《18》からすはいったいどんな人?
病院でのからすの集団生活の様子は、同室の患者さん達と比べるとかなり変わっていて、以前からの変人ぶりが際立って見えた。
身体的には他の患者さんは車椅子や杖等を使用していて行動に制約があったが、からすは自由に動けたのでその点は確かに違っていた。また嚥下障害はあっても歩く事はできたので、暇な時間は病院内をあちらこちらとやたら動き回っていて、落ち着きがなかった。
その動き方は忙しいからというより、どちらかというと性格的に1つの場所にじっとしていられないといった感じの動きだった。
それからリハビリの時間が空いた時などからすと同じ病室の他の人達は雑談したり、皆同じように脳疾患の患者なので励ましあったり、時には助けあう事もあったが、からすは殆ど我関せずといった様子だった。
いつも一人孤立していて、空き時間でも他の人達との会話に加わらず自分一人の世界に浸っていた。
「たまには同じ病室の人達と話してみたら?みんなリハビリを頑張ってるから励みになるんじゃない?」とかもめはからすに言った。
「話す事もあるけど、いつもリハビリで忙しいからね」
と理屈を付けて、あえて自分から関わろうとするのは避けている様子だった。
確かにリハビリ病院は普通の病院とは違ってやる事も多かった。からすは起床して朝食を食べた後はリハビリの時間までに洗濯をして、その後はリハビリを兼ねて散歩や図書館へ行ったりもしていた。
そしてリハビリ終了後は夕食までの空時間に、外出許可をもらって駅付近のスーパーへ買い物へ、また病院で入浴が出来ない日は銭湯へも通っていたのである。そんなわけで確かに忙しかったが、それが理由で人と関わらないのではなく、多分人間が好きで、若しくは関わる事が苦手なのでは、とかもめは感じた。
落ち着きの無さ以外にも無神経な行動が、入院生活では目立っていた。例えば洗濯をした後、「乾燥機代がもったいない」と、他の人達のように有料の乾燥機で乾かさず、自分のベッドの周りに洗濯した物をぶら下げて、囲まれて生活していた。そんな風にしている人は他には一人もいなかったのである。
そして看護士さんに乾燥機で乾かすように注意されても止めず、退院するまでからすは洗濯物に囲まれて過ごしていた。全く周りの目や迷惑を気にしない様子には、さすがのかもめも呆れた。
更にからすの事について可笑しいと感じたのは、入院中のお見舞の事についてだった。
2ヶ月近く入院していたので、会社の直属の上司や同じ課の方は当然お見舞いに来て下さったが、同期入社や、学生時代の友人は誰一人としてお見舞いに来ては、くれなかったのである。
(これってかなり可笑しい事なのでは?)とかもめはとても疑問に思って、からすに聞いた。
「みんな忙しいからね、なかなか時間が取れないんだよ、きっと」からすはそう言った。
「忙しいって言ったって、1週間ぐらいじゃなくて、もう1ヶ月以上入院してるんだよ」
「それに最初の病院は会社のすぐ近くだったし、この病院だって会社からはそんなに遠くないんだよ。同期の人ぐらいは来てくれてもいいんじゃない?」
かもめは問い詰めたが、からすの答えは同じだった。
「みんな忙しいいんだよ、きっと」
そのごむくと一緒にからすのお見舞いに行った時の事、たまたま看護師長さんに会ったら変な質問をされた。
「お父さんは家ではどんな人ですか?」
「おとなしくて、あまり喋らないです」
なんでそんな事を聞くのかと思ったが、まあ、からすは変人だから、とその時はあまり気に留めなかった。
しかし後になってからその質問の本当の意味は何だったのか、気になり始めた。普通だったら「優しそう」とか「楽しそうなお父さん」、或いは「おとなしそうなお父さんですね」と言ったりするのではないだろうかと…
「どういう人ですか?」
というのはやはり正体不明の変わった人と思っていたから言ったのだろう、とかもめは感じるようになった。他の殆ど交流もしなかったし、そう思われたのも不思議ではなかったのかもしれない。
良きにつけ悪しきにてけこの入院生活では、からすについて初めて気がついた事や、それまでも気になっていた習性や変人ぶりを改めて認識する機会となった。