《21》天国から地獄へ?
退院前の1週間はリハビリ以外にも、会社との折衝、生命保険の請求手続き、更には退院の準備等、からすにはやらなければいけない事が沢山あって、忙しかった。
またその週には会社から、復帰についての回答が出される事になっていたので、からすは落ち着かない様子だった。
「また会社に復帰出来るのかな?」
とからすは不安そうに言った。
「こればっかりは想像が付かないよ。どっちにしろ期待はしないでいたほうがいいと思うよ」
万が一復帰の話しが駄目だった場合も想定して、そう答えた。
かもめとからす、どちらも半信半疑で、この段階にもなるともう運を天に任せるより仕方がない、と考えていた。
天国から地獄への階段を降りる分かれ道に立たされていたのである。しかし病気以前のからすは殆ど会社を休まず、勤務態度は至って真面目だったので、もしかしたらその辺が考慮されるかもしれない、という淡い期待が無い訳ではなかった。
そしてからすは、遂にその運命の時を迎えた。
会社の上司から今後の就業ついて回答を出す、と言われ覚悟を決めて会社へ出かけていった。その結果についてはその日の夕方、からすから電話があった。
「今日の会社からの話しでは、一応会社へは出社できる事になったよ。でも退院して直ぐじゃなくて、やっぱり暫く様子を見てからだって」
「えーっ!やっぱりそうなの?どうして直ぐじゃ駄目なの?」
「何時からなら会社へ出られるの?」
「退院するとすぐに年末だし、まずは自宅で療養して普通の生活に身体をならして、体力を付けてから」
「でも新年の仕事始めから一応出社できるらしいよ」
「そうだよね~、やっぱり身体を馴らして、体力を付けないといけないよね」
「それに退院しても、すぐ脳梗塞を再発する人もいるから、様子を見る必要があるんだって」
「そうなんだ。でも退院して順調なら会社へ行けるんでしょ、良かったねー!」
「まだ先だから解らないけどね」
からすからは今一つ自身のなさそうな返事が返って来た。
(よかった。まだ、神様に見離されてはいなかったみたい)
とりあえずかもめは安心したのでその晩はゆっくり眠り、翌日はからすの所へ向かった。
退院までには様々な保険関係の請求申請書への記入や、また専用の診断書に、主治医による記載も必要だったからだ。
からすのリハビリが終了するのを病室で待ち、用事を済ませ、その後いつものように一緒に病院を出て駅へ向かい、からすは通い慣れた銭湯へ、かもめは帰路についた。
退院が間近に迫って来ると、大変だった病院通いや、駅で一緒に買い物をした事等が、やけに懐かしく思い出され、退院はとても嬉しい反面、何だか寂しい気がした。
その日の病院からの帰宅途中、やっと自宅の隣の、むくの学校のある駅まで来たところで、突如かもめの携帯の呼び出し音が鳴った。
何だろう、からすが言い忘れた事でもあるのかな?)
そう思って出てみると、それはむくの中学の担任の先生だった。先生から、ちょっと信じられないような話を聞かされた。
暫く学校を休んでいるむくのクラスメートの携帯に、1月以上前から変なメールを送り続けている人がいて、不審に思ったご両親が調べた結果、同じ学校の友人かららしいと解り、警察へ届ける前に先ずは学校へ来校されたという事だった。
その話しを先生が、電話をしてきた当日に生徒達にしたところ、放課後にむくが名乗り出て、自分が送っていたといったので、先生から連絡があったのである。
「お嬢さんも学校にいますから、とにかくすぐに学校へいらして下さい!」
担任の先生は怒りを顕にして、つっけんどんに言った。
突然の出来事に訳が解らず、目の前が真っ暗になりかけたが、とにかく学校へ飛んでいった。