《22》携帯電話事件
学校へ着くと担任、学年主任、むくの3人が応接室で待っていた。担任はとても不機嫌な様子で、無愛想にかもめを迎えた。
この担任と学年主任は、両方とも女性だったが性格は対照的だった。担任は感情的で顔や態度にすぐ表れ、狭量でかなり高慢。お世辞にも生徒や父兄から好かれるタイプではなかった。一方の学年主任は親切、温厚、そして面倒見が良く、生徒や父兄からの評判も良かった。
むくの携帯事については担任から説明されたのだが、内容は以下のようなものだった。
約一ヶ月前から暫く学校を休んでいるクラスメート(特別親しい訳ではなかった)の携帯に、丁度同じ頃からうくが一方的にメールを送り始めた。
初めは相手の体調を心配するような極普通の内容だったが、相手からはメールの返信がなかった。それでてっきり使ってないアドレスだと思ったむくが、愚痴や文句など自分の鬱憤を晴らす場所、また手段として、その友人へ携帯でメールを送っていた。時には学校へ来ないその友人を非難するメールも、送ったりもしていたらしい。
それが段々とエスカレートして挙げ句の果て、「学校へ来られないようなやつは死ねばいいんだ」といった、酷い内容のメールまで送るようになっていった。
それらはむくからの一方的な送信だけで、終始相手から返信される事は無かった。
何故その相手に送ったかについて、むくは次のように言った。
「その友人が嫌いとか、恨みがあったわけじゃない」
「アドレスを知ってたからメールを送ってみたら返事が来なかったので、もう使ってないアドレスだと思い込んで、自分の愚痴や文句を送ってしまった」
メールの内容については相手のご両親が、娘の携帯へ送られてきたメールをパソコンに送信し、それをコピーして持参したので、学校側とむくが確認した後、かもめも確認した。
かもめはそのメールを読んであまりの内容に、恥ずかしさで顔から火が出そうだった。そして再度何故そんなメールを送ったのかを確認した。
「賃貸へ引っ越してからそれまでの帰る方向が変わったから友達がいなくなったし、〈からす〉が突然脳梗塞になったから精神が不安定になった。どこでもいいから愚痴や不満をぶつけたかった」とむくは言った。
さらにむくはそのメール相手に学校で度々彼女について悪口を言っていた友人の事を、名指しでメールで伝えてしまっていた。
その事は後日厄介な問題へと発展したが、それについては後で触れたいと思う。
とりあえずその日はむくから事情を聞いたので、担任が「今日の話しの内容は、私からメールを送ってしまった相手のご家族に伝えます」
と言った。
そして後日学校か、或いは別の場所に話し合いの場を設け、場合によっては相手に対して謝罪をしなければならないかもしれない、とも言われた。
学校からの帰り道、かもめはむくと一緒に歩きながら、段々とむくのやった事に怒りがこみ上げてきた。
「なんであんなメール、クラスの友逹に送ったの?あのお友達は暫く病気で休んでいたのに、あんな酷いメールを送られたら2度と学校へ来なくなっちゃうよ。もしそうなったらどうするの?」
「それにいくら自分が不満だらけだからって、他人にそれを送り付けるなんて、あまりにも酷いし、常識が無さすぎるんじゃない?人の気持ちを考えた事ないの?」
かもめは怒りが爆発して一気にまくし立てた。
「あの人に送るつもりはなかったんだよ。本当にもう使ってないアドレスだと思って送ってたんだよ」
むくはそう言った。
「からすだって脳梗塞になっても、リハビリしてむくの為に頑張ってるんだから、手助けは出来なかったとしても、せめて自分の事だけでもしっかりやってくれなくちゃ」
むくは性格的に難しいところがあるので、その気持ちが全く解らないわけではなかった。だからといってむくのした事が許されるわけではない。
その晩かもめは、精神的ショックにうちひしがれた。
(なんで自分ばかり、こんな酷い目にあわなければいけないの?こんな時にもからすは相談できるような人じゃないし…)
疲労と虚脱感に苛まれ、生きているのが嫌になった。
(世の中は不公平だ!)この時ばかり、かもめは本当にそう思った。