の結果にむくもかもめもびっくりした。
「授業を受けていないのにクラスで真ん中ぐらいなんて、凄くない?」
「保健室登校のもう一人の人は、成績がクラスの一番後ろの方だってよ。」
むくはちょっぴり自分の頭の良さに天狗になった。
「そんな事で自惚れるもんじゃないよ。」
「今回は1年間の授業範囲から出題されたから何とかなったかもしれないけど、二年生になっても保健室に登校するわけにはいかないんだからね」かもめはむくに釘を差した。
世の中そんなに甘くはない、それをむくには知ってほしかったのである。
二重生活を始めたり、からすの脳梗塞、むくの不登校と、からす一家にとって変化や苦労の多い一年間だった。しかし、からすは一応会社へ復帰できたし、むくも中二になれば心機一転して、きっとまた以前のように元気に教室へ通えるようになるだろう、とこの時は3人とも思っていた。
だからあさか現実に更なる不幸が待ち受けているとは知る由もなかった。