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《20》社会復帰はできるの?

 自宅へのお泊まりが中止になってしまったので、からすはがっかりした。しかし誤嚥性肺炎は軽く、数日で熱が下がったので大事には至らずに済んだ。それでお泊まりは翌週末に延期する事になった。

日々少しずつでも快方へ向かう中、からすは会社への復帰を現実の事として、考えざるを得ない時期に差し かかっていた。しかしまだその時点では、からすは会社から仕事への復帰については何も告げられてはいなかったので、悠長に構えていた。

 以前から場の雰囲気や、自分の置かれている状況、立場を把握する事は、とても苦手だったのでそれは仕方のない事かもしれない。

「まだ脳梗塞になる前のようには食べられるようになっていないけど、入院して随分経つから、そろそろ復帰について会社と連絡取ったほうがいいんじゃない?」

むしろかもめの方が気になって、からすを促したりしていた。

 リハビリで理想的に回復したとしても最短で約2ヶ月から3ヶ月。場合によってはそれ以上かもしれない。しかし、恐らく会社へ復帰出来る限度は2ヶ月ぐらいだろう、とかもめは考えていた。

せれ以上休む事になれば、病気が病気(脳梗塞)だけに、退職を示唆されても不思議はなかったかもしれない。

 しかしそんな悠長なからすも、たまたま同じ病室の患者さんから、社会復帰についての話しを聞いてから急に焦り始めた。

 脳梗塞や脳溢血の患者さんで、半身麻痺等の後遺症で回復のめどが立たず、会社からの退職を余儀なくされた、というような話しを数人から聞いたからである。

 からすから届く頻繁なメールも、社会復帰に関する話題が増えていった。

「足や手のように、見てすぐ解る部分の麻痺だと、会社に復帰するのは難しいみたいだよ」

「この病室の人達はみんな、勤めていた会社を辞めさせられたんだって」

といったようなメールだった。それらのメールを読んで同じ病室の人達の様子を思い浮かべると、確かにそうかもしれないと思った。

 からすの病室は全員男性。一人はクモ膜下出血で倒れた50代後半の方で、半身麻痺になり車イス生活を送っていた。歩けなくなり、回復の見通しが立たないので当然退職となった。その時点では入院後約半年という事だった。社会復帰へ向けて歩行訓練等を頑張られていた。

 また別の方も男性で、数年前に一度脳梗塞を発症して半身麻痺となり、それを理由に退職を勧告された。

 今回はニ度目の発症でリハビリ中。足には装具を付け、杖を使って歩行している。この男性の年齢はからすと同じ40代で2歳若かった。やはりこちらも社会復帰へ向けてリハビリ中。1回目の発症後は配偶者が働いて、ご家族を養われているという。

 仕事を失われた後は自暴自棄になったり、鬱状態になったという方もいたらしいが、家族に支えられて、何とか前向きに頑張ってきたらしい。

「嚥下障害で、まだ健康だった頃のようには食べられないけど、会社に復帰出来るかな?」

からすは同じ病室の人達の話を聞いてから、急に自分の置かれている状況を心配するようになっていった。

 かもめは努めて、からすが希望を持てそうな返事をした。しかし内心ではからすの行く末を不安に思っていた。

(恐らく現実は厳しいだろう。もし会社に戻れたとしても付き合いや親睦会等、お酒の席にも出席しなければならない)

(多少は食べられても、まだ水は普通に飲めない。やはり飲んだり食べたりが正常にできないと務まらないだろう)

(元の会社へ復帰出来る可能性は五分五分ぐらいではないだろうか)

そういった事をかもめは考えていた。

 現実が見えて焦り始めたからすは、午前中にリハビリを終えると、外出許可を受けて午後は時々会社へ顔を出し、上司や産業医とコンタクトを取る事になった。

会社から比較的近い病院へ入院していた事は、好都合だった。

 出社にはスーツカバンがり必要だったので、かもめは自宅から持ってきて、病院のロッカーに用意しておいた。からすはそのスーツを着て、頭部の保護の為、ちょっと不似合いな毛糸の帽子を被って出社した。

 社会復帰への一歩を踏み出す為にからすは動き始めた。

「退院するまでに、会社と話しあいたい」

 その時からすは、約2週間後に退院すると決めていたので、それまでに話しを進め何とか良い方向へ向かいたい、と考えていたようだ。

「退院したからといって、直ぐに職場へ復帰できるという訳にはいきません。そういう事は産業医の判断が必要なので、時間がかかります」

「また、職場の他の人達の意見を聞いて、意見書も作成しなければいけません。それらを総合的に検討して復帰について判断をします」

何回か会社へ顔をだすうちに、そう会社の上司に言われた。

「脳梗塞は、直ぐに再発する場合がないともいえないので、退院しても暫くは経過観察が必要です。病院の診断書と合わせて慎重に考えなければいけません」

産業医にはそう告げられた。

 結局その時は出社の可否や時期については返答を貰えず、からすの復帰について検討される事になった。

「脳梗塞は再発の危険があるから、退院後、様子を見てからじゃないと、会社へ出社できるかどうかの判断はできないって」

電話を掛けてきたからすは、元気のない、落ち込んだような声だった。

 それから入院後4週間目を迎え、週末にはからすの念願のお泊まりも実行された。この日ばかりはかもめも、からすの好きなまぐろ(食べやすいようにねぎとろ)や、お鍋の材料を購入してもてなした。

「とっても美味しいよ。こういう物が食べられる日が来たなんて、信じられない。夢のようだよ」

もしかしたら永久に、食べられるようにはならない可能性があったからす。だから回復して大好物が食べられた事を、心から喜んでくれた。その時の嬉しそうなからすの顔は今でも忘れられない。



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